031 運と実力
ジオガードというのは礎術を使う上で名誉のある職種でもある。その地位を得て人を守りたいと思っていた。ただ、ここへ来てあんな受験者と出会うとは。
あの小さな女の子が合格して犯罪者に殺される……そのイメージが頭から離れない。
――そんなことはあってはならないんだ!
そう思ってからすぐに、試験を邪魔するチャンスが来た。
皿を操る力で瞬間的にあのホース部分に入れ、礎力を通し難くした。そうしたら少しは外に透明に気化したように漏れた。自分で実験して、うまくいったからそれを彼らに……
ただ、バレてしまうとは思わなかった。ほかのチームと実力差があるかどうか、あの計測槽ではきっと判別つかないと思っていたのに。
バレてしまったらジオガードにはもうなれないかもしれない。
――不正……いや妨害?……の罪で、捕まるのか? 俺は捕まる?
一気に体が重く感じた。
ジオガードになれないなら、それはそれで似た仕事をやれればいい。もうそれでいい。
ただ、不安になった。もし捕まるとしたら……。以前、警察に協力した。犯人には睨まれていた。同じような場所には行きたくない。それに、逃げ切ってしまえば……もしくは捕まるとしてもそれまでに大きなことができれば……何を生業にするかにもよるが、箔が付く。裏社会に行ってでも人を守る、そんなことになってもそれは俺にとって生きたい範疇からあまり逸れていない。
……とにかく走りながら考え続けた。
――あの子はジオガードになるのか。止められなかった。くそっ。
逃げることに成功するために、試験場指定のジャージのポケットに潜ませていた小さなクジの箱を取り出した。
俺には二つの力がある。皿を操る礎術と、クジの箱に関する礎術。
――二つあるからこそ自信もあったのに。こうなるとは。くそっ。くそぉ……。
取り出したクジの箱に礎力を込め、想像する、巨大化した姿を。
するとクジの箱が大きくなる。その箱の穴を下にし、そこから手へと棒を出させた。棒の先には漢数字で八と書かれている。
――よしっ、八はデカいぞ。
気分が楽になるのを実感しながらただ走った。扉を開け非常口のような螺旋階段も駆け上がって上階の扉を開けた。ジムの端にまで到達。また走る。今度の行き先はジムの正面入口。
後ろで激しい音が聞こえたが、振り返りはしない。代わりにまたクジを引く。中の棒を、箱の穴を下にして手に出すと、出てきたのは……今度は三。思わず舌打ちした。
「もう一度!」
再度振ると九が出た。
俺は、走りながら笑みをこぼした。
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監督官の黒髪女性が階段を駆け上がっていく。それに私も続く。
螺旋階段の上の扉は開き切っていた。そこまで行くと、勢いを殺さずそのまま飛び出した。
そして、あの女性監督官を、床に倒れている状態で見付けた。なぜと思いつつ辺りを見た。近くの床には凹んだペットボトルが。それで滑ったように見えるけれどどうなのだろう。
――もしそうなら嫌過ぎる。
更に辺りを見た。より遠くを。ここから見て左奥に、正面入口に向かうあの男が見えた。
「うっ……いた……あ……っ」
倒れた時に頭でも打ったのか、黒髪女性が呻いた。
そんな彼女の手元に、琥珀製のような数枚の櫛と一枚の許可カードがただただあって――
「すみませんお借ります!」
ガシッと掴んで男を追う。
念じてリップスティックを捻り出そうとしたその時だ。
「上!」
黒髪女性の方から大声が届いた。
――上ッ? なんでッ?
思いながらもビクつきながら上を見た。そして瞬間的に、ジムの天井から照明が落ちてきたのだと察知した。もう目の前。人生を振り返ってしまいそうな瞬間に、強く念じた。硬化したリップスティックを無から呼び出し、頭上で巨大化。念動によって弾き返す――!
