061 暴走を止めるもの
「ちょっと疲れてません?」
任務リストを見ているこちらに向けて、受付の女性、ミサハさんがそう言った。
「え? いやぁ、そうですかね」
僕がそう言ったあとで、後ろにいたメンバーのベレスの声が聞こえ始めた。
「確かに最近、大変な事件ばかりと関わっている気がしますよ」
「ええ? そう? いやまぁ、確かにとは思うけど。でも別に体がどうこうってことは――」
「なら精神的にはどうなんだ?」
レケに言われてハッとした。
たまに僕は自分のことが見えていないことがある。自分で気付いていないだけで。何かを我慢してしまっているとしたら、どうにか対処しないといけない。
人生経験豊富な人が仲間でよかったとつくづく思う。僕がケナを気に掛けるように、前にベレスやジリアン、レケを心配したように、僕もそうされる、互いにありがたい存在でいようと思える――のは、最高に嬉しいことだ。
「少し簡単な任務……か、酷くなさそうなものを選んでみる――のはどうでしょ?」
ミサハさんに言われて今回は選んでみる気になった。
長く続けられなければ助けるも何もあったもんじゃない。そう思って選んだのは、A型免許だけのジオガードでも引き受けられる使術動物対処のもの。使術動物対策任務が少なければよしていたが、ほかにもまだまだある、だから何とか人の仕事を取った気にならずに選べた。
コピーされた書類を持つと、本部から、まず、ディヴィエナ州南部、シアノイニス市へと飛行機で向かった。
飛行途中に、航空礎術弾でボウカンアオワシを保護するのを受験時のように手伝ったが、今回もそんなに負担ではなかった。
この時のボウカンアオワシは、到着した空港から少し北へと解放されるとのことで、運ばれるのを見送った。
さて――と、シアロフセントラル空港から最南部のシアライル区へ電車で向かった。
シアライル区警察署に到着すると、『月下の水様』と書かれたカードを持った女性を入口に見付けた――既に連絡が届いていたらしい。
「どうも、チーム月下の水です」
「あ、どうも、わたくし、生活安全課のセーラと言います」
若い女性警察官。二十代くらいで声も若い。あれ? 前にもどこかで――セーラって名前の人がいたような……まあいいか、よくある名前かな、多分。
「あ! フィフといいますどうもどうも!」
急にひょこっと顔を出してきた男性がそう言った。四十代後半くらいの男性。
彼……フィフさんが腹をダボつかせて駆け寄り、二人が横並びに揃うと、セーラさんの細さが際立つ際立つ、あとそばかすも。
フィフさんが何か小声でせっついたようで……セーラさんが話し始めた。
「あ、はい。えっと……実はほとんど放置状態でして。近付いた者の多くは、ユキゾウイノシシに鼻で捕まえられて乗せられてしまうんです。そのままどこかに連れて行かれそうで、危ないとのことで降ろすんですが、その繰り返しで何もできなくて。彼らが道路に居続けてしまうのでただでさえ危険で、交通整理をして対応するだけになっていまして」
「えーっと……そもそも、なんで乗せるんですかね」
「……さあ」
謎。まずはそこからか。
任務内容は、簡単に言えば、『ユキゾウイノシシを山へ追いやること』であり、詳しい方法は決まっていない。
ゾウイノシシは礎球にだけ恐らく存在していて、ゾウより小さくイノシシよりかなり大きい。鼻がゾウのように長く牙があり毛深い動物。しかも、ユキゾウイノシシとなると、「雪を転移させる」という礎術を使う使術動物。
失礼ながら、正直、少しワクワクしている。
――どんな感じなんだろ。能力もだけど見た目も。
ここ最南部から若干北には山がある。保護して本来の地域――北に広がる深い山へと送り返す。そのために、『なぜ乗せるという行動を取るか』だが、見当もつかない。
「山へ追いやる時に迷ったら危険ということで捜索リングを持ってきています、どうしよっかなぁ……とりあえずケナ……は一緒に行きたそうだなぁ」
「え、出ちゃってた?」
