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星のバラスト  作者: 弧川ふき@ひのかみゆみ


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36/114

035 始まりと違和感

 まさかレイシー・ピアーソンが脱走するなんて。


「どうやって。だって封印されてるって話で」


 ケータイを耳に当てたまま僕が聞くと、ダイアンさんの重々しい声が返ってきた。


「封印チップを取り出されないようにする装置があるんだが、それを綺麗に外されてしまったらしい。今後装置の鍵が今以上に厳重管理されるから今後の心配はないとは思うんだが……そうしてチップを取り外して自由になって姿を入れ替えた。レイシーは、レイシーの姿になった看守を殺して逃げたんだ」

「……じゃあ、もしかしてレイシーはもうどんな姿か判らない?」

「ああ、それ以降も姿を変えていると思う」

「マジかよ……」


 恐ろしい事実だ。


「でも、それだとちょっと不思議に思うんだけど……」

「何だ?」

「これが正しいかは微妙なんだけど、レイシーはなんで事前に別の人を用意してドナと入れ替わらなかったんだろう」

「どういうことだ?」

「つまり、レイシーがAさんと姿を交換して、Aさんの姿になったレイシーがドナと姿を交換すれば、レイシーはAさんの姿のドナを殺すことで何も気にせずゼフロメイカ家に居続けられたはず、そうしなかったからドナが礎術(そじゅつ)で辛うじて僕に印を付けてそれが分かれ目になった」

「人質効果のためじゃなかったのか」

「あいつらはドナの礎術を知らなかったんでしょ? それにターゲットはカードで、脅されてない」

「あ、ああ、まあ……そうか」

「奴らにはやりようがあった。でもそうしなかった」

「じゃあ……ん? で、つまり何が言いたいんだ?」


 僕は考えを整理した。そして。


「えっと……また繰り返しになるけど、第三者のAさんの姿になったレイシーがドナと姿を交換……としてもよかったのに、なぜそうしなかったのか。つまり、『レイシーの姿をしたAさんをなぜ保管しておかなかったのか』……ついでに言うとなぜドナを殺さなかったのか」

「……もしかして、レイシーは姿を奪った相手を殺したら、戻れない?」


 ダイアンさんの質問が的を射ていると思い、僕は頷いた。そしてまたこちらから。


「ついでに、誰かと交換してその相手が生きていたら、まず交換し直すことが必要なのかも。あいつはドナのことを酷い目に遭わせるなって言ってたんでしょ? 丁重に扱えって」

「そ、そうだったはず……だな……確かに」

「レイシーの礎術はもしかしたら、交換し直しが必要な力なんだよ、だけど相手を殺した時だけ戻さなくていい……というか戻れない……。相手は、もう死体だから……人間じゃないから……? っていうのは嫌な考えではあるけど。……人間と人間の姿を、という意味で、人と自分の姿を交換できる礎術だったの……かな……多分」


 僕が一気に言うと、ダイアンさんから声が。


「それは……本当にそうかもしれないぞ……!」


 ガタッと椅子でも動くような音が聞こえた。


「レイシーの礎術の記録は、小さい頃の分しかないらしいんだ、警察の話だが。今の話はきっと参考になる! 警察に情報提供しておく! いいよな?」

「ああ、うん、そうした方がいいと思う、いち意見だけどね」

「しておくよ。というかユズトたちも気を付けろ、恨まれてるかもしれん。だから電話したんだが」

「ああ、そっか。ありがと、気を付ける」

「じゃあ……いや、それでどうなった? 試験は……ああ、受かったんだったか」


 真剣な顔だったけど、顔が綻んだ。


「そうだよ、しかもB型免許にも受かった。高難度の事件の依頼も受けられそうなんだってよ」

「お、おおー、凄いじゃないか」


 喜んでいる顔が思い浮かぶ……という気がしたが……どことなくぎこちない顔も浮かんだ。


「どうしたの?」

「あ、ああいや。何でもない。ちょっと忙しくてな」

「あ、そっか。じゃあ……まだこっちでもやることもあって、手続きというか、色々掛かりそうなんだよね。だからダイアンさん、またあとで」

「ああ、またな」


 ふう、と一息ついてから、『配属先についても言っておけばよかったかな』と思った。だがまあ、またあとで電話すればいい。

 みんなに通話内容を話すと。


「気を付けないとな」とレケが言った。


 ■■□□■■□□■■□□■■


 脱走してすぐは赤の他人の家を転々とした。

 そしてとある新聞の切り抜きが壁に飾られているのを見て、思った。


 ――あのガキ! そうか、ユズト・サエキっていう名前だったのか……!