激しい音がした。そして照明が隣に落ちてまた激しい音を立てた。
ギリギリの出来事に驚きながらも前を見た。男を入口手前に発見。そこへ、弾いたリップスティックから蓋を取るように操作し、そのスティックの方を飛ばした。
更にそのスティックで男の手に触れた、そしてジャージの上着の中……腰辺りにも。
そこで更に、イメージと共に礎力を込めた。するとスティックから塗った所へと紫電が走り、男……ジークは、体を硬直させて倒れた。
ジークは、いったい何がと一瞬思ったことだろう、だけれど、しばらく経って立ち上がれると解るとすぐに走り出してしまう。再度放つ。と、またピンと体を張った。
男の目の前まで行くと、もう電流も使わない。
「逃げないでね。またお見舞いするよ」
そう言いつつ、彼の手元に転がる小さな六角形の木箱を見付けた。
恐らく彼の操作対象。
抵抗されても嫌なので破壊。スティックと床で激しく挟まれ、それはバラバラに砕けた。
「くそっ……くっ……くそぉぉっ……」
悔しがるくらいなら……と思ったけれど、言わなかった。
――思うところがあった。彼……ジークのしたことは、誰かを合格させないようにする行為。それがいいかもしれないと、うちのチームの全員が……ケナですら思ったことがあったのは確実だった。
そんな自分たちと彼がダブって見えた。
そこへ、外から誰かがやってきた。女性。青い制服を着ている。
後ろからも女性が。監督官の女性だ。
「捕まえたのね」
「ええ」
と、頷きながら彼女に許可カードを返すと。
「いやぁ、恥ずかしい所を見せちゃったね」
「彼の力のせいだと思いますよ、こんな偶然ありえない」
「そうね。それでも。はぁあ、もう……あんな滑り方……見た? 見てない?」
「見てないです」
「そう?」
――相当恥ずかしいみたいだなぁ。まだモゴモゴしてる。
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話し合い、共犯者もいないと解って、あとはどうするかという話も終わった。問題は彼自身。どうするかは彼次第でもある。
その彼が戻ってきた。
同行者には監督官として記録を取っていた黒髪女性と、ジリアン……だけでなく、警備員然とした人もいた。それも女性だ。
女性たちに突き出され、ジークとやらが僕らの前によろよろと進み出た。
「すみません……ただ俺は! そこの女の子を受からせたくなくて、守りたくてやっただけだ」
「その気持ちは嬉しいです。でもいい。しなくていい。僕たちが守りますから」
しっかりと言葉にした。あとは彼らのチームで話し合えればいい。
「だったら、何」
と、そう言ったのは警備員だった。その女性は進み出てジークさんに掴み掛かった。
「もしかしてって許可カードの棚を確認したら数が減ってた。このためだったなんて。だったら私を口説いたあんたの気持ちは何だったの? もしかして嘘なの? 嘘で私を口説いたの?」
なるほどそうかと思うのと同時に切ない気持ちになった。
赤い札――礎術が使えないようにと境界石で護られたこの土地で礎術を使うための許可カード――を、彼は警備室かどこかで入手したのか。邪魔を完璧にできるように。そのために人の心を……
――弄んだのか? どうなんだ? どうなんだよ。
「すまない」
ジークさんの言葉はそれだけ。ほかにも言いたそうにしているように見えなくもないが……
――それだけじゃ判らないだろ。今の気持ちにさせてすまないってだけにも聞こえる。
居ても立ってもいられなって、口を出そうと決めた。
「もうこっちのことはいい。それより『すまない』だけで済まさないでくださいよ。それこそ済むワケない。口説いた気持ちは本当なのかどうなのかハッキリしないと、あの人は気持ちが落ち着かないままなんですよ。あなたの真実で……本心で……先に進ませてやらないと可哀想でしょう。そこ、どうなんです? 本当の気持ちは?」
「俺は!」
ジークさんが叫んだ。
「俺はあの子なら……本気で口説けると思った。これは……これには、邪な気持ちもある。でも、気持ちがなきゃこんな相手に選んだりしない。自分の気持ちさえ利用した。好意的には見てるよ。でも……もう……こんなことをした俺は――」
やっぱりその気持ちがあるんじゃないか、と僕が思っていると、警備員の女性が――
