047 とある組織への進軍
敷地の角。歩道を見張る。
南西にケナ、ベレス、ニヴルさん。南にテイバーさん、ソラさん。中寄りがサンタディオさん、フィンブリィさん。南東がヴィスリーさん、ゾーニャさん。北東がカービティさん、アルマさん。北西がジッケスさん、シフューさん。
ケナが消しゴム、テイバーさんが下敷き、サンタディオさんが小物入れ、ゾーニャさんが絵筆で撫でた箇所から伸ばす地面の煉瓦と同じ物質……をそれぞれの角から操り巨大な壁にする。ケナは東へと北への二枚ずつ、四枚の壁を作るが、テイバーさんは北ヘ内壁一枚、サンタディオさんは南へ外壁一枚と東へ外壁一枚、ゾーニャさんは西へ内壁一枚だ。
突入前のレケとシキティアさんとペーターさんは僕やロロさんやイチェウィックさん、ジリアン、ミミカさんと一緒に北東角に待機していて、そこからレケが絞り袋で南向きに二枚の壁を作る。
それぞれ内壁と外壁の間は二十センチメートルは欲しい。最終的にできる壁が破壊される可能性が怖いからだ。
高さは約三十メートル。
レケの地点から西へはシキティアさんが色紙で内壁を、ペーターさんが折り紙で外壁を作った。それぞれ――ゾーニャさん以外は対象の拡大縮小を駆使して――隙間などできないようにしている。
壁を作った全員から順に合図が来る。
「ケナ、完了」
「テイバーオッケー」
「タディオ完了」
「ゾーニャ、オッケー」
「レケオッケー」
「シキティア完了」
「ペーター完了」
次の行動のために、穴がほぼなくなるようにビーズを大きく広くして十何人もが乗れるようにしていた。そのくらい余裕がある方がいい。そこに自分自身とロロさん、イチェウィックさん、ジリアン、ミミカさんが乗り、上空へ念動で動かした。そしてできた壁の間に手を伸ばし――
――溜まれ――固まる液……!
礎力そのものが手から大量に抜け出続け、黒い液体となり、この内壁と外壁の間にドバドバと溜まっていく。自分はさながらダム。ここだけに黒い液体を溜めるダム。手が放流口。この勢いですぐにでも高さ三十メートルくらいまで……と、その一心で溜め続けた。
一分も経たずに黒い壁ができ上がった。
この壁の上の六つの角に、すぐに、半透明な茶色のビーズを礎物化させ――つまり無から生み出し――向かわせた。そこに穴の大きな背の低いビーズを配置し、念じて木の円柱を出現させた。
それが上空から駐車場等を見張る担当の足場になる。
「よしオッケー!」
僕の声を合図に、南西のニヴルさん、南のソラさん、中寄りのフィンブリィさん、南東のゾーニャさん、北東のアルマさん、北西のシフューさんが予定通り対象に乗って浮き上がり、足場へと乗り移った。
それより少し前に、レケとシキティアさんとペーターさんが対象の操作をやめたようで、それぞれ対象に乗ってこちらのビーズの円盤に乗った。その手に武器がそれぞれちゃんとある。確認できてすぐに入口前までビーズを浮遊移動させた。
警備員の前に行く前にロロさんは警察手帳、ほかはジオガードの手帳を出した。それから入る。と、ロロさんがすぐさま言った。
「通信はするな。この会社は犯罪組織です、あなた方警備員は無関係、保護します、こちらへ」
警備員は一瞬慌てた。『そんな会社だったのかよ』とでも思ったのか、すんなりとこちらに歩み寄ってきた。ゲートをトラック二つのうち前に停まった方の荷台に繋げると、すぐに向かってくれた。あとは荷台から警察署にでも送られ保護されるだろう。
――さあ突入だ。
廊下に出る前に、イチェウィックさんが言った。
「レケシキティア、ロロミミカ、東側頼んだぞ。奇数階かどうかで担当を分けろ。俺たちこっち」
「ラジャ」
東階段を過ぎて西階段の方へと向かう。
事前に話していた作戦がある。『不意を打て。視界を潰せ。即時無力化。即着せろ』拘束パーカーに関しても迅速にと。そこまでが一連の流れ。これを意識しつつ向かってすぐ、目の前に――こちらに背を向けて廊下を歩いている男がいるのが見えた。
――ゼロビジビリティ・ホワイト。
視界を真っ白にし、相手に、どんな礎術があっても使わせまいとする。
それも成功したようで、相手は慌てふためいた。
ペーターさんが待機時から持っていた拘束パーカーで、無力化していく。着せていく。全て迅速に。
そんな中イチェウィックさんが言う。
「俺たちは奇数階だ、まず一階」
「了解」
ジリアンのその返事のあと二人が向かう――その方を気にしながら、ゲーティング・ブラックでトラックの荷台へと空間を接続した。その先にいるカイル・キボラ班へと、袖にベルトが付いている拘束パーカーによる腕の縛りまでが済んだ相手を、ペーターさんが運んだ。
