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005 理由

 予選Aブロックの一回戦第四試合。

 ネルクスさんの試合も一方的なものだった。

 彼はマフラーで相手をなぎ倒すと、顔を覆い、視界を塞いだ上、倒れた地点に押さえ付け続けた。

 相手の武器――高枝切りバサミを、ネルクスさんが、自在に伸びるマフラーの端で遠くにやる。

 すると、相手はどこに念じればいいか判らなくなり、手も足も出せなくなった。


「勝者、七番! ネルクス・ワーフメック!」


 次はこの人と戦うらしい。

 負けられない。ちょっとワクワクしちゃうけど。油断は禁物。今大事なのはコースルトさんのために勝つこと。


「どうだったよ」


 ネルクスさんが、リングから下りる際、僕の方に来て聞いた。

 素直に答える。


「いやぁ凄かったよ。視界を塞ぐのは参考になるし、じゃぁどう戦おうかなぁって気になったし」

「お前のあの威力も凄かったよな。くぅー、次早く来ねえかなぁ」

「ふへ、実は僕も楽しみなんだよね」


 そういえば。ネルクスさんは幾ら賭けられてるんだろう。

 聞いてみ…たくはあるけど、それを聞いたら僕も答えなきゃいけなくなりそうだなぁ…やっぱやめとこ。コースルトさんが脅されたからとはいえ「億単位」とは気軽に言えない。


 ■■□□■■□□■■□□■■


 警察には話せない。そう脅されている。偶然関わった私たちだけでどうにかしなければ。想いは強まる。

 コースルト氏の兄夫妻の家は白い壁に青い屋根で美しいが、それほど装飾がゴテゴテしているわけでもなく、金を掛けている風でもない。

 招き入れられた応接室で、茶を出されて飲むべきかと悩んだ。結局口にはしないことに決めた。

 そして早速グント氏に聞いてみた。


「コースルト様と金銭関係で何か問題があった人は――」

「ありがたいことに、いないな。そんな話題は出ないよ」

「ふむ。では執事やメイドについてですが、どなたか怪しいと思う者は?」


 絞られていけば、そこに答えがある。このやり方で収拾すればいいが。


「アリーとギリンズとアービーは小さい頃から働いていて信頼も厚い、裏切るとは思えない」


 とは、兄グント氏。中々の情報だ。

 しかもアリーは救済者を映す鏡(セイヴァーショワー)を使った本人らしい。情報は確かだった。真実だということは、アリーは本心で救済を願っている。信じられる。ならその周囲も割と――

 と、そんな時、奥様が口をお開けになった。


「あの子たちはいい子よ。もし素行を怪しむのなら、きっと問題はほかの誰かね」

「ふむ、なるほど……」

「最近辞めた人は?」


 納得するアデルの横で私が聞くと、グント氏が。


「いや、いないと思う。弟の家には最近も何度も行ったが、顔ぶれは変わってなかったはず。どの時もね」

「ふむ……」


 私は考え込んでしまった。だからかアデルが締めくくった。


「解りました。ありがとうございました」

「うむ。頑張ってくれ、弟を頼む」

「はい。では」


 礼をしてから私たちは立ち去った。


 ■■□□■■□□■■□□■■


 自分の番までの試合が終わるまで、リングから下がって壁に背を預けて立っていた。

 ふと小さな何かが目の前を通った。

 不思議に思い、見やった。

 女の子だ。十歳くらいで濃い茶髪が肩を過ぎるくらいまで伸びていて、ボサボサ。


 ――え? 選手? まさかね。選手の子供か何かだな、きっと。


 トイレからどこかへと向かったみたいだった。親世代の選手か。本当に色んな人がいるな。


「Aの五番、Aの七番、リングに上がってください」


 さて。ネルクスさんとの試合の番になった。リング上で向き合う。


「それでは……始め!」


 さっきと同じ戦法を試してみた。即座にポケットの瓶からビーズを目の前に。瞬間、拳大にして速攻――!

 負けられない。コースルトさんの損害を抑えなければ――。

 ネルクスさんはマフラーを前に伸ばしてガードした。

 防げるほどの操作力らしい。しかもいなした! ビーズが遠くへ飛んでいく。

 なら、それへの集中を解く。あのビーズは遥か彼方で小さくなる。ここからではもう見えない。

 彼が駆け出してくる。

 ならこっちの攻撃は……!