 それは、レジリア礎術大会についての新聞の切り抜きだった。


 ――こいつが優勝者? そうか道理で。どうしてあそこまで粘られたのかと思ったけど。そうだったのか。優勝者?……フッ、賞金も奪ってやりたくなるな……


 どうやらここは大会マニアの家らしい。助かった。こんなにいい情報があるだなんて思ってもいなかった。

 ユズト・サエキ。珍しい苗字だ。

 しばらくはサエキを探せばいい。

 面白い目的が見付かった。これだから誰かを征服するのはやめられない。

 次は誰を襲おうか。次は誰になろうか。


 ――できれば礎力(そりょく)が多い人物がいい。一日に姿を交換できる回数と礎力弾を撃てる回数が変わってくる。


 二つの狙撃手袋(ショットグローブ)は、バッグに入れていつも持ち歩いている。しかもこの家に脚立入りのMサイズ(ミドル)容量拡大バッグ(ブリンガー)があった、これからはもっと便利になる。


 ■■□□■■□□■■□□■■


 これからを思って高鳴る胸や、みんなとの話に咲いた花のせいか、夜の食事の味をあまり覚えていない。

 それから歯磨きや風呂も済ませ、寝て起きると、着替えて朝食。

 すぐに受付と話す時間になった。

 女性が、出入口近くで、本の上に何やらたくさんの物を置いて待っているようだった。近付くと――


「チーム『月下の水』ですね?」

「はい」

「ではまずこちらをお受け取りください」


 彼女が持っていたのはバッジと証明手帳だった。五人全員に行き渡る。

 手帳を開いてよくよく見てみる。写真はまだない。

 証明番号らしきものとして13-4-75-1039-63-3B1とある。

 1039は受験した年だということは理解できた。というのも、礎球(そきゅう)のテレビや新聞で、今年は環州暦1039年だと知っていたからだ。去年のレジリア礎術大会は環州暦1038年度ということになる。それはいいとして。


「ちょっとみんなの見せてよ」


 開いた手帳を見せ合った。

 ベレスのは、13-1-75-1039-60-5B5となっていた。

 レケのは13-2-75-1039-61-6B2だ。

 ジリアンのは13-3-75-1039-62-9B3となっている。

 ケナのものには、13-5-75-1039-64-26B12とある。


 ――うにゃ? どういうことだろ。


 こちら数人が首を傾げていると、受付の女性から声が届いた。


「左から順に、受験チーム番号、チーム内番号、受けた第一試験場の州番号である7と、すぐ横の5はチーム人数、受験年、その年の全州全体での個人番号、A型免許試験までの順位、免許の型、B型を合格した場合の全体順位…となっています。逮捕や協力要請の際は、この番号をあまりお見せしないことをお勧めします」

「なるほど了解です」


 と僕が言ってすぐ。


「あたし十二位なんだ」

「凄いじゃんっ」ジリアンがケナを褒めた。

「えへぇ」


 ケナが、それはそれはニンマリした。


「四位気になるなあ」


 と、僕がつい言ったあとで、女性が。


「あの…」

「あ、すみません」


 話を遮ってしまったらしい。耳を傾ける。と――


「お勧めなのは、普段は手帳で……えっと……手帳の番号の所ではなくジオガードマークの所で証明することです、それがなぜかと言うと、偽造が難しいからです、透かしが多様されていてそれを持つ者は確実にジオガードだと見ていいのです。急いでいる時だけバッジでもいいでしょう」

