039 ジャント村と南西
三つの巨大な檻。その向こうを見ながら、僕は言った。
「ここから少し北へ行ってから北東、村に向かうように移動してみよう、ここらを囲うように、何かがいるんだ――」
嫌な予感がする。その中での言葉だった。
――何かが村に行く前に……この辺りの動物が死滅する前に……
行きながら何にも出会わなければ、きっとそれよりも東側へ……どんどんこの範囲の内側を調べるようにすれば追い込みにもなるんじゃないか……そんなことを思った。
――しかもそれに似たことを、この『何か』も本当は意図してやっているのかもしれない……だから村の南に被害が集中して――
この大森林の東は崖下。南は崖っぷち。北は村。西は、この巨大な三体の何かがいるかもしれない。もし住処を作っているとしたら……。だからここから北、村の南の大森林からしたら西部になる範囲は、ある程度調べてみたい。この四方に囲まれた範囲の生物を、『それら』が食い荒らしているのだとしたら……そしてこの範囲の獲物が尽きてしまったらその時は――
ゾッとした。だから「急ごう」そう言って北へと向かった。
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レケからの連絡や、目撃者や村長さんからの通信があるまで、あたしは少しだけぶらりとしておこうと思った。
旅館の入口っぽい場所の前に四人の人がいて、何やら言い合っているから、近付いてそれをしっかり聞いてみた。
「もっと必死に止めればよかったんだよ!」
柔らかい印象の一人の男の人がそう言って、言われた角刈りブロンドの男の人が大口を開けた。
「何か言えたのか! 散々止めたろ! もう自業自得だよ!」
「だからって!」
柔らかい印象の男の人がそれの先を言えずにいる時に、あたしは「あの」と口を出した。
何があったのか説明してほしいです、どうしたんですか――と聞いてみると、柔らかい印象の、困り顔の、まぁるい髪型のその男の人が、答えてくれた。
「ここには珍しい虫がいてさ。生物研究の一環でここへ来たんだよ。ただ、来たはいいものの、今はこの状況だろ? みんな森には入らない……入れないって言ってるのに、一人だけ躍起になってたんだ」
「もしかしてその人が戻らないの?」
「そう。それで僕らは無理やりにでも行かせない方法があったんじゃないかって話してたんだ」
そこで、角刈りブロンドの男の人がぶっきら棒に言った。
「そんな話は必要ない」
対してまぁるい髪型の男の人も。
「今後のためと思って話してもいいだろ? 僕は行かせない方がいいと思ってたし……またこんな言い合いに時間を取られて止められなかったらと思うと嫌なんだよ」そこで彼はこちらを向いた。「僕らも森に入りたいんだけど――探したいから――」
「それはダメ」
あたしがこう言うのは義務だと思った。だから言った。すると角刈りブロンドの男の人がなぜか笑った。
「ふっ、ダメって何だ。お前が決められるってのか? ガキンチョ」
ああ、そういうことか――と思った。
「そうだよ、あたしは決められる。ジオガードだから」
「え」
角刈りブロンドの男の人は、驚いたあと真顔になってあたしを睨んだ。まあ真剣なだけかもしれないけど。
「よし、じゃあお前はどう思う? 忠告を聞かずに森に入って戻らない俺たちのダチを――馬鹿だと思うだろ? ジオガードのお前がダメだと思う事をしたんだもんな」
確かにあたしが言った、だからか……どうしてか……返答し辛さを感じた。
「それは……」
「何だよオイ、お前本当にジオガードか? そんなんでやっていけるのかよ」
言われてムッとしてしまい、その顔のままポケットから取り出した手帳を見せた。
「え、マジ?……オモチャじゃねえの?」
「本物だよ!」
「ああ、そう。ま、それならジオガードさんよ、どう思う、俺たちのダチは馬鹿じゃないか?」
言われて、少し考えた。誰が、誰を想っていて、この男の人の矢印も、どんな形で誰に向かっているのかと、考えた。
