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星のバラスト  作者: 弧川ふき@ひのかみゆみ


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31/114

030 本試験と不穏な影

 今日は朝に少しだけランニングをしようと思い、この専用施設を一旦出るべく歩いていた。ロビーを通り過ぎる時、早朝に到着したらしい新たな受験者をロビーに見た。彼らが体を休ませたら、明日、いよいよ本試験――そう思うとワクワクしてきた。

 外へ出て、この施設の前に噴水があると気付いた。

 噴水の中央には像がある。建物を背にした人の像には見えた。

 前の方に行って見てみた。

 綺麗な女性だ。女性が、古い時代によくある薄衣を着て手を目の前で屋根にして、遠くを見ている…そういう像。そのまま動き出すんじゃないかと思うほどリアルに感じた。

 その足元に、この像の銘らしきものがある。


「見渡す仙女の像」


 ものをよく見ろということだろうか。

 ここにあるのだからジオガードと関わっていそうだ。そしてそれが――この景色が――なぜだか、礎球(そきゅう)の根幹に関わっていそうな気がした。印象だけで感銘すら受けた。

 頑張ろう。そう思って走り出した。

 宿泊施設とジムの外側を何週も走った。喉が渇けば正面から施設内に戻り、好みのスポーツ飲料『スキットアクア』をコンビニで探した。あったので買った。それを飲み、走り、タオルで汗を拭いた。

 噴水の前に戻って像を眺めながら休んでいると、そこへジリアンが来た。


「ここにいたんだユズト。私はこれから走るけど」

「僕は終わり。口紅持ってる?」

「ああ、念のため」

「ならいい。気を付けてね」

「うん」


 きっとジリアンは大丈夫。操作対象の口紅を携帯してさえいれば、相手が誰であれ――


 ――もし何かあれば、問題は……うーん、相手がトラウマになるかどうか……なのかな。


 気絶。麻痺。激痛。どれであっても嫌だろう。ただの弱い静電気でさえ人は驚いて怖がる。

 ……さてと。

 心機一転、図書室に行った。今日は一日中勉強の日でもいい。昨日と今朝には体を動かした。あんまりやると明日に響く、そんな気がする。

 使術動物(ジオアニ)使術植物(ジオベジ)について知っておこうと思った。できるだけそれらの本を手に取りテーブルに着いた。

 何時間本を読んだだろう。もう昼時。そういう時に食堂へ向かう中、また新しい受験者の団体を見た。今度のはかなり多い。がやがやとした声も大きい。

 仲間がこんなに多くいる、と感じた。胸が熱くなる。自然と口角が上がった。

 昼食を済ませてすぐ、また本を読みに行こうと思った。

 向かおうとすると引き留められた。


「ユズト様」ベレスだ。「少しだけ格闘術をやりませんか」

「……解った」


 ベレスは僕に強くいてほしいんだろう、それに、自身の技術を衰えさせたくはないと思っていそうだ。

 少しだけ。

 そう思ってジムでベレスと格闘した。

 相変わらず僕が負ける。ベレスの護衛の経歴は半端なものじゃない。ただ、不意を突ければ何回かに一回は勝てるようになった。そういったことが次に活きてゆく。大事なのは『基礎』の上に『崩し』と『意外性』だとベレスは言った。積み重ねられているといいなと思う。

 ほどほどにして「もういいでしょ」と聞いてみた。


「朝も走ったし、僕は本を読んで礎球のことを知っておきたい、ベレスも好きにしたらいい、休む時間も持たないと」

「そうですね」


 というわけで僕は図書室へ。ベレスがどうするのかは聞かなかった。


 ……そんな日も過ぎ、翌朝。

 部屋でくつろいでいると、スピーカーから声が。恐らく全部屋への通達――


「諸君! ジャージとゼッケンをきちんと着用し、九時半までに、正面噴水前に集合! 繰り返す! ジャージとゼッケンを――」


 下着と手頃なシャツの上に、指定されたジャージとゼッケン。そして動きやすいようにスニーカー。ケナはいつものオレンジの靴。僕は茶色の革靴に見えるスニーカー。ジリアンは水色、レケは灰色、ベレスは黒のものを履いた。