「なるほど」


 証明手帳を開いた状態で番号があるのを右の面に見ると、もう片方の左の面に、この建物の前の噴水にある見渡す仙女の像の絵を見ることができる。その周りにGの文字が隠された翼が一対。この二つのGはジオとガードのことだろう。その下にBとある。像の絵や文字は一部が透かしで、その周りも大部分がそう、そして番号の方にも透かしが多い。

 何だかこの感じだと、日本のお札みたいに小さな隠し文字もありそうだ。

 バッジにも、見渡す仙女の像とGの文字が隠された翼が一対。裏には番号。表の下側にはBとある。ほかにも装飾はあるが……まあそれはいいとして。


「これから僕らはどうすれば。配属先へは自分たちで行くんですか?」

「それですが……こちらへ」


 ついて行く。

 宿泊施設より南にある噴水の前に出た。

 見渡す仙女の背を横目に、女性の説明に耳を傾けた。


「ディヴィエナ州――本部はアンクウィット市にあります。今からその本部へと、この空間接続本(テレポートブック)でお送りします」


 女性は持っている本に礎力を込めた。するとその本がふよふよと目の前に浮き、高さ三メートル横幅二メートルほどへと巨大化。その下が地面に着かない程度には今も浮いたままで、表紙のみ開かれた。

 女性が「アンクウィット」と言うと、ページがぱらぱらと風でめくられたようになり、あるページで止まった。白いページだ。


「では行ってらっしゃいませ、お通りください。向こうに行きましたら、本に触れずそのままにしておいてください、ほかの方も使いますので」

「解りました」


 でもページは白いだけだけど――と思ってから気付いた。そうか、繋がった場所の白い壁か何かが見えてるのか。

 恐る恐るゆっくり行くと女性の負担が大きい。だからかベレスが素早く向こうへ行った。僕も続く。

 白いのは想像通り壁の色だった。床は灰色でコンクリートっぽい。

 レケ、ケナ、ジリアンが来たら、数秒後、本が閉じ、小さくなって床にパタリと倒れた。

 ほかの人のためにその本を放置。

 辺りを見てみた。

 天井には蛍光灯があって、今いる部屋を白く、よく照らしてくれている。

 そして振り向いた先には扉がある……のが、本が小さくなってから判った。それを開けて出る。

 今いる場所は横に延びた廊下だ。右手は何があるんだろうと思ったが、とりあえず『受験合格してすぐの新人は左へ』という案内を見つけたので、そちらへ。


「あ、新人登録所」


 そう書かれた案内板を見付けた。その右隣に再発行所、その更に右隣に証明写真撮影所という案内板があった。

 それらを前にして背の方を振り返ると、そちらには…


「面白いですよね」


 声がした方を振り向くと、窓口の方に男性がいるのが解った。三十代くらいなのだろうか。彼が続ける。


「そこ、昔の要望でできた美容室らしいですよ、ジオガードの専属美容師がそこで働くんです」

「もしかして証明写真のために」

「そうそう。しかも前線で働くことに疲れた人なんかが資格を取って働いてます。……どうも、わたくしリノイ・ターキエといいます。普段は上の階で任務関連の手続きをしてます」

