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008 怒りと終わり

 食事のあとは、ビーズの透明化の練習もしたことだし、小休憩。

 選手の寝泊まり用の2番の部屋に戻ってから少しばかり考えてみた。どうやって長引かせるか。警察が逮捕できる状態で来なきゃいけない。

 礎術(そじゅつ)を使い過ぎて礎力(そりょく)が尽きればクレイズは「参った」してしまうはず。クレイズの諦めが悪いことに賭けていいなら、もう、あの手しかない。

 できれば、それまでに本戦リング前まで警察が来ていれば――

 ついでに脳内トレーニングをしていると、ある時アナウンスが。


「決勝戦を始めます。両選手、控室までお越しください」


 ……試合の時が来た。

 リングの上に、二人で並ぶ。距離だけはちゃんと取っている。

 審判の声が響く。


「決勝戦です、ユズト・サエキ選手……対、クレイズ・アイマフ選手! それでは、始め!」


 巨大化した名刺入れが飛んでくる。とんでもない速さで。

 それを叩き付ける。ただ巨大ビーズで床へととにかく強く。

 そして走り出した。旋回するように動く。横移動はやっぱり大事だ、相手の狙いをずらしたい。

 上から名刺入れが来た。それもただ巨大ビーズで叩くと、あとは床へと押し付けるだけ。とにかく攻撃を防いで動き回る。

 ある程度使わせた頃に自分たちが出てきた通路の方を見たら、警察の姿が――そもそも人の姿が――なかった。まだか。

 まだまだ防いでは動き回る。


「ユズト選手、中々手が出ないか~?」


 実況が言ったのが引き金になったのかどうなのか。


「ふざけるな本気でやれ舐めてるのかガキが!」


 巨大名刺入れが三つになって襲ってきた。

 今日一番の数。そのうちまず二つへの対処を閃いた。拳大のビーズを電流のようにすっ飛ばす。貫通。それができれば最初のパターンに戻せる。


 ――行け!


 一発目と二発目に、一秒も差はなかった。そして突き破った。成功だ。

 よし!

 思いつつ、取っている距離を維持して動きを止めない。残った一つの名刺入れは追ってくる。それがリングの四分の一くらいの広さにまで大きくなって――


 ――やばい! ならもう――!


 壊す。貫いて。さっきので対応されたかもしれないから今までで最速の弾丸で。大きさを変える力でビーズを長い針のようにして…それを中心に八個増やす。全九弾を――

 刺す。この上ない速さで。そして。


 ――引き裂く!


 バリッと意外と大きな音が出たんじゃないかと思ったその時だ――油断しないようクレイズを見ていたら――彼が胸元から新しい名刺入れを出していた。

 逃がさない! それを打ち落とす!

 拳大のビーズで弾く……ことに、成功した。吹っ飛んでいく。

 クレイズが全身でその飛んでいく名刺入れを追おうとした。やっぱりだ。だったら――

 道を断つ。

 クレイズを中心にしてドーナツを置くように、真っ黒のビーズ一つで囲んだ。透明度も最低。それで視界を遮った――中は円柱状の空洞――クレイズはそこにいて『ここから出せ』とドンドンと叩くだろう、そんなことでは壊れないし出さない。

 そしてあの少し遠くにある名刺入れを、ビーズで挟んで運び、念のためもっと別の場所へ移動させる。

 これで…『ビーズの牢』の完成だ。

 別のビーズを穴以外大きくした。二メートル四方くらいの大きさにまで。これなら乗ってこけても大丈夫。

 それに乗って、ビーズの牢をそのまま維持しながら、その牢の上へと向かう。そして牢に乗った。

 見下ろす。


「僕ももう少しで礎力(そりょく)が尽きそうなんだよなぁ。……降参しなかったら勝てるかもよ」

「なんだと? 根性試しでもするつもりか」

「いやぁ、なんでこんなことができるのかと思ってね」


 昨日の――いや、これまで全部の――クレイズの手に掛かった被害者のことを考えた。なんであんなことができる。なんで。思いながらビーズの弾丸を放った。クレイズにぶつける。何度も。何度も。

 何度も何度も何度も。


「これが、お前の、したことだ」


 何度も強調した。

 そして思い出した。学校のこと。それ以外も。コンビニ近くで舐められたことも、殴られたことも。教室でのことも。脅されたコースルトさんのことも。他人が感じる苦痛も!