「わかんない。どっちの言うことも解るの。だから解らないというか」
この男の人たちが、何も言わないでいる。
その間にもっと言おうと思った。
「何かの想いがもしあったんだとしたら……あたしは、決め付けられないよ。だから、凄く頑張って止めたくなるんだと思う。あの。あなたも……入るべきじゃないっていうのは、同じ意見なんでしょ?」
「……!」
角刈りの人が、何かを……認めてもらえたとでも思ったのか……少し柔らかい表情を見せた気がした。
その隙にというワケではないけれど……告げられる言葉がまだあると思った。
「だから……こんなことでケンカしないでほしい。それに、誰か……危ないことをしようとする人を止めたい気持ちを、抑えさせてしまう……のは、ちょっと違うと思う」
あたしは自業自得と思ってジオガードになる道を選んでいる。こう言う権利はないかもしれない。でも。
「あたしも同じなんだよ。ジオガード『なんか』になっちゃったから。でも、止めようとする人の気持ちも解ったの。だから……それに、ここでの……これは、もっと、こう……避けられる……そういう事だから。だから止めたい人を止めちゃダメだと思う」
「……」
角刈りの人が、黙り込んだ。柔らかい印象の人も、黙り込んだ。
近くには二人の女の人もいて、その二人は、角刈りの男の人をついさっきまでは呆れたように見ていた。それが今は優しい顔になっている。そのうち綺麗な赤髪のロングヘアーの女の人が言った。
「ごめんね、不安にさせちゃったよね」
隣のショートヘアーの女の人は、薄く笑って角刈りの人に視線を向けたみたいだった。
「ほら、あんたも」
言われた角刈りの人が、あたしとしっかり向き合った。それからまだ少し言い辛そうにしてから溜め息をついて、薄く笑って。
「……すまん。ガキンチョって言って悪かったな」
「ううん。あたし、本当に小さいもんね」
「ホントにな! でも心の方はそんなことねえよ。色々ありがとな。……なんか、気付かされたわ」
「ふふ、私も」
女の人たちも男の人たちも、そんな感じで笑い掛けてくれた。
ちょっと嬉しくなる。それから達成感もあった。この人たちのためになることができた気がしたからかもしれない。
ただ、不安にもなった。
止められなかった誰かが、『原因』に関わっているかもしれない。直接的になのか、間接的になのかは、解らないけど。
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ゴミ山から北へ数キロ歩いた。その地点からはリングサーチャーを使って村へ。それから何時間か経った時だった。
「あ、あれは――」
ベレスが何かに気付いた。彼が指差したので、一瞬だけ周囲を警戒してからその方向を見た。
手を伸ばして見た小指くらいの大きさの何かが、遠くにいる。
すぐに解説が聞こえ始めた。
「見えますか、あの奥に見えるのはクロダマオオイワトカゲ、またの名をキャノンドラゴン」
「ふぅん、デッカ……五メートル以上あるんじゃない?」
「現代の礎球最大のトカゲですよ」
「マジか」
「温厚なトカゲ……であり、使術動物です」
「え? 今、温厚って」
「ええ。おとなしい種として有名なんです。自分たちの食と、種を守ることに必要な狩り以外はしない、しかもセントリバー州のウラクサガダムという島にしか生息していないはずの種です」
「え、てことは――」
僕がそう言ったあとで、ジリアンの声が聞こえた。
「誰かが連れてきたってことよね」
ベレスが無言で頷いた。
「見てください、あのキャノンドラゴンの口元――」
「え、あれって人間の服じゃ」
「どう見ても……食べてますね」
「そんな」
遠目にも大きく見える灰色の口元に、緑の服が張り付いている。多分、歯に引っ掛かっていて取ろうとしても取れていないのか……
――人を食べた? 温厚なはずで、ここにいないはずで、必要以上に狩らないはずの種が……? 殺処分……
本当にそれでいいのか?
