056 鍵を造らせる者
臨時も臨時だった。急いでダイアンさんに話し掛けたのがスピルウッド州においての昼で、家にたまたまいたのは幸いだった。
リビングでドナと軽い会話をしているらしいダイアンさんを前に、詰め寄るように言った。
「ダイアンさん! 赤いあの――許可カードを貸して!」
「う……ううん? いったい何が」
そりゃそうだと思う。こちらの理由など知らないワケだし。
つい矢継ぎ早になってしまう。
「故郷を滅ぼした奴かは判らないけど誰かが黒い鍵を造らせてるかもしれなくて、奴らのいたっぽい所に僕のとそっくりな黒い塊があった! 死体も! もしかしたら利用したくて探してるかもしれない!」
「それはまずい! 持ってくる!」
リビングから一旦離れたダイアンさんが再度戻ってくると、その手には赤い札が。それが許可カード…以前見た時と何も印象が変わっていない。
それをこちらに見えるように示すと、ダイアンさんは言った。
「前のようにリンクゲートへ運ぶよ」
風景を切り取る大きな白い縁のようなものの前へと戻ってきた。思い出の地でもある。この崖上で白い枠に念じると、その向こうに見える景色が変わった。
地球だ。自宅マンション前の鳶木公園の草地の上に今いるかのように、向こうを確認できる。
――くそっ、人がいる。
ベンチに一人。男性。
見られてはまずい。通るまではゲートとしては認識されないから様子を窺うことはできるが――
――仕方ない、あまり違和感がないことを願うしかないか。
チーム全員で急いで地球の地を踏み締めた。そしてこちら側から一度だけ念じて、リンクゲートを一旦、稼働していない状態に戻した。
率先するように走った。四人がついて来る。
こんな急ぐ団体だ、傍から見ると『何かあったのか』という思いを抱くか、もしくは『家族でランニングでもしているのか』と思うかもしれない。ただ、どう思われてもいい。顔さえあまり見られなければ。そういう想いから、『注目されるなら背だけにしてくれ』と願いながら走った。
全力でマンションまで。
着いたはいいが、エレベーターを待つ時間が惜しく感じ、階段を駆け上がることにした。
そして五〇五号室の前へ。
扉を開けることはできなかった。鍵が掛かっている。
――これならワンチャンまだ狙われていない……
実家の廊下をイメージし、辺りから人に見られていないのを確認すると、黒いビーズによる、背の低いゲートを作った。それを通って中へ――
全員が入ってからそれを消し、各部屋を見て回った。
だが、誰もいない。
――買い物か? 帰宅してないだけか? そうだよな? そうであってくれよ……!
胸に渦巻く焦りと戦いながら、妹の部屋の床に落ちている人形を拾い上げた。
そのままリビングに戻ると、そこに四人が全員いた。
歩み寄った時、ジリアンが話し始めた。
「鍵も閉まってたし……出掛けてるだけ? 私たちが先に来たのかも」
「まあ可能性はあるよな」
「どっちの?」ケナがレケに言った。無邪気に、一番大事な質問…
僕は人形をダイニングのテーブルに置こうとしながら、
「くそっ。解らない。もし遅かったんだとしたら入れ違い……」
と、まだ長く発言しようとした。その手にある人形を置いた瞬間、コツ、という音がした。
――なんだ、この音か。
人形――『うんうん頑張ったね』などと肯定的な音声を出す肯定ペンギン――のお尻には蓋があった。