 今までの苦痛、全部。

 いつもは言わない。こんな力を持ってしまったせいか、勢いが止まらない。


「あんたみたいな奴はなんでこんなことができるんだ? 言ってみろよ!」


 ここの医務室を思い出した。涙。波打つ声。全部が痛々しいのに、こいつは何か変わるのか?


「どうでもいいね」クレイズが言った。「お前も俺と同じだろ?」


 ――ああ、もう理解できない。


 悟った瞬間だった。

 いつのまにか、実況や解説は、僕の耳に届いてないだけじゃなくて、実際に音声として存在していなかった。展開が展開だからだろうか。

 無音の中、無言で放つ。拳大のビーズの弾を。何度も。何度も。

 何度目かは判らない。とにかく被弾の何度目かに声が聞こえた。


「参った」


 耳で聞いて、脳や胸できちんと理解するまでに、何秒か要した。

 大会以前の被害者は、似たようなことを言っても殺されたのに。大会でも、選手が参ったと言うまで、あんなに……

 体中が怒りで震えた。


「勝手だよ。勝手過ぎるだろ! ふざけんなよ! いいよなぁお前は、死んでないんだから……!」


 歯を食いしばってから、ビーズの牢を縮小した。

 そして通路を見てみた。まだ人が駆け付けていない……礎球(そきゅう)の警察官がどんな格好かは知らないが、早く来てくれないと、来たことが判らないと、クレイズが…。


「優勝者は、ユズト・サエキ選手です」


 中継に僕らの声が入ったせいで、テンションの高い実況どころじゃなくなったんだろう、粛々とした宣告だった。

 リングへの入口からはほぼ反対側にいて、僕は中々歩き出せなかった。

 より通路に近いクレイズが先に帰り始めて――そしてリングの対岸で振り向くと。


「お前が何を知っていようが、これからも俺はこうだし変わらない。止めたきゃ止めてみろ? 俺はお前のこと覚えたからな」

「なんだって……? またやる気か」

「ハッ、お前みたいな奴の顔が一番面白いよ。次はちょっと年齢を落としちゃおうかな」


 ――てめぇ、マジで……!


 まだだ、まだ警察官が来ていない。行ってしまう。ドームを出てしまう。クレイズが自由に?

 もう頭の中はめちゃくちゃだ。

 引き留めないと。引き留めないと。

 いつの間にか、声なき声を上げるみたいに、ビーズの弾を放っていた。今までで最大の――大型トラックぐらいの――八角柱型のビーズ。しかも最速砲撃。


 ドゴァンッ! と、今大会中最大級の音が鳴った。壁に当たっただけではあるが――


「は、はぁ……?」


 クレイズが情けない声を上げた。そして腰を抜かしたようにして動かず、ビーズの砲弾そのものとこちらを交互に見た。……ここで堂々とできないのは、お前が胸を張れることをしていないからだろうと言ってやりたくなった。しかも多分この大きさと威力なら防げる気もしないんだろう。

 礎力を込めるのをやめるとビーズは元の大きさに。

 腰を抜かしたようなクレイズの所へ、今ようやく誰かがやって来た。恐らく通路から来た。二人組。一人は短髪黒髪スーツの男性。もう一人はラフな格好の金髪の男性。

 金髪の方が手に持った白い何かを広げた。ジップアップパーカーだ。でも変な形。腕に何やらベルトがたくさん付いてるけど何それ。

 それを見るなりクレイズが慌てて立ち上がった。が、黒髪の方が布製っぽい何かを放って、それをクレイズの目隠しにした。


「く、くそ! この……!」


 クレイズが剥ぎ取ろうとする中、あれよあれよという間に、金髪の男性がパーカーを着せた。……なんて手際だ。

 ジッパーを上までグイッと上げられると、クレイズはなぜか抵抗をやめた。


「意外とお利口だな」


 そう言いながら金髪男性がパーカーに付いているベルトでクレイズの腕をがんじがらめにした。


 ――なるほどそういう服ね。……ん? でも縛られる前に抵抗をやめたはず、なんでだろ。あ、もしかしてこれが……拘束用の礎術(そじゅつ)道具か? 確か礎術(そじゅつ)を封じるって……ダイアンさんが。


