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星のバラスト  作者: 弧川ふき@ひのかみゆみ


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049 とある組織との激闘

 靴を回収するのはやはりすぐに済んだ。「この辺りに落ちたんじゃないか」と目星が付いていたのも大きい。


「じゃあ私は元の場所に」

「僕が送ります」


 礎物(そぶつ)として黒いビーズを生み出し、どうぞと手で示した。


「じゃあ。ありがと」

「いえ」


 ソラさんが元の位置へと無事に戻ったことで、安心感が押し寄せる。計画的にもそうだ。監視の穴は少ない方がいい。

 何はともあれ自分も元の現場にと戻ろうとしたその時だった。

 自分の身の回りに、何かが光った。それは輪っかのようになっていて――なぜか自分が小人になった気分になった。その理由に気付くのに、一秒か二秒を要した。


 ――やばい!


 ■■□□■■□□■■□□■■


 正直、隙をうかがったらそれを突くつもりが、見惚れていた。こんな戦いがあるのかと。こんな救い方があるのかと。

 ここまでできる者がいるとは思っていなかった。大量の操作対象を操れる者までいるし、一発が強力な女もいる。ただ逃げても捕まるだけかもしれない。


 ――なら、一人だけでも殺しておくか。


 特に、あの子供。あいつを殺しておけば、奴らのゲート使いを一人減らしたことになる。隙を突ければどうにかなるだろう。


 ■■□□■■□□■■□□■■


 自分は今、指輪の中心にいるんじゃないか。そういう感覚を得た瞬間、恐怖が脳を駆け巡るのが解った。


 ――縮めば死ぬ!


 しゃがんだ。そして礎力の流れを見た。


「そっちか!」


 駆け出そうとした時、蜃気楼のように揺れる空気がその揺れを失った。その時点での指輪の高さが、こちらの動きに合わせて低くなっていて――


 ――あっぶ…!


 跳び上がった。すると瞬間縮んだ指輪が横にあった木の下部を指の細さにまで圧縮した。自分がそうなったら臓器破裂もあった、しかも木に押さえ付けられながらそうなったに違いない。そんな木の様子を横目に一瞬だけ見て走り、込められた礎力(そりょく)の発送者の所へと向かった。駐車場の横の木の陰だった。


「なんでだ! なんでこっちが!」

「隠れて観察できる所はそうない」


 律儀に全てを答えはしない。そして白いビーズを向かわせ彼の頭部を覆った。

 礎力を込め発動する。ゼロビジビリティ。

 すると、この男は焦点の合わない目で辺りを見るだけとなった、まるで何も見えていないみたいに――実際には白くて何もない空間しか見えていないはず。

 そんな男の腕や足をビーズで固定すると、黒いビーズのゲートを開き、荷台から拘束パーカーを素早く持ってきた。そして近付くことなく迅速に取り付けていく。ビーズで布地を挟んで浮かせて着せていくのももう慣れたもんだ。

