家族② その2
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ある日の朝だった。警察から電話が掛かってきたのは。
自分たち宛てだということでお母さんが代わって話した。
その顔が明るくなったのを見て、期待感が胸に満ちた。
「見付かったの? 会えるの?」
あたしが問うと、お母さんは言った。
「うん、会えるって……! みんなで会えるって……!」
顔がじんわりして、嫌な感じが全身から消えた気がした。だからやっと、すっきりした気持ちで感謝できると思った。
だから頭を下げた。お世話をされなかったらどうなっていたか。その怖さから逃げることができた。ありがとう。そう思いながら。
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ある時、聞き覚えのある所から連絡が来た。思い出したのは大会でのことだった。
警察やジオガードの支部、本部、全箇所の情報を知る調査情報管理局。そこからの連絡だった。
そこに勤務する男性は言った。
「わたくし、ダノールと申します。実はわたくしの所で警察の調査情報を整理している際、互いを捜索していそうな情報同士を見付けまして。ユズトさん、地球出身でしたね、元の家名はサエキでしょう」
調査情報管理局で情報共有することはよくあるようで、これでようやく結び付いたということだった。
ダノールさんの話によると、
『僕』『父さん』『母さんと恵』に直接協力した警察の三者の調査は、全てすれ違いになっていたのでは――
ということだった。
父さんに協力した警察は、逃げた足跡から推測し、オーネンド市カトブルック区とオーソンカ市ルクターガイ区だけを調査し、ずっと手掛かりを得られずにいた。
母さんと恵に協力した警察は、署内の手形指示棒による方角占い能力者のおかげで父が南に逃げたことだけは知り、オーネンド市カトブルック区の南のキンダウェア市だけを調査し、ずっと手掛かりを得られずにいた。
自分たちジオガードの声が掛かって三人を探した警察というのは、もっと別の市の警察で、その市内しか探さなかった。
なるほどなと思った。こんなに見付からなかったのも納得だ。
「どこで会うようにします?」
言われて当然、僕はこう答えた。
「本部で会います。家族には僕の所しか身寄りがないので」
それから任務受付前のエリアで待機した。
ある時、空間接続本の部屋へ行き来できる通路から、三人の姿が見えてきた。
三人は、その部屋のすぐ外で会っていたのだろう、三人共、ほっとした顔付きをしている。
そして三人がこちらを見た――ら、駆け寄ってきた。こちらからも駆け寄った。
やっと肩を組むことができた。こんなにも嬉しいことはない。
――ああ、生きてる。みんな生きてる。
その体温を確かめてから、この何日もの間どうしていたのかと詳しく聞いた。
母さんと恵は、物探しの印の手掛かりを、探せない状態にしてしまっていた。ドナの言った通りだった。
父さんは、遠くに運んでくれた老人夫婦に救われ、念のために礎術を授けてもらったらしい。
「本当は孫に与えるものだったらしいけど、それが……事故で無理になっていたらしくて……誰かに、付与したかったらしいんだ、自分が助けたいと思う誰かに――」
「そ、そっか……」
父さんはライターを操作できるようになっていた。今後何かあっても、どうにかできるかもしれない。そのためにくれたんだろう。……その人に僕も感謝したいな。
そしてこの二週間で、大きな変化がほかにもあった。
ガラナウェルから関連して、そのかつての犯罪グループを壊滅できたという吉報が入っていた。形跡によるとこれで全員捕まったらしい。その人物らは故郷を滅ぼした連中のDNAと一致するとも報せられた。
報告を受けた当初、つい、拳に力が入った。
もし、新たな何かに狙われていなければ――今後狙われることがなければ――お母さんはもう、何も怖がらなくていい。その話をすると、お母さんは……
「やっと。やっとなのね」
そう言って顔をくしゃくしゃにした。
恵とも話した。
「あたし、自分が怖いの。地球に戻ったら、どうなるか……」
「戻りたいなら戻っていいんだぞ」と僕が言うと。
「……ううん。礎術があるのが常識の場所にいたい。……あたしのためにも。地球の、小学校中学校のみんなには悪いけど……迷惑、掛けられないよ……」