疑問が浮かんだ時、ベレスの口から声が。
「村の者があの三頭のどれかを目撃したなら言うでしょうし……キャノンドラゴンは村付近には来ていないと思うんですが……そうなると人間以外を食べていたはず。必要以上は食べないはずで……そういう種です、ですから、通り掛かっただけの人間を、目にしただけで食べてしまうのかどうか――襲った理由が食べるためである可能性もありますが、そうでない可能性も――」
聴きながら思い出した。崖の方の草原にあったキャノンドラゴンにとっての牢獄。こじ開けられていた鉄格子。
――怒って人を? 殺処分……? そんな……
ほかに方法はないのかと考えた。洗脳や記憶消去だって正しく使えば……それらが可能かどうかから問題ではあるけど――と思い聞いてみると。
「うまくは行かないと思いますよ、そんな礎術、聞いたこともありません」
こんなやり取りを前にもした気がした。気のせいじゃない。そうだ、レイシーを説得した時だ、誰に言われたかは忘れたけど……本当に無理なのか……? 諦めそうになるが、それでもつぶやいた。
「できないと思ってるからみんなやらないだけじゃ。僕なら。礎力が見える僕がその量で――」
と念じようとした時だ。ジリアンが言った。
「気付かれた! え、凄い速さで来てる!」
腕を伸ばした時の親指くらいに見えていたその三つの巨体が、どんどん近付いてくる。
しかも一頭だけ異様に速い。
更にはアゴに吸い付いていたらしき黒い巨大な球体を飛ばしてきた。
「盾!」
巨大化させた透明なビーズで弾き返すと、キャノンドラゴンのアゴにその球は戻っていった。
ちょうどその時だ、遅れて近付いてくる別の一体の口から、火の矢みたいなものが飛んできた。
それにはジリアンが礎物のリップスティックの蓋をぶつけた。相殺されはしたが――
――連携されるとまずいか……
ゲーティング・ブラックで横に移動した。数十メートルは離れている。そして。
「こっちだ! 来い!」
だが、最速のキャノンドラゴンはこちらなど無視してジリアンに突撃しようとした。
「こっちだって――言ってるだろ!」
両腕を広げたくらいの大きさのビーズを五発放った。ジリアンとキャノンドラゴンを結ぶ直線上をジリアン側からキャノンドラゴン側へ、離れた位置から、ほぼ同時に――
そのうち二発は確実に当たった。
するとその一体がこちらをやっとギョロリと見て、こちらに向かってきた。
よし、と思った次の瞬間、その一体は、一瞬首を横に振った。ただ、その顔をすぐにこちらに向け、走ってきた。
瞬間、恐怖を覚えた――黒い球がとんでもない速さでジリアンに向かっているのが見えたからだ――
「ゲーティング・ブラック!」
その一体の放った黒球の軌道を予測し、その軌道上にゲートの行き先を置くことでそこを通ったものは逆に自分の目の前から急に横へと飛び出す……そうなるようにした。
――ふう。
とジリアンを守ってすぐ……自分の目の前に、ほかより素早い一体は近付いてきていた。
透明の盾を置く。と、弾き飛ばされた。ゾッとしながら――
「散弾ッ!」
とにかく本能的に瓶から外へテレポートさせた色とりどりのビーズを、同時に大砲のように放った。
それすら避けられた。
今までで一番の恐怖。それがもう隣に――
声も出ない。
――殺される!
だから、必死に念じ、ゲーティング・ブラックで自分を挟んだ。
オオトカゲがそれを通り過ぎ、こちらに顔を向ける所を――黒いビーズを消して一秒も経たずに見た。
――なんでこんな……!
白いビーズを出した。その礎物で、オオトカゲの首から先を囲い、ハマり込んだこの一体が首を引っ込める前にと、その瞬間に込められる礎力をとにかく限界まで――
込めて白いビーズを消すと、トカゲが混乱したのが解った。
「大丈夫だから! 暴れないで!」
すると声の方に一瞬で詰め寄って噛もうとしてきた。だから巨大ビーズを首に掛けるようにして引っ掛け――腕や尻尾にも引っ掛け、左右にも壁としてのビーズを――上にも飛べないように――とにかく雁字搦めみたいにして――
こちらがどんなに優位でも、そんなことでほっとできなかった。こんな状況は怖過ぎると思いながら、必死に語り掛けた。
「攻撃しないから! これ以上何もしない! だから暴れないで! 暴れなくていいから……ねえ、暴れないで……ほら聞いてよ……ほら、ね、ほら、よく見て、僕はキミを、あんな所に放置した人じゃない、でしょ! 大丈夫だから、ね……」
トカゲは……暴れるのをやめなかった。
だったらと、精神に作用させたくて、その頭部をビーズで囲った。瓶から出したそれは偶然赤い半透明なものだったから、青い半透明のものになるように念じ、色を変えた。そこへ更に礎力を込めてみた。心の痛みを消せればと。人への怒りがこうさせているだろうからと。
でも、暴れるのは止まらなかった。
頭部を囲ったビーズを消し、話し掛けた。
