模倣者 その2
目撃情報は更新されていた。アプリのコメッセアー頼りだが、それだけでも今マヒッジで目撃されているということが解っている。マヒッジの南はダノミーワという町だが、そこで見たという情報はまだない。
その間の通り。都心へ続くロウィナキア通りを中心に五本は見張っている、これで誰かは件のユニクオオカミを見るだろう。もし見なくともこれを繰り返せばいつかは引っ掛かる。
と、思ってすぐの時だ。ケナから電話が。
「どうした?」
「ツタ化して家の隙間をそっちに行った!」
対処できる可能性を増やしたいと思い、北を向いたまま身を捻って後方確認しできるだけ南下した。
幾つかの家の隙間に視線を送る。
その時だ、二つ前の家の隙間にある塀から出てきた。
その狼は腹を失って前部と後部をツタで繋いだような姿をしていた。その前足から先が空を飛んだ――狼がツタを操って自分の前身を持ち上げたようだった――その時からツタが風を受けながら向かいの家の隙間にある塀へと伸び、前身はそこに着地して、狼は道のアーチになった。
そこへツタが縮んでいって後ろ足の方がしゅるしゅると前足の方へと近付いていった。
ほんの数秒の出来事だった。相手が普通なら対処できる時間だったが、あまりの光景にどうすればいいか一瞬悩んだ。ケナもこうだったのかも――
と思いつつビーズを向かわせたが、狼がすぐに塀の上を――家の隙間を――西へ走った。
「待て!」
――ベレスに電話……!
「そっちに行った!」
ツタ化することは書類を見て知っていたが、あそこまで自由に操るとは。植物に擬態される可能性もある……と、思いながら、ドア三つ分くらいの大きさにしたビーズに乗ってビルを越え向かった。
ベレスは狼から見て対岸のビル群の隙間を塞ぐように、結束バンドを巨大化させ壁にした。
そんなベレスのそばに降り、ビーズについては飛んできた時の大きさのまま手元で維持――
その時、狼は身を伸ばして引き返そうとしていた。
だからビーズの色を黒に変えた。そして。
「ゲーティング!」
そのゲート用ビーズの行き先を狼の目の前に指定――すると、目の前に狼が移動してきた。
「なあ。何も酷いことしないから逃げないでくれない?」
警戒した狼にそう言った――その時に、レケ、ジリアン、ケナも、ここへと降り立った。すぐに来れたのは恐らくリングサーチャーのおかげ。
五人で狼を囲う形になった。そうなると、この子も、どうすればいいか、ということを本能で考えたのかもしれない、頭を下げてウロウロし始めた。
横は車道と何かの店、前と後ろは僕ら。
「何もしないから」僕は呼び掛け続けた。「どこに行こうとしてた? 何を望んでるの? あの家にはいたくなかった? 聞かせてほしいな、何もしないから」
まあ当然返事のお喋りはない。
生かして捕まえて家へ――ということだった……けど、どうして逃げるのか、どうして南へなのか、どうしてほぼ一直線だったのかが気になった。
逃げる気があれば急いで車道に一か八か出るなりするかもしれないが、この子は、僕らに囲まれている範囲をしばらくウロウロすると、じっとした。股の下を駆け抜けることもしなかった。そして、ただトコトコと、僕とベレスの間を通り抜けようとして、南へと歩いた。
そこでケナが言った。
「ちょっと見送ってみようよ」
みんなで肯き、あとを追った。
危害を加えないことを解ってくれたのか、このツタ化するユニクオオカミ……さしずめ『ツタオオカミ』は、逃げている雰囲気を出さず、急に走り出すこともせず、ついて来いと言わんばかりにたまに振り向きつつただ歩いた。
「ついて行ってみよう」
と言ってみた。するとほかの四人も肯いた。
……地図を確認しながら向かった。誘われるように。
――植物園?
