051 見付かった者たちとその後
警察の医務室で、ユズトが目を覚ますのを待っていた。数時間が経った頃か、目を覚ましたようで、ユズトがベッドの上で上半身だけを起こした。
「何があったんだ、あの地下で」
聞いた俺にユズトは言った。
「連中の一人が……いた」
「リーダーだな」と俺が言うと。
「ああ……リーダーは用意周到で、こちらの力を封じてきた」
「境界石が見付かったよ」
「なるほど。あいつは赤い許可カードを持っていて、あいつだけが礎術を使った」
「そんな所に一人で……まあ責めても何も出ないか。今後は気を付けないとな」
「そうだなぁ」
ユズトはそう言って頭を掻き、気が抜けたような顔で窓の外を見た。
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どこか、暗い所にいる。何も物が見えない。恐らくここには光そのものがない。本当の真っ暗闇。
ここはどこだ。
礎術を使おうとしたが、使えなかった。つまり礎術で強引に出ることはできない。
――なんて状況だ。
しかも素手で扉を探して開けて出るのも無理。こう考えたのは、出られるような取っ手らしきものも手探りでは見付からなかったからだった。もしや天井や床に? とも思ったが、そんな場所には何もなかった。
床や天井、壁はひんやりしていた。熱源が少ない。ここはどちらかというと寒い。
そして自分は今どんな格好をしているのか……それすら見えない。
最初は裸だった。暗闇に衣類があると知ってから手探りに着た。そんな場所で息だけは持っている……? それも疑わしい。いつかは呼吸もできなくなるかもしれない。
――このままでは死を待つだけ……
体が震えた。
助けが来るかも解らない。
じっとしていた方がいいのだろうか。
暗闇ではできることが限られていた。ただ、思うに、自分は寝ていたのだから、まあまあ長時間生きてはいられた訳で、もしその間の大部分の時間、この場所で息をしていたのだとしたら、換気だけはされているのではないか。そう思うから、動くことは大事だと思えた。
ここは暗くて何も見えず、寒い。その上なかなか狭い。まっすぐ寝ることはギリギリできないくらい。
体を動かした。
自分にとっては大きなシャツとズボンを今は着ている――見えはしないが。ズボンの裾をめくって調節し、ズボンにシャツを突っ込み、運動による熱で寒さに対抗した。
靴も自分には大きい。――ジャンプはあまりしない方がいいか。
その時だ、風を感じた。
どうやら換気がなされている。なぜ。生かしつつ閉じ込められている、そんな理解が生まれた。
――ここはどこだ。出たい。誰かが外から開けてくれるのを待つしか。
ただ、餓死の可能性がある。
そんな事になる前に、誰かが外から開ける……もしくは壁を壊す……そんなことが起こらなければ死んでしまう。
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「それにしてもお手柄だよな」
「……何が? というか誰が?」
俺が絞り袋を操って暇を弄びながら言うと、ユズトは医務室のベッドに座ったまま聞いた。
礎術の練習になる弄びをしつつ俺は答えた。
「ユズトのことだよ。リーダーに逃げられたのは確かに悔しい。でも今後は捕まえるのに苦労もしない、素性もバレてるからな。奴はすぐに捕まる。別のやり方じゃこうも行かなかったかもしれないんだ、万々歳さ」
「……そうか。そうだな、うまくいってよかった」
ユズトはそう言ってまた窓の外を見た。
「それにしても」そういえばと思い出したことを聞きたくなった。「お前のあの力のこと、本当はあまり広められたくはないだろ? それ、俺が言っておいたよ、その方がいいだろ」
「あの力?」
「液体のあれさ」
「ああ……それね。うん。ありがとう」
そう言うと、また……ユズトは何やら真剣な顔をして、窓の外を見た。
何か考えているようだった。
何だ? と、気になってから思い付いた。
「あの人たちのことか? そうだよな……」
「あの人たち?」
違ったか。まあ勘は外れることもあるな、と思ってから説明に合う言葉を探した。
「地下にいたあの人たちだよ、大丈夫……と言いたいが、今は病院にいて……まだ全員寝ている……し、どうやら特殊な眠らせ方をされているようで、そのせいか、医術では起きない。医学的には何の問題もないらしいんだがな。無事かどうか、あの人たちがどうなったか――ユズトはそういうのを気にするだろ? 考えてると思ったんだよ、どうなったのかって」
ユズトは一瞬だけこちらを見た。また遠くをさっきと同じ目で見ると、その口が動いた。
