054 こちらからの協力とこちらへの配慮
食材や菓子、少なくなっている消耗品を買うためデパートに来ていた。
その帰りに、駐車場横から大きな爆音が聞こえた。悲鳴もあった。
ゆったりとした休暇のつもりだったのに、これでは駆け付けざるを得ない。
「どうしたんですか」
駆け付けて聞いたこちらに、警察官の服を着た男性が顔を向けた。そしてその口が動いた。
「狙撃手袋の暴発だよ。窃盗の犯人が礎術を使って逃げたんだ。捕まえはしたから安心だけどな」
――近隣住民への心配はしなくてよさそうか。ならいいけど。でも、暴発とかあるんだな。
よく眺めてみた。
手を痛々しそうに抱えている制服の男性警察官が、「なんでだ、帰ってきてすぐなのに、くそっ」と言いながら近くの車に乗った。そしてどこかへ運ばれた。まあ、まず病院だろう。
ここに残された警察官は二十代くらいの男性一人だけ。彼に聞いてみた。
「よくあるんですか? こういう暴発」
「んなワケないだろ。定期的に点検もしてるし」
何かその時に異状が起こる事故でもあったのだろうか。
そう思っていると、
「あの人は狙われたんだ! 事故じゃないよ! 事件だよ!」
と小さな男の子の声が。すぐ近くに来て叫んだその子は、真剣な目で訴えた。
だが男性は言った。
「事故だよ。そんな事がそうそうあってたまるか」
「むああああ! 悪い人だ!」
と、男の子が頬を膨らませた。こちらとしても気になる。ジオガードのバッジは携帯していた、それを見せつつ。
「本当に事故か気になります。何か手伝えることがあったら言ってください」
「いや、ないよ、鎮圧とかの時は頼むけどね。これは事故だよ」
「絶対違う!」男の子はまだ言っている。「事件ったら事件だ!」
男性は男の子をまるで無視。「そもそもそれオモチャじゃないですよね?」
「は?」
呆気に取られた横でレケが進み出て同じくバッジを見せた。ただ無言で。すると。
「……本物? だとしても、ジオガードには、追跡ならまだしも、調査の権限はないでしょ」
一瞬固まってしまった。そして考えた。
――こんなに男の子が訴えているのになんでそうなる? あの男の人も不思議がってた、それに何か言ってたのに……忘れたけど。
もう男性はいい、そう思って念のため男の子に聞いてみた。
「どうして事故じゃなく事件って思ったの?」
「だって、あの人、狙撃手袋を丁寧に扱ってる人だもん、それに優しかったし――」
「それってどんな状況で? どんな時にあの人のことをそんな風だって知ったの?」
「えっとね……んと、前に僕らのこと、礎術で暴れる人から守ってくれたんだ。その時に見たんだよ」
「そっか……」
「優しい人なんだよ? 狙撃手袋にまで優しくて、丁寧に使う人なんだよ?」
「そっか。……解った、じゃあお兄ちゃんに任せて。調査してあげる」
「ホントッ?」
「ああ」
男の子が嬉しそうにしたあとで、
「ギガンギ!」
と女性の声が。すると男の子は「じゃあお願いね!」と言って去っていった。
凄く強そうな名前だなと思ってから、思い付いた。
「こうなったら」
依頼用の電話番号に掛けた。
「ああ、もしもし。ユズトですけど」
「あら掛ける番号を間違えたんじゃないかしら」
「そんなことないですよ、依頼をしたいんです」
事情を説明すると。
「そういった調査は警察が本来はやるべきで――」
まあそこを言うだろうなとは思っていた。だから。
「その警察が動こうとしないんです。男の子が事件性を訴えていてどうにかしてほしそうでしたし、そういう体で任務に入れてくれませんか? ほら、偵察もするじゃないですか、チームによっては」
「じゃあ……今回は特別ですよ」
「入れました?」
「え?」
「だから任務にです」
「ああ、リストには入れましたけど」
「じゃあそれを引き受けます」
「え?」
「だから、僕が依頼して僕が引き受けると言っているんです。すぐにそのための処理をしてください」
「あ、ああ……え、はい……大丈夫かなぁ」
「大丈夫でしょ。人のためですから」
僕はさして気にせずそう言った。誰かのために、損をするようなことをそもそも僕らがするという形……ダメであってはならない気さえした。
そうして引き受けてからはレケとまず警察署へ向かった。あの男性が働いている署を探して、すぐに見付けた。そして怪我をした男性の運ばれた先はどこか調べて向かった。
ベレスとジリアンはケナと一緒に警察で深く情報収集を続けた。
病院の待合所にて、男性は、僕とレケに対して。
「点検に出したのが帰ってきてすぐだったんだ、事故を起こさないための点検なのに、それが事故を起こしたような気がして俺もおかしいと思ってたんだよ。もしかしたら――」