「どうも」


 こちらが会釈すると、リノイさんはこちらを手で示した。


「手帳を受け取ったと思いますが、写真はないはずです、それをここで撮っていただきます。お望みならそこで髪型を整えてくださっても構いませんよ」


 そういえば髪も伸びた。


「僕は切ってもらうけど」

「あたしも」


 ケナはそう言うと、ほかの三人へと視線をやった。


「俺もやってもらおうかな」


 ケナの目を見てレキが言った。


「私はいいや」

「私は切っておきます」


 ジリアンだけここでの手続きを先に全部済ませておくことに。

 切るとスッキリした。頭が軽くなったのも錯覚じゃない。ベリーショートではないけど、短くなって体自体も軽くなった気がする。

 ベレスはかっこいい七三風。まあいつも通りなイメージではある。

 レケのパーマの掛かったブロンドは、出会った頃よりも短くなって、かなりスポーティになった感じだ。

 ケナは思いっ切りカットしている。ショートボブになった。

 互いを確認してから改めてお辞儀した。


「ありがとうございました」

「いえいえ」


 お金は掛かるらしく、全額僕が払った。残金はこれで2625万リギー。――ジオガード関係ということで国が払うと思っていたけど、違うみたいだ。

 美容室を出ると、待っていたジリアンがケータイの操作をやめてこちらを見た。


「あ、いいじゃん! みんなカッコ……え! ケナ可愛いいいっ!」


 ――はは、ジリアンも喜んでるし、それ見てケナも喜んでる。いいことだ。


 そう思ってから、率先しようと思った。


「じゃ僕から撮るね」


 そうして撮った証明写真。背景は青緑だった。

 手帳とそれを提出すると、リノイさんが、その写真を印刷機でカラーコピーし、それぞれの手帳の番号を見ながら、コピーされた方の写真を、ジオガード内のデータとして保管したようだった。

 そしてその写真が手帳に挟まれ、顔写真付き証明手帳が完成した。

 それをこちらに、それぞれ返しながら、リノイさんが言った。


「ではほかにも案内――」

「ここでいいのかな。あのぉ」


 急に聞こえた声の方に目を向けた。見えたのは五人組。僕が『ゾーニャ凄い』という言葉だけ覚えている……あのチームだ。


「ああ、はいはい。少々お待ちを」


 リノイさんが窓口の小部屋に入り、こちらから触れられない壁に設置された扉を開け、その向こうへ呼び掛けた。


「ミサハ! もうひとチーム来たのでお願いしますよ!」

「はーい」

「じゃあ行きましょうか」


 出てきたのは、茶髪が綺麗なそばかすのある女性だった。その女性に向かって長身の女性が「あ、こっち、お願いします」と言っていたが、そちらはそちらでうまくやるはずで、僕らはリノイさんについて行った。

 窓口を前にして右手に階段とエレベーターがあって、そこまでを歩いた。そこでリノイさんが、階段とエレベーターの間の壁にある案内板を示した。


「ここは二階です。そしてここの階段とエレベーターから一階と地下一階へ行くことはできません」

「行かないってことなんですか?」と僕が聞くと。

「まあ行きませんね。最初だけ案内のために通してもいいな――と思う程度です。何だったらお見せしますよ」

 するとベレスが。「一階へはどこから?」

「奥の階段かエレベーターから……関係者のみ使えるもので降ります。さて本部施設の説明です、ここを見てください、三階は――」


 リノイさんが示す案内板にはこうある。




 地下4~地下2:ジオガード本部用駐車場


 地下1:オウルライトマン用駐車場

 1:便利屋サービス株式会社オウルライトマン


 2:新人登録所、再発行所、証明写真撮影所、美容室、転移室

 3:任務受付、報告所、報酬受取所、シャワールーム、医務室

 4:調査室、資料室(活動補佐官と、資料参照したい方のための階です)

 5:図書室、休憩室、本部内雑誌購入所、文具店

 6:幾つかの食堂、コンビニ

 7:礎術道具の販売店と貸与コーナー

 8:雑貨、工具、衣類、トレーニング用品、ある程度の家具、調理器具、

 9:小型電化製品、サバイバル用品など8~9階はホームセンター的な所




 なんかフランクだなと思いながら理解した、一階と地下一階はジオガード用じゃないんだな、と。


「――ということが、各階にこのように案内もあるので見れば解るようにはなっています。任務に関しては三階へ。ただ、ここに来たばかりでは、まずどこに住むかが問題になりますよね」


 ――そういえばそうだ。家どうすればいいんだろう。


 思っていると、リノイさんがまた。


「そこで特に良心的な不動産屋の場所をご説明致します、凄く近くですよ、まずはこちらへ。……あ、ジオガードだと解るものは隠してくださいね」


 リノイさんが戻っていく。

 言われた通りバッジと証明手帳をバッグの中に入れながら彼について行った。


 ――お、髪切ってる。


 横目にさっきのチームを見ながら窓口の前を通り過ぎて通路を右へ。また転移室に近付いたけどその横は通り過ぎて……その先にもエレベーターを発見。少し手前左に階段への横道を見付けた。