サルトーリ植物園という所が地図で南に見える。そこへまっすぐ向かっているように見える。ほかに『ツタオオカミ』の目的地らしい所はないように見える。まあ、そう見えるだけかもと思ってもいるが……
辺りを確認しながらついて行った。
この状況で警察の攻撃なんてないとは思うが、それでも警戒した。今は邪魔されたくない。
アプリの『コメッセアー』も見たが、目撃情報はあまり増えていなかった。ツタ化していない状態だとそこまで注目されないらしい。それと、今はもうこんな風に歩いているからか通報する必要性を感じないんだろう、散歩だと思われているかもしれないくらいだ、きっと。
サルトーリ植物園に入っていった。本当にここだったとは。
それからの『ツタオオカミ』の動きは速かった。
駆け出し、ついて行く。
こちらを気遣って道を走ってくれている――と思えるのは気のせいだろうか。
そして止まった場所は、『アオシバブナ』とある看板の向こうの、木の前だった。
なぜそんな所に――と思っていると、その木の前で『ツタオオカミ』は振り向いた。目が合う。
その時だった。
『ツタオオカミ』を銀色の帽子みたいなものが覆い隠してしまった。
「……!」
ビーズを飛ばし銀色のそれを掴んで真上にどかした。
『ツタオオカミ』は急な出来事に、びっくりしたみたいだった。
辺りを見た。
後ろに白仮面と白コートの人物がいて――
――暑苦しくないのか? まあ夏用素材なのかな……
と思っていると、そこへ『彼』の声が。
「邪魔をするな! そいつは俺が捕まえる!」
「そっちこそ邪魔するな」レケが言った。「この子はジオガードが保護する。届け先も決まってるし、もしかしたら予定は変わる」
「ジオガードが? 依頼を受けたのに、予定は変わるかもだと? そんなことする権利があるのか!」
銀色のものを飛ばしてきたので、それを――ベレスの結束バンドが弾いた。
そんな時だがケータイを取り出した。
この謎を解くためには調査室の協力が必要だと思った。だから掛けた。
「こちらチーム『月下の水』です、アオシバブナが」
「こちらの話を聞く気はないのか!」
また銀色の何かが飛んできた。ケナが真っ白な消しゴムによる壁を作って防御。
その壁が消えて数秒後には、レケに縛り上げられていた。
「その……アオシバブナがたくさん分布している地域ってどこか判りますか? それと、ユニクオオカミの分布図と重なる所を探してほしいんですけど」
もしかしたらという可能性が頭を過ぎった。
補佐官は言った。
「重なる場所、ありましたよ。セントリバー州のニエヴェッツァ市の東の森林地帯がそうです」
メモしてから――「ありがとうございます、助かりました、またいつかお願いします」
「いえいえ」
「くそお! なんで俺が! お前ら依頼には従えよッ?」
悪気があってのことではないんだろう、男性がこちらへ叫んだ。
だから一応言っておいた。
「まあ一度はね」
多分だが、あの特殊なユニクオオカミの言いたいことも解った。そのことをみんなに言うと。
「じゃあ一旦戻ろう」レケが言った。「どうにかしてあの子を連れて」
木の前から動かない『あの子』を見てから、肯き合った。
ただ、自分たちだけで決めることじゃない。本人――いや、この場合『本狼』にか――近付き、聞いてみたいと思った。聞くべきだと思った。人の言葉が解るかは解らないけど……