 準備を終えて見やると、ケナがゼッケンと格闘していた。


「いやケナ、首出すトコから腕出てるんだよ、それ」

「あはは、ケナったらもう」


 ジリアンが手伝おうとしたが、近くにいたレケがうまく脱がし、調節した。やはりいいお兄ちゃんをしている。見ていて僕だけでなくベレスもジリアンもほっこりしたようだった。

 着替え終わったら早速向かった。

 施設と噴水両方の前に、滑車の付いた台が設けられている。その台よりも更に前に受験生が並んでいる。そこに加わった。

 台と噴水の間に監督官が数人。スーツの男性もいて、今はさすがにジャケットを脱いでいる。


 ――ここは暖か過ぎるからなぁ。


 台の上には女性が立っている。細身だがガッシリとした女性。髪は黒に近い赤紫。若く見えるが、目じりから察するにもっといっている。五十代くらいか。その手には拡声器。

 彼女は腕時計をチラチラとたまに確認した。時間が来たのか、今、拡声器を口の前へと掲げた。


「皆、よく集まった! 今日は天気もよく絶好の試験日よりだ! さて自己紹介しておこう! 私はツツラ・プエンタガイス! 現役のジオガードであり、今回の試験監督官のリーダーだ! さて! 本試験では身体能力や礎術の能力を審査する! 第一試験としては、手始めに、この施設の周りを十周してもらう! まず全員これ(・・)を受け取りに来てくれ! 十回センサーを通ったら音が鳴るリストバンドだ!」


 見え難かったが、ツツラさんの足元には籠があった。そこから取り出されたリストバンドを、前の方から渡されて受け取る。全ての列において「もう後ろに渡す必要はない」と最前の者に伝わると――


「では位置についてもらう! 正面玄関前からやや東に移動してくれ!」


 言われた通り位置に着く。すると、台から下りたツツラさんが噴水の横から拡声器で。


「リストバンドのスイッチ部分、赤のボタンを一度だけ押せ!」


 押す。するとまたツツラさんが。


「礎術は使うなよ! というかお前たちは使えんからな! では走れ!」


 あまりにも簡潔――などと感想を抱くことよりも走り出すことの方が早かった。


 ■■□□■■□□■■□□■■


「何か……面白い人が多い?」


 噴水の横に移動したのはツツラさんだけじゃない。走り出した候補者たちを見送る中、シウが言ったのを聞いて、俺は言い返した。


「確かにそうかもしれん……が、シウ、お前なら音で察せることがありそうだろ、聴いてみてくれよ、ここから」


 俺が最後の一言、二言を強調して言うと、シウは、茶髪を耳にしっかりと掛けるようにしながら『補聴オオカミミミ帽子』なるもの――通称『狼耳ニット帽(ウルフィヤ・ビニ)』をかぶった。それから垂れ下がるイヤホンを耳にはめ、涼やかな薄手のジャケットの胸ポケットから許可カードを取り出し持っていることをこちらに示したあとで、耳に手を添え発動したようだった。


「……優秀な人が多そう、結構速い人、多いと思う」

「ほぉう? 足も期待できる、か」


 ――やはり今年は面白い。特に、スピルウッドからの志願者は多かったしな……


 許可カードをもしシウが持っていなければ貸そうとした。必要なかった。それを迷彩ズボンのポケットにしまった。


 ■■□□■■□□■■□□■■


 シウが礎術で耳を澄まし、それをやめたのとすれ違いに、ユズトの部屋である音が鳴り響いた。ユズトのケータイのコール音だ。

 だが、この時、誰もこのことに気付かなかった。


 ■■□□■■□□■■□□■■


 これは競争じゃない。みんなが仲間だからだ。これは自分との戦い。

 意識はこの世で起こっている様々な事件の被害者のことへと集中した。そんな人らをどうにか救いたい、だから頑張るんだ、と――この初心を忘れない、と。

 だから走る。

 ほかの誰かを意識などしない。周りなどどうでもいい。

 未来のために。

 捕まえたい人もいる。過去のために。

 施設の角に、監督官が立っていたり座っていたりすることがあった。彼らは気になった候補者のことを何やらメモしていた。たまに「ここは左に曲がれよ」と言わんばかりに――中には言う者もいたが――行き先を指差したりもした。それを見て「あ、ヒッツモーさんだ」と思うことはあったが、それ以外何も思わなかった。走ることだけに集中。ただただ無心。