「確かに――試験が決める彼らの運命を、あなたが決めるのは間違ってる、酷いことをしたよ。あんたはバカよ。でも……個人的なあたしへの気持ちは……それは……ありがたいと思ったわよ。だからもう……こんなことはしないで。というのはもう解ってるわよね?」
すると、ジークさんは何度も肯いた。何度も何度も。
「本当にすまない……!」
そしてジークさんは顔をうつむかせた。
しばらく間があった。この間は、ジークさんにとっても、こちらにとっても、必要な間に思えた。心を落ち着かせるために。話題を変えるためにも。
「あ、今結論出た? こんなことはもうしないってことでオッケー?」
黒髪の女性監督官が、ジークさんにそう問い掛けた。
「……ええ、もうしません」本当に決意が見えた気がした。
「そっか。ならいいわね」
「え?」
ジークさんがうつむきがちだったその顔を持ち上げてこちらをポカンと見ている。
そこへ、黒髪女性が言った。
「この件において、不正を行った彼のチームは不合格とします! あなたたちは、まだ受けたい気持ちがあるなら、六か月後の試験に臨むように。受付へ行ってこのことを報告、手続きを完了させてください」
「はい……!」
と、ジークさんの仲間の長髪が言った。――いい返事だ。
ジークさんは驚いているようだった。そしてその口から言葉が。
「あ、あの……妨害行為で逮捕は……?」
するとリミィさんが。
「もちろんあるよ。でもすぐ出れる。それにあなたたちなら大丈夫。さ、行って報告、あとは警察の動きを待って、事実を受け入れつつ先を見据えることね」
「は、はい……っ」
彼らは、その言葉を切っ掛けにこの計測槽の部屋を去った。そして黒髪女性の声が響いた。
「さて試験を続ける!」
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警備員のネノンについて行く形で、チーム四人で部屋を出た。なぜか気分が清々しい。そして申し訳なさもある。
――俺のせいだ。仲間はみんな、今の試験でどこかの足りない人員のための合格になってもよかったのに。そんな話は聞いたことがあったし。なのに…俺と一緒に出てきた。当然みたいに。
「お前ら。なんで」
その先は言葉にならなかった。代わりに、シバノに言われる。
「俺たちなら大丈夫だろ? 同じ間違いはもうしない、もししそうになったら言えよ、俺たち、何でも話し合おうぜ」
シバノはさっき、率先して監督官に返事をしていた。長い髪を振り乱して。
「あ、ああ……」としか俺が言えないでいると。
「運がよかったな。いい経験になった。だろ?」
シビルが、辛抱強く待ってくれると、言ってくれた。そういう意味に違いない。ありがたいという言葉しか思い浮かばない。
「次の僕らはもっと凄い」
「シャウキン……」
――そうだな……
そこでふと思い出した、試験の前に、運頼みをしていたことを。
――そうか。本当にそうかも。俺が操る木箱の運も、俺がこう誤るかもしれないことに、気付かせてくれたのか……
そんな気がしながら、四人で、たまに肩を組んだりしながら、受付へと歩いた。
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「それよりも。頭、大丈夫ですか?」
煽りに聞こえたがジリアンはそんなことを言わない。その声を聞いたリミィさんが黒髪の女性監督官に顔を向けた。
「何、コハク、頭打ったの? 切ったの? 大丈夫なの?」
コハクという名前らしい。いい名前だ。礎球は日本語で溢れているし、コハクというのも日本語由来なんだろう。ほかにもこんな人はいそうだ。
コハクさんは「ああいや」と言うと手をひらひらさせた。
「大丈夫、大したことじゃない」
「だとしても」
リミィさんは心配そうな顔のまま、コハクさんの頭のどこがそんな感じなのかと目で確認している。たまに手を添えそうになる。大丈夫かしら――と思っていそうだ。
「そうね、怪我をなかったことにできればいいんだけど、礎術で」
「あたし、できるよ」
コハクさんが言ったことで、ケナが手を挙げた。
驚かれた。そんな、嘘でしょ、という顔だ。コハクさんもリミィさんも。
コハクさんの頭部にケナが無から出した消しゴムを向け、数秒念じた――当然、近寄って許可カードに触れながら。その消しゴムがフッと消えて三秒ほどしてから、コハクさんの声が――
「あ、痛みが消えた。……ありがとね」
「えへ、いえいえ」
我らが癒しだ。二つの意味で。