「大丈夫だから……大丈夫だから! 何もしないよ。話そう。ほら……」
トカゲは……もうこちらの言葉なんて聞いてないみたいに、ただ首を振ったり地面を蹴ろうとしているだけで――
「何も……しないから……」
ただただ暴れている。
しばらく待った。
視界から白さがなくなってきたのだろう、トカゲの口がこちらにだけ向くようになった。それからもまだ暴れ続けている。
「人間のこと嫌い? それでもいいから暴れないでほしい……これを消したら、暴れないで……。いいかな? できない? 僕はできるって信じたいよ? 消すから。いい? 暴れないで……」
全部のビーズを手元に移動させ念じるのをやめ瓶に戻す。すると――
トカゲがこちらに向かってきた。
腕を前に出しガードだけしようとして微動だにしないでいると、その腕を噛まれた。
振り回され、吹き飛ばされて……痛みに苛まれながら大岩に叩き付けられた。
そこに一瞬でトカゲが。
――ごめんよ。
仰向けで微動だにしないまま、黒いビーズで目の前にゲートを一対作った。トカゲの首がそこを通って僕を噛もうとする。その首が――首から先だけが――少し離れた所に。
念じるのをやめた。
すると。
血が舞った。
倒れる音。落ちる音。そして静かになった。
今や足音も立てないオオトカゲ。分断された首から先の、そのアゴに、放っていない球は一つだけ、ただただある……
……息を吸う音が震えた。
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こちらにやって来たキャノンドラゴンが顔の両サイドにある黒球をこちらへ二つとも放った。
その両方を避けてすぐ、放ったキャノンドラゴン自体いなくなった。その陰にいた一体だけが今はこちらへ向かってきている。
――どこへ? あ。
辺りを見ると、いつの間にかベレスもいなくなっていた。結束バンドによるゲートでこの場から引き離しつつ彼もそこへ行ったんだろう。
と理解してすぐ、とんでもない強風が押し寄せた。
体が浮いた。吹き飛ばされて――大木に激突した。背中から。
「がっあっ……う……」
――息が……
苦しんでいる所へ、キャノンドラゴンの足音が近付いてくる。さっきの一体よりは遅いけれど、それでもかなりの速さ。
体勢を整えている暇がない。
――ダメだ。このままじゃ。さっきの礎物も消えた。また出さないと――殺される……
衝撃のせいで消えたリップスティックを――今度は蓋のない状態で――また無から捻り出す。
まず蓋を放った。
けれど、キャノンドラゴンは手でそれをいとも簡単に弾いた。
イメージした口紅の色は薄紫。剥き出しになったそれを向かわせ、手で弾かれそうになるも、その手を避けさせ、地面を這わせた。そうすると腹に潜り込む形になる。だからそこでリップ部分を上に向ければ――
キャノンドラゴンの腹を塗れる。それには…成功した。
この一体は、もう目の前まで来ていた。
だから念じた。
バズンッ――と激しい音が鳴ると、キャノンドラゴンは地に伏した。
しばらく黙って眺めていた。急に動かれても怖い。可能な限り念じたから動かれないとは思っていたけれど、それでももしかしたら動き出すのではと、なぜか思ってしまった。
深呼吸をしてから、かなり長い時間、息を止めていたことに気付いた。
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――なぜ火の玉まで。
己の体組織でできた黒い球だけを操るはずだった。違うのはなぜなのか。
今はその巨体を前に、ジリアンから南に離れた地点に戻っていた。数分前に通り過ぎた川が近い。
前方に、結束バンドのゲートを通した相手。その目は既にこちらを捉えていた。
だが今やこの一頭のアゴにはもう黒い弾丸はない――と思った時だ。
火が飛んできた。
――ムーヴトゥハンド!
さっきもとっさに、ジリアンを守るためにポーチから手へと瞬間移動させた。それを輪にするように操作しながら放ってゲート化させ、この通り一体をここへと移動させ、自分も。そしてまだその礎力込めをやめてはいないが、ゲート化だけは解いている。それを今手に引き寄せた。
拡大状態ではある。それを前へと動かし火を受け止める……という位置にやってゲート化。移動先を自分の頭上にし、上に向けて出るようにすれば、自分には当たらず空へ向かう。
そして火が通り過ぎた。今がチャンス。
――こうまで人を襲う……申し訳ないが手に負えない。
大きな輪になったままの結束バンドを、更に大きくしながら向かわせた。キャノンドラゴンはそれを跨いで近付いてきた。後ろ足が通ろうとした時に縛り上げると、ジタバタし始めた。取ろうともがく。そこで前足も胴に縛り付けて――
「これで話を聞いてくれれば処分しなくても――」
と、その時だ。火を放ってきた。何発も。
――ムーヴトゥハンド、拡大、環状に! ゲート化!
