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006 証拠

 僕との戦いはレオさんのためになった。きっとそうなんだ。なら、それは嬉しいことだ。そう思いながらリングを下りた。

 控室に戻ってから、本戦番号付きリストバンドを置いて去っていくレオさんを見送って、そして待つ。次の選手を呼ぶ声。


「本戦一回戦第五試合、クレイズ・アイマフ選手、ケナ・イース選手、どうぞ」

「ははっ」


 その笑い声は男性のもので、とても奇妙な感じがした。その笑みの顔も、ぞっとするというか……

 女の子は、びくっとしてからついて行った。


 ――ヤな感じ。


 第五試合――が始まってすぐ、女の子は石っぽいものをその辺に撒いた。そしてそれを蹴った。するとそれが放物線を描いたのちに床に当たると轟音を立てた。


 ――おお? なんだ、凄いぞ。


 様子見でもしているのだろう相手を角の方へと追いやる。リングの端が近い。蹴った石が避けられて結界壁に当たった。物凄い轟音が鳴る。そして落下――場外の地面に衝突した際は、また轟音が鳴った。


「ケナ選手これで予選を勝ち上がったのでしょうか、かなりの威力がありそうだぁ!」


 女の子の方がケナという名前らしい。


「さあクレイズ選手どう出るのか」


 ■■□□■■□□■■□□■■


 ある時、ふと思った。


「犯人はなんで大会を絡めたんだ?」


 自分でぽつりと言って、肌が粟立つのが判った。

『なぜ大会を絡めたのか』

 そうだ。なぜなんだ。金でも恨みでも、三億も失わせて失墜させたいにしても、礎術(そじゅつ)大会でなくてもいいはず。なぜ大会を?


 ■■□□■■□□■■□□■■


 ――相手が小さな女の子だし、クレイズさんも『手加減に苦労するなぁ』とでも思ったのかな、だからあの変な顔だったのかな。


 そう思ったけど、一瞬後、目を疑った。

 石らしきものを蹴る小さな少女を、巨大化した革製品のような何かで包み込み、リング中央までそのまま引きずり、天井の結界壁に叩き付けたあとは床に叩き付け、また天井の結界壁に叩き付けたあとはまた床に叩き付けてまた――クレイズさんはそれを何度も繰り返した。


 ――これが戦いと言われればそれまでだけど。でもあんな小さな女の子なのに。なんて奴だ。なんでこんな。


「は、はっはっは!」


 微かな笑い声が中継された。常軌を逸してる。信じられない。


「大変なことになりました。これはもう無理でしょう。降参の声が上がるはず」


 実況が悠長なことを言っている気がした。

 何だそのゆったりした構え方は。おかしな状況じゃないのかこれは。

 連続の叩き付ける行為が止まっても、リング中央の空中で、カード入れのようなものが、まだ、あの子を握り潰そうとしているようで、完全に包み込んでいて……


「あああ! ふぐっ――」


 悲鳴みたいなものが聞こえたけど、途中で止まった。


「ちょっと! 音量大きく!」


 降参の声を審判が聞き漏らさないかどうか、確認したくなった。そもそも状況を確認する必要が出てきた。

 僕がテレビに近付いている間に進行係の男性がリモコンで中継の音量を上げた。


 ボキッ――


 ――今、何が聞こえた? 想像通りなら、じゃあ、悲鳴は? なんで悲鳴がない?


()めろ……止めろ! やめさせろよ!」

「しかし降参の声がないことには」


 言われてゾッとした。ケナちゃんの顔は、クレイズの武器で完全に覆われている。どうなっているか確認できやしない。


「声を出せないかもしれないのに何言ってんだ。さっき悲鳴も途切れた! 顔も隠されてる! 骨が折れた音もしたよ! なのに今や叫び声もない! どう思うんだアレを見て!」

「でもルールでは――」

「だから何なんですか! 降参したいけどできないのかもしれないのに!」

「うーん。あ、ちょっと!」


 ――もういい! 話すだけ無駄だ!


 思ってすぐ走り出した。扉を開け通路に出る。迅速にリングに向かう。でも、見えない壁にぶち当たって頭を打っただけで、向こうにいけない。関与を阻む結界壁を恨みながら、僕は何度も叩いた。


 ――くそっ! なんでだよ! 誰か止めろよ早く! こんなの間違ってる! ふざけんな!