 ――こうなってたのか。


 思いながらリノイさんについて階段を下りていった。

 二階の通路を転移室の方へ戻る方向に一階の通路を進むと扉が見えた。

 その扉を越えると、何となく別の職の仕事場に出たのだと解った。待合室のようなエリアの椅子に疎らに人が座っている。

 ふと気になって開けてきた扉を見たら、そこには『関係者以外立ち入り禁止』とあった。

 リノイさんは、一階の会社の正面入口まで案内し、こちら五人全員が外に出たのを見ると、車道と平行に腕を伸ばし、対応した信号機か何かを手で示した。


「そこに見える角を右に曲がってただまっすぐ行くと、アマリーハイド不動産があります。そこがおすすめです。ほかに何か困り事がありましたら、本部にいらっしゃるか、どなたかにご質問なさるとよいでしょう、わたくしでも構いません。では、わたくしはこれで」

「どうもありがとうございました」

「いえいえ」


 頭を下げ合ったあとでリノイさんは戻っていった。

 言われた通りに道を辿る。歩道を歩いていると看板を発見。アマリーハイド不動産。

 ただ、近付いても自動ドアが開かない。

 試験場は朝だった。色々あって時差もあり今はここも朝。


 ――厳密には今何時なんだ?


 ケータイを見てみた。すると『設定とズレています、現地時間にしますか?』と出ていることに気付いた。押すと、時計は八時五分を示した。


「八時五分だって」

「ああ、俺も調節したよ」


 レケも同じようなことをしたようだった。


 ――今日は四食、食べようかな。夜は、ここの時間で普通に寝ればいいか。それよりどう時間を潰すか。


「そこのカフェが開いてる」レケが言った。「あそこで暇を潰そう」


 オレンジジュースを頼み時間が過ぎるのを待った。最初どんな任務がいい? という話からどうでもいい話まで、とにかく話した。

 九時半になってから、アマリーハイド不動産に客っぽい人が入るのが見えた。

 入って思ったのは、『まあ普通の不動産屋だな』だった。

 奥にいた男性がこちらに気付いて歩いてきた。そしてカウンターに座った。


「五名様ですか?」

「はい」


 答えてカウンター前に座り、みんなに提案した。


「レイシーのことで心配だし、家一つでいいよね」

「……別々に住むのはナシ?」


 隣に座ったジリアンはそう言ったけど、難しい問題だ。

 誰かと一緒なら心配も減るけど、それなら五人でない意味は? と思ってしまう。

 そこでレケが言った。


「一箇所にいて警備を付けよう、離れてると、手間も、出費も、心配も増える」

「まあ……そうね、解った」


 ケナとベレスの方を向いて聞いてみた。すると。


「あたしはそれでいいよ」

「私は結局ユズト様といますから。構いませんよ」


 そういうワケで幾つか紹介された。高い所も安い所も。中でもリフォームの必要がない中古の一軒家の一つが綺麗で気になった。予算的にもいい。

 念のため案内されて車でニ十分くらいで着いた。住宅街の静けさの中、売地の看板が目立つ。

 実際見てみて写真通りだった。しかも裏庭もあるしそれがまた広い、上から見た家の二倍くらいはある。

 生垣がぐるりと囲っているから誰かに侵入された時に周囲に気付かれ難いが、そこは警備システムでとても安心な状態にできるらしい。そしておすすめな警備システムというのが実はタミラさんの会社のものだとか。運命的なことにもありがたいと思った。

 ただ、問題がある。


「本当にいいんですか? 実はここ、随分前に持ち主が殺されたんですよ」

「そうなんですか? へぇ、それで売り家に……」


 だから良心的な値段……

 ふと思った――こんな家があるのなら、そのイメージを払拭してあげるのも誰かの務めなんじゃないかと、それが次に住むかもしれない自分たちなのではと。そして供養して綺麗に使ってあげるべきなんだろうなと。