 輪だけ大きくしたビーズの、穴を差し向ける! 動きを限定できれば……!

 巨大になって大きな穴ごと相手に迫るビーズ。その中を通ることで彼が避けた。

 足が浮いているはず。この瞬間を――

 背後から(・・・・)

 ネルクスさんが通り抜けたビーズをグイッとこちらへ引き戻し、横からその顔を狙った。


「おわっ!」


 ネルクスさんもこれには気付かなかったみたいだ。喰らって倒れた。

 ただ、彼の伸ばしたマフラーがこちらに迫ってもいて――


「うおっ!」


 思わず――ほっとした。すんでのところで避けることができたからだった。

 彼はごろごろと転がって姿勢を整えようとしたようだった。その過程で念じるのが途切れたようで、彼のマフラーがその場に落ちようとしている。

 今だ!


 ――散弾!


 拳大のビーズを飛ばす。しっかりと彼を捉えた。

 ただ、彼よりも僕に近い所に落ちた彼のマフラーが、急にこちらへと――。


 ――くぉっ!


 避けながら念じた。ネルクスさんは吹っ飛んだ。

 よし……! よし……!

 吹っ飛んだ彼を、飛ばしたビーズの幾つかで押さえ付けた。

 油断はしない。そう思った瞬間、さっきの試合を思い出した。

 押さえ付けたまま、彼の顔の近くに色付きビーズを置いた。視界を遮るために。


「参った!」


 よし! よかった、勝てた!


「くそっ、一撃入れたかったぁ。でも、ありがとな、かなりマジだったろ、真剣にやってもらえて嬉しいよ」

「こちらこそ」


 ふう、いや、危なかった。一回でも喰らってたらどうなってたか。


「じゃあな」

「あ……そっか。じゃあまた」

「はは、またがあればいいけどな」

「ふふ、ですね」


 ネルクスさんは颯爽と去っていった。


 ――かっこよ。というかマジ怖かったぁ……! コースルトさんのお金消えるとこだったぁ!

 鳥肌ものだ。ったく。予選二回戦でこんなギリギリだなんて。

 まさかネルクスさん、優勝候補だったとかじゃないのか……?


 ■■□□■■□□■■□□■■


 コースルト氏の家に戻って、メイドのアリーを見付けたので言ってしまおうと思った。

 それでもやはり小声だ。


「誰かに怪しい動きがあったら教えてほしい。ただ、誰にも気づかれないように。ギリンズとアービーは疑わなくていい」

「古株で信用できるからですね」

「ああ」


 アリーも解ってくれてヒソヒソと確認を取ったのに違いない。

 アデルと二人で、家の中で考えている振りをしながら、外に犯人がいるんだと思っているように見せながら、彼らを見張ることにした。

 そうしながら私は別の視点を探らなければ。

 犯人の狙いは何なんだ。ほかに何かあるのか?


 ■■□□■■□□■■□□■■


 予選最終戦は、手にリモコンを持った人が相手だった。

 まあ、それを投げてくるつもりだったのかもしれないが、僕が相手の腹に一撃を加えることが簡単にできてしまって。


「ま、待った待った、降参!」


 ――うーん。ネルクスさん、やっぱり凄かったんじゃないか?


 思っていると、審判が僕に声を掛けてきた。


「ユズト・サエキさん。本戦進出です、おめでとうございます。あちらの時計の横、食堂よりもこちら側に本戦出場者用の控室がございます。みなさん一旦そこにお集まりになります。数分後までにはそちらへ行くよう、よろしくお願いします」