最初は相手もジタバタしていたが、無意味と解ると抵抗しなくなっていた。声も出さない。が、ほかの組織員もそうだとは思わない方がいいだろう。
ペーターさんは、拘束パーカーをその手に一着補充して、このゲートの向こうから戻って来た。
「よし次だ。俺たちは二階」
ペーターさんに頷き、二階へ進んだ。
階段を上がってすぐ左はトイレで、右に三部屋ほど部屋がある。スライドするドアに近付こうとしたら人が出てきたのでとっさに階段からすぐの壁に隠れた。
――あまり部屋近くで騒がれてもまずい……人を呼ばれるのと同じだ……まあ結構な叫び声を上げられたら同じだけど……
ある程度彼がこちらに来てから、白いビーズの礎物で彼の頭部を覆う。目の自由を奪うとペーターさんの出番。拘束パーカーを着せていく、その作業を自分も手伝った。
念のため相手の口を塞ぎ、辺りへの警戒も忘れない。
拘束パーカーを着せ終わり腕を縛るのも終わると、ゲートでまた運ぶ。
「まいど」
カイルさんがそう言って受け取ったのは聞こえた。
一つ目の部屋もそんな風に……この調子でやっていければ全員逮捕は簡単かもしれない。だが油断はしない。
ペーターさんに目配せをして、部屋のドアを弱々しくスライドさせ何事も起こっていない風を装った。
入るとその先にいた男がこちらを見るなり、ネクタイを手に呼び放ってきた。
――シャタリング・グレー!
目の前に灰色のビーズが誕生する。それを通る時に強く念じた。するとネクタイは粉々に。
横の男からも何か飛んできた。白衣そのものだった。
「カッター!」
ペーターさんの複数の折り紙が白衣を切り刻んだ。
ペーターさんがやらなければ自分が破壊していた――思いながら男を見た。
「抵抗しても意味ないっすよ。もう包囲されてます」
僕がそう言うと、男たちは抵抗する気力を失ったらしい。そもそも武器も壊れたからか……。南の窓の外を見た時に彼らはぎょっとした、黒い壁を見たからだろう、それからは一層抵抗する気配を見せなくなった。
拘束パーカーで礎術を使えなくし腕を付属のベルトで縛ると、ゲートでトラックの荷台へ。……本当に抵抗しない。
「抵抗する意欲を削ぐことを積極的に言うのはアリだ、それで聞いてくれる奴もたまにいるからな、この調子で行こう」
同じように思っていた。言った甲斐があった。頷いて奥の部屋へ向かった。
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東側というのは、中央のトイレからこちらのことで、階段は入口から少し西にあった。つまり最初だけはイチェウィックさんたちについていった。そして階段を上がっていく。
その時だ。上から下りてくる男の姿が。
――! ショット! 被せ!
男の首から上を覆わせるために、黒いポリ袋を放った。
男は異常事態に気付いたらしく、そちらからも『鍵』が巨大化して放たれた。
避けながら操作する。そして口と目だけは自由を奪う。
「ぐぁあ!」
「ミミカさん!」
彼女が拘束パーカーを初動の時から持っていて、それを男に着せていく。男が抵抗しようとするから腕をポリ袋で縛り上げた。そうすることで腕を通しやすく――したおかげか、着せやすくもあったらしい。
その男をミミカさんの手鏡のゲートでトラックへ。
ミミカさんが新しい拘束パーカーを持ってくると、目を合わせ頷き合ってから、二階へ向かった。
一つ目の部屋は男が二人いた。
「抵抗するな! 逃げ場はないぞ!」
だがそう簡単に無抵抗にはなってくれず、一人はナイフを、一人は消火器をこちらへと投げた。
こちらもポリ袋を放った。ナイフで破れてもそれを遠くへやれる。ナイフ使いの武器がもしそれだけならある程度遠くへやればもうこちらのものだ。消火器に関しては強く弾く意志が必要だった。
それらの武器をこちらに来させまいとしつつ別のポリ袋を敵の顔へ――
「むぐぅ!」
あとはさっきと同じ流れだった。
あまり疲れない――ユズトのコツとやらのせいか。いや、おかげか。
次の部屋には誰もいなかったので奥の部屋へと向かった。
各階六部屋ある。東側は三部屋。この部屋で二階は最後。
入って「抵抗――」と言おうとした時だ。部屋にいた一人の男が、実験室に似合う逆J字の水道の蛇口を捻って水を止め、こちらを見て言った。
「お前らが包囲したのか。出し抜いて逃げてやる」
男はタオルを湿らせたようだった。それを構え、振り回してきた。
「くっ!」
ポリ袋で応戦。
この部屋にはもう一人男がいるようで、奥からは巨大化したペンが放たれていて、ミミカさんはそちらへの対応に追われているようだった。
――ちぃっ! どっちにも注意しないと……!
