053 ある日ある所のお邪魔虫
新しい任務で警察に協力し、遺体遺棄、殺人疑惑の男の逮捕を行った。その任務の報告をベレスが書いている。前は僕やレケが書いたんだったか。今はそれが書き上がるのを待っていたが、そこで声が掛かった。
「お、ちょうどよかった、ユズト、任務終わりだろ」
サンタディオさんだった。
「ええ。何です?」
「ちょっとな。新人歓迎会みたいなこともしてなかったし、このあいだの練習法のお礼も兼ねて、休日が合えばパーティでもしないかと思ってな」
「いいですね、それ」
「この前のチームをできるだけ呼んで労い合えればとも思ってんだよ。うまくいったからなぁ、あれは」
「そうですね……。日にちを教えて頂ければ。ある程度休みを取るので、こちらからも合わせますよ」
そんなワケでサンタディオさんの家に集まった。
チーム「ナンバーズ」のほかの三人もいるし、来た時には既にフィンブリィさんのチーム「パタパターズ」とゾーニャさんやヴィスリーさん、ソラさんのチームの「クリミナルキッカーズ」もいた。
任務中のあるあるなんかで話に花が咲いた。ちょっとした音でビクッとしちゃうだとか、持ち物をどうしているかとか。コンパクトに持ちたくて動きやすいのがいい……とは誰もが言った。
「靴はどうしても運動性優先だよなぁ、何使ってる?」
「私はコレ、このメーカー」
そんな話題も盛り上がった。
礎術を使ってパーティゲームもした。自分たちがよくやる念動ババぬきも。
そしてある時。
「喉、渇いてないですか? アイスティーでも」
「おお、助かるねぇ」
透き通った女性の声に明るく返事をしたのはシフューさんだった。
近くのテーブルにお盆が置かれる。置く女性を見て、胸元に激しい衝撃を受けたかと思った。
心臓が早打ちし始めて、体温が上がった。
こんなことは初めてだった。何も知らずに、一目見ただけで、見た時からこんな感情を抱くなんて。
「あなたもジオガード?」
「え、あ、はい……」
うまく言えず、それ以上言葉も連ねられなかった。つまらない男だと思われたかも。それは……なんか、今は凄く嫌だ。
「あの。お名前は?」
精一杯振り絞った。ただの質問。答えられても弾む話題じゃないけど、まあ、互いを知る最初の一歩ではあるか……と思ってから、しまった、と思った。自分からも言わないと。
「あ僕は、その、ユズト、っていいます。ユズト・ゼフロメイカ」
「ユズトくん……はじめまして、あたしはコハル、サンタディオの妹よ」
柔らかな笑顔で、声もやっぱりさっきと同じく透き通っていて、落ち着いていて――長い金髪が似合っていて、ほんのりと肌が薄桃色がかっていて、温かそうで、ある種の理想を刻まれた像のように綺麗で……まるで女神、そう思うほどの姿。ほかの人がそれを歪だと思っても、僕にはそう見える。
やっていたパーティゲームは「遊戯用狙撃手袋ターゲットパタン」という名のものだった。板を狙って撃ち、パタンと倒せばいいというもの。みんな好成績。それもそのはず、ジオガードだから。それの自分の成績が出切ったタイミングで――
「僕はもういいや、次ほかの人どうぞぉ」
と、抜けると、コハルさんと話そうと思って歩み寄った。
コハルさんは、みんなの輪のそばに座ってこちらの話を聞いていた。まずはその隣に座って――
「何か趣味とかは?」
「あたしは……そうだなあ、とりあえず、サイパイプピアノっていう楽器で演奏するのが趣味かな」
「へえ……!」
聞いたこともない楽器名だった。礎球のものなのかもしれない。そう思うと突然、何もかもが充実しているような気分になった。
「どういう楽器?」
「礎力で風が出て奏でられる管楽器なの」
「ほぇぇ、面白い。礎術道具の管楽器……ですよね?」
「そうそう。あ、タメ口でいいわよ、多分そんなに歳変わらないから」
「僕十五……あ、もう十六にはなってるわ」
そういえば誕生日を過ぎていた。なんで忘れていたのか。……自分のことを考えなさ過ぎた? かもしれない。
「そんなに若かったんだ」コハルさんは驚き顔だ。「あたし、十八」
「そうだったんだ? コハルさんももっと若く見えますよ」
「だから敬語やめてって」
「あ、ごめん。……そうだ、聞いてみたいな、その……礎術の楽器。弾いてもらっちゃだめかな、今」
「別に、全然いいよ」
案内されながら話を聞いた限りでは、サイパイプピアノはそこまでの大きさではなく持ち運びやすいという点でも割と人気があるらしい。
「ちょっと待ってて」
