055 鍵
ディヴィエナ州南西にあるベラボニー市のサミーバ区。そこで、指名手配犯を追ってある家へと向かっていた。
入念な準備をしていた。追跡の際に気付かれないように、二手に分かれ、黒いビーズのゲートで僕とレケが――結束バンドのゲートでベレスとケナとジリアンが――建物の屋根や屋上を移動。上から観察し尾行を続けた。
男がとある一軒家に入った。
前にもこんなことがあったと思い出してから、何かが引っ掛かった。
地球の基準で言えば洋風と言える家。
礎球のその家の前後左右から、四人が、逃げられないように監視し、僕だけが一人でまず入る。
玄関ドアに鍵は掛かっていない。そこから入った。
廊下を行くと、リビングから複数人の話し声が聞こえるように感じた。ほかからはそんな声が聞こえない。
ドアを開けリビングへと入った。
「ジオガードだ!」
すると一人の男がこちらにハケのようなものを飛ばしてきた。
こちらもとっさに対応する。
――シャタリング・グレー!
巨大な灰色のビーズを無から生み出す。念じるのを止めると消える礎物としてのそれは、中を通ったハケのようなものを一瞬で粉々にした。
「嘘だろ……!」
その嘘が起こったのを目の当たりにすると、別の一人が紐のようなものでゲートを作った。
――行かせない!
全部で三人。その全員に対し、初心に戻って――
――散弾!
瓶の中から目の前に大量にビーズを浮かせ、人の頭ほどの大きさにし、それを超高速で放った。最高速の車よりも速いビーズの弾丸。
彼ら全員に大打撃の雨が降り注いだ。
手を抜かなかった。全て瞬間の判断。ただ相手もそうだったようで――
「くそっ」
一人だけ逃げた。
逃げた男は直前、爪切りのようなものを巨大化させていて、仲間のゲートを通ってからその爪切りで何かをしたようだった。
近くを見ると、二人が倒れている。その二人ともが、首を切り離されていた。
吐きそうになりながらも、奴がしたのはそれだと理解した。
仲間みんなを呼び、今回のターゲット死亡による解決になってしまったことを告げると、ジリアンが同じく口をグーで押さえながら言った。
「一応は任務の肝、イユーザ・ヘイクを止めることはできたのね、こんなことは想定してないけど」
「そうだな」レケが、眉間にしわを寄せた。「で、何人いたんだ?」
それには僕が。「あと一人ここに」
するとベレスが。「あとはその人物を捕まえれば」
それに対して頷いてからテーブルに目をやると、静かにただそこにある黒い鍵を見付けた。
前にもこんなことがあった。捕まえた誰かがいた家の居間の棚にあったのと同じ色合い。
たまにあるこの黒い鍵は、ただ流行っているだけなのか。それとも――
ふと浮かんだ考えがあった。
――まさかそんな。もしかして、だから……
ゾッとしながら怒りが湧いて、そこへ、ケナの声が聞こえた。
「大丈夫だよ、気にしちゃダメだよ、ユズトのせいじゃないよ」
ストッパーのように思えた。ありがたかった。僕が考えた内容にケナは気付いた訳ではないらしいけど、それでも、その声は温かさに満ちていた。
収容された男に会いに行ってそのことを聞いてみた。面会用のガラス越しに、意味ありげに言われた。
「教えると思うか? 自分で調べろ」
「つまり特別ではある、と。それは認めたな」
「……ふん、認めたから何だ?」
「突き止めて終わらせてやる」
収容所を去ったあとで、念のためリミィさんに電話を掛けた。
黒い鍵を使って儲けている、もしくは、その恩恵を最も大きく受けている――首謀者的な立ち位置にいる人物は今も生きているのか、そういったことを聞いてみた。すると――
「生きていると書いた紙を入れた水が赤くなった。死んでいるってことね」
――そんなこともある、か……
少しショックでもあった。ある予感を無意味にされた、という感覚。
ただ警察の手で解き明かされればそれでもいい、そう思うことにした。
また、別の日。
もう随分と月日が経っていた。幾つかの任務を遂げ――
そして、もうほぼ半年が経っていた。
コハルさんとの仲は、あまり進んでいない。正直、傷付けたくなくて、あまり深く触れ合うことができていなかった。ずっと同じ調子で時を過ごしている――特に何もなく。今はまだそれでいいと思っている。ゆっくりでいい。ただ、お互いの気持ちを解ってはいるつもりだ。