新たな結束バンドをポーチから出しさっきと同じく空へと逃がす。
「聞け! 怪我させたい訳じゃない! 人を襲うな! 落ち着いてくれ!」
それでも火を放ってきた。
そもそもなぜ火を。なぜこんなに狂暴なのか。
一瞬ゆるめてみた。
「落ち着け、落ち着いてくれ」
ささやくように言いながらゆるめたが――この一体はむしろ興奮してこちらに飛び掛かってきた。しかもかなり大きな火まで放って――
「……すまない」
ゆるめたバンドからはこの一体が抜け出ていた、だからそれの操作をするのはやめ、火を空へ逃がすと、首を括り、念じるのをやめた。
礎力を込められなくなった操作対象は、拡大していた場合勝手に小さくなる。
結束バンドが元の大きさへと収縮していく。そして、首を……
動かなくなったそれを見て、私は念じた。
――ムーヴトゥハンド。リターン。……本当にすまない……
この手元で、締めたそれは、未使用の状態に戻った。……所々、赤く濡れていた。
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――やらなきゃやられてた。……あんな風に……温厚なはずが、狂暴に……。なんで……なんでなんだ……
視界のあまりの水気で空も見えない。寝そべったまま目を閉じると吐き気がした。
――あの調子で、どうにかなったのか? ほかにやり様があったのか?
……ない気がした。でもそれも諦めだったのでは……という考えがどうしても頭に浮かぶ。
何かできたかもしれない。
起き上がって、穴の開いた腕を抱えて、痛みに耐えながら考えた。
考えれば考えるほど、沼に浸かっている時のような気持ち悪さが胸に満ちた。
辺りを見た。血だらけの地面。首で切れたトカゲ……
――クロダマオオイワトカゲ……だっけ。またの名をキャノンドラゴン……
もう動かない。
その現実を再度受け入れると呼吸が荒くなった。
――お前、名前はなかったのか?……最初は大事にされてたんじゃないのか?……檻に一旦はおとなしく入ってたんだろ? なんでこうなったんだ……何をされたんだよ……
洟をかみたくなった。顔も拭きたい。汚いけど服でそうして、それから深呼吸して――そしてまた考えてしまった。
――何かできたんじゃ。何か。礎力を使い切ったら自分は死ぬ、そうなったら誰かが殺されるのを待つだけかもしれない、だけど何か……何か……
やり切れなくて拳を握った。そして近くにある大岩を殴った。
――誰があの檻に。誰が……誰が!
また息が乱れた。それを整えてからジリアンのいた位置に向かって歩いた。
そこへ二人が合流し、服と腕の血を見られ一旦心配されたあとは、まず報告し合った。
それから考えたのは、遺体をどうしたらいいかということだった……
ベレスがケータイを弄り、何やら調べた。
「どこかの施設か人か……何者かが捨てたことでこうなっています……大きな動物の場合、使術動物であろうと、保護管理センターに電話すればいいそうです」
「大きな動物の場合?」
「小さな動物だと、墓を作るのは簡単ですから……」
「ああ……」
納得、そして連絡した。
人を食べている可能性と狂暴性について話すと居場所を聞かれた。ジャント村の南西ということを伝えると――
「ではそちらで確認します。どの辺りにいるかこちらに知らせることはできますか? ヘリで向かいますが」
「あぁ……えっと、それなら、場所を知らせることはできます、目印を立てるのでそこまで来てください」
「解りました、では」
通話を切って「待てば目印の所へ来るって」と言ってから考えた。どんな目印がいいか。
考える必要があった。何せ、昨日のように礎力の液で塔のように固めて目印にしたら、用済みになったあとシャタリング・グレーで細かくしても、砂のようなものの山ができあがって自然環境や動物に悪いと思ったからだ。
――どうせ立てるなら金属や石っぽいのじゃなくて……
そこでピンと来た。木だ。木なら――用済みになっても木材として使える……
思ってイメージしたのは半透明の茶色のビーズだった。
礎物化させられるものがまた増えた。その琥珀色に念じると――樹皮のない小さな円柱の木材を、ビーズの穴ピッタリに生み出せた。
――よし。
「とりあえずあの檻の前に遺体を運ぼう」