 そう思うと嫌な理由はなくなった。この家を買った。書類にサインをし、自分のコバルトカードを使った。残金は約1125万リギー。

 不動産屋の店員を見送ると、手を合わせた。


 ――使わせてもらいます。


 目をつぶって一礼してから入った。

 入ってすぐ左手は下駄箱、そして前に上がり(がまち)。靴を脱いで上がって左手にはスライドドア。その先には一つの部屋。右手にはリビング。

 リビングに入って前方を見るとキッチンが目に入り、ダイニングとリビングはほぼ一つの部屋になっていると誰の目にも解る。まっすぐ北へ歩けば大きな窓に到達。そこから裏庭が見える。大窓を開けた先には縁側。ここから裏庭に出られる。

 そこで左を向くと物置と廊下が目に映る。廊下の途中、左手には引き戸があって、そこには畳の部屋が。

 廊下の途中で右を向くと階段があって、そこを上るとまずベランダが見える。振り向くと廊下が延びていて、左に二部屋、右に一部屋あるのが確認できた。

 一階に戻って廊下を奥まで行くと、こちら側に開く三つのドアが見付かる。

 左のドアを引いて開けるとそこは洗面所。そしてそこから左のスライドドアの向こうがバスルーム。

 廊下のドアのうち真ん中のドアを引いて開けばちょっとした階段のある通路に出る。その先には物置があり、そこにもベランダがあると解る。手擦りで囲まれたベランダだが一部分だけそれがなく、しかも階段があってそこから裏庭へ行ける。

 廊下のドアの一番右を引いて開けると、そこに見えたのは便器。

 そして、廊下の北側にあるこれら三つのドアは、全てレバーハンドル式。

 和室以外はフローリングで、各部屋にはクローゼットが必ずある。


「めちゃくちゃいい家だよ!」


 リビングに集まっている時にケナがそう言った。


「驚きだね」


 僕が同意すると、今度はジリアンが。


「車とかどうする? 出勤時のことも考えると一台はほしいよね、あの本部には地下から入りたい」

「……確かに」


 本部の案内板の横にあった方のエレベーターの現在位置の階層表示部分にB3と出ていたのを実は見ていた。通勤時は一階を通らない人が多いんだろう、『行きませんね』とも言っていたし。そしてそうせず礎術のゲートで本部に行こうものなら、干渉して殺し合ってしまう可能性がある。それにジオガードは自由度の高い特殊部隊のようなもので、極悪犯に対しての重要な存在だ、バレて犯罪者に狙われる訳にはいかない。バレていいのは依頼者にだけ。人を助けたいけど名声は欲しくない。ジオガード仲間のことも警察のことも大事だ。口止めも多分する。ただ、それでも、誰かが話してしまうかは自由だ、依頼したことを知られて脅されて……という場合に話したって誰も責めない。