 腕も縛り、またゲートを開いて荷台に送ると、それからようやくペーターさんの待っているであろう部屋へと戻れた。


「お待たせしました」

「一人いたんだな」

「ええ」

「次は俺に任せろ」

「頼みましたよ。まあ万が一があれば僕からも行きますけど」

「まあ見てろ」


 ペーターさんがそこで折り紙を一枚出し、壁に貼り付けた。礎力が込められると、その折り紙が張られた壁の向こうが透けて見えた。そしてペーターさんが廊下を確認した。


「誰もいない。次の部屋へ行こう」


 ■■□□■■□□■■□□■■


 ――しまった。見誤った。


 今はもう景色も見える。この目と耳が確かなら、多分ここは警察署。ほかの組織員と一緒に机に縛られている。

 この状態で、後悔ばかりが胸に積もる。

 あの子供は、一番手を出してはいけない人物だったのかもしれない。

 あの素早さ。あの手際のよさ。そしてあの効果。……もう二度と戦いたくない。


 ■■□□■■□□■■□□■■


 三階東側、真ん中の部屋。シキティアを後ろに連れ、そこへ入ってまずは警告した。


「動くな! 逃げてもいいことはないぞ!」


 部屋には二人の男がいた。ただ、二人は、開いた窓の前に浮いた巨大な開かれた本に膝立ちで乗っていた。


「それでも逃げるね! あばよ!」


 一人が言ってすぐ、本ごと窓の外に速やかに出た。

 クリームを放ったが、それはかすりもしなかった。あっと言う間に彼らは本ごと上空へと――。


「くそっ……! 二人ほど空へ逃げた!」


 胸元のバッジに礎力を込めてそう言うと、「了解」「対処する」など口々に聞こえた。

 直後、足を軽く叩かれた。

「シフューさん任せて」という声が聞こえたあとで、振り返った。


「解ってる、次へ急ぎましょう」

「え、誰に『解ってる』って?」

「急がせましたよね?」

「……私は何もしてないわよ」


 俺の足を叩いたのはシキティアではない……?

 この部屋にまだ何かある気がした。バッジに礎力(そりょく)を込め、小声で言った。


「カイル、キボラ、東側三階真ん中に俺たち二人がいるのは見えるな?」


 すると、礎術(そじゅつ)道具であるイヤーカフ型受信機から返事が聞こえた。


「ああ、青い点が見える」礎力感知機を見た上でのカイルの声。「そこに赤い点もあるぞ、隠れてるのか」

「やっぱりか」

「注意しろ」

「ああ」


 机と机の間を見た。どこか懐かしさを感じた。理科室のような雰囲気の部屋だ。この部屋の机は黒く、逆U字の蛇口がそばにある。そんな机と机の間に人はいない。机の下を覗き込んでみたが、その最中、ドアが開く音がした。


「多分あれだ」


 シキティアに言ってからイヤーカフから声が。


「離れてくぞ、西側へ」


 そう聞いて思ったのは、『なんだ西側へ逃げただけか』だった。たったそれだけのこと。緊急でも何でもない。

 一応バッジに礎力を込め、聞いてみる。


「こちらレケだ。もう誰もいないよな?」

「ああ、赤い点はそこにない。……奥の部屋にもないな」


 カイルから言われ『なんだそうか』と思いつつ追い駆け始めた。自分の班の捜索域にはもう逮捕対象がいない。あとはあいつだけ。そう思って廊下を()()()速く走った。

 前を行く男の視界を遮ろうとしてクリームを放ったが、それは通り過ぎていくだけだった。男が自身のすぐ近く――左の部屋へと素早く入った。

 追い駆ける。そして入ろうとして気付いた。男が入ったのはトイレ。どう逃げるつもりなのか。そんな男性用トイレに入ったのは、俺とシキティアの二人。


 ■■□□■■□□■■□□■■


「二人ほど空へ逃げた!」に対して「了解」と返事をした。「対処する」という声もあった、多分シフューさんが言った。

「シフューさん任せて」こちらの連携で十分ということに期待した。慣れた連携ができればと。

 それから敵が見えてきた。

 本に乗った二人の男。乗ったまま屋上よりも高い位置へと浮いてきて――

 それ以上上昇されたくはなかったけれど、まずは南下できないように彼らの南側に絵筆を向かわせた。

 私たちが扱えるのはスタンダードな形の筆。平筆のようにそれの横幅をかなり持たせ、巨大化。それを壁にした。

 彼らは北側の監視者には気付いたようで南へ逃げようとして更に上昇。

 私と同じようにアルマも絵筆に平筆のような幅を持たせ大きくし、上と下から動きを封じた。床と天井みたいにした。当然彼らは横移動などしようとするし、何なら一人の男がこちらに手を伸ばし、構えた。

 直後、風を受けた。かなりの強風。

 帽子は吹っ飛んでいったけれど、一旦、筆を足場にして落下だけは防げた。そのまま彼らの元まで近付いた。

 アルマによる、男たちを上にも下にも行かせない床と天井と化した絵筆の東端が、私に近付いてくる。すぐそこまで床と天井が広がり、男たちは上下に逃げられなくなった。南へ行かせまいとして浮かせた絵筆の壁に私が礎力を込め続けていたからか、その壁もまだある。