 施設のホテル部分とジムの間を曲がりくねり、東側の棟から中庭を通り、西側を回り、正面に戻る。何度も繰り返す。仲間のことすら思案の外に追いやった。どこかでこけているかもしれない……追い付けないと苦しんでいるかもしれない……不調かもしれない……とは考えても、心配しなかった。これは身体能力を視られる試験。もしものことがあったら守り合うのは当たり前。大事なのはそれをするための底力。今は純粋にそれだけを見せる時。ケナが苦しむならその姿は監督官の目に映らなければならない、そう感じた。

 ただ、感じることを信じ、思考は一点に集中し、走り続けた。

 ある時。


「イチサンヨンナナゴ! こちらへ!」


 言われてから気付いた――リストバンドの機械部分が音を出していることに。


 ピピピピッ――ピピピピッ――


 ゼッケンの番号を呼ばれたので、その声を発したであろう男性の方へと向かった。


「よくやった。速さは二十位くらいだ、かなり速い方だ、休んでよし、リストバンドはこちらへ」

「はい」


 外して手渡し、息を整えながら噴水脇に退()く。なぜかあまり息苦しくない。ゾーンに入っていた気さえする。不思議な気分だ。


「イチゼロイチロクヨン! こちらへ!」


 どの監督官も、同じように呼び掛けているらしい。そして受け取ったリストバンドの機械部分にある画面に電子的に表示されたタイムをメモし、何らかのボタンを最後に押すことで初期状態にでもしているようだった。