「いいのか? 本心なのか、それが」
どうしたいのか。本人の意向。大事な気持ちだ。
「……うん。前向きにこっちにいたいから、ちゃんとあたしのために言ってるよ。ホントだよ。こんなんじゃあっちにいたら――って、こんな風に思うなら、もしかして後ろ向き? よく解んない。でも、そうだね、だから多分……どっちの意味でもこっちにいたいんだと思う。……それに、家族みんなで消えた、何日も……どこにもいなかった――みたいになってるはずだし。あたしね、中にはすぐに怪しいって思う人もいるんだって思うの。そういうの……嫌だから。向こうで何かあって礎術で人を……そんなの、起こるだけでも嫌だし、まだうまく操れないし」
酷い目に遭わせたくはない……という気持ちはとてもよく解った。それによく聞いたら、恵の力は暴走したらかなり危険そうで――自分を怖がるのも、よく解る。
人のために遠ざかる。傷付けたくないから。別の……認められる地を選ぶ。本人次第。人によっては選ばない道。大切な決断だ。水臭いと言う人もいるかもしれないけど。
「仲いい人と別れるのは辛い……から、悲しむ人はいると思う、でも、すぐにそんな話、しなくなると思うんだ……それも悲しいけどね……でもそれでいい、引きずってほしい訳じゃないし。ただ、あたしは……だからその……もうみんなと合わない存在になっちゃったの。だから……『あたしで』迷惑掛けたくない、今は。それが本心だし、あたしのためなの。だからいさせて」
「……解った」
目覚めてしまった礎術があまりにも……そのせいで苦しむかもしれないのは自分だけじゃないかもという恐怖を、少しでも和らげたい。選択肢はどう見てもひとつだった。
「お父さんとお母さんは? どうするの」
とりあえず聞いておいた。
「恵がこっちに住むなら私も」
「放っておけないから父さんもだ。優珠斗は気にするなよ」
「うん」
そこで、協力してくれて今ちょうど暇をしていたヒッツモーさんが話し始めた。
「まさかこんな事になるとはな。……ともかく。そういう事なら、あとは家で待ってるといい。色々と準備が必要だからな」
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俺は一旦、ジオガードと共に地球へ戻った。息子の同僚、ヒッツモーという男性とサンタディオという男性、二人を連れて会社の近くまで行くと、路地に入り、人が見ていない隙に透明化する小物入れに乗った。
上からもそれを被って箱に入ったようになる。それが透明化している間、中の何かも透明に。誰の目にも留まらなくなる。
それで会社の自分の上司、課長の席を外から窓越しに見られる高さまで浮くと、ヒッツモーが靴紐のゲートで小物入れの中とその席とを繋いだ。
その課長の机の上に、自らの手で、退職届をそっと置いた。
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父さんがうちの家に来た時に、なんて言えばいいんだろうと思っていた。
その時が遂に来た。そして面と向かった今――
「いらっしゃい。次からはおかえりだけど」
こう言えるのが嬉しい。
「ああ、来たよ。次からはただいまだな」
父さんとほぼ同じことを恵もやったという話だった。恵の場合は転校届。
父さんのあとでこの家へと、ヒッツモーさんとサンタディオさんに送られると、恵は言った。
「済ませたらすぐ帰ってきちゃった。別れって、わざわざするのは辛いし、行き先とか、色々聞かれるのも嫌で」
「わかるよ、巻き込めないよな」
僕はそう言って迎え入れた。
家族四人、全員が集まったことで、レケが提案した。
「ここは家族だけの家にすればいい。俺とケナは別の家に住むよ」
「私もそうします。ああ、えと、一人で別の家にという意味ですよ」
「はは、解ってるよ」と僕が言うと、ジリアンも。
「私も一人暮らしするいい機会だし」
話し合った結果チームのみんなは不動産屋に行って、レケとケナはマンションに、ジリアンはそれとはまた別の……その近くのマンションに、ベレスはうちに近いマンションに移り住んだようだった。
ハウスキーパーのルヴェンダさんは、「ご家族が慣れたら別の所に住みます」と、この辺のことを三人に教えてくれた。