「はい、どうも」


 言われた通り控室に入った。そこまで広くない部屋だ。

 既に二人、ほかの選手がいた。

 長机とパイプ椅子があったから、その一つに座る。右後ろの方を陣取った。

 数十分が経つと人も増えた。

 そしてある時。扉から入ってきた人を見て驚いた。

 あの茶髪の女の子だ。しかも一人。


「これで揃いましたね」


 ――え、マジか。進行役がそう言うなんて。本当に選手……


「では、この箱から新しいリストバンドを取って頂きます。はい、そこの人」


 対応が軽くてサクサク進む。

 全員が取り終わり、本戦のトーナメントが決まった。僕の手にあるのは7と記されたリストバント。相手の八番はレオ・ベックランズという人らしい。

 古いリストバンドは「回収します」ということで進行係の手に全て渡った。


「では今から本戦準備をします。二十分くらい掛かります。それが済み次第本戦開始です。軽い食事でも取りたい方、いましたら、今のうちにどうぞ。では失礼します」


 ちょうど小腹が空いてる。食堂に行ってみよう。

 と――来てみたら、緑色のソースの乗ったパンのようなものが気になった。

 実際それはパンだった。ソースは濃厚でバターやチーズに近い味がして、肉とよく合っている。うぅむ、んまんま。


 水分を取ったりトイレに行ったり、壁の絵を眺めたりした。それから控室に戻る。

 そして数分後。


「では一回戦第一試合を始めます。本戦からは観客を巻き込まないために結界が敷かれます。試合開始後は誰も試合を邪魔できませんし、試合終了のコールがないと結界が解けないのでこの控室に戻ってくることもできません、ご了承ください。では……ルワリオ・コーデリキ選手、イルーク・カカテシエ選手、ご入場ください」


 進行係に言われて背の高い男性ふたりがドーム中央へと続きそうな扉を開けた。先にあるのは一本の通路らしい。


 ――へえ、そこを通って本戦リングに行くのか。


 そんな彼らの戦いは控室の角にあるテレビで中継されていて、僕らは実況付きで楽しむことができるらしい。

 テレビによると、「始め!」の合図のすぐあと、ルワリオさんがアイスピックを巨大化させた。

 その間、イルークさんはシェイカーを振る動作を少しだけして、その中の物を飲んだ。

 直後、イルークさんの動きが何倍にも速くなった。体を強化したんだな、これ、飲み物でそうなったのか。


「おーっとこれは小回りの効くイルーク選手が有利かぁ? しかしルワリオ選手も負けてない! 遠隔攻撃の利点! ルワリオ選手は中々近付かせません!」


 ――そうだ、イルークさんは武器と戦ってもしょうがないんだ。消耗するだけだ。えー、どうなるんだろう。


 ただ、ルワリオさんのアイスピックが回りながらイルークさんを狙った…のが外れた時、イルークさんが一気に距離を詰めた――

 その時、ルワリオさんは集中を欠いたようだった。

 しめたと思ったのかもしれない。イルークさんが加速。――今日の選手の誰よりも速いんじゃ?

 そのまま押し飛ばされ、リングの端にいたルワリオさんは、透明な壁に当たって場外に落ちた。


「おおっと、ここで参ったが入りました! イルークさんの勝利です!」


 ルワリオさんの声は中継されなかった。咳き込んだりしてそうだけど、大丈夫かな。


「いいですね、イルークさんはさすが常連ゆえなのか安定してますね。期待通りです」

「ルワリオさんも頑張りましたね」


 解説と実況で何やら話してる。

 へえ、イルークさん常連なんだ、なんて思っていると。


「では次、一回戦第二試合、ヨルテ・タミック選手対ペーター・ミガリオ選手」


 その二人なのであろう短髪黒目無言の男性と、ブロンドサラヘア碧眼男性が立ち上がってリングへ向かった。

 戻ってきたルワリオさんが進行係から言われる。


「本戦番号のリストバンドをお返しください、お疲れ様でした、またよかったらぜひ」


 リストバンドをそっと机に置くと、彼は、残念そうに控室から外の廊下へと去っていった。

 まあ勝ちがあれば負けもある。しょうがない――

 と思っていると、「始め!」の合図が。

 選手二人が動き出す。

 実況によるとヨルテさんが黒髪の方らしい。

 ヨルテさんはトイブロックを組み立て、盾や壁を作り、剣にすればそれを持ち、ブーメランにすればそれを投げた。

 ――ええ、面白ッ!

 対してペーターさんは…――あ、あれ、折り紙だ!