「おっと降参のようです」


 声が聞こえてすぐに通れるようになった。怒りのまま駆け寄った。

 ケナちゃんはリング中央。……無事なのか? いやそんなワケない。

 近付いて見下ろしてみた。――やっぱり。涙を溜めて遠くを見てる。動かない。

 クレイズ……! なんて奴なんだ。あんまりだろ。もうさん付けなんかするもんか。

 奴が控室へと向かう中、聞きたくなった。


「勝ち方なんて幾らでもあっただろ。なんでこんな勝ち方なんだ」


 クレイズは、こちらを見て応えてくれはした。


「さあ。気まぐれかな。ま、ちょっとイラッとしたんでね。こんな所にいるのが悪いんじゃないか?」

「ハッ、くそ野郎が……」


 頭に血がのぼる。理解できないというレベルじゃない。

 こちらの呟きを聞いても「ふんっ」と小さく笑うだけ。クレイズは何事もなかったみたいに控室へと戻っていった。


 ――どうかしてる。頭のネジ何本消え失せたんだ。


 そう思ったところに担架が来た。白衣の男性たちがケナちゃんを担架に乗せ、運んでいく。

 別の入口から彼らが出ていくらしいと解ってから、僕も控室へと歩き出した。

 通路を戻る際、二人の男性とすれ違った。次が彼らの試合なんだろう。

 控室に入ると、部屋を横切り、そこからすぐさま廊下に出た。

 廊下には、負けても帰らずに大きなパネルで観戦している選手が多くいるようだった。見た顔がちらほら。係の人も。ガヤガヤとうるさい所にいたくない――思って近くの階段を上がった。


 ■■□□■■□□■■□□■■


 ――大会……を、利用した理由はなんなのか。大会、レジリアドーム、そこら辺の自分の知識をできるだけ思い出してみるか。

 ダイアン様の視察の警護で、あの礎術(そじゅつ)大会の会場へは何度か行ったことがある。

 あの場所で何が。犯人が喜ぶ何か。人員? 強者は多く集まる。人材? 状況?

 待て。落ち着け。金も絡めた。つまり?

 コースルト氏が懸けさせられたのは三億リギー。大金の小切手は銀行で崩され、夕方、ドームに運び入れられた……という時があったはず。今回もそうかもしれない。

 コースルト氏の元でなく、誰かの護衛もおらず、運ぶ警備員が下手をする、なんて事があれば――!

 その時間のドームに来るトラックを狙われているっ? もしそうなら屋敷にいる場合じゃない!


「アデル」


 私が仮説を話すと、アデルは目を丸くした。「多分それだ、いやきっとだ」興奮を抑えるのに苦労したのかもしれない。そんなアデルに言い渡す。


「この屋敷にいてくれ。私はドームに」

「ああ、頼んだ。こっちは任せろ」


 ■■□□■■□□■■□□■■


 階段を上がった先は勝ち残った選手や関係者だけがいていいスペースらしい。そう看板にある。

 二階に上がってすぐ、右に少し行けば窓がある――まあ、ここを包むようにどこにでも窓はあるみたいだけど――その窓の前に立って、外を眺めながら思った。


 ――あんな奴に優勝させたくない。それに、あいつには、礎術が使えないようになってほしい。できるのかな、そんなこと。治安状態から見てできそうなんだけどな。できたらいいけどな、資格の剥奪みたいに。


「あの。もしもし、ダイアンさん今いい?」


 襟についた通信用のバッジ型マイクに念じて話した。するとイヤーカフ型受信機から声が。


「なんだい」

「力を使えなくする方法ってあるの?」自分まで目に涙を溜めてしまいそうだった。

「……それなら拘束用の礎術道具というのがあるが」

「それって一生効果ある?」聞きながら心を落ち着かせようとした。

「一生となると、警察に捕まえてもらうしかないかな、封印用のチップを埋め込むんだよ」

「じゃあ捕まえないと。いや、捕まえてもらわないと、か」

「力を封印してほしい相手でも?」

「うん、選手にちょっと――や、かなり危ない人がいて」

「そうか……」

「で、大丈夫かな、一つ封印しても別のを覚えたら使えるとか、ない? 完全に駄目にしたいんだけど」

「それは大丈夫。礎術(そじゅつ)の覚え方としては、実は、ユズト君に与えた方法は特別過ぎてよく除外されるんだが、元々二種類なんだ、遺伝(いでん)礎術と専心(せんしん)礎術の二つ。逮捕後に使われる封印用チップは、その両方を封じるし、ユズト君のように付与されたものであっても封じる。完全に全部封印できるんだよ、一度にね。埋め込まれたあと付与されてもそれは封じられる。だから心配要らない」