結局それからの試験再開。リミィさんも心配なくなって自分の列の監督、記録係に戻った。それからコハクさんがバインダーを手に持ち、指を這わせて見ながら。
「ええとぉ……13の4の75!」
「準備はできてます」
当然やり直しからだろうと思っていた僕は既に台の前にいた。
「お、いいね。じゃあお願い」
こくりと肯く。そして礎力を込めた。込め続ける。すると計測槽に繋がるホースを伝い、槽の上からボトボトと薄青い液体が落ち、どんどん溜まっていった。
「えええッ?」
「ちょ、嘘、まだ増えてる!」
「どこまで行くん!」
「怖い怖い怖い! 割れたり溢れたりしないッ? しないよねッ?」
周りの見る目ががらりと変わったのが解ってから数秒後――制限時間の八秒が過ぎ、礎力の注入が止まる。
コハクさんだけは計測槽に近付き、端にある目盛りを凝視した。そして。
「ひゃ、百……八十一・二……」
コハクさんがペンを走らせ記録し、こちらを見た。
「あなたの身長、越えてるじゃない――なんて高さなのよ」
「はぁ……どうも」
少し照れはするが、今一どのくらい凄いのかが解らない。自分以前にこの方法で礎力を込めれた人がどれだけいたのか。……それに、こんな状況のためのこの大きさの計測槽だと思うんだけど……
「あ、次ベレス」
後ろに目を向けた時、ベレスが前に進み出てきた。
それぞれ礎力を八秒込めた。高さを順に計測。ベレスは七十三・二センチメートル、レケは百・四センチメートル、ケナは七十四・五センチメートル、ジリアンは百三十一・六センチメートルを記録。
「どういうことなの? 高過ぎる。これ、歴代一位並みのチーム平均記録になってるわよ、多分」
「そんなに」
――控えめに込めた方がよかったかな、どうなんだろう、失敗した?
そこで、急にまた迷彩ズボンの男性がこちらに来てコハクさんに何やら耳打ちした。
「いや、それでも……」
「まあ確かに……」
どうやら半分ほど納得できるようなやり取りでもしたらしい。僕には礎力が見える……ということと関係あるんだろうか。
飛行機の中でも似た状況があった。確か……航空礎術弾を撃つための装填時に少ない人数の礎力で足りた。そのことを耳打ちしたのかもしれない。
「まあいいわ。あなたたち凄いわね。じゃあひとまずは後ろに下がってて」
「あぁ、はい」
自分たちの後ろにいたチームも計測していく。大抵は十センチ以下だ。
――マジでやり過ぎたかも。でも手を抜くのもなぁ。実力をちゃんと知ってもらうっていうのは大事だよな。さっき失敗したと思ったけど、やっぱり全力はちゃんと示そう、うん。
考えを改めている時に全員の計測が終わったようだった。
記録をしていた監督官の全員がツツラさんの元へ向かった。
全員分の報告を聞いたからか、ツツラさんの声が響き始めた。
「では皆、注目! 次はこの部屋の上へ向かう! ついて来い!」
ついて行きながら、名残惜しむようにこの部屋を見渡した。
この部屋に入って一番左の……一番地区ディヴィエナ州からの者が並んだ計測槽の更に左の奥に、階段があるのが解った。ツツラさんはそこへと足を運ぶ。自分たちも。
そこも非常階段のような雰囲気だった。
扉を越え、上の部屋に出る。位置的に、ここはジムの裏側の建物の一階ということになる。
奥にも左右にも広い部屋だ。
どちらがジムがある方なんだろうと思いつつツツラさんについて行く。部屋に入って右手に歩き始め、壁に沿って左に曲がり、右手の窓の外を見やると、そちらにジムがあると解った。その壁の中央に両開きの扉がある。そこからジム一階の背の方に出ることができるんだろう。
その壁に背を向けて前を見ると、この部屋には七つのレーンのようなものがあると気付けた。
その手前に七つの台。横やそれぞれの間に、八枚のガラスによる隔たり。それぞれの奥の壁には黒いソファーの背もたれのようなものが隅から隅まで貼り付けられている。
台から壁までは二十メートルはありそうだ。
そして台の横には籠がある。試験に必要なものが入っているらしい。
「これより!」ツツラさんの声だ。「礎力弾及び礎術対象命中率検査を行う!」
――なるほど、ここは射撃場みたいなものか。
そのためのレーンであり長さということらしい。
ツツラさんの声は続いた。
