041 旅客とジャント村の結末
黒いビーズによるゲートで一旦村へ戻ってみてからは、レケたちを探した。簡単には見付からなかった。隅々まで見回ったあと、役場に行った。
事務をする女性に聞くと。
「村長宅にいますよ、あちらです、案内しますね」
連れていかれた先は日本家屋の屋敷みたいな所だった。石畳の先に引き戸が。入れてもらうと、すぐの部屋にレケとケナがいるのが解った。
報告し合ったあと、そんなことが――と思ったのはきっとこちらだけではない。服についた血を見て心配されたが、もう大丈夫だと言うとそれ以降は特に何も言われなかった。
ケナは子供らしくというか……オレンジヒカリヤモリに興味津々な様子だ。
「じゃあ……とりあえずこれから宿に行ってみる。三人で行ってくるよ」
「ああ、頼む。俺たちはここで待機しておく」
「うん。じゃ」
頷きを添えて見送られ、旅館に向かった。オレンジヒカリヤモリに関しては、とりあえずベレスが抱えている。
旅館の前に腰掛けがあって、そこに何人かいた。
「あの」話し掛けてみた。「もしかして――」
その人たちが本当に件の人だと知って、服を見せた。すると。
「違う。あいつじゃない! ということはあいつは……!」
「……!」
その時だ。レケがゲートを通ってやってきた。
レケと共に来た者がいた、ケナを想像していたら不意を突かれた。
「ごめん何か心配させてたみたいで」
男性の声。直後、宿前にいた男性の一人がレケの隣に詰め寄った。
「お前ふざけるなよ心配させやがって! 一旦見放そうとしたぞ俺は……そんなこと俺にさせるな!」
怒って涙ぐんでいるように見えた。
「うん……本当にごめん」
よかったと思う反面、微妙に嫌な気持ちが残った。これはつまり、ほかの誰かが食われたことになるから――
「ああ! そんな!」
「じゃあ――」
「アタシの息子です……!」
旅館の女将がこちらに駆け寄ってきたので、血に濡れた服をそちらに差し出した。
女将はそれを受け取って服の胸元……にある宿のマークを手でなぞった。
「ぐ……ぐうたらしてるだけと思っていたのに……。こんな……こんな……」
いつの間にか見なくなっていたのか。
「死ぬ気で何かやってみなさい……って、つい先日……言ったきりで……。本当に……だなんて……」
女将はもう声も出さず、口元を手で覆っていた。
女将の息子さんは、もしかしたら、村を守りたくて死ぬ気で森に入ったのかもしれない。どんなに際どかろうと生きて帰ってやるとでも思ったんだろうか。村のために何か発見できればとでも……。そうだとしても、それは叶わなかった。
嫌な話だ。こんな犠牲なんて出なければいいのに。
元凶がこんなことを引き起こさせなければ、息子さんは別のことに熱意を注ぐ選択肢を持てたはず――
――全てはやっぱりそこだ、そこしか悪くないとは言わないけど、絶対的なのはそこだ。
悲しいことは起こってはいるが、一応、解明はできた。これで村に危険な動物が――使術動物でなくとも――出なくなればいい。
そして、女将にとっては大事なことがある、息子の遺体についてだ。
それをベレスやジリアン、レケと話すと、一つの結論に達した。そして女将に向き直った。
「保護管理センターに電話したら、遺体をここに届けてもらえると思います。そうしたら通常の……葬式とか、できると思うので……」
電話を繋ぎ、手渡した。
女将は受け取って、通話の相手と、手続きなんかの話をしたようだった。その後、ケータイを僕に渡し、女将は言った。
「すぐ解ったそうです、うちの息子でした。……ちょうど電話しようとしていたようで……。あ、あの。その……今は、知らされただけでは信じられなかったかもしれません……ただ、最後に着ていた服を……この手で――この手に持てたことで――今、ちゃんと噛み締めることができます……! ありがとうございました……!」
「……いえ」