 色鮮やかな折り紙が盾になり、ペーターさんを守る。そして飛んでいけば刃のように切り刻む。

 互いに避ける避ける。

 そしてある時。ヨルテさんの作った壁の上部を突き破って、上から折り紙が。それがヨルテさんを床に押さえ付ける。と――念動で浮遊していたトイブロックがゴトゴトと地面に落ちて。


「勝者は、ペーター・ミガリオ選手!」


 互いに攻撃を避けつつ防ぎつつ、最後はペーターさんがやり切った――いやぁ、どの試合も面白い。

 次は? 次は? 早く見たい。


「第三試合は、フィンブリィ・アウスイット選手対ゾルメト・イータ選手です。どうぞ」


 両名が向かう。片方女性だ。

 出ていく二人とすれ違うように戻ってきたヨルテさんは、なぜか判らないけどイルークさんに握手を求めてからその辺にリストバンドを置き、外周廊下への扉を開け、去っていった。


 ――うーん? なんだ? 常連だからとか?


「始め!」の合図のあと、実況者の声が。


「女性のフィンブリィ選手は今回初参加。どんな戦いを見せてくれるのか、おぉっとフリスビーを一つから二つに増やした。両手で持っている。ゾルメト選手は? なんと小さ過ぎて実況席からでは判りませぇん」


 何を操るんだろう。と思っていると。フィンブリィさんが一つだけフリスビーを投げた。それが高さを落とさずにゾルメトさんへと向かう――が、彼の前に突然、二メートルもの金色の矢印みたいなものが出現。

 ――多分小さい操作対象物が巨大化したんだ。


「どうやらネクタイピンのようです。ゾルメト選手、その盾で防ぐ!」


 なるほど、あんなに小さかったのか。

 思った瞬間、巨大ネクタイピンがフィンブリィさんの真上にも現れた。

 上からの攻撃。それを転がるように避けると、フィンブリィさんはもう片方も投げた。が、それはすぐに真上から来たピンに向かった。

 ゾルメトさんは旋回するように動いていて、もう一つのネクタイピンを巨大なまま携えている。それもフィンブリィさんの所へ寄越しそうだ。

 フィンブリィさんも放っていたフリスビーを引き戻していて――

 互いの武器が、交錯する。そのネクタイピンたちを、フリスビーが切断した!


「参った」


 大声だったのだろうけれど、小さく聞こえた。


「第三試合、勝者、フィンブリィ・アウスイット選手!」


 歓声が上がった。硬そうなネクタイピンを切ったのが大きそうだ。確かに驚きだ。しかも二つとも。――もしかして全部の武器がなくなったから降参? そういうことも気を付けなきゃな。

 戻ってきたゾルメトさんが名残惜しそうに選手用のリストバンドを置いて控室を出ていった。フィンブリィさんはそれを見送ると、金髪を掻き上げて額の汗を拭い、その辺に座った。


「次は第四試合、ユズト・サエキ選手対レオ・ベックランズ選手」


 ――来た! 僕の番!


 通路に出て歩いていく。レオさんはガタイの大きな人。頬に二本線みたいな傷があって、それも相まってか圧が凄い。

 二人でリングに上がって距離を取る。「始め!」と合図が掛かると……レオさんの手に、木製の靴べらが現れた。

 それが巨大化して飛んでくる。そして分裂した!


 ――えっ! やば――


 焦りながらビーズを巨大化。巨大電磁石みたいな円盤くらいまでデカくして盾にしたら、それで受けるあいだに旋回。でも靴べらは追ってくる。


 ――くっ……! なら!


 そこらにビーズの柱を沢山作った。そしてとにかく走って攻撃を避けながら、隙をうかがって――


 ――よし、今!


 と、ビーズの巨大な柱を上空にも生み出した。そして落下させる。靴べらを下へ叩く。下には柱が。靴べらの真ん中には下からの力が、端には上からの力が掛かって――最後はボキッと折れた。


「くそっ……参った」


 ■■□□■■□□■■□□■■


 俺は、負けられないと思ってた。一家の中でも一番礎術(そじゅつ)の才能がないって言われてたし。勝って示したかった。なのに。

 やっぱり俺はダメなのか。


 ■■□□■■□□■■□□■■


「レオさんっ、ありがとうございました! いやぁ面白かった!」


 僕がそう言うと、レオさんは、なぜか顔をくしゃくしゃにして、目に涙を溜めた。

 レオさんが顔を手で隠す。


「そう言ってもらえるなんて――思ってなかったよ。ありがとう。こちらこそ」


 震える声で言われて、出場する理由について考えた。

 僕は人のため。

 こんな大会だからこそ、戦う理由も人それぞれ。レオさんにも複雑な事情があるんだろう。きっとあったんだ、戦う理由が。

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