 そんな中、休み始めた。その場所に歩いてくる音がした。見やる。ベレスだ。


「お疲れ様です。私たちは成績上位かもしれませんね」

「だと嬉しいね。ケナはどうなんだろ」

「まだまだ掛かりそうです」


 ちょうど通り掛かった。


「ケナ! 自分との戦いだ! 周りじゃなく自分だ! いいな!」


 こちらの声に、ケナがこくりと頷いた。そしてもう前しか見ていない。


 ――いいぞ、みんなに見せてやれ、この歳ではこんなに凄いんだって、見せてやれ。


 それから少しあとにレケがゴールした。


「礎術が使えればもっと速いんだがな」

「……あるねえ、気持ちが。だからレケは最高なんだよ。凄いねホント」

「そうか?」

「そうだよ」


 その更に少しあとにジリアンがゴールするのを見た。

 この第一試験にて、最後のゴール到達者は、ケナだった。


「いいぞぉよくやった!」

「凄いぞ!」


 まばらにだが、歓声と拍手が巻き起こった。どんなに遅く見えても、十分速かったからだ。

 さて。みんなをまた集合させて、ツツラさんが声を。


「皆よく聞け! これより第二試験の場所へ向かう! ついて来い!」


 向かった先はジムだった。その奥。


「これよりボルダリングテストを行う! 礎術の対象を失った場合に駆け上がる力を問う! 登ったら目の前にあるスイッチを押せ! 番号を呼ばれたら前へ!」


 州番号の一番から呼ばれていった。

 ベレス、レケ、ジリアンの三人が別の二人と駆け上がったあとで自分の番が来た。

 自分とケナとほか三人がスタート位置に並ぶ。


「では用意!……スタート!」


 合図と共に、ツツラさんが、親指で押すスイッチを押した。そのコードの先の掲示板のようになったタイマーが五個分、一斉に動き出す。

 誰よりも速く駆け登ろうと走り出した。その先ですべきことをしなければ誰がどうなるか――そんな切ない思いを込め、やり切るんだと奮起しながら。

 右手を掛け左手を掛け、登る。ただ登る。

 バンッ――とスイッチを押した時、自分が誰よりも高い位置にいるのが解った。数秒後、隣からも、バンと音が。

 そこにいたのはケナだった。

 それからほか三人が登り切って、タイムをメモされてから。


「じゃあ下りて」


 指示されて下りた先で、声が掛かった。


「や。めちゃくちゃ速いな。凄かったよ」

「あ、はあ」


 ――どこかで見たことが。誰だっけ。


「一番速いのはあの金髪だよな、アイツすげえよな」

「ですねえ」


 最初の方で凄い記録を出した金髪の男性がいた。それを誰も塗り替えられていない。

 ところでこの話題を振ってきたこの男性、本当に誰だったか。と、思ってから思い出した。


「ああ! 大会の!」

「おう、というか今思い出したのかよ」

「はは、いやぁ――」

「ああ、いい、いい、ごめんな。随分前だしちょこっと接点があっただけだろ、そんなもんだよな。俺もちょっと責めるみたいに言っちゃったか? だったらすまん」

「いえ」

「イルーク・カカテシエだ。久しぶりだな。今日は監督官だぜ。聞いたよヒッツモーから。やっぱりお前だったんだな。昨日今日でそんなに会わなかったし今日中々気付かれなかったから……話す機会もないのかと思ったが」

「いやぁ、でも話せた。これも何かの縁ですね、あの時の人とまた会うなんて」


 そう言ってから、ふふと笑みがこぼれた。

 受験生にもそういう人がいると教えたくなった。だから声に。


「そういえば! ええと……えっと……フィンブリィさんもいるんですよ! 受けに来てるんです、あの大会でフリスビーを使ってた」

「おお、あの。そうかぁ……今年はホント面白いな。お前らには期待してるよ、頑張れよ」

「はい!」


 いい話ができた。期待もされている。うまくやっていけるかもしれない。そんな実感が胸に満ちた。

 全員がこのテストを終えると、ツツラさんが声を張り上げた。


「では皆、注目! 次の場所に移動する! ついて来い!」


 ■■□□■■□□■■□□■■


 ――あの子の記録、意外にもいい。いやあの年齢にしては良過ぎる。


 監督官の話を盗み聞いた限りではこの先の試験で受かり切ってしまう可能性がある。


 ――ふざけるな。あの子に危険なことさせるというのか……? 俺がさせない! そんなこと!


 ■■□□■■□□■■□□■■


 ボルダリングエリアと壁との間に関係者のみが通りそうなドアがあった。そこを通って行った先は非常口のような螺旋階段。それを下りた所で開かれたドアを越えた先に――ジムの真下に――コンクリートむき出しの広い空間があった。柱が幾つもあり、アーチもあり、上をしっかりと支えている。


「注目!……ここでは垂直跳びとその際の手の動きにより、跳躍力と到達点の高さを示してもらう! では天井から下がった看板を見て指定の場所に向かえ! そこで順番を待て!」


 七か所に機材が置かれている。7番スピルウッドと書かれた白いプラスチック製のような板を見て、そこへ向かった。

 奥から1、2、3、4と、縦長のこの部屋に縦に並び、4の隣が5で、折り返すように6、7と奥に向かって並んでいるため、2の隣が7だった。

 自分の番になるまでの間に、周りを観察。

 髪の長い人はジャンプの際の髪の動きのせいかかなり目立った。1番のディヴィエナ州から来たチームの一人もそうで、綺麗な茶髪がふわりと動いた。

 ジリアンの場合はそんな感じに白く輝く銀髪が揺れるんだろう。

 意識したからか、1番の方からの声がよく聞こえた。


「ゾーニャ凄い!」

「えへへ」


 綺麗な女性のジャンプ力がかなり高かったのか。

 それから自分たちの番が回ってきた。

 まずはベレス。

 ベレスが腰に装着したベルト型の装置のスイッチを金髪の三十代くらいの女性監督官が押し、彼女は更に許可カードを手にしてそこに礎力を込めた。指にはめる装置もあり、それをベレスが着けると、その監督官は、まずベレスに「その状態で地面を触って」と言い、触ったベレスの指先の装置にあるスイッチを押し、そこにも礎力を込めた。