お盆の頃にはまた地球に一旦戻った。
妹の恵は中学生になっていた。恵は「部屋に来て」と言ってドアの前で待たせた。「いいよ」と言われてからドアを開けると、セーラーの夏服姿の恵がそこにはいた。
「おー、似合ってる」
「えへへ、そうでしょー」
そんな流れから部屋を見た。随分と部屋の様子も変わっている。
ふと、ぬいぐるみが気になった。
「こういうの好きなのか? ケナにも何かやるかな……ケナも好きそうなんだよな」
「いいね、あげちゃいなよ。ちなみにこれは肯定ペンギンっていう名前で――」
それは、こちらの声掛けのワードに対応して、「うん、うん、そうだよね」や「うん、うん、辛かったね」、「え、いいね! それ凄く嬉しいじゃん!」などと声を聞かせてくれるものらしい。どこか古めかしいようで、どこか対応力のある凄い品のように思えた。
「へえ、面白いなそれ」
「でしょ!」
母には任務で解ったことを話さなかった。全部終わってから伝えてもいいだろうし。それに、今また故郷の悲しみを思い出させてしまうだけになるのもなぁ……。
話が弾み、楽しく過ごせてから数日後に、また礎球に戻った。
それからはまた、みんなと任務漬けの日々。貯金もあるしたまの休みにはよくコハルさんと会った。会っている間は至福のひと時だと思えた。
二人で地球博物館を訪れた日もあった。そこで初めてこう言った。
「僕、実は地球の人で……母親は礎球人ではあるけど」
話しておくべきだと思った。
「そうだったんだ」
「うん。だから、その……」
「焦らなくていいよ」
「……学んではいるんだけど、それでも知らないことはあるから。逆に礎球のことは、支えてもらえたらって――」
「うん」
「僕からも支えるよ、コハルさんのこと」
「ありがとう」
こちらが至らない時はコハルさんはよくこう言ってくれた。
「いいのよ、ユズトくんはまだ十六なんだから。あたしより人生経験不足なのは当たり前でしょ?」
自分が年下だということで色々と思ってしまう。
……ただただ見合う人でいたいな。
互いに、相手の心の鍵を持ち、開き合えたらと思う。任務外ではそんな日々が続いた。
庭に植えたフユツリバナは最近咲いた。ディヴィエナの冬――八月頃に咲くということで、待った甲斐あって今は元気に虫を食べているし、発光もしている。咲いてから三年ほどは元気に光り、虫を食べて生きる。萎れるまでに三度ほど実を生らせる。最後の時期の実だけは食べず、その種が次の代の夜の彩りになるよう植えるつもりだ。
この数か月で、ジリアンがゲート能力を身に付けた。
◇濃い青のリップスティックを出現させる(維持タイプ)
◇濃い青の口紅で描かれた部分が枠状になっているならゲート化させる(維持タイプ)
このゲートをドロウィングリップゲートとジリアンは呼んだ。略してドロウィングゲート。描くことに重きを置いているらしい。
ほかにも数々の変化があった。
ケナは身長がまあまあ伸びた、半年も掛からずにこんなにと思うほどに。
ルヴェンダさんはほかの家の清掃等もするが、うちの任務中のハウスキーパーとして活躍する中で、かなり打ち解けた。ほぼ無表情で言葉は少ないながらも、積極的な言葉が増えたし、ジェスチャーも多めだ。そのジェスチャーが面白かったりする。
任務を幾つこなしたか……もう覚えていない。
クレイズのような殺人犯とその一味を、警察と協力して確実に捕まえた日もあった。
そしてある日。
爪切りを操る礎術を使う――強盗等の容疑で指名手配の逃走犯リカット・セウソを目撃したという情報が仲間から入った。新しく組織された彼の一味も同時に捕まえたいし、都会の人が多い所にいるとのことで、追跡も厳しいと見た同期のチームがこちらに協力を仰いだということだった。
その協力するチームというのは、試験で見た人たちだった。
チーム名「リプトラン家」
フェルヴィーン。蔓使いの男性。二十代くらい。
フェセルグス。草使いの男性。十代くらい。
フェガ。花使いの女性。十代くらい。
フェテリオル。葉使いの男性。二十代くらい。
フェネリー。根使いの女性。二十代くらい。
フェキディア。枝使いの女性。五十代くらい。
フェオジー。種使いの男性。五十代くらい。
フェマルツ。実使いの男性。五十代くらい。
フラウヴァ州オライン市プランタラル区。目撃現場の近くのホテルの一室で会った。