「なるほど。助からないのか」
「そうじゃないといいんだがな。今は何の案もないが、色んな部署の人と話して探してる、解決策を」
「そう……か」
そこでドアが開き、ペーターが入ってきた。彼はユズトが起きていると気付いた途端、顔を綻ばせて駆け寄った。
「よかったユズト! どうもないか! 何ともないか!」
「あ、ああ、何ともない」
ユズトもその慌ただしさに呆気に取られているようだった。
「君も彼らみたいに目を覚まさないかと! 本当によかった……っ」
彼との間にこの任務中に何かあったのか……気になっていると、ペーターが言葉を続けた。
「あ、いや、彼らが絶望的だっていう訳じゃないんだ。今、案を探ってるが……俺も、ほら、助けられたろ、ソラを助けたみたいに――ちょっと違うけど。そんな君が死ぬのは嫌だったからな。何事もなくてよかった、目を覚ましてよかったよホント」
心からそう言っているのが端から見ているだけでもよく解った。
仲間がそう言われるのは何かと心地がいい。
……さて。問題は残ったが、それは任務の外のこと……とは、ユズトは思わないかもなあ。
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揺れを感じた。何かが衝撃を受けたような揺れ。気のせいかと思ったが、また揺れた。音もする。
ある程度一定の間隔で何かが衝撃を受けている。何に何が当たっているのかは解らないが、とりあえず同時に自分の体も定期的に揺れているのは解った。
ある時上から光が差し込み始め、壁の一部がこの空間にめり込むように凹み、出入口ができそうになった。
「助けてくれてる人、ありがとうございます」
こちらから言うと、外から声が。
「大丈夫ですか! おい! 本当に人がいるぞ! 今どけますね!」
瓦礫と化した壁をどこかへ動かしてもらえた。それからようやく出ることができた。そうして目の前に見えたのは、横に長い廊下と、廊下の窓の向こうにある大広間だった。
助けてくれた男性は警察の制服を着ているようだった。そこへもう一人、さっき呼ばれたからか女性も来た。そして彼らの靴が気になった。
「あの。靴のサイズ幾つですか」
「ん? 俺は大きい方じゃなくて……二十六だが、それが?」
「私は二十七だけど」
「それなら男性の方、緊急を要するんです、ちょっと貸してください、すぐに返します、なんなら同行してください」
その男性は、こんな状況でそんな質問? などと思ったようだった。
「ま、まあ……い、いいけど」
借りてすぐ、男性警察官の操る巨大紙コップの底の裏に乗った。
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「病院に行ってみるか?」
レケが聞いたのは、ユズトが心配性だからだろう、それも何かと辛い目に遭った人を気にする。大会でもそうだった。ユズトをよく解っている。
ユズトがどう返事をするのか気になって言葉を待った。彼の口が、しばらくしてから動いた。
「そうだな、行こう」
ベッドの横に立った彼がこちらを向き、また口を動かした。
「誰かの操るものに乗って……病院に行きたい。それかゲートで」
「じゃあ俺が。俺もやっとできるようになったんだよ! ユズトのおかげで」
「そうか。……よかった」
「何だよ。もうちょっと喜んでくれても……まあ、テンションも低くなるか、これから行く所のことを考えると……まあいい、とにかく」
折り紙八枚であらかじめ作っておいた輪っかがある。それを拡大して礎力を更に込めてゲート化させようとしたその時――突然ドアが勢いよく開いた。
直後、ドゴッと激しい音がした。
何だ! と思い見たドアの前に立っていたのは……ユズトだった。白シャツのスーツの姿。
「え? ユズトが二人……?」
「拘束パーカー!」
「あ、ああ」
ビーズを出した方のユズトが叫んだから、そちらが本物なのだろうとは思った。ついでに彼は白いビーズでもう一人のユズトの頭部を覆い、それからそのビーズを消した。
するとそこで寝ていたユズトは狂ったように「何だこれは!」などと叫んだ。やはり彼が偽者。
一人は辺りを見ようとして見えていないような素振り。
もう一人の方へ、レケが、別室から持ってきた拘束パーカーを渡した。
抵抗しようとする偽ユズトを難なく拘束すると。
「もうその服はやるよ。靴とかは返してね。ん?」
そう言って、ユズトは、靴とポーチ、手帳やケータイなどなど、最低限必要な物は全部取り返した。その時に気付いたらしく、ついでのように、偽ユズトの腕にある何かを奪った。時計のようなもの。
「これのせいか?」