「その前に一つ説明しておきたい、よく聞いてくれ。皆、知っているかもしれないが――対象として無から生み出せる礎術もこの世にはある。こんな神の所業のような技を、イメージの礎物化と言う、単に礎物化とも言う。『誰か一人だけでも礎物化を使えれば』という感じに使う言葉だ。その礎物化で生み出されるもののことを、現実にあり続ける物と対照的に見て、『礎物』と呼ぶことにしている」
それまでを言ってからツツラさんは一呼吸置いた。そしてまた口を開いた。
「『礎物』を扱える者はひとまずここにいろ。生み出せない者で現物を使いたい者は部屋へ取りに行ってくれ、今すぐに。だが、礎術自体が使えないという者もいるだろう、まあ安心しろ、今後、狙撃手袋で活動する予定の者もここにいていい。狙撃手袋もここにある。解ったな? 現物を使いたい者だけひとまず取ってこい、十分待つ」
何人かが、さっき見た両開きの扉からここを出た。そして方向を確認し、宿泊施設に戻っていく様も多少見えた。
「僕らは礎物を使うのでもいいよね」
「そうですね」
ベレスがそう言い、レケやジリアン、ケナも肯いた。
それにしても。礎物なんて言い方はここで初めて知った。そう話すと、ベレスも。
「ええ、私も初めて知りました」
するとジリアンも話し出した。
「私も。私、ある人の活躍した本なんかなら熱入れて読んだことがあるんだけど……それにも出てこなかったよ」
「へぇ~そんなに聞かないんだ? 知り合いにジオガードがいれば……まあ中々言わないことなのかな。あ、警察の隠語みたいなもんか、もしかして」
「なるほど、そうかもな」
レケも納得したみたいだ。ケナはというと、話を聞いているだけ――ふむふむと首を縦に動かしていたみたいだ。そんなものなんだねと思っているのかもしれない。
そして十分が経ち、ツツラさんの声が響いた。
「各レーンを使う者の足元……床に、黒い横ラインが入っている、そこより向こうには入るな、手も入れてはダメだぞ。台の上面の赤い部分に触れて、標的に向かって放て」
それぞれのレーンに監督官がついた。受験生も、一番地区のディヴィエナ州からの者は一番の台の前に。七番地区のスピルウッド州から来た自分たちは七番の台の前に。
台の横の何やらボタンを各監督官が押すと、レーンの奥の方で天井が割れた。やはり各レーン分、七か所。その開いた所から、機械音と共に、棒の先についた丸の的がそれぞれ下りてきた――ちょうど時計の針が途中停止することなく十五秒から三十秒の所まで移動したみたいな下り方で。
それをみんなが撃っていく。
撃った先の的を貫き壁に当たった操作対象は床のふかふかな部分に落ちた。そうなると、操作対象は撃った人の足元に急に現れた。壁は傷一つ付いていない。
なるほどと理解しつつ順番が来るのを待つ。
さっきの部屋よりは早く自分の番が来た。進み出る。
「どうぞ」
と、リミィさんが言った。彼女がこのレーンの監督官。
よし、と意気込む。
台の上面の赤い紙の部分に触れ、しっかりと前を見た。手を前に出し念じる。目の前に礎物としてビーズが現れる。ピンポン玉より少し小さいくらいのもの。一応黒にした、見やすいように。
そして、行け! と念じると。言った通りに命中させることはできた。そして壁に当たった礎物は消え、足元に現れもしなかった。
――やっぱりか。
あの黒いクッションみたいな壁は礎力が込められるのを止めてもいる。だから現物を操る人の操作対象も操作が停止して物理法則に従い地面へと落ちることになったんだろう。
さてこの狙撃の成績はどうなのか。リミィさんが、レーン前の脇に置かれていたらしき双眼鏡越しに的を見た。
「ちょうど真ん中だね、じゃあ次」
実際、黒いビーズは的をくり抜くように動いた。その削れ方が上下左右に均等だから真ん中だと言われたんだろう。自信は……まああった方ではあるが、確信に変わって思わず拳を握った。
ひとり一発。ということで後ろのベレスと代わった。
ベレスはまっすぐに伸ばした状態で結束バンドを飛ばし、真ん中を射抜いた。
ジリアンはリップスティックで――真ん中からほんの少し左にずれた所を射抜いた。ただ、ズレはほんの数ミリ。中心に当たってはいる。
ケナは消しゴムでど真ん中を射抜いた。長方形の穴ができたのに違いない、そういう白い消しゴムをいつも操っている。
レケは金具付きの絞り袋を飛ばし、中心の印を見事くり抜いた。
「全員が中心を」
そんな声が上がって思ったのは、『こんなゲームを訓練中ずっとしてたからなぁ』だった。
そんなこんなで受験生全員が撃ち終わったと報告されたツツラさんが。