「あのさ。キミの望みを叶えてみたい、違ってたら悪いけど……でも多分、元の場所に戻りたいってコトなんでしょ? そうさせたいと思ってる。でも、そのためには話さないといけない人がいるんだよ。キミの気持ちを汲むって約束するから……ついて来てくれないかな」
僕は手を差し出した。
そしてじっと待った。
その……いわば『ツタオオカミ』は、じっとしたままだった。数秒……十数秒……経ってから、こちらに歩み寄ってきた。本当に話が通じたのか。そう思いたくなってくる。
……仮面とコートの男も連れて、あの依頼者の家へと戻った。
「やっぱりか」
そう言った依頼主の名前を思い出そうとして、書類を確認した。――そうだ、レジェトック・アーズィアーさんだ。
「やっぱりかっていうのは?」
と、こちらが言うと、レジェトックさんが、ふう、と息を吐いてからこう言った。
「予想はしていたんですよ。違ってほしかった。だが――息子でした」
「えっ」
どうしてこんな状況になったのかが謎だと思った。予想ができたのもなぜなのか――
聞いてみた。
レジェトックさんは数秒間、言い辛くした。口をもごもごとさせてからこめかみ辺りを掻いた。それから話し始めた。
「実は……私が作った衣装が倉庫から消えてまして」
「父さんが作ったのかよ!」
「若気の至りだ、それに父さんはなりすますような真似はしなかったぞ」
「う……」
息子さんもたじろいでこめかみを掻いた。こうして見ると親子感が増す。
「でも、じゃあ、なんで父さんがそんなの作ったんだよ」
「若い頃に憧れて作っただけだ。全く。今思えばただのコスプレだ。それで活動だけは絶対にしないと誓ったんだ。だのにお前という奴は。全く」
全く、というのは口癖らしい。そのあとすぐレジェトックさんはこちらを向いた。
「すみません、ついでのことを頼んでおきながら。うちの愚息が」
レジェトックさんが、息子さんの頭を押さえ礼をさせた。ただ、息子さんも、促されればそうしなくもなかったんだろう、すんなりと頭を下げた。
その二人がまっすぐにこちらを見てから……何から話し出せばいいのかと迷ってしまった。
「じゃ、じゃあ、この狼のことですが。元の場所に戻りたがっているかもしれません。どうします?」
すると、レジェトックさんが小さな声を発した。
「まあ、そうですね……競狼には出せませんし……私も、連れて行ってみたくなりました、その子をそこに」
頷いて周りを見てみた。ジリアンもレケもベレスもケナも、各々納得済みというか、不満のなさそうな顔だ。
「トレイシャ、お前も行くぞ」
ふと、レジェトックさんがそう言った。息子さん…トレイシャさんも一緒に行けば、何か心に変化があるかも……それは良いものをもたらすかもと、レジェトックさんは思ったのかもしれない。
そんなことを思ってから、大移動の準備。
『ツタオオカミ』に触れている状態でペットボックスの『扉の絵』に礎力を込めると、ふたりで中へと入れた。「仲良くしてね」と言って自分だけ出てみんなと話した。
「念のため狼用のエサを」
「ここに」
レジェトックさんが既にある、とエサを示したので、よし、と頷いた。
そしてこちらで書いておいた目的地のメモを全員が再確認――
『セントリバー州ニエヴェッツァ市』
まずはその空港へと飛行機で飛んだ。
空の道中、よぉく顔を見てみたが、トレイシャさんは年上にも年下にも見えた。
聞いてみると、「あ、十四歳です」と。
――年下……? 大人びてる……!