本部へは、別の州からの依頼もよく来る。だからディヴィエナ州から外へ出ることもある。彼らはフラウヴァ州に配属されていて、そこで暮らす中で偶然目撃した――という事らしい。
向かってすぐ思ったのは、今のオライン市はアンクウィット市のように寒くはないということ。アンクウィット市より赤道に近いから当然ではあるがそもそもあまり寒くならない――ベレスによるとそうらしい。
会ってすぐ思ったのは、まず呼び方に気を付けたいということだった。連携に関わる――というのは一番の理由ではない。毎回フェと最初に付けなければならないのは覚え難いのと呼び難い……これが一番の理由だった。
あの試験の実況みたいに『フェ』を外して呼んでいいかとこちらが聞くと、フェマルツさんが頷いた。
「構わないよ」
「私のことだけ、ガーカとでも呼んでくれれば」
「ガーカね、了解」
彼らの正義感を信用、信頼し、彼らにも礎力を込めるコツを教えた――逮捕行動を取る頃には変化に慣れるはず、そう見越して。
そして作戦を入念に頭に叩き込み、位置に着いた。
よく人通りがある場所で重点的に……観光客のように人に目をやった。
ホテルにはテリオルさんとネリーさんとオジーさん、近くのデパートにはルヴィーンさんとガーカさん、大きな公園にマルツさんとキディアさん、競狼場にはセルグスさんと僕、カフェにジリアンとベレス、また別のデパートにケナとレケ。分かれて監視。
これだけの場所に足を運ぶのは、リカットたちがどこで会うのか解らないからだった。
「リカットを目撃した場所はデパートなんだけどね」
セルグスさんがそう言った。だからと言って次もそうとは限らない。
「最初に尾行して盗み聞いた話では四人だ」
とも、セルグスさんが。
連中は全部で四人はいるはず――だから四人だけでも同時に捕まえたい。普段どこにいるのか……それぞれの居場所を四人分突き止めたいからこその作戦。
ついでに賭けをした。折角、競狼場にいるのだからとセルグスさんが言い出したから。あまり興味ないんだけどな――僕は。でも仕事上、関係性を悪くしたくはないし。やるのはいい。やり続けたいとは思わない。
そう思ってから、僕は、狼の肉付きのよさや態度を見ていった。落ち着いた、がっしりとした、顔付きのいい、そういう子を選び一万リギーを賭けた。新人で経験がなく大穴らしいが、日常的に賭ける気がないからこそ額は適当。失う前提。
双眼鏡でトラックを見るだけでなく客にも目を向けた。
双眼鏡を目から離しモニターを見ることも。
そんな中ケータイで連絡が――
「あ、もしもし、俺、テリオル。今ホテルなんだけど。やっぱここでよかったわ、みんな来れる? ルゲロックホテル」
ルゲロックホテルのロビーに集まり、まず話すのは、やはり作戦について。
「ここに四人がいる。ただそれで全員とは限らない。尾行した先で逮捕に移ろう」
四組に分かれることにした。
セルグスさん、ガーカさん、キディアさん、マルツさんの組。ルヴィーンさん、テリオルさん、ネリーさん、オジーさんの組。ジリアン、ケナの組。僕はレケ、ベレスの二人とだ。
そう話してから少し時間が経つと、四人が出てきた。全員が変装しているように見える。が、意識して見れば何となく解る。一人ずつでいたら違和感に気付かないかもしれない。辺りへ警戒していそうな動きもしている。四人中三人は既に何かしらやっていそうだ。一人は確実。リカットは殺人犯でもある。だからこそ僕は、
「気を付けて」
と言って、動向を見張った。
彼らは今日このホテルで何かを話し合ったようで、入口まで歩くとそこで別れた。リカットはホテル内へと戻り、ほか三人が外へ出てどこかへと。
観光客の振りをしながら、セルグスさんがまず言った。
「じゃあ」
「ううい、またな~」
マルツさんに言われてから、セルグスさんは、ガーカさん、キディアさんの二人を連れ、短髪のサングラスの男を追い掛けた――知られぬように。
オジーさんも、四人で観光客の振りをして短髪の女を追った。
ジリアン、ケナの組は姉妹で出掛けているという体でガタイの大きな男を追う。
終始こちらも追っ手とバレないような格好だ、一番身軽な持ち物ではなくあえて大きなバッグを持っている。追った二組も格好からバレることは、きっとない。




