見付かった者たちのその後 その2
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リミィ・アーガー。初めて会った時、彼女はジオガード試験の監督官だった。あれから暇な時に連絡を取り合っていた。彼女の返事が耳に届く。
「何、ユズト。任務中?」
「ええ。ある組織が人を眠らせて礎力を利用していて、目を覚まさせてやりたいんですけどその方法がよく解らなくて。救える方法を限定させてほしいんです」
「解った。じゃあどう書く?」
考えた。何々で助けられますか? これでは駄目だ。とりあえずは――
「助けられる方法はある……いや、ないの方がいいか、まずは……えっと、あいつの名前なんだっけ」
「ジピサーです、ジピサー」ベレスが言った。
「『ジピサーに眠らされた何人もの人は、目を覚ますことができない』で」
「解った」
しばらくすると、リミィさんが言った。
「赤くなった。つまり助けられるね」
「ふぅー……よしよしよし」
向こうの様子をイメージしつつ、じゃあ次は……と考えた。
「助けるのに必要なのは……薬か礎術道具か……」
そこまで言葉にしてから『薬の定義とは』と考えた。――もう少し曖昧な言い方をした方がいいか。
「『薬と言えるものを使ってもジピサーに眠らされた何人もの人を助けられない』、これで」
しばらくすると。
「水が赤くなった。つまり薬と言えるような何かがあればいい」
――礎術道具じゃなくてもいいのか。じゃあ……
「ジピサーに眠らされた何人もの人を助けられる何かは、幾つかの材料を組み合わせたものではない」
「赤くなった。材料が二つ以上必要そうね」
「ジピサーに眠らされた何人もの人を助けられる何かの材料の一つは、スピルウッドにある」
「赤くなった」
それを繰り返してウィローフィア州に一つとディヴィエナ州に一つあることが判った。
もっと限定していった。
材料はそれぞれ、ウィローフィア州の東部と、ディヴィエナ州の州都辺りか今自分たちがいる辺りにあることになった。
そこで、ベレスが声を上げた。
「もしかしたら」
「……? 何か思い付いたの?」僕が聞くと。
「ゴルドガルスの卵とキヨメスモモギという使術植物の実があれば」
「それで助かる?」
場に問い掛けた。するとソラが。
「え、それって……あれのことを言ってるんでしょ? 本当に? 怖いおとぎ話でしょ、単に」
「怖い?」
そぐわない気がした。人が助かる話なのでは。なのに怖い? そんな場面があるだけ? と思う中で、リミィさんからの声が届いた。
「赤くなったよ」
「え?」
「えっとね。『その二つから作られる薬と言えるものを使っても彼らは助からない』みたく書いたら赤くなった。つまりそれで助けられる」
「助けられる!」
自分が喜びを露わにしたら周りにもそれは伝染したようだった。
そこで考えてみた。
ゴルドガルスは確か彼らの組織がどこかから奪った使術動物のはずで、手元に保護してある。大元の施設に頼んでもいい。
肝心なのはベレスがさっき言った使術植物の方。
「使術植物の名前、もう一回聞かせて。何だっけ」
「キヨメスモモギです。ウィローフィア州東部には最高レベルの特別隔離地域があって、そこの中心にあるのが……そう名付けられた危険な植物。簡単には近付けませんよ」
「非常事態だし、ダイアンさんにでも頼むよ」ベレスにはそう言ってから。「リミィさんありがとう」
「ん、いや、それより……とんでもないことをしようとしてない? 死ぬかもしれないのよ」
「死ぬ? 何十人もの人が死んでるようなもんなのに、放ってはおけって? できませんよそんなこと」
「で、でも。……ああ、もう。あのね、キヨメスモモギは実を取ろうとする者にトラウマを刺激するような質問をするのよ」
「植物が質問?」
「そう。それで揺さぶられて欲とか恨みに走る人だと思われればその瞬間くびり殺されて……養分になるだけ。ほかに取る方法はない。質問前に取ろうとしても殺されるし」
「木がそんな判断をするの?……なるほど? じゃあ僕だけで行くよ」
「ユズト! 解ってるの?」
リミィさんが電話口で止めようとした。でも僕は、その時だけ心を閉ざせばいいだけだ。あの時みたいに。できる。心を沈めて無感情になるだけでいい。自分を無にして誰かを救えるなら安いもんだ。
「大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」