……この家に住む流れとして――最初にしたのは、母が民族間の名前ネルファ・エッカタームを取り戻すことではなく、サラ・サエキという地球の名で新しく登録されることだった。ネルファ・エッカタームの方だと、何かあった時に過去を調べられてしまうとまずい。犯罪者を呼び込み兼ねない。
もう被害者になってほしくない。僕が考えてもこの方法にする。
サラ・サエキが登録されると、
『血の繋がった親または配偶者または親戚または子や孫等と礎球で暮らせるようになった』
を理由に、スピルウッド州シミーズ市役所に、まずゼフロメイカ家との離縁届を出し、僕と恵がサラ・サエキの子として認められるよう、ディヴィエナ州アンクウィット市に書類を出した。
これが認められてすぐ、トウヤ・サエキは僕と恵との血の繋がりからサラ・サエキの夫として認められた。
父は礎球で職探し。結局、菓子製造会社に就職した。
恵は力をある程度制御できるようになってから、礎球の中学校に通い始めた。礎術による事故がこの先絶対にないとも限らない。恵には味方が多くいてほしい。習得してしまったからこそ、それが身近になってよかったと、心底思った。
……家族みんなで暮らすようになってから、恵と母がオレンジヒカリヤモリのペタメイズ――ペタちゃんと戯れるところをよく目にする。そんなペタちゃんのそばで、恵が、礎球のことを学ぶための本を楽しそうに読む、そんなことが増えた。最初は物憂げにすることが多かったけど……
そんな何気ない空間を目にして思うのは、正解は幾つもあったかもしれないけど、これはこれでよかったんじゃないか、ということだった。
――楽しそうで何よりだよ。
最近はそんな風に思って庭に行くことが多い。
庭でよくやることと言えば、礎術が鈍らないようにするための練習。もう迷いもなく、つい先日よりも身が入る。
数日後――お父さんが世話になったという女性の元へ、家族総出で会いに行った。
招き入れられてから前庭の花壇なんかを窓の外に見ると、感動は素直に言葉になった。
「緑の匂いもいいし、凄く好きだな、ここ」
老夫婦と世間話、遊び、おやつ込みのティータイムを経て、感謝を述べた。
「お父さんのこと、ありがとうございました」
「いいのよ。これも何かの縁よね。また会って話したいわ」
「え……そりゃあぜひ」
うちには血の繋がったお爺さんとお婆さんがいない。お母さんは故郷を滅ぼされた。お父さんは孤児。
血が繋がらなくてもこうして会える存在。そう実感できて、何かが広がったのを感じた。
このお爺さんとお婆さんもそうだったりして。もしそうなら、僕らに何を感じたのか。
――また別の日に、お母さんと恵がお世話になった年配夫婦とその息子夫婦にも会いに行った。そちらでも同じように感じた。お父さんとお母さんも、こちらで知り合いという知り合いがいないから、こういった関係性はあるだけで嬉しいはずだ。
激動の期間だった。失ったものの方が多い、そんな気がする。だけどそこに支えがある。嬉しいことだ。
……ある時、電話が掛かってきた。
「ユズト様のお忘れ物がございまして」
メラーリーフ州のホテルからだった。競狼の引き換え券。確かに忘れていた。
それが当たりだという話だった。
――そりゃあ凄い……まあ興味ないんだけど。今後行く気も無いし。
ただ、もし嫌な人の手に渡る可能性があったらそれも嫌だなぁという考えだけは湧いた。
渋々受け取りに行き、帰ってきた時に手にしていたMサイズ容量拡大バッグから金をリビングのテーブルに出すと、近くにいたお父さんに言った。
「このお金、当たったからあげる」
「え、何だ何だ、当たったって何だ」
「競馬みたいなヤツ。狼の、ケイロウっていうヤツね。僕は要らないから。あげる。お父さんはさ、今なら何かと入り用でしょ。だからあげる」
「……なあ、その……あんまり人にいいようにするなよ、都合のいい人にされるぞ」
「解ってるよ、今は相手がお父さんだからだよ」
「あ、ああ……」
あくびをしてソファ―に座ると、そこへペタちゃんが来た。撫でながら眠気に身を任せた。そして思った。
――とんでもない激動だった……。でも……みんな無事だ。しかももう近くにいる。もしも何かあっても。
家族に視線をやると、この日常を守ろうという気持ちが、やっぱり強く湧く。
それ以上に、家族が、今、危険の中にいない、そのことが何より嬉しい――そんな感情も、やっぱり強く湧く。……うん。ペタちゃんは癒しだ。




