004 大会
あっという間だった。箱の中での四十九日。
そして日曜日の朝。
――もしかしたら礎球でも日曜日なのかな。サイクルが似通ってるというか同じというか、そんなリンクをしてるんだという話を聞いたし。
もしそうなら、長時間いなくてもちょうどいいな。
大会は今日だけなのかな。あれ? もしかして? 明日まであったりしたら困るぞ?
色んなことが思い浮かんだ。
だけどまあ、このことは親にも言えない。――どう言えばいいか分かんないわ。
誰かが決めた訳じゃないけど、待ち合わせみたいに鳶木公園のベンチに座った。それからあのゲートが開く芝生の方を見た。
――晴天は吉兆かな? どうなんだろう。
そんな時だ。
「やあユズト君」
いつまでも芝生を見ているワケでもなかった。横に向けていた目をそちらに戻すと、目の前にダイアンさんが。
「じゃあ行きましょっか」
と僕が言うと。
「自信満々みたいだな。大会の方は大丈夫そうだ」
「まあ。……ん? 大会の方は?」
「実はコースルトさんを脅している犯人を捜すのも手間取っていてね、大会そのものが実は逮捕の鍵なんじゃないかと思ってる――今日、大会の外でもゴタゴタしそうなんだ」
「マジか。狙いってお金だけじゃないんだ?」
「さあね。恨みもあるかもしれない。そう匂わせただけかもしれないが……。とにかくまずは向こうに行こう」
「はい」
ベンチの所からあの芝生まで歩く。そのあいだにも話してみた。
「なんか目の下に隈ができてるけど」
「ああ、やっぱり忙しくてね」
「州知事、だもんなぁ。いやぁ凄いわ。僕今そういう人と話してる」
「そうだよ、貴重な体験だな」
「あ、そうだ」
「ん?」
「ダイアンさんは赤いカードを持ってたからあの場所で力を使えたけど、アリーさんや、えぇっと……えっと……」
「コースルトさん?」
「そうか、コースルトさん。あー、あの二人の少なくともどちらかも、あの場所で、礎術を使えたってことですよね?」
「ああ、あの二人は持ってたみたいだぞ。地球文化の調査権利を持っていたようで――これが中々厳重に審査されるやつでな――それで持ってたらしい」
「え、そんなのあるんですか。そうなんですね。だから使えたのか」
スッキリした感じが胸に溜まった気がしたのに、また何かがモヤッた。
なんでそう感じたんだろう。心の中を探って…理由が解った。
「ついでに気付いたんですけど、どうしてあの二人、僕を運んで自宅まで行けたんですか? パッと見、普通に拉致にしか見えないし。星を行き来するなんて、権利があっても厳重な何かがありそうですけど……ってのもあるし、やろうと思う気がしないというか。なのになんでというか」
「あー……そうか、そうだな、なるほど。いや、実は礎球には、ブリンガーという名の……大きなものが入る小さなバッグがあってね。多分……人の大きさだと、Mサイズ容量拡大バッグっていうやつでも使ったんじゃないかなぁ」
「……なるほどなぁ……へえぇ……じゃあ許可カードを利用して調査するだけに見せて地球に来て、帰って、そのMサイズ容量拡大バッグとかで、僕を出したのか……あ! そういえば僕、眠らされたんですよ」
「ああ、それはアリーさんの能力らしいよ。ただ、一日に一度しか使えないらしい」
「そうなんですね、なるほどなあ……そっかそうやって」
白いゲートが開く芝生の前に立っても、まだ喋っていた。
ただ、ちょうど言葉が途切れた今、ダイアンさんが何やら頷いて――
「じゃあ開くぞ」
そう言って周囲を見た。
タイミングを見計らったらしい。誰かに見られていないようにと。
そんな納得の中、白いゲートが開いて、合図が掛かる。
「よし行こう」
二人通って、ゲートが閉じる。こちらの方では白い石が積み重なってできたような四角い縦長の枠だけが残る。
行ってすぐの崖上は、ダウンジャケットのおかげで快適だ。
朝の町を見下ろしている僕を見て、ダイアンさんが言う。
「じゃあ私のゲートに」
彼が赤いカードを手にして、目の前に作り出した。黒くて丸い輪郭のゲート。
通って着いた先は、石畳の道の上。道の先にはドームみたいなものがあった。めちゃくちゃ大きい。