電話を切ってから、ダイアンさんに掛けた。
「ウィローフィア州の州知事さんと話をするとかって……無理かな」
……結局、取り次ぐ形になった。ウィローフィア州の州知事、ルアンビーニ・ラブレさんと通話した。
緊急事態だということを理解しない人ではなかった。
ジオガード本部へ黒いビーズのゲートで飛び、そこから空間接続本でウィローフィア州のジオガード支部へと向かった。
そこから中央大公園という所へ行くと、噴水前に高級車が停まった――そういう待ち合わせだった。
「お乗りくださいユズト様」
その車で向かった。ただ、長時間掛けたのではなく、すぐに運転手か誰かの捻出したゴムパッキンみたいなゲートを通り、左には草原しか、右には森しかなさそうな、どこまでも続きそうな道路へと移っていた。そこを少し行くだけで、どこかへと着いたらしい。
「ユージス」
「はい」
ルアンビーニさんとユージスさん、二人だけが降りた。そしてユージスと言われた男性が後部のドアを開けた。
「さあどうぞ、降りて」
僕が降りると、三人で、朝日が登る空の方へと進んだ。そちらにはフェンスが――広大な範囲にある。
最高レベルの特別隔離地域。ベレスがそう言っていた。その一部には開けるフェンスのドアがあって、警備員らしき人が立っている。そばには小屋もある。
その近くまで行くと。
「緊急に必要だ。入れてくれ」ユージスさんが言った。
「許可証を」
警備員に言われると、ルアンビーニさんが胸元から何やら紙を出し提示した。
「すみません知事。正式な手順を踏まないといけなくて」
「別に構わない、気にしてないよ」
「ではどうぞ」
開いたフェンスから入ろうとすると。
「これを持っていきなさい」
そう言ったルアンビーニさんの方を振り向く。
彼は、青い捜索リングを持っていて、スティックと紐の繋がった青いものを差し出し、こちらにフリフリと注目させた。リングサーチャーだ。
迷った時に戻れるようにだろう、ユージスさんが受け取り、それから入っていった。
「ここからずっと南東という話だ」
示された方角へと進んだ。
ある程度行くと開けた道に出た。森の中だし頭上が葉で覆われているのに、木漏れ日の中、道は平らで歩きやすい。かなり整えられているということか。
道なりに進むと、大きな木が見えてきた。
「あれが」
「そう。キヨメスモモギ」
静かに佇むそれはあまりにも大きな巨木。スモモという響きからは予測もできなかった大きさ――手のひらを広げたくらいの大きさの桃色の実が成っている。そのものが輝いているようにも見える。
神の木とさえ思えた。
――凄く綺麗。
「何十人もの人のためという気持ちは解るが」ユージスさんが言った。「それでも実が欲しくて来たのは君だ。俺は少し遠くから様子を見るだけだ。君がもし対処できなかった場合は俺が君を守る」
「そうですか。じゃあ安心して答えますよ」
進み出た。すると声が聞こえ始めた。
『お前は実を欲するか。我の実を欲するか』
「ああ、欲しい」
『なぜ欲するの?』
脳で直接鳴っているような感じがする。そもそも木が喋るのは普通じゃない、もしかしたらこちらの脳内を探って声にしているのか……そのせいで色んな声が聞こえるのかもしれない。前に居る者の記憶の中にある多種多様なタイプの声と話し方で話している……ように感じる。つまりはこちらの脳内で質問を構成しているのか……まあどうだとしても。
「眠りから覚めない人たちがいる。彼らを助けたい。その実があればその薬ができる」
こちらが答えると。
『我の実さえあれば助けられると信じているのか』
「信じてる」
質問は続く。
『あはは、悪いことに使わないっていう証拠は?』
「証拠はない、示せるのは地位とか覚悟だけだ。僕はジオガードだ、守りたい、それだけだ」
『どぉれ……そなたは本当にそうか? 人に恨みもないか?』
「本当にそうだ、恨みはある」
『あるのか、ほう……それは恥じるような恨みじゃないのかい?』
「恥じる恨みじゃない」
『あー、もしかしてあなた、悪いって自覚がない人?』
「そんなことはない」
『お前が悪いのではないのか? 幼き頃誤解されたお前はその原因を……餌を与えた』
「そうかもしれない。でも子供は無知だ、そうでなくても人はたまにミスをする、自分で対処できないこともある。大人が無知な子供を騙すこともある」
『お前は本当はかなり恨んでいるな、いつ暴走するかも解らないな、自分でもそう思うだろう?』
「思わない。暴走はしない」
『そうなの? じゃあ裸に剥かれたことも許せる?』
