034 呪縛からの解放
礎術を使えない状態にされつつ位置も把握される――そんな小さな封印チップを埋め込まれた状態で目を覚ましたのだという自分の記憶を、最初は疑いたかった。
――まさか、あたしが捕まるなんて。
最初の目覚めのあと、すぐに右すねを確認した。
封印チップを埋められるのは、大体、すね。そこに付けられない人の場合腕だったりするが…
足首と膝下に金属のリングが装着されていて、その間を完全に二枚の金属の板で覆われている。この膝下のリングには三つのスイッチがあって、このうち二つのスイッチで板が二方向にスライドする。押してから一日に二十秒ほどだけ右側だけでなく左側も開く、という感じで。だからシャワーなんかを浴びる時にすねとこの装置の内側を洗うことができる。
ただし、開いた所に通せるのは本人の手と洗剤や水だけ。それ以外の物は、展開される礎術的シールドが跳ね返してしまう。ゆえにどんなナイフも近付けられない。
この装置は錆びないし礎術の効果も衝撃も受けない…礎術ではない衝撃も受けない。
できることは膝辺りで切断することのみ。ただ、刑務所内ではそれもできない。脱走したり刑期を終えて外に出されてからだとしても、取ったら取ったで生体反応の弱さによる信号が送られ駆け付けられてしまうから、また捕まるだけ。それを逃れても出血多量で死が待つだけ。更にそれを逃れても、片足を失った状態で逃げるのは困難。そういった者は警察にマークされる。ゆえに誰も外そうとしないし逃げない。
「ちっ」
――息苦しい。出てやる。こんな所なんて。
確か、改心しあまりにも善良と認められた者や冤罪の者はこのチップガードを外してもらえると聞いた。これを外す鍵はある。それと…ああいう物さえあれば。
出る方法として思い付いたのは、ここにいながら自分の礎術を活用する方法だった。そのためには――と思い、以前の仕事仲間と連絡を取り合った。手段は手紙。
それにはこう書いた。
『封印チップのせいで力を使えないけど快適だよ、何とか生きてる。封印のガードの付け心地も悪くない、寝る時に押せばいいスイッチのおかげでクッションが中に出て、皮膚が擦れたり引っ張られたりする不快さもない。このガードで困ってはいないけど退屈だ、何か本でも送ってよ。あとノートとペンもあると嬉しい。務所内にドレスコードでもあるのか、ネックレスを取られた奴がいてね、身に付ける物は要らない。しばらくはのんびりしてもいいけど、協力してくれたら見返りをあげてもいい、気が向いたら言ってよ。うちの部屋の鍵の掛かった箱だけは空けないでよ、絶対だからね。確かサヴェナに二人の恋人がいるんだっけ、今もかな、いい加減にしとかないといつか損するぞって言っときな、諍いをわざわざ呼ぶ必要はないんだよ。こう言わなくても重々承知だろうけど、あたしたちはただでさえ面倒を抱える、性格上でも普段の行いからでもね、あたしだって悪いことだって判ってる、でもだからかやるんだけど。それか、もしも心の底から変われると思うなら、何かしてみるかな。金持ちに一泡吹かせるのが生き甲斐だったけどそれも変わるのかな。自分を変えればこの先のコソコソとした人生も晴れるのかな。どうかな、あたしはどんなツライ時でも金さえあればと思ってしまう。だから、またやりそう、プルプルに肥え太った貴族気取った奴からは特に。ただ、困るのは、もうあたしに力がないってこと。自分が変わるために力を使うのもミスさえしなけりゃできたのに。今からでもできるかな、礎術なしでソートー頑張らないといけないけど。手段は変わる、変えなきゃいけない、リッチェスか誰かが協力してくれればいいんだけど』
リッチェスは頭がいい。そしてこれはマレディオ宛にした。
看守はこれをじっくりと呼んで、
「まあ、いいでしょ…」
と、配達許可された手紙として処理した。
サヴェナなんていう知り合いは本当はいない。