「あの。このベルト付きパーカーが拘束用の礎術(そじゅつ)道具……ですか?」

「え? ああ、そうだが……なぜ知らん」


 黒髪の人がそう言った――ご自身が操った黒い布を自分の首に巻きながら。

 なぜ知らんと言われて、ついアワアワしてしまう。


「あーいや、その、ひ、人里離れたひゃま奥で暮らしてて」

「落ち着け、大丈夫か?」

「だ、大丈夫で……」すぅはぁすぅはぁと深呼吸し、改めて。「あまり物を知れない所にいたもんで」

「そうか。……あれが拘束パーカーだ。今の所、外から覆う物ではああいう物しか作れてない。手錠でできりゃいいんだけどな。どの研究所も、合う材料を見付けられてないんだ。……これは大体の人が知ってる。覚えとくといいぞ、ただ、一般人は所持できないがな」

「そ、そうなのか、なるほど、勉強になります……」

「うむ」


 それに包まれて運ばれていく金髪男性によって「キリキリ歩けぇ」と運ばれていく。そんなクレイズに自分がしたことを、どうしたって思い出す。


「あんなことをした僕って、同類なんですかね」


 何度も痛め付けて、最後は脅して。

 普通はやらないのかな、と思ってしまっていると。


「そんなことない」黒髪の人が言った。「打撃は試合中のことだし、終わってからは当ててないだろ? 警察が来るまで間を持たせようとしてくれたのは解ってる。正義のため、被害者のため、悲しみが増えないように悪を止めようとした、それは立派で、俺たちの助けになったよ。それに、怒る気持ちも解る。でももういいってことも、君は解ってるんだろう? だから当てなかった」

「まあ…」

「ありがとな。……あいつには、お灸になればいいがな、まぁあいつ次第だ。これで、もう安心だな」


 認められて嬉しかった。終わったと実感できて嬉しかった。


「じゃあな、ご協力どうも」

「――こちらこそ、ありがとうございました」


 今になって、感極まってくる。

 僕が頭を下げてまた上げると、黒髪男性は、薄く笑って去っていった。


 ――あの人が操ってたの、何だったんだろう、黒い布……っぽかったけど。まぁいいか。


 そんなこんなで控室を通り廊下に出る。と――そこには、まだ帰ってなかったフィンブリィさんや、イルークさん、ペーターさん、それにモップのニーレッキさんや靴べらのレオさんもいた。頬に二本線の傷があるからレオさんは判りやすい。顔も知らない選手まで。


「大変だったね」「警察が来たって?」「とんでもない奴がいたんだってな」「すげえぞ優勝者!」


 代わる代わる言われて、心臓が無邪気に躍動してる。


「ユズト! ユズト!」


 なぜか音頭まで。口笛なのであろう音も鳴った。

 恥ずかしさも込み上げて、くすぐったい時みたいに首を傾けてすくむ。


「やった」


 はにかんでしまいながらも、ピースサイン。あまり喜びを大きく見せたくはなかった。なんでだろう。

 この場はもう宴だ。そこらのテーブルに座って祝いの言葉を言われたり冗談を言い合ったり。

 それから十数分後、名を呼ばれた。


「優勝者のユズト様と三位入賞者のペーター様、ニーレッキ様の授与式を行います、選手控室までお越しください」


 そこで、イルークさんが満面の笑みで。


「準優勝のクレイズは逮捕されたから賞金なしらしいぜ」


 当然の罰だと言いたげだ。イルークさんがクククと笑う。

 最悪な奴だったよなぁ――と思ってから、式に出る挨拶をしておこうと思った。


「じゃあ行ってきます」

「おう!」


 控室に行くと、そこに一人の係員がいた。彼に指示され、本戦番号付きリストバンドを彼に返却。

 本戦リングにまた戻って、中央に立つ。

 そこによく知らない女性がいた。礎球(そきゅう)の、特にこの辺りのアイドルか何かなのかもしれない。とにかくその人がトロフィーを渡してきた――そして手を振って去っていった。


「ではレジリア市長から優勝賞金の贈呈です」


 小切手が僕の手に。小切手には三百万リギーという文字が。


 ――あれ? 三億を懸けさせられていたコースルトさんにはその何倍かのリギーが入るんじゃ……?


