040 ジャント村と狂わせたもの
警察と保護管理センターの両方を待ち始めてしばらくしてから、何かの音に気付いた。
ポカカ、というような……鳴き声? そんな感じだ。
さっきまでは鳴っていなかった気がする。
もし生き物ならと思い、歩いて音の源を探すと、ゴミ山の裏の東隅に流し台くらいの高さの狭いケージがあった。
中にいるのは、全体的に明るい橙色の……ヤモリみたいなものだった。背に艶のあるダークオレンジのレンズみたいな鱗が幾つも並んでいるように見える。
「オレンジヒカリヤモリですね」
一緒に音の源をベレスも探した。ベレスは続けて言った。
「この背が光るんですよ、温かい色に。夜のちょっとしたランプのように」
そうかと思いながら――なんでお前までと思いながら――ケージの南京錠をゲーティング・ブラックに通し、黒いビーズを消すことでカットした。
ケージを開ける。と、出てきた。
抱えてジリアンの前に二人で戻る。
「何それ」
「ほかにもいたみたいだよ、捨てられてたんだと思う」
「そ……」
ジリアンは、そんな、とか、その子まで、とか、そんなことを言いたかったのかもしれない。でも、言葉にならないくらいにショックを受けたのかどうなのか――それに繋がる言葉は出なかった。
「どうするの? その子、保護する?」
「そうだね、保護しよう」
地面にその子を置き、ふと思った。この子は何を食べるのかと。調べて解った、バナナなんかを食べる。
バナナならある。絶対お腹空いてるよなと思い、Mサイズ容量拡大バッグに入って一本だけもぎ、持ってきた。
ふと、そのままあげるだけでいいかどうかが気になった。
今水分が足りていない可能性がある。水もあげたい。不透明な青のビーズを礎物化させ、水を出し――バナナを剥き――かなり湿らせた、満遍なくと言ってもいいくらいに。
それを差し出したが、ヤモリは警戒したのか、少しだけ身を引いた。中々食べないから心配でたまらなくなって強引に少し開いた口の中に突っ込むと、食べていいものだとそこでようやく気付いたのか、食べてくれた。
ついでにMサイズ容量拡大バッグから皿を出し、水を入れ、そこら辺に置いておいた。飲みたくなったヤモリがこれを飲めばいい。
今できるのはこのくらいだろう――警察や保護センターやらはまだかな――と思い、その辺に倒れている冷蔵庫に座って待っていると、オレンジヒカリヤモリがこちらへと歩いてきた。全長一メートルちょっとはある、それが、のっしのっし、と。
そいつが僕の足にしがみついた。放っておいたら頭まで登った。若干降りると膝に落ち着いて……
――懐かれたのかな。
嬉しかった。さっきの自分から変われそうな気がした。
それから三十分ほどが経過した頃、バラバラと音が聞こえてきた。ヘリだ。
一台のそれがこの草地に到着。
二人の男性が降りてきて、黒髪スーツの男性がまず言った。
「どうも、セオン市警の者です。確かにこれは……元凶は人です。ただどうやってその元凶を調べるか」
「秘密裏に飼う人はいそうですからね」
後ろをついて来た金髪スーツの男性がそう言うと、黒髪の方の男性が「そうなんだよなぁ」と頷いた。
聞いてみたくなったので、ヤモリを膝から足元に下ろし、近付いて声にしてみた。
「どこかの施設に、公的に保護されていたりは?」
「それならこんなことしないでしょう」
何やらノートパソコンのようなものをカタカタ言わせている金髪にそう言われて、ヤモリを抱きかかえたジリアンが声を上げた。
「じゃあどこかの施設に秘密裏に保護されていたとか」
それを警察が施設に聞いても教えてもらえるんだろうかとも思ったが……そんな折、黒髪が言った。
「うーん。確認は取ってみますが」
その時、金髪が言った。
「わかるかもしれません」
「何がだ? 犯人がか?」と黒髪が聞くと。
「ええ。このキャノンドラゴンを秘密にせずに飼っているのは世界に四人だけです」
「その中にいればいいがな」
そこでまた言いたくなった。
「四人の中で三頭も飼っていたのは?」
金髪がこちらを見て「今やってます」と言った。それからまた。
「一人だけだ。この男を当たってみましょう」
覗き込んで画面を見てみた。
金髪が見ていたのはとある情報交換サイトのようだった。そこで自分の飼育状況を見せることで閲覧者を集め有名になった爬虫類好きの男……の隣に、ここで見たものよりかなり小さなクロダマオオイワトカゲが三匹。
額の黒い斑点が多い個体をコクテン、尻尾が一番白いのをハクビ、右目の後ろに黄色い線が入っているのをキセンと名付けたと書かれている記事を見付けた。
こんな頃から愛されていそうなのに、なぜ。
黒髪も気になったらしく覗いていた。金髪は積極的に上下にスクロール。そして『譲ってほしいと言われて三匹とも譲ってしまった』という記事なども見付けた。更にその上には……オレンジの鱗が。
つい口から出た。
「オレンジヒカリヤモリ!」
「……よし。こいつを調べよう、ご協力どうも。ああ、それで――遺体はどうするんですか? 保護施設に連絡はしましたか?」
黒髪に言われて、ベレスが「ええ」と答え始めた。
「保護管理センターの者もここへ来ることになっています」
「ふむ、彼らに従ってください、では我々はこれで」
「ありがとうございました」とは僕が言った。
警察が帰ってから、十分ほどが経った頃、解決しそうだと電話をしたくなった。レケの番号に掛けると。
「――それならよかった。あとは様子を見るべきだろうな、村にほとんど出なくなれば解決だ」
「だね」
「……なあ、ちょっと聞いてほしいんだが」
「ん? 何?」
言葉を待った。少し考えたんだろう、短い間のあとでレケが言った。