切なさでとても苦しいが、仕方がないとしか言えないこの状況では、これで心残りはないと思うしかなかった。
事件に関してはもう終わった。と思うのと同時に『別にやるべきことが増えたんだった……』とも思った。あの木柱について。こんな話は誰にすればいいのかと思い、ベレスやジリアンと話して役場へ向かった。レケはまた村長宅へと戻り待機だ。
そして役場の奥の部屋にいた村長さんに向かって。
「あの。村に、巨大な木材を運んでもいいですか? 半径十五メートルくらいの。高さはその四倍以上なんですが……」
「え? 今何て」
「え?」
「いや、だから、高さとか大きさが――」
そう言われて経緯やら現実さが伝わっていないのかと思い、詳しく伝えることに。
「すみません、巨大じゃないとヘリで来る警察とかの目印にできなくて。直径三十メートルくらいなんです。高さはその倍以上。結構な量に――」
「自然に優しい!」
「え。……まあ、そうですね、エコにいいですけど」
「当分木を切らなくていいなんて相当ですよ! まあ種類にもよりますが」
「確かに。でも人に言いふらさないでほしいんです」
「えっ、なぜ!」
「今……自分の事情のせいもありますけど、有名になりたくないし、自慢することでもないし」
やけに興奮しているなと思いながら言葉を紡いだ。
「自慢できることではありますよッ? こんなに人の役に立てる量を――」
「いや。だとしてもですよ。自慢したいとは思ってません。……この力に、人が頼り過ぎてもよくないでしょう?……必要だからしたまでですので。『誰がやったかは知らない』と言っていただければ」
「……そうですか? まあそこまで言うのであれば。解りました」
村長さんに連れられ、巨大な木材の運び場所として、村長宅から北のちょっとした広場へと案内された。
「ここに運べばいいでしょう」
確かに広い。ここなら、この村の何かの邪魔にもならないかもしれない。
黒いビーズでゲートを作り、とりあえずあの木柱の上へ飛んだ。
そしてゲートを消し、どう運ぶかと考え、木柱の前へと、別の大きなビーズに乗って浮いた。
そしてとりあえずゲーティング・ブラックの一瞬だけの発動で水平にカットしていった――ほぼ均等に。これで運びやすくなった。
そのゲーティング・ブラックを今度は運搬用のゲートにし、運び先を最初は低い位置にして、こちらのゲートの上面へと、木柱の輪切りを運ぶ――タイヤのように大きくしたビーズで挟み、慎重に。そして落とす。
「届いた?」
ケータイで聞いてみた。
「ええ、何の邪魔にもなってはいません」とはベレスが。
「ありがと」
通話を切り、更に集中した。
あちらのゲートの下面から、あの平らな広場にうまく落とせているようで――このまま一枚一枚運んだ。ゲートの高さを変えなければ、この目の前で高く積み上がっていく。その度にバタンバタンと大きな音がした。
全て運んであちらのゲートを上へ移動させるイメージをすると、こちらのゲートの上に積まれているように見える輪切りの柱はどんどん見えなくなった。最上部の一枚を上から覗けるようになると、それを通って輪切りの柱の最上へと。そこに立ってからゲートを消した。
巨大ビーズに乗って下へ戻ると――村長さんが口をあんぐりと開けていた。
「な…………な……な……なんという量……っ」
「一応横向きにはカットしておきましたので」
「は、は、はぁ……。お、お若いのに。親切にどうも」
これで今度こそ心残りはない。
ただ、あの三頭のクロダマオオイワトカゲが主な原因……ということを確かめるには、時間が必要だ。
ベレスに聞いてみた。
「ねえ。どのくらい様子見すればいいと思う? えっと――追いやり続けて、使術動物が村に来なくなるまで――どのくらい掛かるかな」
何となくの感覚でいいから聞きたかった、みんなの意見を。そう思っていると。
「一週間は見たいですね」とベレスが言った。
「そんなもん? 二週間見なくていい?」とはジリアンが。