「あれがその会場?」
「そうだね」
聞きながら思ったのは、『やっぱりこっちは暖か過ぎる』だった。
かなり場違いな格好だろう。ダウンジャケットだなんて。
僕が脱ぐと……
「もし忘れてたらこちらで防寒着を渡そうと思ってたんだが……しっかり覚えてたね」
「まあなんでだろうと思ったし」
「そうだな……。とりあえず私が持っておこう。このジャケットはあとでな」
「……?」
一瞬、そういうことか、と思い掛けた。でも、何か言われるまで待っていよう。
「これを」
ダイアンさんが僕に今渡したのは、首掛けの関係者カードみたいなやつ。
「コースルトさんからもらっていた、選手用の認証カード。裏口から入る時に警備員に見せてね。あとこれも」
また手渡される。今度はバッジみたいなものと、あと…何だこれ。
「それはイヤーカフ型受信機……と、バッジ型通信マイク。こっちで解決できたら負けてもいいようにっていうのと、ドームでも何かあるかもしれないから……ってことで。礎力を込めて使ってください」
やっぱりアレはドームなんだな。まあそれはそれとして。
そっか。コースルトさんは懸けさせられてるだけだもんな。警察とかがそこら辺は対処するのかな?
「じゃあとりあえず行ってきます」
「うむ、行ってらっしゃい。頑張って。とりあえずは勝ち続けなきゃいけないからね、犯人不明のうちは」
「うん、やってみる」
見送られながら石畳を歩いた。曇り空の下。少し不穏な気がしないでもない。
歩いて近付いた先に入口があるのが判った。
もっと近付くと、警備員がいるのも判った。二人一組らしい。
「参加選手のユズト・サエキです」
首から提げたカードを、警備員が見やすいように持ち上げた。
ぐっと覗き込んでから、ひとりが口を開いた。
「入ったら受付でリストバンドと交換して奥へ。外には出ないでくださいね、入れなくなりますから」
「気をつけます。どうも」
進んで受付女性を左手に発見。
そちらへ歩いて選手用認証カードを首から取って見せる。
「あの。ユズト・サエキです。参加選手です」
「はいはい。えーっと……コースルトさんの選手ですね。予選トーナメントの番号付きリストバンドです。Aの五です。奥へ行ってAのブロックでお待ちください」
「解りました」
交換で渡された番号付きリストバンドをはめ、言われた通り奥へ行く。
途中に食堂があった。椅子やテーブルもズラリと並んでいる。
看板を見るに、選手は無料で食べていいらしい。
多分近くにはトイレもあるはず……うん、隅っこの方にあるな。
もっと奥へ行く。と、タイルで風景を描かれた所に時計があった。これで自分の試合までどのくらい余裕があるか見る人とかもいそうだ。
予選のリングは、一辺が二十メートルもありそうな感じで、それが二列に並んでいる。とにかく広大。
リングと言っても四十センチくらいの高さの石畳になっているだけで、ボクシングのリングのような四隅のポールやロープはない。
一番手前がAとB。多分一番奥が――看板によると――OとPだな。
Aの五までは少し時間が掛かりそうだから、ちょっと見学してみるか。
Bのリングには、髪の毛を伸ばして向かわせる人と、モップでそれをさばく人がいた。洗いたいものVS洗うためのものって感じか? 形というか、在り方は似てるんだけどな。
Cブロックではミトンがマグカップと衝突。相性がいいのか悪いのか。まるでキッチンだ。
Dではホース対氷の図だった。氷は突然現れて相手に向かっていく。ホースの方はかなり戦い辛そうだなぁ。
Eは……ハンガーとボウルか。攻撃を滑らしやすいボウルの方が有利かと思いきや、ハンガーの人も引っ掛けることで何とかできそうだし、難しい一戦だなぁコレ。
身体能力を向上させる人VS突風みたいな試合もあった。Fブロックの試合がそう。
空中に浮く本に対してフリスビーを投げる人も。それがGブロック。
Hブロックは熊手対ベルトだった。
Iブロックでは折り紙が飛んでいた。火を出すアイスピックに対して。
――色々だなぁ。みんな個性的で面白い。いやぁ、見ていて楽しいなぁ!