「そっか……ならよかった……」

「ただ、警察が出動可能な何かがないとな。『選手が試合でやったことですが』と言ってしまうと取り合ってもらえないだろうから」

「そっ……そうなのか……でも、まぁいい情報がもらえた。ありがとう」

「いえいえ」


 そこで念じると通信が切れてあちらの音が聞こえなくなったようだった。バッジ型マイクも、念じてオンオフができるんだろう、オフにしておいた。

 振り返る。

 と、女性が走っていくのが見えた。誰かを心配していそうな――処置が必要な患者の元に駆け付ける親みたいな――そんな態度に見える。

 何となく目で追うと、彼女がすぐ近くの部屋に入ったのが見えた。

 その上のプレートを見ると、医務室、とある。

 何だかピンと来た。ドアに近付く。

 手を触れ開けようとして――中から話し声が聞こえてきた。


「なんでこんな……ああ、ケナ、なんて無茶したの」

「……お金、欲しかったから」

「お、お金?……そ、そんなに困ってたの?」

「うん。そう見えたよ」

「そう見えた? え? どういうこと?」

「リタ先生、あのね? あたしね、リタ先生が困ってそうだなぁって、思ってたの」

「何? 私のためなの?」

「……うん。でも、それだけじゃなくってね。あたしのためにもなってたの。お母さんが……いなくなったから、あたしの家、もう、あそこだけでしょ? だ、だからね……もう……なくしたくなかった……から……っ。自分の、居場所……!」


 涙声だった。対してリタ先生らしき女性も。


「そんな……。そんなコトを思わせてたなんて。そんなに、思わせたなんてっ! ごめんね……。ごめんね……! そんな風に思わせないように、私も、頑張るから……! ありがとう。ごめんね。それとね、もう一つ、言わなきゃいけない。ふぅ……あのね、これは、危な過ぎるの。こんなのはもう駄目。もうこんなことしないで。心配させないで。お願い。もうこんなの駄目、しちゃ駄目……」


 ケナちゃんの返事はなかった――声を出せずに(うなず)いただけなのかもしれない――

 聞いていて切なくなったけど、その割に自分ができることなんて何がある? と自分に問い掛けた時、できることがそんなにないことに気付いた。

 事情なんて人それぞれ、というのはレオさんとの戦いでも思ったけど、これは特に――


 ――それを考えもせずにあの野郎……絶対許さねえ。


 控室に戻ると、いつの間にか本戦一回戦は全部終わっていた。次は勝ち上がった者たちの戦い。だけど――


「昼の休憩を挟むので、一回戦が終わった方は昼食の時間にしていただいて結構ですよ」


 進行係のその言葉で、ひとまずは休戦。

 昼食を味わえる気はしない。けど、とにかく食べないと……

 食堂に行って、紫色の麺の料理を注文した。

 それが載ったお盆を持ってテーブル席へ。

 四人席。見付けたその席にはフィンブリィさんやペーターさんが既に座っている。空いている席があったので、そこに座る。


「あの。クレイズを警察に捕まえさせたいんだけど何か方法、ないですか?」


 僕の隣はペーターさん。ペーターさんの前がフィンブリィさん。フィンブリィさんの右隣だけ人がいない。ただそこには、カツ丼の載ったお盆がある。だから離席中の誰かがいたことだけは解った。

 ペーターさんが言う。


「証拠がないことにはな」

「証拠……。ですよねぇ。とりあえず通報――じゃ駄目ですかね」


 僕が頭を掻くと、ペーターさんがまた。


「試合だと言い訳できるうちは出動できない。それに『まさかそんな奴が出場するかなぁ』と思う人がほとんどだろうし」

「そんなこと言ってたら!」

「ああ、解ってるよ。君もそう言うと思って、クレイズがやってそうな事件を調べてみようって話になった。イルークが向こうで電話してる。調査情報管理局の知人から何か知れるかもしれない」