 思ってから「そうか」と気付いた。これは別で、選手に対しての賞金らしい。


「ユズト・サエキ選手を出場登録なさいましたコースルト・ザイガーフェッカー氏は三億リギーを懸けていらっしゃいました。お返しは九億リギーとなります!」


 三倍なんだな――と思った瞬間、ドーム中が驚き声や絶叫でいっぱいになった。耳が壊れるかと思った……


「それでは選手の退場です」


 歓声の中で手を振る。ようやく終わりかな、と思った。去っていく。

 控室を通ってまた廊下に出ると、そこで大勢の選手とお別れした。

 もう帰っていいらしい。

 歩いていると受付にも言われた。「おめでとうございます!」なんだか照れる。

 入ってきた所から出る。

 石畳の上を――どこへ行くでもなく――ドームからただ離れるために歩いてみた。

 振り返って、思った。


 ――こんなに大きなドームだったんだな。


 その時だ。


「ユズト君」


 後ろから声。絶対ダイアンさんの声だ。振り返る。やっぱりダイアンさんだった。黒丸枠の――違うものを映す鏡みたいな――ゲートから上半身だけ出している。

 裏が気になってたんだよなぁ――と下から覗いたら裏は真っ黒だった。光の反射すらない。


「まずはコースルトさんの家へ。この先がそうです」


 ダイアンさんが下を指差して言った。


「それからダイアンさんの家に?」

「いや……執務室に来てもらうよ。ただ、ひとまずは――」


 ダイアンさんが人差し指を縦に揺らして強調した。

 向かった先は応接室前の廊下みたいな所。

 ダイアンさんが黒丸ゲートを消してからは、家主たちを探すことに。少々歩く。

 玄関から少し行った所にあるリビング奥のソファーにコースルトさんがいた。

 ――あ、アリーさんがお茶を出してる、どういうお茶だろ。


「終わりましたよ」ダイアンさんが言った。


 するとコースルトさんが立ち上がって歩み寄ってきた。


「ありがとう、二人とも」


 ダイアンさんも、僕も、握手される。


「あ、そうだ」


 賞金をリギーで持っていても僕には意味がない。それをどうしようか迷っていて、今解決法に気付いた。


「これ要らないからあげる」


 そしてコースルトさんの手に持たせた。


「モェッ?」


 コースルトさんが変な声を上げた。何それ。


「いや、僕、リギー持ってても使えないし」

「ああ! まあ、そうですね……」とは、アリーさんが。

「あげたけど、代わりに、コースルトさんがそれをどう使うか指定してもいい?」

「うん? まあ、元々ユズト君のだからな、いいよ」


 コースルトさんは、何だ何だ、と不思議がっているみたいだ。

 僕は頭の中で整理してから。


「調べたら見付かると思うんだけど……ある養護施設に寄付してほしい」

「養護施設?」

「選手にさ、ケナっていう名前の女の子がいて。その子を調べたら多分、養護施設が見付かる。施設がどうとか、お金に困ってるみたいだった。先生って呼ばれてる人もいて、だからそういう施設だろうなって。そこに寄付してあげてほしい。できる? よね?」


 もしできなかったら、と思った。できてほしい。何か決まりがある? 駄目かなぁ。

 返事を待った。コースルトさんは、体を震わせて、それから――


「できる! 解った! 必ずそうする! 間違いなく!」


 何やら感動してるみたいだった。そんなにかな……

 とにかく、これでコースルトさんの件と大会の事は終わった。


「じゃあ僕はこれで」

「う、うむ、うむ……! ありがとう! 君のおかげで今がある! 君に感謝する人は多いだろう! そういう意味でも言うよ、本当にありがとう!」

「いや、うん……はは」

「ありがとうございました」


 アリーさんにも感謝されて――なんだかやっぱり照れてしまった。


「じゃあ」


 手を振って去る。ダイアンさんが今目の前に開けた、黒丸のゲートで。

 そしてどこかに着いた。僕が尋ねるとダイアンさんが背をこちらに向けたまま。


「私の執務室だ」


 州知事の仕事場。州庁舎の執務室なのかな。前もそのワードは出たんだよなぁ……

 ダイアンさんは、大きな机のそばに立つコートスタンドからダウンジャケットを取って、こちらに手渡した。


 ――寒い所に移ったからちょうどいい……ってこれ僕のじゃん。


 そそくさと着る。

 窓から日の光が射す中、ダイアンさんがその光を背にするように、机に対応した革の大きな椅子に座った。そして。


「じゃあこれから……私からの依頼について話す」


 ごくり――と、つい、唾を飲み込んだ。いったいどんな話をする気なんだ。

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