マレディオに渡されて手紙を読まされたリッチェスは、これには何かあるな、と絶対に気付く。
ある日、父が面会に来た。
「何してるんだよ」
「服役」
「そうじゃない。どんなヘマをした」
「ヘマはしてない」
「相手が一枚上手だったってか? じゃあお前が上手じゃないのがヘマだろ」
あたしは台を叩いた。
「こんな時だけ言うんだよね、しかもそういう言い方で」
睨みを利かせた。すると。
「おい、言われたくなきゃちゃんとやれ。できなきゃやめろ、もうこんなこと」
「ハッ、今更。女を引っ掛けまくったあんたに言われたくないよ」
「…父さんだって反省はしてる。お前もそうしろ」
「本当かな、それ」
「何ィ?」
身を乗り出して、言い放った。
「話すことはもうないよ」
そして立ち上がり去った。――こんな面会、やってられるかっての。
また別の日。
今度は目論見通りリッチェスが面会に来た。
「捕まりやがって」
「相手が悪かったらしいよ」
「お前だろ?」
「…ふっ、はは、そうね、そうとも言える」
などと普通の世間話をする中で、リッチェスは言った。
「手紙にあったのを持ってくるよ、心配するな」
目が言っていた、ちゃんと伝わっている、と。
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――まったく。人遣いが荒い。
マレディオと一緒に、封印チップのガードの製造工場へ下見に行った。
俺だけ、潜入というか、嘘の熱意をまき散らしたら採用された。
俺に指導をしたのはルミテア・ペールという女だった。
「いいわよねえ、鍵ってなんて美しいのかしら。ここの鍵は特に凄いのよ、コピーしづらい構造でね、フォルムも完璧なの…! はぁぁんもう……本ッ当に美しいわ、そう思わない?」
思わず笑ってしまった。
――変なやつ…
冤罪やもう十分だと判断された出所者からはチップガードを外す、そうする場所は警察らしく、新しい警察署へと鍵を送る機会が来た。念のためということで鍵二つの依頼。
新品の三つの鍵を製造し三つを持ち出したが、「ご注文の二つです」とだけ言って二つをその署の長へと渡した。
残りの一つは指示通りに……
チップガード工場では警備も必要だ。そこで警備もして働きながら、休みの日に指示されたものを集めた。
二重底のコップにするのにかなりの細工を必要としたが、何とかなった。まあ結構掛かってしまったが。
あの手紙の意味はこうだった。句点までの一文がどんなに長くとも、一文目は一文字目、二文目は二文字目…と繋げて読め…と、そういう意味。絶対にそうだ。だからレイシーが本当に必要だと思っているのは三つ…『封印ガードの鍵』『二重底のコツプ』『力ミソリ』で間違いない。
これらをバレずにレイシーの手に渡らせる方法は、コレが一番だろう。
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「レイシー・ピアーソン宛?」
段ボールを開け、目視で検査。それだけでなくX線でも検査した。検査画面上では大丈夫だ。ただ金属で真っ白になっている部分が気になる。
コップは妙に底が重いが、その底の部分が外れるというワケでもないらしい、どんなに捻っても開かなかった。倒れないように重心を低くするための金属の底なのかもしれない。
――ならいいか。
箱に戻して持っていった。
「それ誰への差し入れ!」
「あんたのじゃないよ」
そんなやり取りがありつつ、レイシーの牢の前へ。
鉄格子の横、金属の壁に強化アクリルの箱が設置されていて、こちらからもあちらからも開く。その真ん中にも壁が設置されている。その壁を鍵で下にずらせるが、それをずらすのは、段ボールをアクリルの箱のこちら側に置いてこちら側の蓋を閉じてからだ。そうして受け取るのを待つ。
「早く取れ。あと五秒。四、三――」
「はいはい」
レイシーが受け取ってから、中の鉄板の壁を迫り上げ、鍵を掛けた。どこからも出られないようにしたのを指差し確認してから、看守室に戻った。