 ――調査情報管理局? そんなのがあるのか。でも、そういう事件なんて世界中で起きてるんじゃ。

 そう思ったところで、イルークさんがやって来た。そしてカツ丼の前に座りながら。


「マジであったぞ、該当した」

「マジか。で、どんな?」ペーターさんが聞いた。

「えっとな、打ち身とか骨折で死んだ被害者が郊外で発見される――っていう事件がここ最近セントリバー州で何度も起きてた。被害者はみんな特に悪さをしていない女性。クレイズの得物が革製品だからそれに関する証拠はないかって問い質したら――『胃の中から革製品の一部が出た』――ってよ」


 ――え、なんかこの人たち凄い。知り合いがみんなそろってエキスパートみたいだ。


 そんな事を思っていると今度はフィンブリィさんの声が。


「でも待って。それだけだと、状況証拠ではあるけど確定ではない、ですよね?」

「まあなぁ……」イルークさんが肩を落とした。

「じゃあ、その被害者の爪とかから犯人の痕跡は? 見付かってないの?」


 僕も必死に食らい付く。あのクレイズをどうにかしないと気が済まない。思いのまま続けて聞く。


「もうあのクレイズの髪の毛とかをどっかから見付けて、それと事件関連のものを照らし合わせて合致すれば犯人でしょ? 駄目かな」

「それはできる。やってみるか」

「僕が」

「お前じゃ駄目だ、俺がやる」

「なんで」

「融通が利くからな」


 ――融通? 警察にコネでも? さっき調査情報管理局がどうのって言ってた。……まぁいいか、クレイズを何とかできるならそれでいい。


「お願いします」

「おう」


 とりあえず食事を進めて、その間に何か話されてもあまり下手なことは言わないように努めた。地球の人だってことがバレるのが何となく嫌だった。

 食事を終えて、食堂の横の返却口にお盆を返しに行った。それから見回して、クレイズも食事を終えようとしているのが解った。

 気にしていない振りをして遠巻きに監視してみた。

 クレイズには隙がなさそうだ。

 イルークさんが近くに来て、悔しそうにした。


「ちっ。箸とかフォークがあればと思ったんだけどな」

礎力(そりょく)とかで判定できないんですか?」

「……? そんなことできたら苦労しないだろ」


 聞かない方がいいことだったらしいが、まあ、あまり気にせずにいてくれるようだ。


 ■■□□■■□□■■□□■■


 車でドームに向かう中考えた。目的は破産じゃないのかもな、と。

 犯行に二人は必要だ、もしくはそれ以上いるかもしれない。

 賭け金を送る時は数名の護衛がぴったり引っ付いていた。


 ――この辺でいいだろう。


 ドーム前で車を停め、早足で歩く。ドーム内に関係者の車が入れる搬入口は裏手。その付近の道路に黒い大型の車があるのを見付けた。駐車場は付近にある。なのに。

 怪しい。絶対とは言わないが、とにかく確認だ。


 ■■□□■■□□■■□□■■


 ウェガスがドームに行っている間に、俺はメイドと執事の中から怪しい人物を突き止めなければ。いる可能性は高いはず。手紙がポストに入れられていない可能性がある以上――

 だから集めた。一つの部屋に。

 ギリンズ、アリー、アービー以外の四人の使用人が今、目の前にいる。

 ハーティッチ、キーバ、サンディア、ネアリーの四人。


「重要な話ってなんです?」


 キーバという男性がそう言った。

 時間を引き延ばさなければならない。答えはほぼ決まっている。


「いいと言うまで、ここにいてもらいます」


 ■■□□■■□□■■□□■■


「すみません、緊急に調査していまして、ご協力を。ここで何を」


 アデルも何とか絞っている頃かもしれない。あちらから共犯者の名前でも上がればいいが、暴れられて逃げられる可能性もあるので難しいだろう。

 私も頑張らなければ――という想いからさっきの質問をしたが。

 黒い大型車の運転席にいる、黒髪垂れ目の少し太ったこの男は、少し迷ったような顔をしてから言葉を発した。


「や、特に何も。チケットが少なくて、家族の送り迎えをしているだけだ」

「嘘でしたら虚偽と報告しますが」

「いや嘘じゃねえ」

「ずっとここに?」

「ああそうだよ」

「ケータイを見せてもらってもいいですか?」