「どうぞ?」


 言われてからベレスが跳んだ。


「お、凄い」


 と、女性監督官が言った。かなりいい記録が出たようだ。

 そんな風にレケもジリアンも跳んだ。ジリアンの髪は静かに揺れ、ほぼ想像通りとなった。

 レケもジリアンも高く跳んだ。どちらかと言えばレケの方が高く跳んだかもしれない。

 そして僕の番。

 深く沈み、勢いを殺さないようにしながら跳躍。思い切り手を伸ばした。


「ぅああぁ、もうちょいいけたかなあ……」

「じゃあ見せて」


 それぞれの装置には表示画面が二つあって、どこかを0とした時の現在の高さと最高到達点の高さが表示されるらしい。


 ――なるほどこうなってたのか。


 それを監督官が見て記録していく――バインダーを腕に載せ、その上の紙にすらすらと。

 ケナも中々ジャンプ力があった。手が届く高さに関しては、もう、しょうがない。

 この担当場所の分を測り終えた金髪の女性監督官は、ツツラさんの所に行くと、終わったことの報告をしたようだった、そしてその近くにある籠にバインダーを置いた。

 七人の監督官からの報告を聞いたツツラさんは――


「では皆、注目! こちらについて来て四列に並べ!」


 この部屋に来たドアから数メートル横に、両開きのドアがあった。そこから別の部屋へ行くツツラさんにまずついて行く。すると。


「ここには四つの礎力計測槽(そりょくけいそくそう)が置かれている! これにより、礎力を溜めた高さ(・・)を測る! チームで固まって指示された通りに並べ!」


 目を向けると、四つの大きな水槽みたいなものの角に縦に並んだ目盛りがあるのが解った。

 それぞれの計測槽とやらの前には台がある。そこから直方形の槽へとホースらしきものが繋がっている。上から液状になった礎力を流して溜めるのだろう。そのための装置が台にはありそうだ。

 それら台の前に監督官がそれぞれ付いた。

 監督官たちが言う。


「1番地区、ディヴィエナからの者はこちらへ!」

「2番、ウィローフィアからの者はここだ! ウィローフィアから来た者はここ!」

「3番、セントリバーからの――」


 と、4番地区のフラウヴァ州現地からの者までが別々の台の前に集まると、残り三州に関しては合計を四分割されその後ろに集められた。そうして今、僕らはフラウヴァ州現地からの受験組の後方にいる。

 後ろの方だけど順番に響くかなぁと思っていると、ツツラさんからの声が届いた。


「普通は目に見えない礎力だが、この装置を通せば薄く青い液体となり測ることができる! 制限時間は八秒! そのうちにどれだけ込められるかを見るテストだ! 頑張って己の力を存分に示せ!」


 前の方の数人がやる様子から察するに、平均的には計測槽の中に五センチメートルは溜まるらしい。

 自分たちは無駄なく礎力を込める練習をしているから、その五倍以上はいけそうだが、さてどうなるか。

 ……かなり時間が経ってから自分たちの番に。

 チームで一番前にいたから台の前へと足を進めた。

 黒髪の二十代くらいの女性監督官がこの列の者に指示を出していたようで、彼女が言う。


「じゃあ、台の赤い紙の部分に触れて、そのまま丸いマークの中心…バツ印の所に礎力を込めてね」


 台の中央に、半径が手のひらの半分ほどの丸のマークがある。金属のパーツで作られた丸だ。その中心にバツ印が刻み込まれている。その丸の手前に四角い穴があって、その穴から赤い紙が覗いて見える。


 ――あ、これ! もしかして許可カード……だから込められるのか。


「どうぞ? 説明は解ったわよね?」

「あ、はい」


 込めてみる。最初の数秒で全くホースから薄青い液体なんぞ出てこなかった。


 ――どういうことだよ。おかしい。そんなワケない!


 限界など気にせず礎力を込めてみる。異常なことが起こるかもしれないと思いながらも、そんなことなど構わずに。それでも少ししか出なかった。

 八秒間込め続けると、強制的に受け付けなくなるらしい。薄青い液体が礎力の証として出る間、妙な――じゅじゅじゅ――という音が出ていたが、それもぴたりと止まった。


「三センチ……か」

「おかしいです、邪魔されてました」

「邪魔?」


 監督官が聞き返してきたところへ、済ませた人からの声が聞えてきた。


「おい、言い訳やめろよ、みんな結果を受け入れてるんだぞ」

「受け入れられないから言ってるんですよ、本当に邪魔されてたんです」

「何だそれ。じゃあ誰がそんなことするんだ」

「それは……」


 ――僕が言っても信用されないのか? 誰がやったかを証明しないといけない?