ある時、タオル男が手でポリ袋を引っ掻こうとした。するとその手に袋が近付いただけで、袋は溶けて床に落ちた。あまりにも袋の形状を失うと、俺はそれを操作できなくなる――
ポケットから新たなポリ袋を出した。今は両手に一枚ずつ。
――というか、こいつの礎術、何だ……! タオルを凍らせ武器に? でも溶かした? 温度! 温度か!
触れられると危ないし、こちらから触れるのも難しい。
そう思ってから大変なことに気付いた。
――……! やばい! 拘束時に暴れられると危険だ! 逃げ出されてしまう……!
「だから……逃げてやるって言ってるだろ!」
男はタオルを振り回し、たまに手を差し出してくる。こちらはポリ袋で応戦するので必死。目をたまにペン使いの方にも向けた。あちらからの攻撃はこちらには中々来ない。ミミカさんがうまくやってくれているのかどうなのか……
――くそっ、なくなってしまう……!
だったら気絶させるしかない。
それはできなくはない。
ポリ袋に念じ、男の顔目掛けて放った。手で防がれ溶け落ちてしまうが――
「アッパーショット!」
別の一枚を足元から忍ばせていた。その技名通り下から急速に浮き上がる。そしてアゴに――
――当たれ!……どうだ、今のは当たっただろ……!
男は、よろめき、床に倒れ込もうとした。ポリ袋でそれを防ぐと、寝かせて……そしてほっとした。
――よし、あとは……
ミミカさんの方を見た。ちょうどその時、ペン使いの男が放った巨大なペンを、手鏡のゲートでどこかに繋ぎ、消去でカットしたようだった。廊下からゴトッという音がした。
なるほどと納得してすぐ、ペン使いが白衣の胸ポケットからまたペンを手にし、それを放った。今度のそれは小さく軌道も低い――
危ないと思った瞬間、ミミカさんの前に、何物も通さないくらいに大きな壁が現れた。巨大化した手鏡だ。
――今のうちに俺が……
と思ってすぐ、男の後ろにミミカさんが現れた。別の手鏡でゲートを作っていたんだろう。そして手鏡を男の胸ポケットに当て、そこにあるペンをゲート先に通し、ゲート化解除により全てほぼ半分に……
「ちっ、解ったよ」
無抵抗になった男と横たわった男。二人に拘束パーカーを着せ、同じく荷台へ。
その時、礎力感知機を見たのであろうキボラさんが言った。
「二階にはもういない。作戦通り四階へ」
「了解」
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署に送られてくる男らをロープで机に繋ぎ、逃走不可能にする。これを全員にやるというのはそこまで苦ではない。
俺はすりこ木で机を叩くと、今ここにいる全員に告げた。
「トイレに行きたかったら言えよ。オムツを穿くか、おとなしくトイレに行くか選ばせてやる」
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俺とシキティアはまず一階を入口から東に行き、二つあるうち手前の部屋に入った。
そこ二人の男を発見。男たちは顕微鏡を見ていて――その目が、顔ごとこちらを向いた。
――アドソーベイトクリーム!