 彼らはそれらを西から回って南に逃げるか、そのまま西へ逃げるつもり――という動きを見せた。


 ――行かせない。


 私は絵筆を、『アルマの設置した下へ行かせまいとした絵筆の床』へと向かわせ、男たちの近くを絵筆でなぞった。

 礎力を更に込めると、なぞった部分から垂直に同じ材質の壁がそそり立った。

 タイミングを見てその壁を起こした(・・・・)おかげで、男二人が上下と周囲を囲まれた形になった。

 こうなったら囲む全てを最低限の大きさにし、負担を減らし、それから連絡するだけ。胸のバッジにも礎力を込めた。


「ユズト、とりあえず来て、屋上から見上げれば解るから」


 黒いビーズのゲートを通ってやってきたユズトが、見上げて理解したようだった。


「中に本使いと風使いがいる! もしかしたら本と風を使う一人と別の力の一人かもしれないけど!」


 こちらがそう言うと、ユズトは黒いゲートを再度繋いでペーターさんも連れてきた。そして『茶色い牢』まで別のビーズに二人で乗って浮き――


「合図を!」


 と、生の声を聞かせた。

 三、二、一……のあとで壁と上の蓋を消すと、白いビーズが彼らの頭部を囲った。本は灰色のビーズに別のビーズで投げ込まれ粉々に。

 風を操る男は手当たり次第に風を放った。彼をペーターさんが巨大折り紙で押さえ付ける。

 ユズトがゲートで荷台へ繋ぎ、拘束パーカーを受け取ったようで、それを着せていく……その際には暴れる男の手の向きに特に気を付けたようだった。

 ユズトとペーターさんは、彼らをキボラさんたちの所へ送ると、一旦戻ってきた。私たちにグッドサインを見せた。だからこちらからも。それから彼らは元いた場所へ、黒いビーズのゲートで戻った。


「レケさん、シキティアさん、あの二人は捕まえましたよ」

「よかった」


 バッジとイヤーカフでそう通話すると、ヴィスリーが巨大なバイクグローブに乗って直上の監視地点に来て私に帽子を届けた。


「ありがとう」


 ヴィスリーは下りていく。それから再び無言の監視に戻った。


 ■■□□■■□□■■□□■■


 触れた。触れて逃げた。それだけが大事だった。

 ここで行われていることがそれなりに酷いし、アレ(・・)までバレたら一体どうなるか……

 偶然知った。リーダーがあんなこと(・・・・・)までしているのを。

 そのことまで俺が関わっていないことは証明できない可能性がある。捕まるのは嫌だ。逃げたい。ただ、戦力を削ぎたくてもこういう戦い方しかできない……

 数人倒しながら外へどうにか逃げ出て壁をどうにかする。もしかしたら俺にはできる――何せこの力があるから。でもそこまで期待している訳でもない。この力では()()()()から。



 ――この礎術に目覚めたのは廃墟探訪に連れて行かれた時だった。訪れたのは、確か小児科医の廃病院みたいな所だったはずだ。

 さして面白いこともなく帰ろうと話し合った時、たまたま地震が起こり、自分だけ閉じ込められた。そこから出たくて辺りを見、『このコンクリートの塊さえ退かせれば出られる、退かしてもここは潰されない、別の壁の塊が支えになっている』と解ったが、前の邪魔なコンクリートを壊せる物が特に見当たらず、足元にあるのは砂時計だけで……この砂時計のように目の前の邪魔な物もザラザラと消え落ちてしまえば……そう思った時のことだった――



 触れたものを壊せる砂時計の力。砂が落ちるまで待てた時、あらかじめ礎力(そりょく)を込めて触れていたモノが砂のように崩れる。そういう礎術(そじゅつ)

 だから俺には時間が重要で、だからこそ砂時計に触れたまま、隠れている。この砂時計を止められるか、壊されるか、しないようにと。


 ■■□□■■□□■■□□■■


「今度こそ次の部屋だ。廊下に出る。行くぞ」


 僕はこくりと頷いた。

 四階、西側、真ん中の部屋。

 だがそこには人がいなかった。出る際また折り紙を壁に貼り付けた透視。廊下に男が一人だけいた。手を拭きながら……多分トイレからこちらへ来ている。

 さっきの部屋の横を通り過ぎたから、この部屋か奥の部屋に入ろうとしている――その男が、この部屋の西側のドアに近付いた時に、東側のドアから勢いよく廊下に出た。


「動くな! 囲まれてる! 逃げられないぞ!」


 ペーターさんがそう言って折り紙を飛ばした。

 ちょうど隙を突いたと思ったその時、相手からも銀に光る丸い棒がのびてきた。鐘を鳴らす棒くらいの太さがある。その棒と折り紙で押し合いになったが、ペーターさんは横に避けつつ走り込みながら、その折り紙をまた相手へと向かわせた。