と、コハルさんがとある部屋に入った。多分コハルさん自身の部屋だ。彼女はその指に何やら手袋型の何かをはめていて、その手で抱えるようにして、少しだけ広げたアコーディオンくらいの大きさの、並んだ管が上に伸びた楽器を持ち出してきた。裏側をこちらに見せた状態で、コハルさんは、
「じゃあちょっと来て」
とまた歩き出した。
代わりに持とうかと思ったが、運び慣れた人が運ぶ方がいいだろうとも思い、下手して壊したくもなかった僕は、声を掛けなかった。
向かった先は防音室のような――教室のような所。ここで何か教えてそう、演奏とか歌とか。
机と椅子を端から中央へ持ってきたコハルさんが、一旦その辺に手放していたサイパイプピアノをその持ってきた机の上に置いて、その前の椅子に座った。「座って」と促されて隣に置かれた椅子に僕も座った。
すると、コハルさんが、甲以外を覆った生地の薄い手袋らしきものを指差した。
「この指袋をして指に礎力を込めると――指袋が……ほら、黒から青くなったでしょ? これ、サイパイプを弾ける状態なの。で、これで鍵盤を押すんじゃなく――実際押せないし――この鍵盤の絵に触れるだけで管に風が行って音が鳴るの。見てて」
奏でる様はまるで天女。見入ってしまう。
ジオガードのシンボルマークとして見渡す仙女の像というものがある、それは戦いや守護の女神とも称されるが、こちらは演奏や慈しみの女神なのではないか――? そう思うほどの美しさが今、目の前にはある、あり続けている。
「僕も弾いてみたくなるな。あ、この場合鳴らしてみる、が正解?」
「弾くでいいよ、指で弾くみたいに触れることはあるし」
席を明け渡されたし、やってみた。
言ってみればこれは指を動かすハーモニカみたいなものだ。そう思ったらなぜか色々な音を繋げるのが楽しくなった。
「え、センスあるよ」
「ほんと? 音楽って割と好きなんだよね、セッションとかいつかしてみたいな、はは」
冗談みたいなものだった。歌声を褒められたことがあるからそう言ったが、僕とやるよりもっと合う人がいるだろうし。だから冗談と受け取られるだけでもいいと思った。
「いいよ。やろう。じゃあほら」
意外な言葉。
すぐにでもとコハルさんが退くように促したので、席を渡して隣の椅子の前に立った。座らなかったのは、その方が歌声を出せる気がしたからだった。
礎球の歌をあまり知らない僕でさえ知っている歌がある。アンクウィット市に来てから知った歌だ。アップテンポで明るくて元気を呼ぶような歌。現代的な曲調。
それなら知っているとこちらが言うと、コハルさんは、
「あたしもそれ好き! 気が合うじゃん」
と笑った。
嬉しそうに弾くコハルさんに合わせ、歌った。
あまりに楽しい時間だった。これのために今まで生きてきたんじゃないかと思うほど。
――解った。『幸せ』って、これだ。
噛み締めながら歌った。
細くて高い僕の声を耳にしたコハルさんの顔に、最初は『意外だ』という文字が見えたけど、今は、『楽しい』だけが見える。だからこちらとしても、それに応えたくなった。
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ユズトはどこかと思って探し、防音室に誰かがいるのに気付いた。ドアを少しだけ開け、中を見てから、そっと閉じた。
まさかこうなるとは思っていなかったが、ユズトなら申し分ない、信じている仲間の一人だし、彼のおかげで今の自分があると思う人も多い、だからこそ。
――いやいやいや、そうなると俺も義理の……
思わず思いを馳せてしまう。そしてそのおかしさに、笑ってしまう。
――ユズトが俺を? くっくっく、何だ、このくすぐられてるような感じは。
笑いを堪えながら、みんなの元へと戻った。
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「また来ます」
玄関にて、夕陽の差す中、本心から言った。自分がそうしたいから。
「ああ、またな」と手をちょびっと振られて、二人に手を振り返し、背を向けた。
黒いビーズのゲートを生み出すと、それを通り自宅の庭へと帰ってきた。
「それにしても」ベレスが言った。「ユズト様のゲート能力には驚きです、遠くまで繋げられ過ぎです」
「ホントに」ケナも言った。「凄いけど、だからこそ変に狙われそう」
「気を付けないとねぇ。……ま、でも大丈夫か!」
ジリアンがそう言ってこっちを見た。
僕も失敗することはある。信頼し過ぎかもしれない。
「いやぁ注意するに越したことはないよ」