「そのキャノンドラゴンの胃の中に、人が入っていないか調べてもらえないか」
「……そうだね、お願いしてみる」
「特定もしたいと思ってる。誰の遺体か判るものがないかも調べてほしい。宿に来ていた客が先日からいないらしいんだ」
「解った」
そんな通話があってから、更に十分ほどが経った頃。別のヘリが到着した。一人の男性がまず降りてきて、ついて来るように一人の女性も。二人とも白衣だ。
まず男性が言った。
「どうも。ああ――大きいですね、これは」
「ご報告いただき感謝します」あとから来た女性が言った。「この子たちの無念を汲み取れたらと。その意味でも」
女性はそう言ってお辞儀した。それから男性も。
二人は三頭の遺体に近付くと、まず手を合わせた。黙祷している。それが済んだらすぐ歩き出した。
その時、頼んでみた。
「あの。この子たちの胃の中に、人の体がないか調べてもらえませんか。誰なのかの特定もできれば――」
すると男性が。「スキャナーを」
「はい」
女性がヘリに戻り、何かを担いで持ってきた。それを組み立てたり何やら画面を立てたり起動したり……ということを女性がする中、その横で、男性が解説を始めた。
「これは人性礎力波スキャナーと言って、礎力の塊の中や向こう、使術動物の体内、発動した物の中などに人がいるかどうかを、礎力をスキャンして確認できる装置です。人性、つまり、人の礎力のみをキャッチして投影する、ということです」
なるほどと思ってから白衣の女性へと目を向けた。
女性は、組み立てられて最終的にモニターのようなものに繋がった掃除機のような形のものを、遺体に近付け、頭から尻までなぞった。
一体ずつ確認されていく。
モニターに少しずつ映し出されていくのを、黙って見ていた。
とんでもなく素早かった一体の胃の中に……腰から下が。別の物体は青く、人性の礎力は赤く映し出されていた。首がくびれた一体の胃の中には胴から首までが。最後の一体の胃の中には、頭が。多分、全部で一人分……
「完全に消化されていたら、この映像は見られなかったでしょう」
それは男性の言葉で……見ることができたからと言って嬉しいことでもなくて……何を返せばいいかは解らなかった。
「これだけですね、恐らく一人分。では私たちは運びますので」
「ええ、お願いします。……あ、そうだ、誰が食われてしまったのか判るものがあったら、教えていただけると助かります」
「DNA検査もすぐ済みますよ、礎術道具もありますし」
「そうなんですね」
じゃあ……と言おうとしたら、男性が。
「まぁ、ちょっと視てみますよ、データや紙だけでなく証拠となる物を見たいという人もいますから」
そう言って様子を見ていると、その地点まで歩いた僕の元へ、ヤモリが歩いてきた。ジリアンが地面に下ろしていたんだろう。僕が何を見ているのか気になったのか――すぐ横に来ると、おとなしく同じ方向を見た。
彼らが大きな黒いバッグを目の前に広げた。女性が礎力を込めると、そのバッグがトラックみたいに大きくなった。
そこに入れるんだなと思った時なんかに、たまに視線を落とす。と、ヤモリも彼らを――もしくはオオトカゲを見ていたりしたし、全く見ていなかったりした。狂暴性も何もない使術動物はそんなものなんだろう。
――こいつはまだ人を恨んでないのかな……飼い主を転々とでもして慣れてた……?
まあ解らないけど……と思ってから割とすぐ『そういえばMサイズ容量拡大バッグは大きくなったりしないよな』と気になった。
「あれって、Lサイズ容量拡大バッグですか?」
男性が答えた。「いえ、可変巨大容量拡大バッグ2と言いまして。大きくすることができて格段に入れやすいバッグです、中も大容量、二十メートル四方、高さは十メートル……だったかな」
「へえ……」
そのバッグ一つで事足りた。
女性の礎力で大きくなったバッグに、男性がブックスタンドらしきものを操る礎術で収容。
そして三頭を収め切ったあと一分ほど間を置いて出てきた男性が近付いて来て――
「これが」
と、布を渡された。服の一部のようだった。
「……ありがとうございます」
複雑な感情が生まれるのを実感しながら受け取った。
それから今度は男性が人性礎力波スキャナーをパーツに分け、ヘリに運んでいく。
可変巨大容量拡大バッグ2を畳んだ女性が、ふとこちらを向くと――
「その子はどうします?」
と手で示した。
僕の足元にはヤモリが。
保護を……この人たちがするのも手だよな、と思っていると……女性がまた言った。
「オレンジヒカリヤモリですね、ここからもう少し北の森に生息しているはずの子ですよ。……その子も捨てられていたんですよね?」
「ええ、恐らく同じ人に」
「……どうします?」
こう言われた時も、眺め続けていた。僕の目とヤモリの目が合う。黒々としたその目――が、潤んでいるように見える。ぷにぷにとした体は弱そうで、今はまだ衰弱していそうだ。元気になるといい。元気になれば……。
だけど。保護してもらい里親を探されたとして、どんな人の手に渡るのか。
……考えてしまった。もう、手放したくない。これはこういう気持ちのはずだ。
「うちで飼います。この子は……うちで」
「そうですか。では私たちはこれで」
「はい」
片付けが終わると、彼らは一礼し、ヘリに乗り、去っていった。
――お前だけでも、幸せに生きてほしいよ、僕は……。
ちょうどその時、オレンジヒカリヤモリはジリアンに向かって歩いていた。そいつは、ジリアンの足に手をつくと、たまにくすぐったそうにするジリアンを登っていった。
見ていて心がほっこりする――ヤモリ自体も独特な可愛さを持っていて、愛せる――そう思った。うまくやっていける気がした。




