060 引き切るものと付け足すもの
今後、家族の名前を漢字で書くことはなさそうだ……というのを、メグミも、礎球の中学校に転入して実感したことと思う。黒板を使って自己紹介をする際とかも特に。
礎球の中学生の制服は基本ブレザーだというのを、メグミが初の登校をする日の朝に知った。前までの友達との別れがまだ辛い中だろうけど、礎球での新鮮な生活がどうにかその辛さを和らげている面もあったようで、最近の明るさはそのおかげなのかもしれない。
今日もまた、メグミは中学校へ。
「行ってきます」の声の感じからして、今はこれといって困難に直面してはいなさそうで――ほっとしている。
さて。
家の前に車が停まった。それに乗る。
既に乗っている者がいた。運転席にはレケ。
一台はレケが住むマンションの駐車場に移動していた。もう一台はジリアンのマンションの駐車場。
母さんと父さんのために新しい車が入れ替わるように一台だけ入って、うちで使うのはそちらになった。
これからは、その――レケが運転している車に乗って本部の地下に向かう。
その途中でケータイが鳴った。出ると――
「あ、ユズト? 潜伏任務が終わって今ちょうど暇ができて。何だった?」
リミィさんだった。
「家族を探したかったんだけど、それはもう終わったから……掛けてくれてありがとうございます、もう大丈夫です」
「そっか、ならよかった。私に聞きたい事があったら言ってね」
「はい」
「じゃ」
ケータイを切ったあとすぐ、車は地下へ。それからエレベーターで本部三階へ。で、いつもの任務受付にて。
「じゃあ今後はまた特に選ぶでもなく――ん、これにしよう」
B型免許持ちジオガードだけが受けられるリストの画面を指差した。たまたま当たった任務は、ディヴィエナ州中南部ライマン市キノースド区警察による依頼と書かれたものだった。ディヴィエナ州アンクウィット市は若干東部で今ここは少し温かい程度。ちょっと南に行くだけでかなり寒くなる。寒い所かぁ……という思いも湧いたが、やめてほかを選ぶという選択肢は僕の中にはないというか、選ぶことはやっぱりしない。
「暖かい格好を用意できたら早速行きましょう」
ベレスが言って、その準備をした。一旦、家へ帰って、Mサイズ容量拡大バッグの中に防寒着を。
それから本部に戻ってすぐに空間接続本の部屋へ。向かう途中の廊下でレケが話し出した。
「何か新しい目的……目標を立ててみないか? 自分たちの避けがたい事情やら悩みはもうなくなったろ、何か目指すものがあるとやりやすいからな」
「そうだね、うーん」
ジリアンは返事後、どういう目標がいいか考え込んだようだ。
僕が「じゃあ何がいいかな」と質問気味に言うと、言い始めたレケ自身が。
「年間の任務遂行件数ナンバーワンでも目指してみるか?」
言われて僕は何となく思ったことがあった、それを言葉に。
「別にそうなってもいいけど、自然にそうなるのがいいし、その数に固執したりはしたくないな。まぁコツコツやってりゃなる人はなると思うし……なんていうか……いつもどお~り頑張るだけでいいよ」
「ですね」
それはベレスの言葉。自分の言葉はそれだけでいいと言っているみたいだった。
……飛行機でライマン市に到着してからは、厚着して地図を確認後、北へ。主に電車で。
あとは歩くだけとなってから冷たい風を感じた。朝日もまだ低い。
キノースド区警察署に到着。まあまあ大きな所だ。
入って受付を見付けると、そこへ近付き、告げた。
「ジオガードです、こちらの依頼を受けて出動してきました」
「ああ、それなら入口にいたのがそうです」
手でも示された。
「どうもありがとうございます」
婦警に指示された通り入口に戻ったらそこにはさっきもこちらから一方的にすれ違ったスーツの男性が。三十代くらいか。
こちらがさっきと同じように「ジオガードです」と手帳を見せると、彼は言った。
「あ、よろしくお願いします、わたくし巡査部長のキウグス・リダンク、といいます。バスケなんかしたらダンクをアンコールされちゃう系刑事です、はい、どうも」
キウグスさんは凄い勢いでみんなと握手をした。ケナを前にした時だけ一瞬勢いが弱まったけどケナが手を出すとそれまでと同じ調子で手を握った。
「さて。あとはうちの相棒だけですね。彼が来てから話しますね」
そしてやって来たのは二十代くらいの黒髪の男性。
「もう来てるぞ、こちらはジオガード。で、こっちは相棒の巡査、アパイ・ワスラーガ」
「アパイです。すみません遅れまして。子供を駅まで案内したのとお婆さんの風船を取りに飛んだのと……あ、こういうの、最後まで聞きます?」
「いえ……全て解決してるんなら別に。それより任務を」と僕が言うと。
「そっすね」とアパイさんが言って、
「じゃあ行きましょう」
と、キウグスさんが先頭を切って歩き出した。
駐車場に出ると、大型のワゴン車に乗った。
「容疑者が今いるらしい場所の近くまで行きます」