「許せない」
『恨んでいるではないか。ならばいじめはどうだ、誰かにされたことを誰かにしたいと思わないか?』
「思わない」
『あらあら、あなたの酷い記憶が見えます。あなたは大人の男に気持ち悪いことをされた――そうですね?』
「……ああ」
これをユージスさんが聞いているということも拷問に近い。
それでも耐えるだけ。淡々と。ただ答え続けた。
『あなたはその男を、殺したいと思っていますね』
「ああ」
『ふむ。確固たる恨みだ。酷い恨みだ! そんな者には実をやれない。お前は罪を犯す。そうだろう?』
「いいや違う。思うのとやるかは違う」
『あ、そっか、それは確かに。ふうーん、じゃああなたは同じことを息子が――いや娘がされたらどうする?』
「そいつを捕まえる。できなきゃ殴るかも。相手には一生刑務所にいてほしい」
『ああ酷い。これでは駄目だ。だがなぜ感情が揺れない』
「守りたいからじゃないか?」
『人を悲しませたくない、か?』
「ああ。ああいう辛い思いをさせてたまるか」
『自分の心を犠牲にし続けるのか? お前はいつもソレを思い出している』
「忘れられないからな。記憶を失いたいよ、そこだけはね。でもこれが僕だ。この全てが僕だ。因縁さえも」
『揺れないね』
「ああ」
『ところで。最近動物ばかりで飽き飽きよ、久しぶりの礎力たっぷりの人間なのに』
「なんか好みとか話せばいい。対処してもらえるかもよ」
『……お主は変わり者だのう、そう言われないか?』
「言われる」
『好みを話せば私の好きなもの、食べられる?』
「さあどうだろうね。何種類か礎力たっぷりの使術動物の養殖でもしていればそれはできるんじゃない? まぁそれで満足できそうならだけど。……人間をとは言われたくないから最高でもそれで頼むよ」
『……やっぱりお前は変わり者だ。そうか、じゃあ持っていくがいい』
その声のあとで、実が三つも落ちてきた。
硬さを変え柔らかくしたビーズをまずはクッションとして活用。むにょんと音が鳴ったような錯覚のあと、ちょうどよく目の前に跳ねた。それぞれをそうさせ、少し下がり、胸元で受け止める。二個は簡単に受け止められたが、一つは取り損なう所だった。ただ、手と肩で挟んで受け取ることはできた。
――危ない危ない、割る所だった。
三つを抱えた状態で振り返った。その先で、ユージスさんは、空き缶らしきものを、上から手を被せるようにして持って立っていた。
頭を掻いてから彼が言った。
「変な奴だな。……それに――」
「……それに?」
「いや、んー……何でもない」
ユージスさんが頭を掻く手を下ろした。
「じゃ、戻りましょ」とこちらが言うと。
「そうだな」
どう戻ればいいかはリングサーチャーが示してくれた。戻りながら話した。
ユージスさんが言うには、このキヨメスモモギの逸話は、人の難病をも治す使術植物の実についての内容だった。ただ、その実だけの場合は、礎術的な、礎力的な症状にはそこまで効かないという話。そして、この辺りの村が一つ滅ぶほどの逸話が、おとぎ話として残っているということだった。
――だから特別隔離地域……欲にまみれた人たちなら全滅……それほどとは思わなかったけど、まあそうだったんだろうな……
ともかく。これとゴルドガルスの卵を組み合わせた薬なら今回の眠った被害者をも治せる、リミィさんの判定がそう言っている、そんな薬の配合方法もユージスさんが教えてくれた。
「ゴルドガルスの卵とその実のエキスを混ぜるんだ、一対二くらいの割合で。この大きさと個数なら、その何十人に使っても余るくらいだと思うよ」
「そっか。それならよかった」
フェンスから出た所でルアンビーニさんが驚いたのであろう表情を見せた。
「まさか本当に。少しでもカッとすると――いや、怒りを露わにしなくても、脳波的なものを察知されてうんぬんかんぬんで食い殺されるという話だが。しかも嘘を吐いてもダメとか」
「感情を動かさないようにしましたから」
「う、動かさないように……」
「死んだようなものです。死んだものは動きません」
「……そういうことか……」ルアンビーニさんは真剣そうな顔をした。「直感がして――君を行かせて正解だったが……それは、心を殺しているってことだろう? どんな経験を過去にしたかは知らないが……子供が……そんな言い方をするなんて、悲しいことだ。そんな想いは……もうしないといい……君の未来が明るいことを願うよ」それから、遠くを見て少し微笑むと。「そのためには――私のような人の上の者は、頑張らないといけないな……」