絞り袋の先からクリームを発射した。
この数日で礎術の質も高まり、それから一つの派生技を編み出していた。
いつもなら絞り袋の先からただホイップクリームを出せるだけだが、アドソーベイトクリームの場合その質が違う。肌に付いたらそこから離れなくなり、破壊不能なプリン状の凝固物になるという性質を、このクリームは持っている――
凝固物になったクリームを付着させたままにしておいたり凝固物の状態のままにしておいたりするのには維持が必要だが、ユズトのコツのおかげでそこまで苦しくない。
そしてこれを相手の目に向けて放てば……大体の者はびっくりして目を閉じ、目の周りの肌にでも触れたクリームがそこから離れなくなり視界を奪う。
今、目の前の男たちもそうなっている。
そして、もがいて取ろうとするが、取れない。ぷにぷにして掴むこともできない。肌には引っ付いているが拭い去ることもできない。
そして礎力を込めている間はこれが消えない。
訓練中はただのホイップクリームを顔面に飛ばした時期もあったが、拭われたら意味がない。『諦めない相手なら気絶させればいい』と、マッチとマッチ箱を使うあのメイなんかは思ったかもしれないが、犯罪者が都合よく動いてくれるとは限らない、ゆえにこの派生技。イメージしても覚えられるとは限らなかった。――できて最高の気分だ。これで……より安全に犯人を捕らえられる。
「暴れるなよ、捕まるってのに怪我までしたくないだろ?」
困惑する二人は「ひっ……はっ……」などと小さな声だけを漏らした。
二人の腕を絞り袋で縛り上げると、シキティアが拘束パーカーを着せていった。
出動前の待機中から一着だけ持っていたから一人にだけ着せる。
俺が念じて絞り袋をその腕からするすると抜けさせると、その腕を、拘束パーカーの袖に付いているベルトでがんじがらめに。そしてシキティアが色紙のゲートを作り、トラックの荷台へと運んだ。
「おう、着々と来てるな」カイルの声が聞こえた。
キボラの声も。「最初は忙しくなるよ、これ」
シキティアが二着の拘束パーカーを持って戻ってきた。
それまでの間、この部屋の入口に気を配りながら待った。意外と人は来ない。
二人目を運び終えたシキティアに俺から言った。
「よし、次の部屋へ行きましょう」
「静かにね」
こくりと肯いた。
奥の部屋では丸椅子をぶつけられそうになった。念動でだ。触れたら強制的に座らされる……というような力がありえなくはないので、慎重に絞り袋を向かわせ金具部分で貫いた。
「なっ」
驚く相手に向けて、また。
――アドソーベイトクリーム!
この男の顔半分を覆い視界を奪って、それから腕も縛り上げた。
男を運ぶと、またシキティアが一着の拘束パーカーを持ってきた。彼女が言う。
「順調だけど、それで気が緩んだ時が自分が死ぬ時よ」
頷いた。解っているつもりで。この気持ちが既に油断かもしれない。
気を引き締め、静かに部屋を出ると、三階へと向かった。
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一階を西側へ、イチェウィックさんと歩いた。忍び足で。
「逮捕する! 抵抗するな!」
部屋に入って開口一番はそれ。そして全体に視線を配った。
手前に男、奥に女。
二人は状況をすぐに理解したようだった。男はロープを放った。女も何かを放った、けれど……何かの平らなケースを巨大化させたようなものだとしか解らない。
――スタンリップ!
礎物を巨大化させ盾にした。どちらの攻撃も防ぐべく横倒しにした状態で――イチェウィックさんをも守れるようにと――前へやる。
ケースのようなものは特にこちらに来なかった。女が避けることに集中したのかもしれない。
男のロープはこちらへすり抜けてきた。
こちらの押しやったリップスティックを、男も女も、腰を低くして避けていたようで、特に、男はこちらに走り寄りながらロープを飛ばしてきた。それが私の体を縛る。
――何か発動される前に!
盾にして押しやったリップスティックを人くらいの大きさに抑えた。それで後ろから男と女の背を狙おうと考えた。だからかその流れの中で、見えた――イチェウィックさんは既に戦っている――女に対して巨大化した印鑑を放っていた――
それならと男だけに絞り、蓋を取り、しっかり塗る。
――スタン!