ということで向かったのは、幾つかの店舗が入ったビル……の前。
「あそこの五階で、友人の支配人の部屋を借りて休んでいるとかで。友人は今は不在です、なぜかは判りませんが。バーをやっているようなので、もしかしたら仕入れですかね。長期間不在で人を匿っている状態ってことです」
運転席のキウグスさんがそう言うと、助手席のアパイさんからも声が。
「テレンス・フィスナ。殺人の現場で目撃され、髪の毛、指紋の証拠も数々……そいつをただ逮捕すればいいだけなんですが……これがいかんせん」
するとキウグスさんが茶髪を掻き乱した。続きは彼の口から聞こえた。
「少々手強いので」
そこで最後尾からレケが問い掛けた。
「対象は何を」
「包丁です、ステンレスナイフというか、そんなのを」
キウグスさんの返事を聞いて、確かにと実感した――暴れられると怖い代物だ。
そこでまたキウグスさんから声が。
「わたくしゲート能力をまだ覚えていなくてですね、逃がさないような場所に確実に運びたいんですが――」
「なるほど。じゃあ僕たちはそれをやれれば」
「お願いします。あ、それと。捕まえるのはこちらでやるので、逃がさないようにするサポートをお願いできればと」
――今回はサポートか。
思ってから頷いた。
誰が捕まえるかにこだわる気はない。みんなもその意味で頷いているように見えた。それに、テレンスが誰かを害さなくなるのが一番で、逃がさないための完璧な壁を作るのは自分たちにはできる。その点には不安もない。
「じゃあ広い場所を確認してきますね」
「あ、ちょっと」
車を一旦降りようとしたら、止められた。
「車で探しましょ」
キウグスさんが運転する車の窓からこの近所を見て回った。
近くにベンチのある公園を発見。ブランコ、滑り台、砂場、馬跳び用のタイヤ、平均台……とあり、子供が遊んではいる。ボールを扱える開けたスペースもある。
「あれ!」ケナが。「あの公園がいいと思う、あそこでなら距離を取って警告できそう」
「……だな、ちょっと見てみよう」キウグスさんは冷静だ。
車を降りて実際に足を運ぶと、かなりの広さだと実感。そこで彼らは率先し、
「ここにゲートを繋いで、ある事件の犯人逮捕を行います、危険ですので――」
と、退所の協力をしてもらおうと、そこにいた利用者家族なんかに働き掛けた。
こちらとしては、公園の出入口を確認した。出入口は二か所。
「ベレスはあっちに、えっと……ジリアンがあっち、いいかな」
「了解」
「レケ、ケナ、運んだら、ここらを壁で囲んでね」
「解った」
「おう」
「僕が上を塞ぐ」
準備万端。位置に着いた四人と、逮捕のために待機したキウグスさんをそこに残して、アパイさんと二人で車内に戻った。
アパイさんの運転で、さっきのビルの前へと戻った。
何か動きがあれば。なければこちらから促すか。そうだ、そうすればいいじゃないか――と思った時だ。
「こちらから誘い込もう」
同じ意見で何よりだ。ただ、人質になりそうな人がそばにいなければの話。
どこかから様子を完璧に把握したい。その旨を言うと、聞いたアパイさんが言った。
「ここからの監視は任せて。裏からならこっそり中を見て人がいないか把握できるかも。あ、五階の窓ですよ」
「五階ですね、了解です」
裏へ回ると、まずビーズを大きくさせ、それに乗って浮遊し階層を数えた。五個目の窓の横の壁を背にしてこっそり覗き込む。
――いるなぁ。参った顔で……ニュースでも見てんのかな。
ソファーに座っている。その顔は、印刷された依頼ページにあった写真と同じ。本人だ。
――ほかに人は……いないっぽい。ってことは、逃げようとしたらゲートに通せそうだな……この部屋の中かあっちの部屋の中で、邪魔されずに……
車に戻って報告。するとアパイさんは言った。
「じゃあ俺が玄関から行く、そうすれば隙を作る準備がしやすい。そのために裏からよろしく。彼が背を向けるか今いる部屋から出て玄関に来れば……キミは侵入してゲートの準備。俺はインターホンを押して警察手帳を見せる、覗き穴越しにも解るように、ね」
ふむふむ、と頷いて「解りました」と言い残すと早速同じ位置に浮いた。
すぐインターホンが鳴った。中をちらっと見ると、テレンスが玄関に向かっているのが見えた。多分出ない、でも、誰が来たのかを確認しておきたいんだろう、部屋を出た。
よし、と黒いビーズを巨大化させ、それをゲート化させて侵入し、あとを追った。一旦この黒いビーズとはさよならだ。礎力込めをやめると小さくなり床に落ちた。
彼は玄関に立ち、覗き穴から外を窺っているようだった。
玄関と直接繋がっている大部屋――隠れ家的なバーなのであろうスペースの方の北側には窓が。そこから逃げられるとまずいから、そこへは来させないようにしたい。そのためその大窓と、玄関近くのカウンター席との間に陣取り、近くの棚で自分を隠しながら、こっそり様子を見た。
テレンスは急に慌てて走り出した。
――今だ!