「そっちに当たるぞ!」


 男が叫んだ。瞬間、前にビーズを置き盾に……するだけでなく、『こちらに当てる気なら』と、赤いビーズだったのを黒くし、ゲート化させた。その転移先はもちろん――

 と、その時だ、


「お前にもだ!」


 と、男はもう一本何かを持っていて、それをペーターさんに向けて飛ばしたようだった。

 危ないと叫ぼうとしたその時、競り合いを逃れた折り紙が盾となり、それを受け止めた。しかもペーターさんの手にあるケースから新たに折り紙が放たれ、それらはペーターさんに向けられた銀の何かを切り刻んだ。

 直後、後ろからの衝撃で男が前へ倒れるのが見えた。黒いビーズのゲートを通って、彼のそれは自分への攻撃となったワケだ。


「くっ」


 と顔を上げた男のその顔に、ペーターさんの折り紙が数枚張り付く。


「よし、もう抵抗させない」


 ペーターさんが操る折り紙が、男の肩や腕や膝の関節を固定し、動けなくさせた。折り紙による目隠しもしたままだ。

「くそぉ」などと嘆く男に拘束パーカーを着せるのはとてもしやすかった。さすがだなぁと実感する。

 礎術も腕も拘束パーカーに縛られた彼を、ゲーティング・ブラックで南のトラックの荷台へと運んだ。

 今度は僕が一着補充して戻ってきた。


「じゃあ次です」


 と振り向いたその時だ。目の前に人がいた。そして触れられた瞬間、僕とペーターさんは、二人ともが瞬間移動したかのように――今はなぜか水中にいる。


「ぐぼばっ……!」


 息ができない。しかもペーターさんが手をクロスさせ、こちらにバツ印のサインを出した。


 ■■□□■■□□■■□□■■


 少し前のこと――数日前、ペーターさんは言っていた。


「俺の折り紙を操る礎術は、濡れていると使えないから要注意なんだ。そんな時は仲間が頼りだ。支え合う…っていうのは、色んな形があるよな」


 そうだなぁと仲間を想うのと同時に、重大な情報だから覚えておこう、と思った。何かあった時のために。


 ■■□□■■□□■■□□■■


 ――このままじゃペーターさんは何も……!


 だからと言って、自分はどうなのかという問題もあった。

 どうすれば。息もできない。この数秒で生き残るか死ぬかが決まる!


 ――まずは呼吸を!


 足元にビーズを瓶から出して上へ浮こうとした。でもビーズを出すことがなぜかできなかった。感覚的に理解した――瞬間移動させる礎術というのは、空気との入れ替えのようなものらしい。水とではできないようだ。礎物(そぶつ)としても出せなかった。それも空気中に生み出す行為なんだろう。

 瓶を開けて出してからかなり礎力を消耗してやっと浮上できた、が、上は何かに閉ざされているようで、息ができる空間すらなかった。


 ――やばい。やばいやばいやばい!


 そう思って辺りを見た時、岩場の向こうから何かが現れた。ヒレにトゲの生えたサメのような……礎球(そきゅう)の生物『ドクカサゴザメ』またの名をポイズンシャークという使術動物(ジオアニ)。通常は青いヒレが赤くなっている時にそれに刺されると一瞬で全身が麻痺する。

 ここがどこかも判らない上、仲間は無力化されていて息もできない。さっきの浮上の際の礎力の消耗加減から察するに、礎術の威力は水中だとかなり下がる。そこにポイズンシャークまで。


 ――どうすれば!