 あらゆる可能性を考慮しこれから先のことも考えた。

 そして思い出した、家に入る前に玄関の左に車庫を見たのを。資料でも本当に車庫だった――二台は入りそうな感じの。


「一台は買っておこう、ベレスは運転できる?」

「ええ」

「レケは?」

「俺も運転できる」

「よかった。ゲート能力は……ケナはまだだから――」

「あ、あのね、試験場から離れて練習してみたの。できるようになったよ」

「え! 本当?」


 ジリアンが驚いた。正直驚いたのは僕もだ。聞いてみる。


「え、それって誰かと一緒にいた?」

「え、うん、レケ(にい)と一緒にいた」

「えー、いつの間にそんな。試験中の、あの大倉庫でも使ってなかったよね」

「あ、あのね、昨日の夜にね、レケ兄と一緒にホテルのずうっと前に行って、それで」


 ケナがもじもじしながらそう言った。


「……マジか。昨日の夜? もしかしてその時間だけで?」

「時間は……掛かったけど」

「いやいやいや。凄いな、頑張ってるよ。ケナ、本ッ当に凄いぞ!」

「え、う……うへへ」


 結局は何を言ったって、何をしたって、やっぱり最後はこういう顔を見たい。やっぱりこれだ。ケナはうちの大事な存在。


「さて、それならケナもよく聞いて――まず注意しときたいことだけど、日常生活の中では、ゲート能力は……確実に誰もいない場所に繋げられる時しか使わないこと」


 これを聞いてベレスが肯いた。


「そうですね、その方がいいです、誰かを巻き込むのは怖いことですから」

「ん、わかった」


 ケナの理解報告を聞いて、うん、と頷いてから、また僕は言った。


「よし。じゃあ今日は……ひとまずは色々と買おう。まだ物がないし」


 まずは言っていた車を買うことにした。店をケータイの地図機能で探してそこへ。

 店では最初にベレスが言った。


「中が広いものを一台買いたいのですが。二百万前後で」


 すると店員の男性は言った。


「では……そうですね……頑丈なノルゾモットなんかはおすすめですよ、小さいものだと思われるかもしれませんが、意外と中が広いんです」


 今、売りに出されている車の中からそれを紹介されみんなで見ている。新古車・ミニバン・ノルゾモットとある。

 その青みがかった黒のノルゾモットは僕からしたら見た目も申し分ないが……

 それに関してレケが言った。


「いいですね、じゃあそれにします」

「では三日ほどお待ちください、その日には納車致します」

「同じようなものがもう一台ありませんか?」とジリアンが。

「そうなると……バリデッカーなんかもいいですね、最新の技術でかなりの重さに耐えるコンパクトミニバン。コンパクトなのにこの大きさですよ」

「意外と可愛い。じゃあそれで」

「では二台ということで。バリデッカーに関しては一週間以上お待ちいただくとは思いますが、よろしいですか?」

「はい」


 ジリアンは恐らく、自分一人で出掛けなければならない時なんかを考えたんだろう。それは重要なことだ。

 レケやベレスに向かって、店員は『三日ほどお待ちください』と言った。それまで細々としたものをまとめて運ぶのがし辛いが、三日以内に必要な家具等をある程度揃えればそれ以降は大量買いに集中できる。

 物体操作によって物を運ぶのにも問題点はある、風の影響を考えなければならないし、通行人を気にしなきゃいけない。危ない使い方――もしも何かあったら――というのは避けなければならない。


「ねえジリアン、自分の貯金を使うの?」

「一括じゃないから大丈夫よ」

「あぁ……そっか」


 この購入で、僕の残金は約830万リギーになった。


「色々必要なものを買うけど、それはこのお金で買うからね」


 僕が自分のコバルトカードをひらひらさせるとレケが言った。


「じゃあ共用のものはそうしよう、個人のものはできるだけ自分で」

「オッケー」


 と、ジリアンが返事をした。

 そういうワケでまずは電化製品店へ。冷蔵庫、冷凍庫、洗濯機、浄水器、炊飯器、電子レンジ、オーブントースター、掃除機、欠かせないものから買っていった。エアコンも買ったが、それは設置まで業者を待つ。

 それから家具。こたつ用テーブルやケナの学習机、棚、椅子……

 寝具も。

 食器や調理用具、衣類、洗剤や布巾、石鹸、シャンプー、コンディショナー、タオル、掃除用具……

 最低限の量だけを買った。

 食材をまだ買えていない。家を買って初めての昼食には、この辺で流行っているというピザの店に行き、ベーシックミートピザLと、スパイシーサバピザLと、ハッシュドクダイモLと、ガルスナゲットというものを買い、持ち帰った。

 まだあまり物のないリビングに置いたテーブルを囲み、話しながら食べた。コップにはただの水。


「え、意外とうまい」

「ほくほくしてるな。香辛料とも相性がいい」


 たまにはこんなジャンクフードもいい、ほかの献立には気を付けていくだろうから。


 ――そうだなぁ……レケからもっと料理を学んでみたいかもなあ。


 そんなことを思いながら未来に思いを馳せた。

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