「うん。ジリアン、えっと……ベレスと……セーラさんとここで待ってて」
「了解。じゃあリング頂戴」
「はいこれ」
既に礎力を込めて対応させた赤いリングを手渡し、赤いリングサーチャーを持っているのをみんなに示してから――
「じゃあ行ってきます」
と、まずはユキゾウイノシシがいる所へ案内された。
「あ、あれですね」
山へ向かって延びている道路の真ん中にいて、山へ戻りながら周りを見たり、またこちらの方に来ながら周りを見たりしている。
――おお……あれが。というか、何をしてるんだろ。絶対何か目的がありそうだけど。
そこへ近付く。
「とりあえず乗せてもらいます、山へ送りたいけどそれでどうするつもりなのか見送ってからで。いいですよね?」
「え、ええ」とはフィフさんが。
「うんうん」とはケナが言った。
「じゃぁ誰が乗る?」
レケの発言後「じゃあ……ケナが……」と言ってみたが、ケナに言われた。
「ユズト、乗りたいんでしょ」
「え。出ちゃってた?」
「出ちゃってた」
そんなワケで僕が近付いた。
このユキゾウイノシシは何をしたいんだろう――そう思っていると、何かの影の中に自分がなぜか入ったのが解った。上を見た。雪だ。埋もれたらやばい。
――ゲーティング・ブラック!
頭上に黒いビーズを礎物化させ、巨大化させ、ゲート化させ……すぐ横にその転移先をイメージする。と、自分のすぐ横に大量の雪がドサッと落ちた。
礎物である黒いビーズを消して見やると、なぜかユキゾウイノシシが急にこちらへと走り寄ってきた。
「わ、うわ……」
胴を鼻でぐるりと掴まれ、乗せられた。
――こうできるって……鼻の筋肉すごくない?
そんなことを思いつつ良好な眺めを堪能。
背に僕が乗ると、このユキゾウイノシシは「プヒホホン」と鳴いてなぜか道路を歩き出した。
一定方向をずっと進んでいるようだ。なぜだろう……と見た先には山がある。山に向かっている。やっぱり連れて行こうとはしているのか。
後ろから、フィフさん、ケナ、レケの三人がついて来ているようで、それぞれの声が聞こえた。
「落とされないようにしてください!」
「みんなでちゃんと追ってるからね」
「お、もう一頭きたぞ」
横からユキゾウイノシシが合流した。さっきの鳴き声は呼び声だった?――かもしれないなあ。
二頭で山へ向かい始めた。やっぱり明確な理由がありそうだ。
毛深い背中の温かさを感じながら、温かい格好で頬に冷たい風を受け……何十分と歩くと、町並みがすぐに遠退いた。森があり、開けた道に積もった雪を踏み締めて先へ行くと、雪原が見え始めた。
まだまだ進む。
――というかユキゾウイノシシからしたら戻ってて……何のために?
最初は頭上から雪を落とされた。うーむ。
試された気がしながら、動く背中の上から景色を眺めた。
更に一時間は優に歩いたとある時、雪原の端が崖になっている所の手前でユキゾウイノシシが止まった。その鼻で今度は降ろされた。
「パヒヒヒホン」と、乗せた一頭からの鳴き声が聞こえたあと、もう一頭も鳴いた。「パヒヒヒホホン」
――何だ? この地域の勢力について何か言いたいことでも? 何か異変でも?
二頭が崖に向かって鼻を揺らし動かした。
崖の向こうにはもう一つ崖が――同じ高さの地面がある。橋を渡せば行けそうだ。
そこで、レケの声が耳に入ってきた。
「そちらへ行かせてくれということかもしれないな」
「やってみる」
巨大化させたビーズで橋を作ると……ユキゾウイノシシはそれを渡っていこうとしなかった。
するとケナの声が。
「下には? 何かないのかな」
「僕も気になってた。見てみるよ」
ユキゾウイノシシはまだ何かを示しているみたいだ、崖に向かい、雪をファスファスと叩いている、それも鼻で。
崖際に立って下を見てみた。深い。深過ぎてよく見えない。雪で滑って落ちた時に操作対象を持っていなかったら死んでしまいそうだ。そんな所が何だというのか……
――もしかしてこの下に変な生き物でも?