 ■■□□■■□□■■□□■■


 イチェウィックさんと共に奥の部屋へ向かった。

 ドアを開く。急いで入る。すると。


「動くな……ッ?」


 リップスティックを持った手を前に差し出した姿勢のまま、急に体が動かなくなった。

 目だけで部屋の中を観察した。

 いるのは男。彼が、恐らく礎力(そりょく)を込めているのであろうルーペ越しにこちらを見ながら、言う。


「これで俺が見ている間は、お前は何もできない。今はまだ目を動かす程度ならできるが、礎術(そじゅつ)も使えない。息もできない。つまり、すぐにお前は死ぬ」


 ――まさかここにきてこんな礎術の使い手と戦うとは……


 言葉の途中からマイク用のバッジに礎力を込めたつもりだったけれど、いつまで経っても返答がない。『礎術も使えない』の意味は礎術道具についても含めているみたいだ。

 リップスティックに礎力を込めたつもりが、何も起こらない。

 男の声が小さいから男の声への通信反応もないということでもなく、嘘でもないらしい。

 呼吸できない中必死に声を出そうとした。けれど、どうやっても喋れない。イチェウィックさんが単独で戦うことになりそうだけれど、何も知らずに部屋に入られたら私と同じ目に遭うだけだ。


 ――イチェウィックさん、あなたの判断に全てが!


 今は、期待することしかできない。


 ■■□□■■□□■■□□■■


 なぜ逃げるだけなのか。こちらに触れるだけの不意を突けたのに、そのあとは逃げるだけ。そもそも逃げるだけなら触れたりしなければこちらも気付かないのに。なのに触れてきた、感触は間違いなんかじゃない。何か理由があるはず。


 ――時間稼ぎ……か?


 時間を掛けるとまずい。そんな気がした。

 嫌な予感が増していく。

 とにかく個室を見て回った。常に絞り袋を構えながら――シキティアは色紙を構えながら見て回った。ただ、どの個室にもいない。

 奥まで見てから、まさか、と思い付いた。

 入口付近に戻り、清掃用具入れっぽい戸棚を開けた、だがその先にもいない。

 焦りを感じつつバッジに礎力を込め、聞いた。


「逃げた奴はどこだ、どこにいる」

「すぐそこだ、横だ、そこどこだ?」

「横ッ? そうか!」


 女性用トイレに向かいスライドドアを開けた。手前から用具の戸棚をも見て回る。奥まで見た。が、いない。


「いないぞ! 男女、トイレのどっちの個室も見た!」

「今動いたぞ! 出て追え!」

「何ッ?」


 向かう途中で気付いた。洗面台の下の壁に、極小の穴があった。そこに指を掛けて引くと開けることができた。壁は、観音開きの戸だった、ぱっと見はそう見えないが。

 見ると、そこにあった備品がぐしゃぐしゃになっていた。


「くそっ!」


 自分たちが急いで探したからか、物音に気付けなかった……? かもしれない。自分を叱責してしまいながらも二人で追い駆けた。

 カイルらから位置情報を聞きつつ向かう。「二階だ」と言われれば階段で二階まで下り、「東だ」と言われれば東側へ廊下を進んだ。「その辺り!」と言われて横を見る。東側、真ん中の部屋へと入った。


「どこだ、いないぞ」

「そんなワケない、そこだ」

「どこだ?」

「そこだ! ちょうどそこ!」

「ちょうどッ?」

「重なってる! 見えないなら何かに隠れてる!」


 最後だけキボラの声だった。

 ハッとして後ろを向いた。南の窓を向いていたから北のガラス戸の棚が前になる。薬品やらが入った棚の下には引き戸があって、そこを開けたら……一人の男がいた。


「……! 動くなよ!」


 その男の手には砂時計が。その砂が今にも全部落ちようとしている。

 男は、それを見て一瞬笑ったように見えた、そして怖がったような顔でこちらを見た。

 ゾクリとした。

 瞬間、絞り袋を放っていた。砂時計は押しやられ、壁と絞り袋に挟まれた瞬間割れた。それほどの礎力を込めて放っていた。限りなく一瞬に近い出来事。

 ふう……と、なぜか肩で息をしていた。


「ちっ」男が悔しがった。「もう少しで血に塗れた砂の如し……って感じだったのにな。次こんなことがあったらあんた死ぬかもね」

「何だと?」


 こちらが胸ぐらを掴むと、男は笑った。

 拘束パーカーを着せたらすぐに荷台にぶち込んだ。


 ■■□□■■□□■■□□■■


 ポイズンシャークに見付からないように、見付かっても襲われないように、ビーズを巨大化させて壁にしようとしたが、どんなに礎力を込めてもタイヤほどにしか大きくならなかった。


 ――なんでだ……! くそ! 息が!