「そうね、その方が見付けてもらいやすい」
南方――あの崖上の草原の方を向きゲートを繋げた。ジリアン以外はそれでよかった。ジリアンは巨大化したリップスティックに乗せて……ゆっくりと運んだ。
それから森を少し北に入ってからまあまあ開けた所があったので、そこをまずゲーティング・ブラックで平らにし、そこ全体に建てるように……透き通る茶色のビーズを置いた。とんでもない大きさではあるが、それを更に数十メートルの高さにまで変えて……
この礎物化させたビーズの色のことをどう呼ぼうかと考えた。――ウッドシリンダー・アンバーでいいか。
現象そのものだけを指す意味で、礎力を込める際に言った。
「ウッドシリンダー」
すると出現した――巨大な木材の円柱が。
これで保護管理センターの人に伝わらない訳がない。
透き通る茶のビーズを消しても、木製の円柱はそこから消えなかった。何事もなければずっとあり続ける。
さっきまでいた檻の前に戻ると、ベレスが言った。
「驚きませんよ、もう」
それって驚いてない? だとか、冗談を言う気は起こらなかった。
その原因を思い出すと、痛みをさっきより感じ始めた気がした。どうにかしたくて聞いてみた。
「ジリアン、これ治せる?」
ジリアンは、この腕の傷を見ると首を横に振った。
「うっ……深いね……これだとうまく治らないかも」
「そっか……」
――じゃあ、自分で……
そういえばと、不透明な赤いビーズを連想した。病院や緊急のイメージの色というか血の色というか。そのビーズを出現させることはできるようになっていた。
「エイド・レッド」
そう名付けて口に出し念じると……赤くて向こうが透けないビーズが無から現れた。
礎物であるそのビーズに、穴の開いた腕を通す。そして更に礎力を込める。
若干の痛みと痒さが生まれ、少し回復して止まった。
ビーズを存在させるための礎力を込めたまま今度は更に一気に念じると、痛みと痒さがまた生まれた、さっきよりも強く。そしてある時それも消えた。回復し切ったのかと思い念じるのをやめると、赤いビーズは無へと消えた。そして剥き出しになる。治った肌が見えた。
そこでジリアンの声が。
「ユズトは凄いね」
「……そんなことない」
あのあまりの速さに、あの選択しかできなかった。
できないかもしれないことをしようとして死んだら……ほかの誰かを救うこともできなくなる。ここの誰かを危険にさらすことにもなる。もし僕らが死んだあと、オオトカゲが成長してもっと手に負えなくなったら……ほかの誰かがほかの誰かを救うことも――それこそオオトカゲを救うことも――できなくなるかもしれない。色んな意味で救えなくなる。それは嫌だと思ってしまった。
「そんなに凄くないよ、ホントに……僕にできることは、本当は誰にでもできる」
「それこそ! そんなことない。ユズトは色んなことをかなりのレベルでできてるよ、今回のことも……こんなことに気付けたのはユズトのおかげだよ。だから自信持って! じゃないと逆に許さないよ」
きりっとした顔で言われた。
ジリアンは凄い。堂々としている。
僕はどうなんだ。殺す判断をしたことに自信を持てばいい? やらなければ死んでいたとはいえ……ほかの全部の手段が効かず話も通じなかったとはいえ……生き残れたことに自信を持てばいいのかな。
救えなかった。何かできたのでは。またこの考えに戻ってしまう。
もし……どうしたとしても何も果たせない未来しかなかったんだとしたら。
そう思わないと自信なんて持てない。今の今では。
ただただあのオオトカゲに人への恨みを抱かせたであろう誰かが憎い。
この結論で……この気持ちで……いいのなら、まだ自信を持てそうではある。
「……ありがとう、ジリアン」
沸々と湧いた怒りのせいか、『そうだ、警察にも』と思ったのはすぐだった。
礎球の警察の番号は000だ。率先して掛けた。檻のことを話し、そして――
「クロダマオオイワトカゲ――キャノンドラゴンが入っていたと言ったら、信じますか?」
「……担当の者を向かわせます」
「ジャント村の南西に目印になる柱を立てたので、できればヘリで、その近くの開けた所に来てください」
「解りました、メモしておきます」
そう聞いて通話を切って、前を見た。今はそこに、三つの遺体が並んでいる。