「そんな調査権限があるのか?」

「実は、州知事の命令で調査しています。ご協力を」


 我ながらいい手だと思った。


「ケータイ、見せてもらっても?」

「あ……ああ、まあ、うん、いいぞ」


 通話履歴。順に非通知かどうか、名前が出たのならその名前を読み上げてみた。


「――ホリー、ジェメニア、サンディア」


 と言った時、通信用の礎術道具、イヤーカフから声が――


「そいつだ」


 私もまだ修行が足りない。表情に出てしまったのだろう。男が運転席のドアを開け、走って逃げた。


「待て!」


 追う。と、奴が振り返った瞬間、こちらに手を向けたかと思うと――ベージュ色の何かが飛んできた。

 くっ――!

 焦りながらも避ける。身を屈めて前転、姿勢を整えたら追い続ける。

 チラと後ろを見ると、木に刺さっているものがあった。巨大な箸だ。それが小さくなっていくのが見えた。

 また放たれる前にと、こちらからも得物を使う。

 まず胸ポケットに手を入れ、取り出したのは、眼鏡拭き。それを巨大化させ、飛ばし、操る。逃走する男よりも速く浮遊移動させ――上から包むように、押さえ付ける……!


「ぐあああ! くそおお!」


 もがく男からあえて眼鏡拭きを引き離すと、男は立ち上がってこちらにまた手を向けた。

 何かが飛んで来る瞬間、それを切った。地面に転がる。箸。

 どの瞬間にも状況を観察し続けた。

 この男の上着の内ポケットには棒状のものが入っていそうな跡がくっきりと見える。なので、その内ポケットへと眼鏡拭きを滑り込ませ、握るようにして――取る。箸という名の武器は、その勢いで、もう遥か彼方だ。


「くっそぉ。もう少しで金が……俺の金がぁ……」

「お前の金ではない」


 私が強く言うと、男はもう何も言わなくなった。


 ■■□□■■□□■■□□■■


 本戦二回戦第一試合、イルークさんとペーターさんの試合――は、白熱したらしい。でも、どちらが勝つかにあまり興味を持てなかった。

 今の僕の頭にあるのは、クレイズをどうするかという思考だけ。

 戻ってきたイルークさんはガッカリしていて、ペーターさんはにやけ顔だった。


「そっか、次よろしく」僕が向かって言うとペーターさんが――

「よろし……ん?」と首を傾げた。

「次は私でしょ」


 フィンブリィさんに肩をタンッと叩かれた。

 そうだ、次はフィンブリィさんと僕。

 呼ばれてリングに上がる。

 彼女のフリスビーは僕のビーズを切断する威力を持つ。

 逃げる。避ける。最初は防戦一方だった。

 よぉく考えてふと気付いた。切断されることはあちらのデメリットにもできる。

 思った――『そうだ、じゃあ受けてみよう』と。

 ひとつのビーズを、電子レンジくらいの大きさにして、それでフリスビーを受けた。

 両方のフリスビーをそうやって受け、途中まで切れた段階で急に動かす。そして床に叩き付ける。クレイズに対してこんな風にしようか、と思いながら。

 するとフリスビーはバキッと壊れた。

 こうなると、もう。


「降参」


 ふう。思い付かなきゃ負けてたかもしれない。よかった。


「勝者、ユズト・サエキ!」


 コールされてから結界壁が解け、控室に戻れるようになる。戻ってからふと声がした。


「ユズト君、今いいかい」


 受信用礎術道具(イヤーカフ)からの声。

 どうやらコースルトさんの件の犯人は全員逮捕できたらしい。「二人だった」言われても「そっか、とりあえずよかった」としか言えなかった。

 これでもう負けていい。ただ、こっちにはもう新たな問題がある。

 廊下に出てから、小声で、言葉を選んだ。


「じゃあ問題は減ったね。さっき話した勝たせたくない相手のことに集中していい? まぁダイアンさんにも何かあるみたいだけど」


 以前から感じていたことも聞いてみたくはあった。だからこその言葉。

 ただ、ダイアンさんの沈黙は長かった。


「解った。優勝してからはすぐこっちに来てもらうぞ、いいな」

「う、うん」


 とんでもない問題が残っていそうだ。

 まあいい。優勝前提だろうがなんだろうが、やってやる。

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