 そんな時、ペーターさんがこちらを見ろと合図を出した。視線をそちらにしばらく向けていると、とある方向を指差された。下に見える砂利か何かと別の白い何かとの境の真上辺りまで行こうと、そう示しているように見える。

 行ってみる。

 そうして衝撃の事実を理解した。

 水槽の中だ。今目の前にあるのはアクリルかガラスか……そんな板だ。


 ■■□□■■□□■■□□■■


 俺には触れたものを水槽に入れる力がある。この礎術を身に付けた切っ掛けは、父親だった。

 酒浸りで乱暴でギャンブル狂で人を奴隷のように扱い、実際奴隷商をしていた父。果ては最愛の女性にまで「お前が奴隷になるか」などと言いながら暴行。

 家に帰ってその現場を見た瞬間、もう耐える必要なんてないと思った。殴ったら殴り返され、蹴り飛ばされ、近くにあった水槽の中に、地球のピラニアに似た礎球の魚オニキバウオが入っているのが見えて…


 ――こんな奴はこの中で噛み殺されたっていい。死んでしまえお前なんか!


 そう思いながら振り返った時、父は目の前から消えた。まさか本当に? と水槽の方を向くと、その中に父が……ぎゅうぎゅう詰めになって入っているのが見えた。

 父の血がじわりと水に溶けていくのを見て、そして動かなくなるのを見て……笑いながら涙を流した。

 それからは母と二人、生活するのは苦しかったが、水槽に物を小さくして入れられる礎術のおかげで漁や見せ物で何とかやっていくことができた。

 だがある時、母が男に(だま)され殺された。そうして金を奪われた。その時、『じゃあ俺も殺す側になって気に食わない奴は水槽に入れてやる』と思った。

 最初は相手を選んでいた。許せない奴だけを入れようと考えていた。

 邪魔する者も一緒だ――いつからかそう思うようになっていた。

 手提げ鞄のように持てる小さな水槽を持ち歩くようになってから数日後、水槽同士をリンクさせることができるようになった。小さな水槽に入れても大水槽に入れていることにできる、つまりどこにいても、念じている間だけは、小さな水槽をポイズンシャークの入った大水槽として扱える。

 もう一度礎力を大量に込めれば水生生物だけは完全にその大水槽に転移させることができる。これができるようになったから運搬も楽になった。

 そして、リンクしただけの状態だと手提げの蓋のせいで上へはどうしたって逃げられない。

 使い分けた。運搬業用と暗殺用。つまり大水槽が二個。

 ある時、白衣の男から声が掛かって……


 ――だから俺の邪魔をするならこの中に入れてやる。人を転移させたままにすることはできないから苦労するが、どうにかして逃げてやるさ、お前らを減らしてからな……――俺はこの礎術を身に付けて、嬉しいんだ。幸せなはずなんだ。邪魔するな。……わざわざこんなことをさせるな。


 ■■□□■■□□■■□□■■


 とにかく板を割ろうとしてビーズを当てたが、水の抵抗のせいか威力が落ちている、だからか、できそうもない。

 ふと、気になるものが目の前にあった。棒のようなものが二本……と考えて、一つの可能性に気付いた。

 脚だ。大きな脚。――いやこちらが小さいだけか。

 この礎術の使い手がそばにいる。そうであってほしい。


 ――ただ、どうする、今は水の中。これではビーズは……


 そこでハッとした。そして水槽の内側の面であろう部分に、ビーズの入った瓶を持った手で触れ、ガラスに瓶を触れさせた。そして試みた。ビーズの瞬間移動。水中にではなく『外』に。

 そして念のため、最大出力。


 ――うおぉぉぉぁぁぁあああああッ!


