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星のバラスト  作者: 弧川ふき@ひのかみゆみ


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033 知らせたいことと知らされること

 成績を発表されたこの建物の二階から三階へ上がってすぐ、見えたのはテーブルだった。既視感がある。空港地下で見たのとほぼ同じ丸テーブルだった。

 そんなテーブルは幾つもあって、階の中央には小さな紙を持った女性が立っていた。

 こちらが近付くと、彼女が紙をこちらに差し出した。


「ここで配属先のアンケートに記入していただきます。配属されたい州を、第一希望、第二希望、第三希望までお願いします。書くのは州名ですからね。それから希望するチーム名も」


 受け取った紙は一枚。チームで一枚なのだろう。

 なるほどと腰を据えてみる。

 テーブルの中央には鉛筆立てがあって、幾つもの鉛筆がそこに立て掛けられていた。

 率先して一本だけ取ってまずは話してみた。


「僕はスピルウッドが一番いいけど、どうする?」

「あたしもそれがいい」


 ケナは手も上げた。


「俺はどこでも構わないかな……うん、場所にはこだわってない」


 レケの言葉を聞くと、ケナの手は下がった。そっかぁ……という気持ちが表れているかのようだった。


「いや、まあ」レケが言う。主にケナに向けて。「帰る距離を考えたら、もう勉強と思って別の場所に行ってもいいと思うんだよ」


 確かにそれはありかもしれない。それにケナは学校に通っていない。家での勉強でその学年のことを学んでいく予定――であれば場所はどこでもいい。友人がいるかどうかは気になるが。


「友達と別れるのは……どうなのかなケナ的には」


 と僕が言うと、ケナは。


「いや、いないからいいよそれは」


 ずるっと肩がリアルにずれたのは初めてかもしれない。


「いや、あのね? 気にしないで? 施設にはいたけど、いつも会いに行けるわけじゃないでしょ? それは、あたしも解ってるから。だからいいよ、スピルウッドが一番だけど、別の所でもいいの」

「……そっか」


 そう言いながら考えた。僕自身も、スピルウッドにこだわる理由は、実はそんなにない。ドナももうあの物探しの印から解放されている。


「私はやっぱり、できればスピルウッドかな」ジリアンが言った。

「ではそうしましょう、私もスピルウッドの方がいいですし」

「よし、じゃ一番はそれでいいってことで、二番は?」


 と僕が問うと、みんな考え込んだが、いち早くベレスが。


「本部がある所もいいですね、依頼が支部から来ることもあるそうですから……まあスピルウッドからは離れてしまいますが」

「本部? どこ?」


 ジリアンが両肘をテーブルに載せて聞いた。僕もまあ同じような感じだ。

 すると、ベレスが人差し指を立てた。


「第一地区のディヴィエナ州です」

「ああ、そっか、第一地区となると本部ありがちかな」とはジリアンが言った。


 ――本部はディヴィエナにあるのか。南半球だったよな、確か。確かここも南半球…スピルウッドは北……何かある毎に季節をとっかえ引っかえにしそうなのも嫌だけど……本部は捨て難いな。


 少し考えてから、ほかに候補はないかと話してみた。

 ふと、思い出した。お母さんの出身がイーヴィストン州だった気がする。そこで惨殺事件が起こって今がある。だったらもしかしたら。ただ、そういった犯人についての報告が、本部でなら、どこからでも聞ける可能性がある。