と、目の前に黒いゲートを出現させる。
思った以上にうまく行った。彼はすんなり入った。
そこへアパイさんも入った。よし、と思い、自分も。
公園の空にはどんよりとした雲が。
そして辺りには、たった今、白い壁と透明な壁が建った。即座に作戦通り上にビーズを。半透明な青いビーズだったが、それを完全に透明なものにしてやった。こうすると囲いの中が暗くなくて済む。
そんな空間にいるのはテレンスとアパイさんとキウグスさんと僕。テレンスはその一辺から出ようとしたのか壁を叩いたが、出られないと解ったのか、頭を抱えた。
アパイさんと僕が出てきた所に、キウグスさんが走ってきた。そのキウグスさんの手には拘束パーカーが一着。
僕だけ囲いの隅に身を引くと、警察官の二人がテレンスと向き合った。
「捕まえに来たのか」テレンスが言った。意外と若々しい声。「俺は何も……! やってないワケじゃないが殺してはいない! ちゃんと調査しろ!」
「なんで言い淀んだ?」
拘束パーカーをチラつかせながらキウグスさんが聞いた。すると。
「それは……」
またも言い淀んだ彼に、アパイさんから声が。
「証拠が言ってるんだよ、お前が犯人だってね」
「だから俺じゃないって! 言ってるだろ何度も!」
叫んだ彼の目が急に別の方を向いた。そちらを見てみる。その視線の先――透明なビニールの壁の向こう――にあるものと言ったら、夜になったら点く電灯とそれを支えるポールくらいだ。……その肩の高さの部分がなぜか凹んでいた。
彼へと視線を移したその瞬間だった、彼の目の前に、硬そうなナイフが巨大化した状態で出現した。そして浮いている。それが急速にアパイさんへと。
アパイさんの前にガラスワイパーが出現した。礎物なのだろう、それよりも前に何かの輪が現れた。どうもキウグスさんの方から巨大化しながら移動したものに見えた。
――指輪か。
それがナイフの先だけ通し、盾のようになる。と、ガラスワイパーが上から殴り、巨大ナイフを地面に押し付けようとした。その流れでナイフは水平に。そこでリングが上へ動いた。
地面、ガラスワイパー、リング……この三つにとんでもない力が掛かったようで、ナイフがひん曲がった。すると、ナイフ――包丁とは言い難くなったからか、徐々に小さくなり本来の大きさに。
ただ、それを素材にまた『生成』をされても困る。
手を出そうかと思った時、ガラスワイパーが彼の腹目掛けて飛んだ。
――大丈夫そうだな。
安心して様子を見た。
テレンスは首と背を地面に押さえ付けられ、リングで体の向きを無理やり変えさせられ、無抵抗を強いられた。こちらに足を向けてうつ伏せ。その状態では、こちらにあるひん曲がったナイフからの操作対象の生成も無理だろう。
それからはアパイさんとキウグスさんの手ですんなりと拘束パーカーが着せられた。
――よしオッケー。ただ話は聞くべきだけど……
天井のビーズをある程度小さくしてから礎力を込めるのをやめるとそれはより小さくなりながら落下し、砂と同化した。それから、
「みんな、もういいよ」
と話を通すと、壁はすぐに取っ払われた。
公園の外――見張りのベレスとジリアン両方の所で待っていた人たちに「お待たせしましたどうぞ」なり言ってから、すぐにみんなで車に移動した。
車内に入るまで彼は無言だった。弁明の仕方でも考えたのだろうか。
そんなテレンスが疲れたように息をしながら言った。
「なんでだ……俺は違う……」