大きくしたビーズに乗って若干下へ行って覗き込むと、かなり下に少しだけ出っ張った崖があって、そこにユキゾウイノシシの子供っぽい動物を見付けた、近くには木の実も。上からでは雪の積もった木で隠れて見えなかったが……多分それを助けてほしいということか、きっとそうだろう。
その近くにビーズを向かわせ大きくし床にすると、声を掛けてみた。
「乗って、ほら、大丈夫、上に運ぶだけだよ」
するとその子はゆっくりとそれに乗ろうとした。どうやら伝わった――よかった。
ただ、その子が足を滑らせた。少しだけ出っ張りの端が崩れ、その子だけが下へ落ちてしまった。
「ユキイノちゃん!」
勝手に名前を付けてしまいながら下を見た。そしてビーズを向かわせ硬度を操りクッションにしようとした――が、なぜか落下した姿を見付けられなかった。
――え。どうして……どこに!……助けられなかった……っ?
辺りを急いで確認した。どこにもあのフサフサ感がない。いったいどこに。
――消えた? そんな! 落ち過ぎて……? そんなまさか……!
自分が乗ったビーズを下へ動かしてみた。そしてなぜか急に場所が変わった気がした。しかもその瞬間、自分が乗っているはずの巨大ビーズが消えた。そして代わりみたいに、すぐ下に急に白と茶色のコントラストが。
「危ない!」
「プヒヒホッ?」
眼下の空中に斜めに巨大ビーズを生み出し、それで受け身を取ると、茶色の塊に当たるのを避けるべく身を回転させ足から着地した。そこからまた前転して勢いを消す――この時もまた膝は緩く――受け身を取った。
そして顔を持ち上げ鳴き声の方を見た。
やっぱりユキゾウイノシシだ、その子供。
そしてここはなぜか近くに崖のない……雪の積もった森。
――いったいどうして……
とにかく目の前の一頭の様子を見た。どことなくやつれている。心配になってしまう。
「何か食べさせられるもの――」
ショルダーバッグからMサイズ容量拡大バッグを取り出し、『いつも思うけどスポーツバッグのファスナーだけみたいなもんだなこりゃ』と思いつつ開け、中に入った。
「果物でもいい。とにかく色々だな」
運んで目の前に置いた。そしてMサイズ容量拡大バッグをいつも通り閉じて畳んでバッグへ。
ユキゾウイノシシのこの子は、目の前に置かれたルリイロガキを食べて和らいだ表情を見せた――そんなように見えてホッとした。
それからやっと、この一頭をあの二頭の所に連れて行けば、何か反応が――という考えに至った。
その時だ。
「あ、いた! ねえ、なんで? 急に消えたよ? 何があったの?」
ケナの声だ。
声の方を向くと、そこには二頭のユキゾウイノシシと、その片方に乗ったケナがいた。
「あ、こっちはね、急に動き出したんだよ、あー……あたしは歩くの遅いからか、このコに乗せられちゃって」
そこへ、フィフさんとレケが遅れてやってきた。
立ち上がった僕の隣に少しだけ近付いてきた小さなユキゾウイノシシに、大きな二頭が近付いた。次の瞬間、その一頭が鼻でケナを降ろすと、「プヒヒフホホォン」と鳴いた。大きなもう一頭も同じように鳴いた、少しだけ太い声で。
すると子供が、元気を取り戻したのか立ち上がって、「プヒホォン」と高い声で鳴いた。
それから三頭は、こちらに、全くバラバラにひと鳴きしてから山の更に深い森へと歩いていった。
――やっぱり助けてほしかったんだな、子供を。なら無事でよかった。
多分そういうことだと話し合ってから、なぜか瞬間移動した謎については、レケも首をひねった。
「どうしてなんだろうな、それは」
――落ちたはずなのに、それにこちらの礎術を打ち消されて僕も落下して……あれ? もしかしてこれって……
一つの考えが浮かんだ。
近くのどこかに勝手に転送された感じがしたあの瞬間移動……もし、ずれた場所に落ちればそのずれを計算されたように移動させられるのだとしたら……もし『あの辺りの特定範囲のものは全てそうなる』のだとしたら……