 上へ吹き飛ばすイメージ。これが相手のアゴに下から当たってその頭が揺れ、相手が気絶すれば……と、起こしたいことを完璧にイメージして礎力を込めた。

 次の瞬間……出ていた。

 眼前に礎術使いらしき男が倒れているのが解ってすぐ振り返った。

 廊下の床に、持ち手の付いた小さな水槽がぽつんとあった。

 こんなに小さかったのか。そんな中にあのポイズンシャークも。

 でも、水槽には何も入っていないように見える。岩も無いように見える。


 ――もしかして中身は違うのか? どう違うのかよく解んないな。


 自分は元の大きさに戻っているようだった。そこでよく携帯しているMサイズ(ミドル)容量拡大バッグ(ブリンガー)を思い出した。


 ――あれ? 大きさが変わってる訳じゃない可能性もあるのか……? まあいいや。


 そこまで考えてから、横を見た。一緒に出たペーターさんが、ちゃんとそばにいる。ただ、横たわったまま動かない。


「ペーターさん!」


 駆け寄り、うつ伏せになっていたのを横に向かせて気付いた。息をしていない。


「そんな!」


 即座に仰向けに寝かせアゴを押し気道を確保。息を一度吹き入れた。もう一度。そして胸を押す。一、二、三、四……三十回のあとまた息を吹き入れた。これを繰り返した。

 途中で水を吐いた。横に向けて口から出し切らせてから、また……

 何セットかやったあとで、やっとペーターさんが、


「はぁ――っ」と、まずは大きく息を吸った。「ごほ、ごほ! すぅ――……はあ……はあ……助かった……ちょっと意識が飛んでる」

「息をしてなくて」

「人工呼吸してくれたのか」

「ええ」


 それ以外に、急に何も言えなくなった。言葉の渦に溺れた気分だ。死んでほしくない。こんなことになるとは思わなかった。意識が戻ってよかった。こうしてまた話せてよかった。

 大会の思い出が過ぎった。再会したばかり。これからだった。死んだら悲しい。ほかに何をやれたんだとか、もっと何かできたかもだとか、出るヒントになったのはペーターさんなのにとか、こんなにも協力できたのにとか、自分のせいかなとか、でも息をしてくれたとか、それが嬉しくてたまらないとか、何でも言葉が浮かび過ぎて――どれをつまんで声にすればいいのかが解らなくなった。


「ありがとな」

「いえ」――よかった。本当によかった。


 ただただ安心が押し寄せて、ふう、と深呼吸して、それから声を聞いた。


「う……まさか出られるとは――」


 声の方を向いた。男に向かって瞬時に構え、ついでに水槽に向けて拳大のビーズを一発放った。激しい音を立ててそれが壊れ、廊下のこの辺りだけが水で濡れる――のを一瞬だけ見送って男に視線を戻した。


「そんなに意外か、そりゃあよかった、あんたに隙があって何よりだよ」僕が声を震わせると。

「隙がなきゃよかったか、フフ、フハハ」


 不思議に思った。男が、なぜか、泣いているように見えたからだ。


「よく解んないんだけど、その……なんであんたはここにいるんだ、いいことにも使えそうな礎術を持ってて、なんでここまで悪用する」

「なんで悪用するかだと? はは、お前に俺の何が解る」

「……解らない」

「じゃあ口出しするな」


 何だか、彼なりの流儀があるような……それなりの何かを感じた。悲しそうにも見えたのは何だったのか。


「いいやするね」


 僕は深呼吸し、心を落ち着かせた。そして男を指差し、ハッキリ言った。


「あなたは意外といい所がある気がする。今の話で思った。だからこんなことは続けない方がいい。それがあなたにはできる。僕はそう思う」


 ■■□□■■□□■■□□■■


 一人の大人を捕まえて、子供のすることが『説教』ときた。俺はどこまで落ちぶれていたのか。思い出してしまった。どうなりたかったのか、何を求めていたのか、どうしたかったのか、どう思いたかったのか……

 親父や母さんがかぶって見える人を見てしまったら、怒りが沸き起こった。


 ――俺の方がガキだったってことだな、そうだよな……


 でもしょうがないこともある、そう言いたくもなったが、この子供のしそうな考え方をするなら……それは『助け方を間違ってる』ということか? そう言いそうだ、この子供は。

 半分は解っていた。もう半分は、俺に資格なんてないと、自分自身を押さえ付けて解ろうともしていなかったのかもしれない。どうなんだろうな。


「責任を取らないとな。今までの罪を洗いざらい話すよ」

「……じゃあ、もう大丈夫ですね、あなたはきっと変われる」


 俺のことを知りもしないくせに微笑んだ子供のその言葉が、前なら無責任な詭弁にしか聞こえなかったはずだ。なぜ今なら胸にスッと入ってくるのか。

 こんな俺を想って鼓舞した人の言葉だからなのか……?

 もっと……もっと前にこんな人に会いたかった。そう思うのも甘えなのかもしれないが……それでも、会うならもっと前がよかったよ。

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