「イーヴィストンもいいかなって思うんだけど」

「じゃあとりあえず、それでいいんじゃない?」


 と、後押ししてくれたのはジリアンだった。


 つまりこうだ。第一希望がスピルウッド州。第二希望がディヴィエナ州。第三希望がイーヴィストン州。

 さて、肝心なことをまだ決めていない。

 レケが聞いてきた。


「チーム名はどうする」

「どうしよっか」


 そこで、ジリアンが意味深な顔を少しした。それから言った。


「恵みの雨みたいな感じがいい」

「じゃあ、そもそもそれにする?」


 と、僕が言うと、ジリアン自身が「あ、いやあ」と否定した。


「あれだよね、恵むっていうのがどっちかっていうと自分を上に見てるというか。雨みたいなのをよくしたい……んだけど」

「……なるほどね。うん。何となく解る。じゃあ……うーん、森の中の…誰に取っても貴重な水みたいな」

「森……水、かぁ……」


 レケが、そう言うとあごに手をやった。

 僕も考える。


「湧き水……森の水……しんすい……危ない状況に助け船の水……月夜の水……月下の水……」

「あ、月が出てても夜って限んないよ、それにどっちの月なのってことに――」


 ジリアンに言われて思い出した。そうだ、礎球(そきゅう)にはメレナとニノクという二つの月がある。


「じゃあ……」と考えてみた。「いや待てよ、湧水(ゆうすい)……とかいいよな。まあどっちの月でもいいということにして、月夜湧水……四字熟語風に」

「あたしは、月下の水でもいい気がするー」

「じゃあそうしよっかー」


 甘々にそう言ってみてからピンと来た。


「そうか、月の光と水……それが同時にあるような感じ……! 深い森でさ迷うような人たちへの助け舟……いい気がするよ」

「ん、じゃあホントにそれにしよっか」


 ジリアンが書いた。第一希望スピルウッド州、第二希望ディヴィエナ州、第三希望イーヴィストン州の下のチーム欄に『月下の水』と。

 そう書いた紙を、渡してきた女性に提出してからは、受かった別の人たちが同じことをしていくのを眺めた。

 テーブルから離れて窓から外を眺めたりもした。外はもうだいぶ暗い。こんな世の中の誰かの光に自分たちがなるんだ――そう思った。

 全員のアンケートを付け取ると、女性は下の階へと向かった。

 それからまたニ十分くらいが過ぎた頃。さっきいた事務員っぽい女性が戻ってきて――言った。


「では皆様、順にお呼びしますので紙を受け取って部屋へ戻ってください、そして明日、荷物をまとめて受付へ――そこで、証明用の手帳とバッジを受け取って指示に従っていただくことになります。では……」


 と、何チームも呼ばれて、ついに自分たちの番。


「ディヴィエナに決まりました。スピルウッドは希望数も多く……少し残念かもしれませんが、頑張ってください」


 女性は胸の前でこぶしを握って、ファイト、というポーズをしてくれた。

 素直に嬉しくて笑みがこぼれる。


「ええ。ありがとうございます」

「では明日、荷物をまとめて受付へ」

「はい」


 そんなこんなで部屋へ戻っていく。

 道中ケナが僕ら四人に向けて言った。


「なれたね、ジオガードに」

「だね」僕が頷いた。「ついにジオガードだ、しかもB型免許の」

「やりましたね」とベレスが言うと。

「やりましたなぁ」とレケが口調を真似て笑いを起こした。


 歓談しながら部屋に入った。そして――ベッドに腰を下ろした時、ケータイの着信に気付いた。


「ん、なんだ? ダイアンさんからだ。なんでだろ。こっちから連絡入れるのに」


 掛け直してみる。


「もしもし?」

「あ、ああ、今大丈夫か、ユズト」


 今頃ダイアンさんの所は多分真っ昼間だ。こちらが昼になり掛けの時に掛けたら迷惑がらせちゃうなぁなんて思いながら、試験がまだ終わっていなさそうな時間にいったい何を言いたくて――もしくは聞きたくて――電話してきたんだろうとも思い、疑問が急に深さを増した。


「大丈夫だけど……」ただ、報告もしたくなった。「あ、そうだ、ジオガード、受かったよ! しかもB型免許」

「ああ、そうか……よかった……」

「……? なんか反応薄いけど」


 なぜか言い辛そうにした。それから少ししてから。


「いや、それがな。単刀直入に言うが……」


 何だか物々しい。え、なんだ……? と思っていると。


「レイシー・ピアーソンが脱走した」

「……? あ! あー、えっと、誰だっけそれ」

「姿の交換でドナを苦しめた女だよ」

「そうだ、あいつだ」


 ――え? そいつが脱走した……?


 道理で物々しいはずだ。

 そう解ったと同時に、これから起こりうる恐怖のせいか、少しだけ空気が冷たくなった。

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