このことを話すと、レケは言った。
「七民族か」
「うん」僕は肯いた。「でも誰も知らなくていい。言わなくていいよね、ここでのことは」
僕がそう言うと、レケもまた肯いた。
ケナは何も言わなかった。ただ、その目はフィフさんに向いていて――
そこでレケが言った。
「その判断でいいなら、報告書でもそうしよう。いいですね? フィフさん」
「もちろんです、歴史的民族の安寧をどうこうする気はありません」
「秘密ですよ、永遠に」
「ええ」
念を押された理由を彼は知らないかもしれない、そうだったとしても知らせる気もない。それだと想いの度合いはきっと同じではない……それでも、同じ向きではありそうだ、そうであってほしい。フィフさんは警察の一員だ、ジオガードとは協力する関係。ただ、そうでなくても『同じ向き』でいるのだと思いたい。
しんみりするものを感じてから、バッグに入れていた赤いリングサーチャーを取り出し、手に持って礎力を込めた。すると紐の先、鎖の先が……一つの方向を示した。
「署はあっちだ。さ、戻ろう」
……署に戻ってから話したのは、『ユキゾウイノシシが子供を助けられる礎術師を探していたのかも』『その三頭は無事山へと帰った』という二点だけだった。
セーラさんとフィフさんに別れを告げ、シアライル区警察署を去った――円満に、手を振り合って。
報告の仕方に特に悩む必要もないなと思いながら空港の椅子でまったりした。
――……はぁ……いい時間だ。本当に、心休まる任務になった。
それからほどなくして、ふとお土産コーナーが気になって見に行くと、ユキゾウイノシシのぬいぐるみを見つけた。一応名物ではあったらしい。
――いや、今回名物になったのか? まあどっちでもいいか。
それを買って帰るのもいいなと手に取ってカウンターへ。
お金を払い、ぬいぐるみはバッグの中へ。
さっきの椅子に戻ってまた座り、まったりしていると……周囲の一般の利用者であろう数人の話し声が気になった。
「またあのニュース。最近またブラッドキャンディっていうのが流行ってる――」
「ああアレ? ホントいい加減にしてほしいわ、送り迎えとか気になって気になって」
「だよねぇ、解る」
「何も知らない人がああいうのを口にしてしまうかと思うとさ、もう、恐ろし過ぎるんよね」
ふと不安になった。妹の顔が頭をよぎった。コハルさんのことも。ただ、コハルさんには前知識はあるかもしれない。
――もし、メグミやお父さんが何も知らずに、変なもらい方――買い方をしていたら。お母さんは知ってるかもしれないけど……
逸る気持ちで、本部へ戻る飛行機に乗った。
本部へ戻ってから、家へ帰る。車の中。
――でもまさかそんなこと……ないよな……
と、思っている時に、レケの言葉を聞いた。
「着いたぞ」
「……じゃあまた。ああそうだ、今度コハルさんが演奏会をやるから、次の任務、ちょい先にしたいんだけど、いいかな」
「オッケーオッケー、大丈夫。その演奏会、楽しんできなよ」
「うん」
降りたあとは見送った。
黒い車体が右折して見えなくなってから、家へと歩いていく中で、ふと後ろが気になり振り向いた。
こういう日常の中に、油断できない何かがある――潜んでいる――ということがあるかもしれない。飴の話も聞いたしな。
何もないと解って前を向いた。そしてバッグから買ったぬいぐるみを出し、考えた。
――これで喜んでもらえればな。
それからまた背後が気になった。後ろをたまに見ながら家の方へ歩きつつ、考えた。
――何か……いや、気のせいか……
空港で嫌な話を聞いたし、次はブラッドキャンディ関係の任務を選んでみようか、そんなことを思いながら前を向き、ぬいぐるみを持っていない方の手で、ドアの取っ手に手を掛けた。




