044 模倣者
ディヴィエナ州からは北東に位置するイーヴィストン州とセントリバー州の州境に位置する――イーヴィストン州最南端の市、ポダリストン。そこに今は来ている。
赤道近くでかなり暑いから、オレンジヒカリヤモリのペタメイズ通称ペタちゃんは、今は新緑色のペットボックスの中だ。退屈しないように、最近買った飲み込めない大きさのボールなんかもそばに置いておいた。
そして任務のために来たのは、かなりの豪邸。
門があって入れず、インターホンを鳴らしてモニターに向けてジオガードの手帳を見せると、その門がスライドして開いた。
そこから入って玄関ドアの前へ行くまでの間に、左右に広い庭を見た。その左側の庭には、仮面とコートで身を包んだ誰かの石像がある。
――歴史上の偉人か何かかな。
思いながら玄関ドアの前へと歩いた。
ペットボックスには取っ手があって、手から提げられる。そうして持ったまま、ドア前で立って待っていた。
開く音がした。その直後。
「どうぞお入りください」
男性の声。顔を出したのも男性だった。
彼に招き入れられ、靴を脱ぎ、高級なスリッパを提供され、それを履くと、絨毯の上を歩き、立派な応接室に通された。
そこへ…招いた男性は去り、別の男性が一分後くらいに入ってきた。
任務の依頼者であり家主なのであろう――任務一覧の写真に載っていた――黒髪の四十代前半くらいの男性。依頼者名はレジェトック・アーズィアー。書類にはそうある。彼が口を開いた。
「どうも、私が依頼者のレジェトック・アーズィアーです」
やはりそうだ。彼は続けた。
「あのユニクオオカミが今やどこにいるのか。人に何か被害を出す前に何とかしてほしい……ついでに、あの無茶な模倣者をどうにか止めてくだされば」
「生かして捕まえてほしいんですよね?」
僕が聞くと、レジェトックさんは何度も頷いた。
「急いで依頼したのは、警察による強引な処分を止めたいからです。同じ依頼をすることはできないのですが……警察が苦戦してジオガードに要請する際、殺処分でもよい依頼にした場合は、私のした生かして捕まえてほしいという依頼とは別扱いされて殺されてしまう可能性があるんです。それに使術動物を怖がって通報する人はほかにもいるかもしれません。しかも警察が独自に非常事態と判断し、殺してでも止めようとしてしまったら――」
レジェトックさんは伏し目がちで、首を横に振った。
「何を考えても、急いで依頼するしか手がありませんから」
「なるほど。では――」
と、ベレスが何か聞こうとしたようだった。耳を傾ける。
「無茶な模倣者についてですが……本当に模倣なんですか?」
かつて現れた最強の礎術師にしてなぜか顔を見せなかった自警活動家――を、模倣した人物が現れたということだった。
任務一覧ではそうだった。それならそれで模倣していて顔も見えないのに、なぜ模倣だと解るのかが問題で――
レジェトックさんは言った。
「ええ、素行を見ただけで私には一目瞭然なんです。声も年齢も。本人の訳がない」
まるで深い部分までそのかつての自警活動家を知っているかのようだ。何か過去に接点でも? と思っているところへ、レジェトックさんの声が。
「最近、プロのジオガードに迷惑をかけながら使術動物捕獲に勤しんでいるようで」
「書類見ました」僕が言った。「結構なんというか、模倣者に関しては愚痴が」
「伝説を軽んじる行為ですよ、全く。似た存在になりたいのは構わないが、全く同じ格好をしなくてもいいでしょう、全く」
今、全くって何度も言ったな。かなり、模倣者のことをよく思っていないみたいだな。
「ただ、それはついででいいですので。今は特別なユニクオオカミです、急いで捕まえていただかないと……。最近この辺に、持っているはずのない力を持ったカザダマジカがいて危ないと聞いたんです、しかもそれが殺処分されてしまって……このままではあの狼も同じように殺される、と」
「……解りました! 対処しつつなんとか言っときましょう」
ジリアンが拳を握り、ガツンと、と言いそうな動きを見せた。
「お願いします」
レジェトックさんがそう言って一礼した。
そこで、聞きたくなった。
「ちなみに、カザダマジカが持っていた……持っているはずのない力って何だったんですか?」
「火を放つ力ですよ。とんでもない力ではありますが――」
「なるほどそれで」
「ええ……」
「目撃情報は出てないんですか? あ、狼の方です」とレケが言うと。
「この家から南へ逃げていそうな目撃情報は入っています。点々と」
――ふむ。
どこか目的地があるのかもしれない。まあないかもしれないが。その両方を頭に入れて移動しながら地図を見て考えてみるのがいいのかもしれない。
それにしても。火まで放つカザダマジカ――クロダマオオイワトカゲの一頭もそうだったとベレスとジリアンに聞いた。よく解らないが、何か繋がりがありそうだ。
――何はともあれ、この問題に集中だ。
「では行ってきます」
「よろしくお願いします、どうか――」
「全力を尽くします、任せてください」
レジェトックさんがまた一礼した。
彼の豪邸を出て、ケータイを取り出しながら依頼内容の一部を思い出した。