ルアンビーニさんの言葉に、幾らか救われた。
自分のアレは、誰にも言っていないことだった。ユージスさんは丸々知ってしまったけど、これから先、困ることさえなければ、きっと親にも言わない――忘れ去りたくてもそれができない、こびり付いた気持ちの悪いことだから。
――僕はそうだけど、人によってはすぐに言うべきだろうな……でも言えなかったりする、それが何かを知らない場合は……
そんなことを思いながら彼らの車の所まで戻り、運転手のゲートで噴水前まで送り出された。中央大公園からはウィローフィア州のジオガード支部へ。そこの空間接続本でジオガード本部へ戻り、黒いビーズのゲートでイーストマデリー区警察へと飛ぶと、そこにまだいたサンタディオさんやニヴルさんを見付けた。
「おう、話は聞いたぞ。それか」
「ええ」
「病院はあっち――俺のゲートで行こう、直接繋ぐ」
サンタディオさんの黒く透き通った小物入れが大きくなり、底の両面がゲート化した。それで病院の前へ。
みんなが寝ている部屋の辺りに行くと、シフューさんが、手に持った金色の卵を数個こちらに見せつけながら。
「こっちも準備できてるぞ」
それらを混ぜる。作り方を何度も入念にチェックした。ベレスにも聞いた。リミィさんに判定の確認も取った。
失敗はできない。ユージスさん曰く、一人があの木から実を取れるのは一回だけ。一度に数個同時に取れることがあるのはその木の気分によるらしいが、僕はもうあの木から実を取れない。正直ほかの人を行かせたいとも思わない。
できたエキスは少々とろりとしていて……それを、飲ませる。
……でも、数秒では起きなかった。
すぐの目覚めは期待できないのか? いつまで待てば?
全員に飲ませ終わってからも待った。
数時間で起きなければもう帰ろう、任務は終わった……と思ったその時――二十分ほどが経った時だった。
「みんな! 起き始めたぞ!」
つい立ち上がった。
マフラー使いと靴べら使いの二人の部屋へと向かった。二人の名前をまだ思い出せないけど、それでも無事を確認したかった。
扉をスライドさせて部屋に入ると、二人が上半身を上げていて、こちらにほぼ同時に顔を向けた。
まずは体の大きな靴べら使いが声にした。
「ああ、ユズト……だっけ? ん? あれ? ここ、どこなんだ? なんでこんな所に」
「何が起きてるんだ。ドームを出てすぐ――突然眠気が。それから覚えてない」
「俺もだ」
どうやら礎術大会会場から出てすぐ。
――マジかよ、そんなに。そんなに!
「もう……もう随分前のことだよ、本当にずっと寝てた……ことになる、二人とも」
何か月もずっとあんな風に寝ていた……というイメージが、脳裏に焼き付いた。
「でも。助かってよかった。本ッ当によかった……っ」
そう言った僕の視界が、何かに見辛くされた。
鼻が大きな音を立てたことに自分でも驚いてから、目や鼻を拭った。
心を動かさないようにしてからの振れ幅はいつもいつも……本当にいつもこうだ。
二人と少し話してから、連絡先を聞いた。靴べら使いのレオ・ベックランズさん、マフラー使いのネルクス・ワーフメックさん。
「安静にして体調を戻してね、またいつか会いたいからさ……。じゃ、僕は今日はこれで。仕事の報告をしなきゃ」
「そうか。じゃあまたな」
「うん」
それからみんながいる場所を探し、ティータイムが楽しめそうなエリアで自分のチームの全員と合流した。そこにはロロさんもいて、彼から言われた。
「もう報告に帰られて結構ですよ」
帰る前に、ペットボックスに入ってみた。心配掛けさせたかなと思ったからだった。
中央へ行く前からのっしのっしと歩いてきた。オレンジヒカリヤモリのペタメイズ――ペタちゃんをこちらが抱き締めようとすると、顔を何度も舐められた。
「寂しくさせたよね、ごめんね」撫でながら言った。「今回ほど寂しくさせることはそんなにないとは思うんだけど……でも……解んないよね、そんなの。ごめんね」
そう言ってからも、少しだけ光る背を、ゆっくりと撫でた。
※私が過去に『近所の』大人からされたこと等を、この話の中に書いています。昨今色々言われているジャニーズ問題は、そもそも私とは一切関係ありません。そういった被害者が出なくなることをここに願っておきます。それは、私が過去に、『近所では』被害者だったからです。関係がないことを関係があると勘違いしておられるなら、やめてください。