でも…そろそろ時間かな? 戻るか。
戻ってきたちょうどその時だ。アナウンスの声が、
「Aの五番、Aの六番、リングに上がってください」
と、僕の番を知らせてくれた。いざ出陣。
一緒にリングに上がった相手をよぉく見てみた。武器は何なのか。見た感じでは判別できなそうだ。
リングの上にいる審判が言う。
「予選は場外テンカウント、ダウンファイブカウントで負けです、どちらもその瞬間から数えます。準備はいいですか?……では、始め!」
初手は大事だ。すべてうまくいけば、一瞬が場を制することだってあるはず。
そんな緊張感の中、紺のデニムパンツの右ポケットに入っているビーズ入りの瓶に念じ、目の前にビーズを瞬間移動させる。
目の前に浮いたままのビーズを拳大に巨大化させる。一瞬で。
そして高速の野球ボールみたいに――相手の腹目掛けて……!
『速度』を、念じた。
ボッ、ゴガッドッ……と、生々しい音が鳴った。嫌な音だ。
――あれ、えっと……まあこんなこともある、か。
予選で強者と当たらないとは限らない――怖い分だけ最初から全力で行かなきゃ――と思っていたら、攻撃される間もなく、相手を場外へすっ飛ばして気絶させてしまったようだ。
防御もさせてやれなかったらしい。
まさかこんな風に勝つとは。
「勝者、五番! ユズト・サエキ!」
「おおぉ~」
そんな声を聞くと、なんだか持ち上げられた気分だ。でも複雑な気分だ、相手が気になって喜べない。
リングを下りて次の自分の出番を待ちつつ、相手の方を見てみた。
相手はと言うと、係員のような白い服を着た人たちの手によって、担架で運ばれていた。
「大丈夫、気絶しただけらしいよ。というかお前凄いな」
声がして顔を向ける。横にはいつの間にか男性が立っていた。ほぼみんなが薄手の中でマフラーをしている、短い茶髪で、すらっとした人。
彼がまた言う。
「俺、ネルクスっていうんだ。ネルクス・ワーフメック。次俺が勝つから。そのあとはよろしくな」
「……あそっか、勝てば僕と」
「そゆこと」
手を差し出してきた。じゃあこちらも。
グッと握り合うと、手を離したネルクスさんがリングに上がって――
「Aの七番、Aの八番、リングに上がってください」
「じゃあな、見てろよ」
ネルクスさんがリングの中央へと、少しだけ歩いた。相手とは距離を取る。――やっぱりこういうのは基本なんだろうな、本能的に僕も思うし。
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――ゼフロメイカ州知事の部下として、私は十分に調査できたのだろうか。
ザイガーフェッカー氏への脅迫状の差出人の住所がでたらめではなかったため、その周辺も調べた。時間は掛かった。ただ、その周辺では別の怪しい事件に繋がってしまいそうなモノが見付かるだけで、この脅しとの接点は何らなさそうだった。
恐らくは、かく乱のために利用された住所。
配達が届いた日の家の前の監視カメラにも、妙な点はなさそうだった。
配達人のことを全部調べるのにも日数が掛かってしまった。
これまで時間が掛かってしまったことで、大会の日にまでなってしまっている。
いったいどう思ったらこんな脅迫ができるのか。
私が頭を悩ませていると、相棒のアデルが私に言った。
「なあウェガス。どこからかなんて解らない、解るはずもないんだとしたら……中の者が怪しいってことはないのか?」
ザイガーフェッカー家のリビング。そこで小声の会話。
アデルのそれは、ほとんど問いではなかった。
「中の者……? ま、まさかそんな」
まさか別の方法で脅迫状が届けられた? いや、家の中で作られた、という可能性さえ……!
「色々と準備が必要だ。ギリギリになってしまったが、別角度からだ、兄のグント・ザイガーフェッカー氏に会いに行く。前とは違うことを聞こう、ここで聞くのはまずい」
小声で――私がそう言うと、アデルは声も音も出さずに頷いた。
五日前くらいに交友関係なんかについては聞いたが、兄弟のメイドや執事をどう思っているかを聞いてはいなかった。