ユズトが、そう言いながら何かのボタンを押した。すると、盤面に――三つの半球の水晶みたいなものに――三人の全身像が浮かび上がった。顔がズームアップされる時があったのでタイミングを合わせてよくよく見てみたが……それは見知らぬ誰か二人とユズトの全身像だった。
ユズトがレケと俺に触れ、
「どう? ユズトは」
と戻ってきたジリアンにも触れた。多分その腕時計のような物とその手に礎力も込めていたのではないか――すると三つの半球水晶らしき物に、レケ、俺、ジリアンの姿が。
ユズトが一瞬レケの姿になった。ジリアンの姿にも。それから赤いボタンを押すと元に戻った。
登録される姿は三人分らしい。……これで化けて……
「そうか」俺はつい。「こんな風に捕まることを想定して化けて逃げようと。何てやつだ」
「それでユズトに? 何て道具だよ」レケも言った。
礎術道具協会本部には在庫リストや販売済みリストとして似たものがあるか確認できる。ケータイでジオガード本部調査室に問い合わせた。公式の製品情報と照らし合わせてもらい確認したが、その返事は――
「非公式のもののようですね、どこのリストにもありません」
というものだった。「ありがとう、今回はそれだけだ、また頼む」「ええ」とやり取りがあってから通話を切った。
とりあえず闇で大量に売買されている訳でもなさそうだ。同じものが別にないことを願う。
その装置を顔ほどの大きさの灰色のビーズに通して灰のようにしてしまうと、
「それより」とユズトが話し始めた。「あの地下にいた人たちはどうなったんです?」
言われたのが俺だから俺が言う。「まだ目を覚ましてない」
「覚ます方法は?」
「それが、実は……」ジリアンが言いにくそうにそれだけを。
「まさか……ないの?」
するとレケが。「いや、あるとは信じてる、だろ? 調べてるんだ、色んな部署、職種、とにかく誰にでも掛け合って協力してもらってる。解決案はまだってだけだ。きっと救える」
「じゃあそこに僕も加わりたい」
そうか、と思った。本物のユズトならそこまで言うか。なるほど。
ハッキリと実感しながら折り紙の輪をゲート化した。
ユズトはさっきまで履いていた靴を持って一旦この医務室の外に出ると、手を空にして戻ってきた。
それから向かった先は病院。
幾つもの部屋に振り分けられ何十人もの意識不明者が寝ている。
現状を目の当たりにしてすぐの廊下に、ベレスとケナ、ソラとヴィスリーがいた。
近付いて話そうとしたが、何やら彼らも話していた。
「――感知機に彼らの礎力が引っかからなかったのはカーテンのせいらしい。あれがなぜか彼らの礎力波を……『遮っていた』というより、『ないものとしていた』の方が正しいかもしれないとのことです。上下は別に塞がれていませんでしたし」
「ふうん……?」ソラの返事だ。「まあ確かに、なんで感知しなかったのかは気になってたのよね。それのせいだったのか、礎術道具かな」
「……初めてらしいよ? あんなカーテン」とはケナが言った。
そんなにも用意していた……ということか、こんな時のために。
「やあ」
と、とりあえず合流し、リーダーも捕まったことを報告すると。
「まだ解決策がなくて」ヴィスリーが言った。「どういうものによるのかが解らないから……致命的なことになり兼ねない」
ユズトが「そんな」と嘆いた。
「あ、そうだ、動物の措置はどうなる感じ?」
ふとヴィスリーが聞いてきた。レケも俺を見た。俺はその話を聞きに行っていたから、俺が答えた。
「あそこにいた動物は一旦警察で保護して検査中だ、それから無事が解れば様々に措置を取られる」
「そっか……それなら……それはよかったけど」
ヴィスリーだけでなく誰もが思ったことだろう、『問題はこの人たちだ』と。
そこで、ユズトがなぜかベレスからケータイを受け取りながら言った。
「判定能力を持った人に聞いてみる」
「判定能力?」
じっくり考えてみた――そんな礎術があるとして、どう使うのか、それで解決を見ることが本当にできるのか、と。
「答えが出るとは思えないぞ」自分の結論はそうなった。「自分たちが知らないものを質問に組み込むのは難しいし、違うってことが判り続けるだけだと思う」
「確かにそんな気はする。それに、そういう礎術の使用者はそんなにいない、その理由の一つが悪用されて殺されるからだけど……」
俺のあとにヴィスリーがそう言うと、ユズトが言いたそうにした横でベレスが言った。
「知り合いに一人いるんですよ、ヴィスリーさんももしかしたらよく知っている人です」
ユズトも。「その人に僕が聞いてみる」
電話の相手が出たようで、相手へのユズトの言葉が声になった。
「もしもし、リミィさん?」