「……もしかしたら?」
少し言い辛いことなのでは、と思えた。そのくらい間が合って、それから男性がまた。
「最近青少年の取り締まりでいちゃもんを付けてくる先輩がいるんだ、俺を怒らせて失態を演じるのを待ってるみたいに。ちょっと怪しいのが……その先輩が青少年の犯罪と絡んでいるかもしれなくて……」
まさかと思った。警察の一人がまさか。全てを善人とくくるつもりもないし悪く言うつもりもないが、それではいい治安は生まれない。
壊死が広がる前に切除、大事なことだ。ただ、患部を間違えてはならない。
慎重に……と思った時、ベレスから連絡が入った。
「点検者に聞いてみましたが、点検は滞りなく正確に行われたはずだ、と」
「ちょっと待って」
ベレスを待たせて男性に聞いた。
「怪しい先輩というのは、名前は?」
「バグ・カッセンド」
その名をベレスに伝えた。バグが彼をハメたのかもしれない、とも。
点検後すぐは正常でも、その後バグが何かをしたかもしれない。
「じゃあ僕はこれで。今どういう事態なのか……すぐにハッキリすると思います。じゃあ」
男性がこちらに何か言いたそうにしたかもしれないが、やることがある、だから向かった。
ベレスがまだいる警察署。
そこで監視カメラを見た。
点検後の狙撃手袋の保管場所に、あの怪我をした男性ファシス・トヨットよりも前に入り、こそこそとしているのが見えた。よく見ると、ファシスさんに渡る前の狙撃手袋に何やら細工しているようだということが判った、しかも監視カメラに一部始終が映るのを背中で隠している……隠し切れてはいないが。
これを証拠として見せると、警察はバグを拘束した。
緊急に、再び点検に出すと、その狙撃手袋の中指の付け根辺りにある極々小さな調整金具が、礎力の通り道を作る金具の一つということなのに、それが緩くなっていて調節が困難な状態だったということだった。
――やれやれだ。
そんな事故もあるんだなと、解決後にジオガード本部に連絡してから…後日、またあのデパートに来た。
あの男の子に会えればなという淡い期待。それが叶った。
「あ、お兄ちゃん!」
「おう。えーっと」
「あ、名前? 僕はギガンギ。ギギーって呼ばれてる」
「ギギーか、いいあだ名。というかさ、名前がゴツいって言われない?」
「言われる」
くすくすと笑ってから、解決した旨を話した。ファシスさんは何も悪くなく、バグという同僚のせいだったということを耳にすると、ギギーは「ほらね、やっぱり!」と声を大にして喜んだ。
――その夜、衝撃的な電話が入った。
「協力してほしい。ユズトくん。レイシーが自身の実家に現れた。父親からの通報だ」
これ以上彼女が何をしようというのか。しかも本人の実家で。
あまりにも突然。
固執されている僕だからこそ――前に戦った僕だからこそ――『どういうことをしそうか』と訊ねたい、そういう事だな、きっと。
レイシーの実家はスピルウッド州にあるらしく、まずはジオガード本部の地下へ黒いビーズのゲートで繋いでスピルウッドの支部へと空間接続本で移動した。
最寄りの警察署に行くと、そこから署員の連携したゲートでヒラヴェン区のピアーソン宅横の茂みの陰へと転移。待機している警察官たちは……どうやら様子を見ている。
スピルウッド州ヒラヴェン区の時間ではまだ夕方だ。しかも寒空の下。
「これを」
と羽織るものを女性警察官から渡され暖かい裏ボアのジャンパーを着てから気付いた――そこにいる警察官たちは何やら聞いている、ヘッドホンで。
指先で軽く肩を叩くと、「ああ」と気付いたその人物がまず振り返りヘッドホンを外して、スピーカーから聞けるようにした。ほかの数人もヘッドホンを外した。
耳を澄ます。と、聞こえたのは――
「どうしても殺したい奴がいる」
「前にもやめろと言った」
「ふん。やめることに意味はないのよ、もうね」
音声がこちらに届いている。父親との協力のおかげだろうか。これで家の中の様子が判る。
「で、だ。ユズトくん」一人がこちらを見た。「彼女がしそうなことが判るか? 彼女の戦い方は?」
「それが……あの人は自ら戦うような人ではなかったんです、姿を取り換えるだけで。あと忍び寄って鈍器で殴るくらいで」
「じゃあそんなに判らないか」
「……何か対処に必要な情報はなかったんですか? 新しい情報は?」
「彼女は狙撃手袋を複数所持している可能性がある」
「複数……」
と言ったあとで、レイシーらしき『男性』の声が急に大きくなった。
「用意が周到じゃない? そんなにあたしが邪魔?」