そんなこんなで、空港からは駅へ。
駅で目的地までの切符を買ってそこへ……東へ東へ……と行く特急に乗ってすぐ――
「とりあえずみんな移動はよろしく。ちょっとペタちゃんたちを見ておかないと。降りた時には知らせに来て、改札を通る前でね」
「じゃあそれは私がするね」ジリアンが請け負ってくれた。
「あたしも!」
向かい合う席にみんなが座っているその横で自分のMサイズ容量拡大バッグへとケナと一緒に入った。
ペットボックスの中にはペタちゃんと僕とケナと『ツタオオカミ』。御飯の時間ということでペタちゃんにグラヤモリートをあげたり、『ツタオオカミ』には狼専用のエサを。そのエサはレジェトックさんから受け取っておいた。
追い駆け合ったりブランコに乗せて揺れたり、木登り競争したり、大きなボールを投げて『ツタオオカミ』にはハンデを負わせて取って来させる競争をしたり、寝そべったまま撫でたり。『ツタオオカミ』もペタちゃんも、意外と言うことを聞いてくれた。
ある時、
「着いたよー」
と声が掛かった。箱を出ると巨人のようになったジリアンがいた。数秒で背丈の差は縮んだ。
出入口が縦になって出やすい高さにある。壁に掛けるなりぶら下げるように持つなりして外の誰かが調節してくれたんだろう、そこからMサイズ容量拡大バッグを出る。ジリアンの次に自分という順に……出ると、見たのは……がらんとしたプラットホームと、向かいのフェンスの奥に生い茂る新緑の木々だった。
「なんで改札前で出るようにしたの? 最初から入りっぱなしなら安く済むのに」
ジリアンがそう言ったから、僕は真面目に言った。
「だってできればそうしたくないからさ。運んでもらってるのにお金を払わないなんて気が引けるよ」
「そっか」
そして改札を過ぎある程度進んで東の森林へと入れる地点を探した。
「ここでいいか」
そこでペットボックスから出した。ユニクオオカミ。ツタ化してしまうそいつが森を見ると、一度こちらを振り向いた。そしてまたすぐ向こうを向いた。……若干お辞儀をしたように見えたけど、気のせい? もしかしたら気のせいじゃないかも。
で、すぐに、その一頭は森へと消えた。
「丸く収まったようですね」
と、レジェトックさんが言った。
「これ、望んだことだったんですか?」と僕が聞くと。
「いいんです。あの子が望んでいるならそれが私の望み。私には別の子たちがいますからね…特殊過ぎる個体だけでなく、世の中には保護すべき個体もいます」
「レジェトックさんがいいなら、それでいいです、さあ戻りましょう」
そう勧めたのはレケだった。
今のやり取りなんかを見て、トレイシャくんは何を思ったんだろう。そこへ僕は何も口を出さなかった。本人の考えが大事だと思ったから。
さてこれからどうするかという話になった。レジェトックさんとトレイシャくんは家へ戻ればいいし、こちらは報告に戻ればいい――ので、空港まで見送るだけという事になった。
揺れる電車の中で聞いた。
「ツタ化するユニクオオカミなんて――そういう狼だと知らなかったとは思うんですが――どう入手したんですか? 詳しく教えていただきたいんですが」
するとレジェトックさんはしばらく思い出すようにして、それから言った。
「人から買ったんですよ。店とかではなくて、確か……競狼場の関係者入口から出た所であなたに売りたいものがあると言われて……ユニクオオカミは欲しいでしょう、と言われたからそりゃあもう、と。代金を提示されてかなりいいユニクオオカミだと思ったのは覚えています。それで……家に届ける話になった……と思います。とにかくあとで家に来て、そこで代金と交換で……。それが何か?」
「なるほど。いえ、こちらの話です。今後も、保護活動とか、頑張ってください、応援してます」
「ありがとう」
レジェトックさんは清々しい顔をしていた。救われた感じだ。きっとあの特殊なユニクオオカミも、そう思っているだろう、そう思いたい。
空港に到着すると。
「ではこれで」
そう言った彼らを見送ってから、ニエヴェッツァ空港から……飛行機で飛ぶのではなく、一旦ニエヴェッツァ支部に向かった。そこもジオガードの本物の職員なら地下から入る所で――五階へ行き、空間接続本で本部へと戻った。
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「姿を真似するのはやめるよ」
ジオガードの方々に見送られてから、トレイシャが言った。
向き直る。少し前までよりは顔付きもよくなった、そんな気がしないでもない。いつまでも愚息は愚息だが。
「特訓し直す。礎術だけじゃなくて、その時本当に望まれることは何かってことを考えられるように……」
「いいことだ。さ、帰ろう」
「うん」
愚息は模倣をやめる。ただ、あのユニクオオカミは、天然のユニクオオカミたちに溶け込むために、模倣をするのかもしれない。ツタ化する力に頼らなくても生きていけるように……その力で仲間を怖がらせないために……。
ただ、そうしないかもしれない。
どちらにしろ、あの子は故郷に戻れた、きっとそうなのだ。それは喜ばしい、そうに違いない。