気を引き締めることにして玄関側に回った。ドアの鍵穴にキーを差して回す。ドアを開け、入ってからは、「さあ一旦くつろぐか」とソファーに横になった。
「あたしペタちゃんと遊ぶねー」
「おー」
ペットボックスをケナがずっと持っていて、今日はその担当のようなものだった。自ら進んでそうしたケナはそれをリビングのテーブルに置くと、その新緑色の箱の中へと旅立った。
見送ってから、窓の外に見える夕陽の明るさを見た。
その時だ。
窓が音を立てた。この憩いに邪魔な激しい異音。
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北向きに広い裏庭のあるあの家の更に北から、俺たちはユズトの家を監視していた。
ここが判ったのはあの黒い壁のニュースのおかげだ。イーストマデリー区警察の情報を漁り、協力者にユズトと名の付く者がいたことでこの家が判り、早速ボスが俺たち三人を送った。
そこまではいいとして。
奴らが帰って来たから今度は、奴らの庭のうち、監視カメラに映らない庭の隅に位置取り、少しばかり会議をした。
「出掛けないだろうな」と俺が言うと。
「さあな」とコーディン。言ってからも眺めている。
「くつろいではいるようだ」
サートがそう言うと、それからは、まず問い掛けた。
「さあどうする」
「まず俺があの家の壁という壁を透けさせて奴らの位置を確認する」
俺はそう言って、自分が掛けている眼鏡を指差した。
するとコーディンが言った。
「ユズトっていう奴の位置だけ判ればいい」
そして判った。一階リビング、ソファーに寝ている。
三人で話し合った。突撃のチャンスだと。だから全員で掛かった。殺しさえできれば、多額の報酬を貰える。殺せれば、コーディンが操る小瓶のゲートでどこかへ逃げるだけだ。
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窓に強烈な何かがぶつかったがゆえの異音。それが鳴ってからすぐ、起き上がって庭を見た。
庭に誰かがいる、そうと解った瞬間、白いビーズを向かわせた。
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窓が割れない。
――何だと!……強化ガラス! こちらの念動で壊れない程度のだと? え、俺たちって……
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視界を奪ったらあまりにも呆気なかった。ベレスを呼んで結束バンドで拘束したら更に念じて視界を奪う時間を長期化させた。
「こいつら何もしてこなかったな。何だったんだ?」
辺りを見たら包丁が転がっていた。
「危ないな、お前らのか? とりあえず――」
「大丈夫か!」とレケが言ったが。
「ああ、大丈夫! 何ともないよ!」
リビングからの声掛けに、返事はそれだけ。
拘束するまでのうちにジリアンが警察に通報したからすぐに拘束パーカーを持った警察官がやってきた。彼らに引き渡すことで、急に始まった変な戦いの全てが終わった。
……そして後日。
警察からの伝達にと、よく知らない二人の男がタッグでやって来て、片方だけが喋った。
「彼らは逃走中のレイシーに依頼されて殺すよう命じられたそうです」
「そうですか、未然に防げてよかったです」
「今後もお気を付けください」
「ええ」
敬礼して帰っていった二人を見送ってからリビングに戻った。
そしてソファーに座った。ソファーの背でくつろいでいたペタちゃんが、髪をむしったりするから「ダメダメはげるはげる」などと言いながら朝のニュースを見た。
壁が透けて見える眼鏡を操るケメス・デルネガン、小瓶使いのコーディン・ビーテス、包丁使いのサート・デンバック、彼らがここに来た三人であり、そして捕まりそれらの礎術を使えなくなった三人だということだった。
恐らくレイシーは脱走の手助けをしないだろう。そういう女だ。
ただ、そんなことより気になっていることがあった。
――次いつ会えるかなぁ。
コハルさんのこと。最近は、暇があると、つい彼女のことを考えてしまう。
サンタディオ・スカイメート
コハル・スカイメート
逆から読むと、
透明化す、おいで探査
透明化する箱
となります。由来の話でした。
(これを書いた後で思い出しましたが、「置いて」とも掛けていました)
サイパイプピアノというのは、直訳的には超能菅ピアノみたいな感じですよね。造語です。由来は特にありません。