「次は、壁に当たるまでの時間を測定し、操作速度を審査する!」
また並ぶ。七番地区のスピルウッド州からの一団は、さっきの的当てもそうだったが、やっぱりほかより時間が掛かりそうだ。
折り返して並ぶ列から監督官の動きが見えた。リミィさんが台の横のボタンを――さっきは『開』と書かれた白いボタンを押したんだろう、今回は『閉』を――押した。すると的が仕舞われた。そして天井も閉まった。
それからまず最初の人が撃った。その様子から、『ガラスの仕切りを固定している柱同士を繋ぐ床の黒ライン上を通った瞬間タイマーがスタートし、奥のふかふかそうな黒い壁に当たった瞬間ストップ機能が作動する』ということが解った。
そして頭上の黒い液晶プレートのようなものに、0.587sと表示された。恐らく現物の飛行時間。的当ての時、このプレートは単なる飾りにしか見えていなくて何の印象も持たなかったが、なるほど表示用だったらしい。
それをリミィさんが記録する。
その後リミィさんが台の横の『秒リセ』のボタンを押した。すると頭上のプレートの表示が消えた。
どうやら撃つ際に大事なのは、リセット後に、黒いラインより前に出ないようにすることらしい。あとはいかに落ち着いて撃つか。
自分の番までただ待った。そしてついに前の人の番。その人の記録が出た、0.513sとある。
その表示が消える。自分の番だ。心を落ち着かせる。
深呼吸する。そして。
何よりも速く。自分の過去最速を越えるのは当たり前。行けと強く念じた。すると。
「0.247……! 嘘でしょ……!」
とりあえずうまくやれた気がする。
壁が黒いから、さっきとは違って白いビーズを礎物化させて解りやすくして飛ばした。白いビーズは黒い壁に当たると消えた。やはりそういう代物。
「あんた凄いわね」
「どうも。うちのチーム凄いっすよ」
言ってからベレスと代わった。
驚きながらリミィさんが記録していく。
ベレスの結束バンドは、0.335sという記録を出し、壁に当たって消えた。
ジリアンの記録は、0.276s。
ケナの消しゴムは、0.312sの記録を見せ付けた。
レケがこのチームの締めくくりとして、0.298sを叩き出した。
こんな記録ばかりとなったからか、辺りの同志の声がざわざわと聞こえ始めた。
「だいたい0.4か0.5秒台なのに」
「いやいや、速さ重視じゃない人はもっと遅いから0.6だってザラにあるよ」
「そうだよな、普通そのくらいなのに。しかも全員がこれって」
「はっや」
「規格外……? なんてチームだ……!」
正直、自分のチームが凄いことは、計測槽の時から解っていた。だからそんなことより、自分も狙撃手袋を練習しておいた方がいいのかな、ということの方が気になっていた。そのことをチームで話すと――
「いつか狙撃訓練場でやってみるといいですよ、ジオガードになればそれも安くなるとか」
「へえ……便利」
「無駄な多様はダメですよ? 税で賄ってますから」
「ああ……そうなんだ」
「人を守るためのジオガードです、警察と同じく公務員のようなもので、緊急時に何かあった時国が払うことが多いんですよ、意識しておいた方がいいかもですね」
「なるほど確かに、その気持ちは大事にしたいね」
今できることは詳しく知っておくことだけか、と思い、どれだけ覚えているかをチェックした。
――狙撃手袋は確か、手のひらに丸い模様があって、そこに礎力を込めて弾を放つ……。込め方次第で大きくも小さくもなるんだよな、巧みに使われて苦労したなぁ……勢いというか強度や速度も調節できて貫通力に繋がる、そういうものだったはず。
よし、かなり把握できている……と実感してすぐ、全員がこの試験を終えたらしい。
「では皆! 注目!」ツツラさんの声だ。「これより試験結果発表のための場所へ移動する! ついて来い!」
これで全ての試験が終わったのか……と思いながらついて行く。
この部屋の出入口は三つ。正面の両開きと、自分たちが来た非常階段のような所の扉、そして脇に実は見えていた階段。それを上がって二階へ。
横に長いテーブルと椅子が大量にあるエリアに出た。その中央前方に監督官リーダーのツツラさんが立ち、こちらへ向かって声を届けた。
「ここで結果発表を行う! 結果が出るまでは皆どこで待機していても構わない! トイレ休憩や食事、自由に取るといい!」
少々くつろいだ。すると。