だったらと、村長さんに向き直った。そして僕が。
「まずこれから一週間様子見します。それでダメならもう一週間」
五人全員が村長宅にお世話になることになった。オレンジヒカリヤモリもそこで世話した。小物を口に含もうとするから「危ないよ! ダメ!」と言って引き離すということが多かったが、そうすると、庭で遊ぶことが多くなり、物を口に入れようとすることが殆どなくなった。結構頭がいいみたいだ。
この子へのエサを買いに少し山を下りようとしていたら、奥さんのマツィ・サオラムさんが引き留めた。
「最初見た時に必要になると思って。買っておいたの。どうぞ、これ」
エサの入った袋を差し出された。これをあげる、という意味にしか思えなかった。袋ごと持たされたからだ。
「自分たちで買うのに」
「いいのよ、ここは協力し合いましょ。お礼と思ってもらってもいいし」
「うー……うぅ、んー……そうですか? じゃあ、ありがとうございます、使わせていただきます」
あの子にはこのエサをやることにしよう、そう思って袋を見た。りんごが一つ入るくらいの袋に、こうある。
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かなりいい物のように見える。――本当にありがたい。大事に食べさせてあげよう。
村を一週間警備してみるというのも、そこまで難しいものではなかった。すぐに応援も来た。
なんと、フィンブリィさんたちと一緒にやることに。
だんだんと、使術動物も現れなくなっていった。村を警戒してくれたのか。
ある時――くつろいでいる時に――ベレスが言った。
「どうしてあのキャノンドラゴンは、あんなにも素早く動けたり火を放てたりしたんでしょう」
「火を放ったの?」とは僕が。
「そうです。そこが謎なんです。自身の体組織でできた黒球しか操れないはずなんです」
「へぇ……」
「私も」
「え?」思わずジリアンに向き直った。
「私、多分、強風……を繰り出されたんだと思う」
三匹はそれぞれが、なぜか、筋力強化、強風、炎弾……のような力を使えたらしい、あの著しく素早かった子はそういうことなんだろう。普通はこんなはずないらしく、どうしてなのかと気になった。ただ、何をどう考えても解らない。これを本部に報告するということだけ予定に入れ、一旦忘れることにした。
そして――村へ来たという使術動物の目撃数は、一週間が経った頃には二日連続ゼロとなった。
帰るという話になった朝、玄関で振り返って礼をしたあとで――差し出された物があった。茶封筒だ。
村長のマサさんが言う。
「受け取ってください」
「報酬も支払われるのに、いいですよ」
「いやいや」
マサさんは首を横に振った。
こちらも手を手刀にして腕ごと揺らした。
「そういうのを受け取りたくて来た訳じゃないんですよ」
「そう言わず受け取ってくださいな」
「……こういうの、大丈夫? 受け取ってイイの? 僕」
チームのみんなに聞くとベレスが答えた。
「いいですよ? いいじゃないですか。別に悪い意味がある訳じゃないんです」
「そ、そう……? じゃあ……」
受け取ると、マサさんが顔をくしゃっとさせ、それからまた。
「ではありがとうございました。ほら、コミスィ、メムスィ、お前たちも」
「ありがとうございました」
足にギプスをつけた松葉杖の男性の隣に、娘さんらしき人もいて、その横にマサさんの奥さん――マツィさんもいる。
みんなに礼をされ、こちらからも礼をした。
それから足を動かした。
協力しただけのフィンブリィさんたちは既に帰っていた。自分たちだけで帰る……そのため、まずはバス停へ。
そこからすぐにゲート移動しなかったのは、今はオレンジヒカリヤモリを連れているからだった。今は頑強なレケの肩の上にいる。
そいつのために、今はケータイを操作。地図を開き、近場の獣医とペットショップを探した。