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運ばれてきた段ボールを漁り、目当ての物があると解ると、自然と笑みがこぼれた。
差し入れられたコップ。その底を力いっぱい捻っても開かなかった。
どうやれば開くんだと悩んでいると、箱に手紙が入っていることに気付いた。
『歯磨きはちゃんとしてるか。デブってないだろうな。もうラクに姿を取り換えることはできない。礎術ナシのつまり使えない状態になってお前は無力、そんな自分自身を資本へと化けさせないといけない、大変なことだ。改心してのんびり過ごそうとするのは、本当にいいことかもしれないな。こうなった端から問題行動を起こすなよ、先が思いやられる、味方をした俺の身にもなれ。ところで所内で困ったことはないか、あれば言えよ。所内で余計な摩擦だけは起こすな、変な奴に恨まれるのも嫌だからな、好かれるのもそうだが。ほかに要る物がありそうなら言え、それも送る。サヴェナにあの事、熱を入れて伝えといたよ、実は前にも言われていたのにこうなんだよ、お前の言葉でも聞かないかもしれないけどな。何か夢はあるか、レイシーに夢があるなら俺は応援する。とにかく、今や自分を蔑ろにはしない方がいい、変わりたいならそれを俺は尊重するよ、だから頑張れ』
誰にも見られないように壁の方を向いた私の顔は、今とんでもなくニヤついている。
これは、あたしがリッチェスに送った手紙の隠しメッセージと同じ仕組みだ。
それを読み解き、牢内が見える監視カメラを背にすると、ベッドの上で本を読んでいるフリをした。
その姿勢で手紙の通りに――つまり『歯ブラシの端で擦り熱シろ』の通りに――すると、中からカチッという音がした。
それだけでは開いていないようだった。それならと捻ったが開かない。引っ張ったまま捻るとやっと開き、底の金属が二分割されたみたいに外れた。
そして中から鍵とカミソリが落ちた。
笑みがこぼれるのを抑えられない。
鍵でチップガードを外し、この鍵をコップの底に押し付け、取れた方の金属を押し込み、またはめ込んだ。カチッと音がして元の『底の重いコップ』の状態に。
――これは使える。
そう思ってからすぐ右すねにカミソリを入れた。
「ふーっ…ふうぅーっ……!」
痛みに耐えながら封印チップを取り出した。
そしてできるだけ不自然に見えないように――これでもかなり不自然だが――両脚を毛布で隠した。
そして鉄格子の前に移動すると、それを揺すり、怖がったフリをした。
看守がこれを見たかは判らない。
…バタバタバタ――
と、慌てて誰かがやって来たのが解ってから、監視カメラを背にし、死角で手首を切った。そして倒れて待った。
数秒後、足音がこの辺りまで急速に近付いてきて止まった。
鉄格子の扉が開けられ、体を掴まれた。
うつ伏せだから判らないが、上を向かされて何とか判った。来たのは看守だ。
襲われたか自殺したと思われたはず。とりあえず看守は、
「ドクター!」
と、刑務所勤務の医者を呼んだ。自分でもかなりの血が出ていることは解った。
駆け付けた女が二人になった所で、看守の姿を奪った。
あたしの姿で腕と右脚を痛がり、膝を突いた看守を、看守の姿で殴った。
「ひ、ひいっ」
ドクターが何もできないでいる中、今や自分の腰にある狙撃手袋を手にはめ、傷付いた囚人姿のあたしを射抜いた。
「ふふふ…はははは!」
振り向いてすぐ、医者を撃った。胸に命中。医者も倒れ、動かなくなる。
そして使えるあのコップを持って牢を出ると――
「私も出せよ、なあ」
「うちも!」
願いを聞くワケがない。
「自分で出な。邪魔者を連れる趣味はないね」
金属音がうるさく響く中、通路を歩いて廊下に出た。左に行くと看守室があるようでそちらへ向かった。
看守室に入り、そこに人がいれば撃とうと思ったが、何やら様子がおかしい。