スルーしようとしてから数秒後、なぜか気になった。わざわざ床に転がっていた。床に……。
蓋は開くらしい。開けると中から紙が。
『わたしたちをつかまえにきた、おにいちゃん、たすけ』
それだけが書かれている白い紙。
「くっそ!」
わなわなと手が震えた。
目に何が滲むのもお構いなしに、叫んだ。
「早く戻ろう!」
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「どうするんスか」
何かの犯行においてのみ利用する幾つかの拠点の一つ、離れた所に森が広がる……荒れた地に建っていたものの壊れた工場のようなもの。その中央にて、ノヴァインに言われた。
捕まえた女の指にあるものを知っている。だから取り寄せたものがある。それについてを返事とすることにした。
「母親は今は無視だが、娘には付与セットを使う」
付与セットのリングとブックとボール。それらがあれば、確か……阻害因子なるものが取り除かれる影響で、本来の目覚めうる礎述を覚えることができる状態になるはず。
そう思った時ルストが聞いてきた。
「娘にだけ? それで付与してどうなるんだ?」
念のため説明したが、まさかルストも知らないとは。それどころか俺以外知らなかった。誰も知らなかったらと思うとゾッとする。
利用するために、娘には力を与えなければならない、その仕組みを知るとこいつらは感心した。
与えなければならないのはネックでもある。だが人質ならいる。
「そっちは別の所に隔離だ」
俺が言うと、ノヴァインが、いつもの低い声で一言だけ「うす」と返事をし、少女の父親らしき男を連れて行った。
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本が現れた。巨大な本。
――ああ、やめて。いや、それとも、この方がいい……? せめていい力を……
黒髪の男がはめた指輪から恵に青い光が飛び、礎力が植え付けられた。本来は礎力さえ持たない者への措置。そういうものだと知っていたけれど、今は悪魔の光にさえ見える。
本が開かれた。
二つのページに渡って、付与可能な礎術の内容が書かれている。
1水を熱々のお湯にする礎術
2ひとつの小匙を大匙にしたり茶匙にしたりする礎術
3フラフープをゲート化させる礎術
4壁に立って歩いたり走ったりできる礎術
5棒や板に竹のようにしなる性質を持たせる礎術
6脱毛する礎術
7果物を皮と実と種に一瞬で分ける礎術
8塗った絵の具を使える状態でパレットに戻せる礎術
9傷を別のものに移す礎術
10爪を伸ばしたり適切な長さにしたりする礎術
11名刺を人の手に一瞬で乗せる礎術
12前だけ明るくするランタンを出現させる礎術
13イヤホンプラグを向けた先の機器の音を聴く礎術
14スプレー同士の中身を入れ替える礎術
15皮をなめして革の状態にする礎術
16嗅覚を一定時間感じなくさせる礎術
17一日に一度だけ脚の感覚を三十分間麻痺させる礎術
18念じて紐を動かせる礎術
19広葉で包んだ木の実を米にする礎術
20特定の礎術を指定し一定時間使用禁止にする礎術
どれかが恵に与えられてしまう。そうなると優珠斗同様、必要に駆られれば『固まる黒い礎力の液』の力を覚えてしまう。
こうまでして付け狙うのなら、彼らは多分、それを狙っている。
――恵が利用されてしまう。でも、生き延びるなら従うしかない……!