自分の体からロープがぱらりと落ちた。
ファイヤーリップを礎物化させ、すぐそこの床を塗り火を出すと、そこにロープを投げ、火を点けた。焼けてロープですらなくなれば男はもうこれを操れない。
横を見ると、ちょうどイチェウィックさんへと攻撃が向かう所だった。女の放ったケースのようなものの蓋が外れ二枚の刃が見えていた。どうやら糸切バサミだったらしい。
イチェウィックさんは印鑑を盾にしてそれの攻撃をギリギリと耐えた。それだけではすり抜けて来そうなので糸切バサミの上下からも印鑑で押さえるようにして耐えている。
ただ、蓋の攻撃も向かっている。それに関しては角寸胴の印鑑を使ったゲートで別の場所へ送って回避した。
次の瞬間、イチェウィックさんは別の印鑑を人の頭くらいの大きさにし、女の足元に向かわせ、地面に押した。
「雷印!」
バチッ――
音がすると、ギリギリと耐えていた糸切バサミが小さくなり近くのテーブルに落ちた。その糸切バサミを、ゲートに通して解除することで寸断し武器破壊を済ませる。
大丈夫そうだ、と思ってから男に視線を戻す。
スタンリップの効果が持続するように念じていた。当然、男は痺れて動けない。そこへ近付きながら女に視線をやった。女も倒れたけれど、意識を失ってはいないらしい。呻き声が聞こえるし立とうとしている。
「すんなり捕まってくれない? また痛い目見るよ」
そう言いながら、イチェウィックさんに、手で『遠退いていてください』と指示をした――完全に無力化できているかは微妙だから。
女は膝立ちにはなったものの、抵抗の素振りを見せない。
もう逮捕段階かもしれない。
思いながら、男のそばをよく見てみた。武器になるものはもうなさそうだ――と解ると、男の動きを縛るスタンの発動に必要な礎力を込めるのをやめずに女へと少しだけ近付いた。まだ少し遠巻きなのは警戒が必要だと思ったからで……
その時には、イチェウィックさんが女を中心に回るように――遠回りに男に近付いた。
私がスタンを解くと、イチェウィックさんが拘束パーカーを男に着せていった。
ただ、男は暴れた。
「スタンを!」
イチェウィックさんが男から少し離れてそう言った。私が念じてまたスタンを発動させる。そこへまた着せていった。
腕を付属のベルトで縛ると――イチェウィックさんが窓の近くに角寸胴の印鑑の一面をゲート化させた。そのゲートを通し、トラックへと運ぶ。男は「くそぉ」などと嘆いたが、嘆くくらいなら犯罪はやらないことだ。
その輸送場面を見ていると、女の方から音が。
振り向く。ドアを開けて逃げようとしていた。でももう遅い。私は念じた。すると女は痺れ、倒れた。さっき――少し近付いて様子を見ただけでなく……こっそり女の背に別のリップを忍ばせ、スタンリップを塗っていた。
女はドアの横で動かない、その状態を私は維持しつつ、近付いてドアを閉め、それから少しだけまた身を引いた。
イチェウィックさんと共に、あとは女の所持品を女自身から遠ざける。もう操作対象はなさそうだが念のためだ。
「はい、抵抗するなよ」
軽く言って、イチェウィックさんが拘束パーカーを着せていく。
――この調子ならうまくいきそうだ。
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なぜか騒がしい。そう思って窓の外で何か起こってるのかと確認してみたが……特に駐車場やベンチ、草地に何があるでもなかった。
――どういうことだ?……うん?
そこで気付いた。この敷地が黒い壁で覆われていることに。
このままでは、特殊な力がなければこの壁の外には出られない。その可能性は高い。
なぜこんな状態なのかという問いが頭に浮かんだ。恐らくはこの会社の実態がバレた。
――逃げ時だな。
窓を開け、そこから駐車場の方へと出た。どこかから狙われている可能性があるので、植木に隠れるようにしながらだ。一番西に植えられた駐車場横の植木の陰に隠れた状態で、サイコロを振った。
一の目が出た。草に触れて草の温度を百度にし、一旦、特殊礎術を解除した。
また振る。
次は三の目が出た。木に触れてそこから水を放出させた。
また振る。
次は五の目が出た。草に触れて礎力の塊にしてこの身に吸収。気休めにはいい。ほかの目が出るのは今は嫌だが――
また振る。
次は二の目が出た。ほかの生物で試すのは面倒だと思って持っていてよかった、胸ポケットから取り出した小型のナイフで腕を五ミリほど縦に切った。そして傷の左右の二点に触れた。その二点を繋ぐ糸が現れ瞬間縫われた。念のため多く礎力を込めておいたら二針分になった。
また振る。
次はまた一が出た。草に触れ、草を高温にする。
また振る。
やっと六が出た。もし四が出たらと思うとゾッとした。触れた対象の痛覚・触覚が死ぬという四の目の力。部位だけでの発動はできない。だからって、自分が身動きし辛くなるのは御免だ。
こんな礎術になるよう期待した自分が思うのもなんだが……変な力だが、それでも気になるのは四と二の時くらいだ。
――さて。
壁へと近付いた。ゆっくりと近付くとそれを上から見られていそうなので――何か妙な足場があるように見えたから――迅速に動いた。そして黒い壁に触れる。
すると、礎力を込めた分だけ、目の前の壁が消えた。
触れた所から一定範囲を消滅。この力で以て、自分だけでも通れればいい、それだけの範囲の壁を消すと、外へと出た。
「多分警察だけじゃないな」
このまま西へと逃げよう――そう思い駆け出した。