「試験結果を発表する! 妨害による不合格以外に、不合格が二チーム!」
それらのチームが言い渡されて、十人ほどが帰っていった。
それからまたツツラさんが。
「では皆よく聞いてくれ! 試験はこれで終わりではない! 実は、試験にはB型免許用というものがある! これを受けなければ、君らが取得するのはA型ジオガード免許だ! B型試験を受ける者はここに残れ! よく解らないという者のために説明する! A型免許のジオガードにできることは、使術動物・使術植物の最高難度以外の調査、処理と、殺人以外の犯罪者と分かっている対象の調査逮捕だ! それらにより地域の安全を守る! B型免許を持ったジオガードにできることは、全ての使術動物・使術植物の調査、処理と、犯罪者と分かっている対象全員の調査と逮捕だ!」
なるほど納得だ。基本的に、事件の調査は警察がするので、犯罪者だと判っていない相手に関してはジオガードには何もする権利がないのか。ただ、現行犯相手なら違うんだろう。そして判明しさえすれば、指名手配犯逮捕や警察への協力と一緒なので、依頼を受け積極的にそれをしてよい、というのがジオガードの一番の特徴かもしれない。もちろん使術動物・使術植物対策も重要だが。だから依頼を受け警察と協力する形から特殊部隊扱い……ということなのだろう。
ベレスに聞いてみた。
「ねえどうする? 僕は受けたい、レケも殺人犯を追ってそういう事件を減らしたいってことだったし」
「そうですね、受けましょう」
すんなり決まった。
そこでまたツツラさんが――腕時計を確認してから――呼び掛けた。
「B型試験を受ける者は一時間後にまたここに集合だ! 現物を使う者は対象を持ってきておくように!」
一旦解散。トイレや昼食を済ませたら今度は部屋へ。一直線にバッグへと向かい、ビーズの入った瓶をポケットに入れ、すぐに部屋を出た。現物があり礎物に頼ることが少なければ、礎力の消費を抑えられる、そのためにポケットに。
ケナも消しゴムを、ジリアンもリップスティックを、レケも絞り袋を携えて部屋を出た。ベレスの結束バンドは大量だ。
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ケータイはスルーされた。というより、ユズトのそれは枕の近くの棚の上にあり、ユズトの視界に入ってはいなかった。ユズトはユズトでB型免許用の試験が気になって仕方がない。こんなすれ違いも世にはあるというもの。
ケータイにもし心があれば、こんな風に思っているだろう。
――こっち見て! ほらこっち! 着信あるからお腹が光っ……あぁんまた今度なのね……早く戻ってきてよね……待ってるんだからね!
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また集合。そして結果発表場所を見渡した。
よく見ると、大量の長机の向こう、中央に、教壇みたいな白くて背の高い机があり、そこに灰色の四角い箱があることに気付いた。
このB型免許用試験を受けるチームはかなり多いようだ。フィンブリィさんもいる。地下で『ほにゃらら凄い』と言われていた人もいた。名前は忘れた。何だったか……
――ええと……ええっと、んー……あ、ゾーニャだ、ゾーニャ凄いって言われてたんだ、そうだそうだ。
そんな中、この部屋の中央前方に、ツツラさんと迷彩ズボンの人……ツァーレさんが。
まずツァーレさんが前に進み出た。
「ではみんな! まずは自己紹介から。俺はツァーレ・テイカン、鉄アレイを操れる! 俺はB型免許を持っているが、その試験に今回使うのはこれ、逮捕効率検査箱だ! アレストアビリティチェックボックス、通称、AACB!」
――逆に解りにくい。礎球には日本語が浸透してるんだからそっちでいいのに。
思いながら、灰色の箱をツァーレさんが手で示すのを見た。
そのテーブルの前、一番前の席……左右に、スーツ姿の人やリミィさん、コハクさんもいる。あ、金髪の人……えぇっと……ヒッツモーさんもいた。
ツァーレさんの声がまた響いた。
「では受ける者はゼッケン番号をまず控えてもらってくれ!」
二列で並ぶと、スーツ姿の人とヒッツモーさんが控えていった。そのあとツァーレさんが。
「州番号の一番から……且つ、若いチーム番号から行っていく! ではイチのイチのイチヨン番!」
七番の州で13番始まりの自分たちのチームはまだまだあとだ。