なんて絶望なのよと思った。こんな人生だと決まっていたかのように、あの時の影のように、また。恵なんて、普通に暮らしているだけだったのに。
私には抵抗の術がない。
ただじっと、怒りたいのを抑えながら、彼らのやることを見続けた。
一番堂々としている黒髪の男が、自ら開いた本――巨大になった本を指差した。
「娘、お前に付与する。承諾しろ。しなければ父親を殺す」
「ふざけないで!」
つい叫んでしまった。あの人まで巻き込んでしまうなんてという想いは確かにあった。喉と口が勝手に。恵が固まってしまっているから落ち着かせたくて――間を持たせたくて――その想いもあったかもしれない。
「余計なことをするな。お前の旦那が死ぬぞ」
泣きたくて仕方がなかった。それでも目に涙を溜めるだけに留めた――怒りと共に。
恵の声が聞こえた。
「わ……解った」
――ああ、なんてこと。こんなことを言わせてしまうなんて。
私が悪い訳ではないと言われても、きっと私は苦しむ。そして彼らを恨む。
娘の発言のすぐあと、本の横にルーレット台が現れた。まるでこれからの運命を占うルーレット。逃げられるのか、それとも地獄か。
「台に触れろ」
リーダーらしき男に言われ、恵が恐る恐る触れた。
するとその男が――さっきから黒いバッグに手を入れていて――そこから一つのボールを取り出した。銀色の球。大きな本やルーレット台に見合ったソフトボールよりも大きな銀の球――へと、それの大きさは二秒ほど掛けて変わった。それを男が投入。
しばらく待った。
ボールが止まったのは、十九番の所。
そんな番号など男たちにはどうでもいいらしい。そんな態度だと一目見るだけで解った。こちらに取っては大問題。本が消える前に……見やった。必死に見た。
広葉で包んだ木の実を米にする礎術、そう書かれていた。
うまいこと行けば何とかできそうな礎術ではある。でも、この場所では……そんな想像も湧かない。
――ああ誰か。助けて。助けて。
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礎球へ戻ってきた。
ダイアンさんの屋敷へと鏡のゲートで一旦戻ると、そこでケータイを手にした。
それですぐにリミィさんに掛けた。
「――そのカーテンで礎術や礎術道具の効果を阻害されていた可能性があります、以前の事件で地下にいた大勢の人もそうだった」
「その犯人が、今は別の場所で同じカーテンを使っているかもしれないのね?」
「ええ、お願いします」
判定の結果が出るまで、少し時間が掛かってしまっている。
「くそ、今頃三人共……」
思う中で予感がした。三人ですらなくなるかもしれない、と。
「焦るよな、気持ち、解るよ……」
レケがそう言った。多分、救えなかった家族への気持ちを思い出しながら言ったんだろう、その言葉は続いた。
「使命だけを考えろ。助けるために動く。そのためだけに。……って、いつも考えてることだな、普段の任務でも」
レケは薄く笑った。
それを見て湧き上がるものを感じながら笑みを返した。
「確かに、やることはそう変わんないな」
やるべきことを考えた。
その時だ、ケータイから声が。
「やっと絞れた」
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彼らが所々に置いているLED式のようなランプのおかげで辺りは見える。そのおかげで、手擦りに引っ掛けたロープで両手を縛られている、という状況を正確に知ることができた。
どうにかして逃げようと考えはしたが、まずどうやって拘束を解けばいいのかに悩んでいた。
助けさえ呼べれば。
自分が逃げても二人は殺されない。彼らは利用したいはずだから。自分だけは逃げれる。確信があった。
こんな理解の仕方をしたくないと思いながら、自分の身の回りに目をやった。
ロープを切れそうなものは何も転がっていない。
身に付けているものやポケット内のものについて考えてみた。
――あるのは、眼鏡、スマホ、スマホケース、靴、腕時計……くらいか。
眼鏡は壊せない。ほかの手段に使うべきじゃない。名も知らぬ土地で、そもそも地球ですらない場所で、常識を知らない自分が目で物をきちんと見ることができないのは致命的だ。
だったらどうする。どうすれば……
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「多めに礎力を――魔力のようなものを与えた。さっさと覚えろよ? サボってると感じたら父親を殺すからな」
リーダーっぽい男がそう言って、こちらの目の届かない所に行ってしまった。彼に代わって、確か――ノヴァインと言われた、大きな男が今は目の前にいる。
あたし自身、確かに、不思議な力に憧れを抱いてはいた。お兄ちゃんみたいに力を持っていたらと。
――でもこんなの望んでない。
必死に、黒い液体が手から出るようにと念じた。あたしの制限が付与の影響で外れたみたいなことらしいから、できるらしくて――必死に礎力というものを込めた。
蜃気楼みたいに見えるこれを手に込めればいいんだ、そう思いながら込め続けた。
――早くできてよ。早く出てよ。出ないとお父さんが死んじゃう。
必死に込めるしかない、今あたし、本当にそう思ってるのに。