「そうじゃ……」
「あたしにとってはあんたが邪魔よ!」
その瞬間、何かが潰されたような音と共にスピーカーから甲高い音が。そのせいで耳が痛くなった。
「ゲート能力を持つ仲間がいるかもしれない……どうします? すぐにでも――」
「ああ。突入しよう。中は二人だけのようだ、それでも要注意だ」
「はい」
すぐ突入した。
何もかもが遅く感じた。警察官同士がカバーし合ったりレイシーの父親なのであろう男を助けようとするのも……それらすら遅く感じ、こちらとしては、レイシーなのであろう『男性』に白いビーズを向かわせ、視界を奪うだけ――何もかもが驚くほど円滑だった。
ただ、円滑だった理由は恐ろしかった。
レイシーらしき『男』は死んでいた。腹を貫かれて。
――ということは。
「父親を確保! そっちがレイシーだ!」
腹にビーズを当て倒したあとで、同じように視界を封じた。それから手足を動かせないようにすると、警察が滑らかに拘束パーカーを着せた。
それから庭に『父親』を連れてきた。誰からも見えるように確保。どこかに逃げようとしても隠れる場所すらないと思い知らせるために。
「放せ! 俺はレイシーじゃない! 違うんだ!」
「違うならなぜそんなに必死になる。本物なら証明しろ。生年月日くらいは言えるだろ」
「生年……? くそおおお! ぐっ」
男はそう言うと、突然血を吐いた。
そして少しの間ジタバタともがいた。何かで苦しんでいるらしい。そして動かなくなった。
――こんな風になるって予期してはいたのか。毒で自害……捕まるくらいならと。
「全て終わった」
と、近くの警察官が言った。
僕はつい呟いた。
「意外も意外だ。こういうこともあるんだな」
情けない最期だった。
レイシーだって前を向いて何かできたらいいのに。そうなれるんなら、それはそれでいいと思っていた。本当にそう思っていたのに。
あのずる賢さを、ほかの何かに使えたらよかったのに。そう思ってしまう。
「自分がやります」
ふとそんな声が聞こえて目をやった。
どうやら念のため、警察の方で用意していた道具で何かの検査をするらしい。
化粧に使われるコンパクトのような、明らかに礎術道具なのであろうもの。左半分は青く、右半分は赤い、そんな固いファンデーションのようなものの青い方に、厳重に保存されていた小瓶から取り出された赤黒い液体が、男性警察官の持つ注射器から垂らされた。以前に掴まった時のレイシーから採った血液なのだろう。
その男性警察官は、動かなくなった男の血を採った。そして注射器から血が垂らされた。
――そうかこれはDNA検査みたいなものか。そういや何かの本で……
その半分ずつの『赤』と『青』は、交じり合い、全体で濃い紫になった。
「ただの紫じゃなく濃いのは本人です、間違いない」
何かの本で見たことがあった。確かにそういう代物だったはず。
これで確実。
こうして犯人死亡を目の当たりにして、実感することになってしまった、こうも簡単に人は道を踏み外すし、こうも簡単に人は死ねるのか、と。こんな気持ちをあまり得たくはないが。
ただ、安心してしまう自分もいた。
今この現状を目にできている――リアルに見るということをさせてくれた警察の配慮がこの経験を生んでいる。
嫌なことも良いこともあった――なんて忙しい一日だったのか。
――レイシーの影が消えた。やっと安心できる。やっと。
これから先は、礎球のことを知るワクワクと、コハルさんとの日々と、任務に、明け暮れることができる。母親の故郷を滅ぼした連中の逮捕もいつかは為されればと――まあそれをするのは自分じゃなくてもいいけど。
とにかく。
本当にやっと、一つ、肩の荷が下りた。
ホッとしてから夕陽を見た。
こんな綺麗な空の下で、死体が運ばれている……こんな光景の中で安心している。どこかおかしい気がした。なぜか涙が目に滲んだ。
――それもそうか。
犠牲者は出ている。レイシーの犠牲者は、いつもいつもその場所に。
ただ、もう出ない。
しかも最後が父親だなんて。しかも彼女自身、死んだ。変わることなく彼女までもが。なんて悲しい皮肉なんだ。
たとえあんな人の命だとしても――こんな景色に、やっぱり命は命として映った。そう感じたからこその涙だと、自分ではそう思った。いい景色にあるのがそんなものだなんてと。
……家に帰ってすぐにしたのは、ペタちゃんを撫でることだった。それから、ケナと一緒に勉強した。礎球のこと――色んなことを。愛おしい時間だ。こんな時間が多い方がいい。なんなら悪い時間なんて無い方がいい。……当たり前だよな。