「お、早いね、どうだった?」
こちらを見ていない。彼女が見ているのは雑誌。コンビニ弁当をほお張りながらだ。
「簡単だったよ」
こちらがわざと低い声で言うと、彼女が監視カメラに目を向け、すぐにこちらを見た。その目には理解したと書かれていた。
彼女が箸をぶん投げ、腰の手袋に手を通し、構えようとした。
だから撃った。三発の礎力弾。女は制服姿に血をにじませ、動かなくなった。
「なんだ、凄く使えるじゃない…?」
この女の狙撃手袋も奪うと、自分の胸元を見てからロッカー室に向かい、名札に合うロッカーを探した。
財布やバッグを持ち、そのバッグには狙撃手袋を二つ入れ、あの看守の私服に着替えてここを出ていった。堂々としていれば誰も怪しまない――あれらの現場が第三者に見られるまでは。晴れ空の下…悠々と歩くのは久しぶりだ。
……
…
しばらくはこの浅黒い肌の看守になりすましたが、すぐに別の女に変えた。看守の姿をしたその女も殺しておいた。
殺せば自分の姿は固定される。小さい頃…ほんの遊びで代わっていたら、車の衝突事故であたしの姿をした姉が死んだ。それで気付いた。
念のため礎術診断椅子で診断もした。当時『初めてですね』と言われたので都合がよかった。そうでなければやめておいた。
その診断を姉として受けることで本当のあたしは消えた。あたしはレイシー。もう妹としての名も捨てた。
そうして得た経験と知識が、今のあたしの能力把握や使う際の余裕に繋がっている。
深い森にある隠れ家で落ち合い、リッチェスと会った。
「あたしよ、レイシー」
本を読んでいたリッチェスが、棚に本を戻した。
「無茶させやがって。…お前も無茶したな。本当の自分とはもうおさらばか」
「そうね」
――本当の自分はとうの昔にいなくなったけど。
「感謝してるよ、これからも長い付き合いをしようじゃないの」
と、あたしが言うと、リッチェスは首を振った。
「俺はもうパスだね。付き合い切れないよ、あとは勝手にやれ」
「…あっそ」
ふと気になった。リッチェスの首から下がっているもの…が、きらりと光った。
「ところで、そのロケットはいつから身に付けてるの?」
リッチェスは胸元を隠すみたいにロケットを持った。
――ああ、これは。
そう思ったあたしは、狙撃手袋でリッチェスを射抜いた。
血が迸る。真っ赤な血が。
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「ルミ…テア……」
倒れてから、声を絞り出した。多分レイシーにも聞こえないくらいの声だった。
この声が誰にも届かなければ意味はない、そうも思った。
――悔しい。
思いながら、目がかすれていく中、俺はポケットに手を入れた。
そこから取り出した。指輪。二重底を作る時に同じ金属で作っておいた、その指輪……
――渡せず仕舞い……になるなんてな。はは…こんな俺だからか…。こんなことをしたから。縁を……切りたかったのに…なあ……。生まれ変われるなら…次は…
思っている途中で眠くなった。この眠りに負けたくはない。そう思って考えたのは――
――ル……ミテ…ア……
俺こそ変われたら。そう思った。それはもうできないのか。
とにかく、今はもう動けない俺を誰かが助けてくれたらと…強く願った。願い続けた。そして…全身が、眠りを、迎え入れるのが解った。
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「はは!」
こんな笑い声が出たことに自分でも驚いた。一瞬感じた不安が消えた。笑えた。いいことだ。
裏切りそうな者なんて仲間には要らない。
代わりにというか、今のあたしには狙撃手袋もある。しかも二つも。
これからは何でも手に入りそうだ。
「くふふ…ふひっ…あーっはっはっはっは…!」
ここでこんな声を上げても、誰にも怪しまれやしない。――今は存分に叫んでおくか。