依頼のためには捕獲対象などの細かい能力については記述できていればできているほどいい――その記述によるとユニクオオカミは舐めた箇所の筋肉の疲労回復を促進する。ただ、レジェトックさんによると今回のユニクオオカミはなぜか体をツタにできるらしい、その礎術でドアの隙間から出るのをレジェトックさんも手伝いの男性も見ていたということだった。
耳などにタグはついていないとのことだった。つける前に逃げたという話。
だから追跡タグとして使うことはできない、とのことで……
――目撃情報頼りか、だよなぁ、ほかにないよなぁ、多分……
そこで手に持ったペットボックスに目をやった。
空港からずっと手に提げたままだった。これは追跡の邪魔になる。今のうちに急いで邪魔にならないようにしておきたいと考えてすぐ「あ」と思い付いた。
「このペットボックス、Mサイズ容量拡大バッグに入れてくる。礎術道具同士干渉し合うなんてことないよね? 携帯トイレも風呂ボックスも入れられたし」
「どうだろうな、ちょっと……礎術道具協会本部のサイトに説明があるかもしれないから見てみる」と、レケがケータイを見て調べた。「お、干渉しない、ちゃんと入るってよ」
「じゃあ入れてくる」
Mサイズ容量拡大バッグを開けてその辺のガードフェンスに立て掛けると、その中へと入った。
空いている所にそっと置いて一旦中に入り、ペタちゃんと少しだけ戯れて「行ってくるからね」と伝えると、「ケケ」と言われてから急いで出た。
それからMサイズ容量拡大バッグからも出てそれを閉じ、丸めながら聞いてみた。
「何か決まった?」
「いやまだ」とはレケが。
「生息域はかなり広いよ、寒い所にもこの辺にもある。同じ種の居場所を探してそこに居付けば見分けが付かなくなっちゃう」
ジリアンがそう言った。
「確かに」と頷いた。「そっか。仲間を探してる可能性……」
僕がそう言い終わった頃、ジリアンが自身のケータイに目を落とした。
そしてまた何か解ったらしい。
「やっぱり南に行ってるね、そういうコメッセが多い」
「なるほどコメッセか」
礎球のテレビで見て知っているからそう納得することができた。コメッセというのは、礎球の情報交換アプリでのコメントのこと。そのアプリをコメッセアーという。
「何か特徴ないのかな、逃げ方に」
と、ジリアンがその画面を……しゃがんでケナと見ながら言った。「あるのかなあ」とケナも言って考えているようだ。
そこへ僕も目をやり目撃情報の地名をメモしていった。
地図で確認。この辺のどの通りのどの建物の前か、というような情報と照らし合わせると――
「なんか……この通り沿いに南へずっと行ってる気がする」
自分のケータイの画面を指差しながら言い、みんなに見せた。
なぜ南なのかと考えた。
「やっぱり仲間を探して?」とジリアンが言った。
そばでレケが誰かと通話していた。「――ございます。ではまた」のあと通話を切ると。
「調査室に聞いてみたが、ユニクオオカミのこの辺の生息域は真東、南東に多いらしい、森があって――別の方向で探すとかなり遠くに行かなきゃならないらしい」
「じゃあ」
「ああ、そちらに向かっていないから、この辺の同種を求めてはいないんだろうな」
そこでベレスが言った。「では、南に何があるか――どこへ行こうとしているのかを」
「何かは……あるんだろうな……」
そう思い口にしてから、また思い付いたことがあった。
「南に行っているのは解ってるから――行き先を予想して待ち伏せするのもいいかも」
「なるほど」とはレケが言った。
ひとりひとりが同色のリングサーチャーと対応させた捜索リング四つを持っている。そのリングサーチャーをほか四人が持つ……ということを全員がすることで、互いの場所が解るようになっている。
あまり戦わないという想定なら捜索リングをバッグの中に入れているだけでいいが、今回、捕まえたいだけなのでやり難さはある、動きやすい方がいいので、バッグすらどうにかしたかった。
「ねえ、バッグをMサイズ容量拡大バッグに入れて、Mサイズ容量拡大バッグを畳んでポケットかポーチに入れるとかにしようよ。その方が動ける」
「捜索リングは?」ジリアンが聞いてきた。
「腰から下げる、こう……見てて」
問題のリングを紐でまとめ、腰から下げた。これでほとんど気にならない。
自分の場合はリングサーチャーを左手に持つことにして、右手にはビーズの入った小瓶。
全員が紐にまとめた捜索リングを腰に付け終わる。涼しく吸水性のある各々好きな色の長袖とズボン、スニーカー、ポーチ、各々の操作対象――そんな格好になったみんなに向かって言った。
「よし、ある程度南に行って待ち伏せの位置に付こう」
巨大ビーズに乗った。それから南へ……赤道から遠ざかる。
標識を見て地名を確認しながら南へ。目撃情報の地名ではキツァーザ区マヒッジが一番南だった。
ロウィナキア通りのマヒッジより南にある程度飛ぶと。
「ここで分かれるよ」
このビーズの上に乗ったまま――つまり礎力を込め続けながら――ケータイで地図を見た。
上空に浮く。穴がほぼなくなるように巨大化したビーズの上で。四人も覗き込んだ。
「ロウィナキア通りは俺に任せろ、あとはどうする?」
「リヤベッシ通りにジリアン、お願い」
「解った」
「キコイカー通りにケナ」
僕が言うと、ケナは静かに頷いた。
「じゃあノギヨ通りにベレス、ボドック通りにユズト」とはジリアンが言った。
「解りました」
僕は頷いた。「よし行こう!」
それぞれが位置に付いて北を向いて待つ。