 信じてもらえる方法を考えたが、うまい考えが思い付かない。


 ――待てよ、装置の赤い紙は実質許可カードだ。自分の力を示せば……


「試してもいいですか?」


 そう言ったのはベレスだった。ベレスが言ったのは計測のことだったらしい、監督官が肯いて、そのあとでベレスが礎力を込めた。礎力が薄青い液体となり、槽に溜まる。

 結果……溜まった高さは二・九センチメートル。

 あれだけ礎力の込め方を頑張った自分たちの場合、こうなるのは絶対におかしい、少ないなんて言葉では済まないレベルだ。


「おかしいですね、出方も細々としていて前方にいた方と違うと思いますし……」

「お前たちが下手なんだろ」

「そんなワケない」


 僕がそう言ったあとで、ベレスが声を荒らげた。


「一応色んな人のお墨付きなんですよ、特に彼は大会の優勝者でもある! それから修行もした。こんな結果が許される人だと思いますか?」


 笑って問い掛けても圧がある。そんなベレスの声を受けて、次に声を上げたのは監督官だった。


「なるほど。とりあえず二人共……力の証明をしてもらいましょうか、言葉だけでは――と皆思うでしょうから。嘘じゃないようなら、邪魔した人を特定する。嘘なら不合格にするよ」

「解ってますよ。で、じゃあ今やっても?」

「どうぞ」


 ――ふざけやがって。邪魔したやつ、見てろよ。


 台にある小さな四角い穴に手を這わせ、赤い紙に触れた。そして念じる。

 自分の前に赤いビーズを無から生み出し、巨大化した状態で維持――それによる赤いタワーを一つ作ると、今度は青いビーズを生み出し、その隣に青いタワーを一つ作った。その隣に黄色のタワーも。更にその横には緑のタワー。更に横にオレンジのタワー。更に……


「や、もういいよ」


 監督官に言われて、ビーズのタワーが並んだことでできた壁を消した。

 ただ、監督官だけが納得しても――仲間に受け入れられて受かりたい――という感もあり、言葉を添えたくなった。


「今の――全部が、無から出現させたビーズです」

「え、全部が? ホントに?」誰かが言った。

「元は凄く小さい。それをタイヤみたいにした上でタワーになるよう重ねてあの数で維持……それぞれ個別に特殊な効果も発揮できる」

「ま、まじで言ってるのかよそれ。だとしたら――」


 どうやらどれほどの能力があるかは伝わったらしい。ベレスから優勝の話を聞いても、よく知らない人には響きもしなかったんだろう。スピルウッドから来た人は、それを知ってはいても、あれから成長しているかどうかを気にしたのかもしれないが……ほぼ全員納得いったようだ。

 ふう、と息をついたその時だ。


「どうかしたのか」


 自分の列の監督官の所へ、迷彩柄のズボンのあの男性が来てそう言った。


「実は――」

「……なるほど。だったらちょっと待っててくれ」


 迷彩ズボンの男性が二番目の列の方に行った。彼がそこの監督官に呼び掛けたらしく、そのあと二人してこちらへ歩いてきた。

 来させた男性自身は自分の列の監督官の仕事に戻ったが、歩いてきた金髪の女性監督官は、この列の黒髪の女性監督官の所まで近付いた。

 さっき自分たちのジャンプを視た人だった。金髪女性が言う。


「私はリミィ・アーガ―、『星見る仙女』っていうチームでやってます――っていうのはさて置き。私の力は事実かどうかを見抜ける。あまり知られたくないんだけど……しょうがないから私の礎術で事実を暴くからね」

「私は力を示さなくても?」


 ベレスがそう言った。確かに二人共示せという風に言われていた。


「あぁ……じゃあ一応見せて。その方がみんなが納得する」


 リミィさんに言われて、ベレスが大量の結束バンドで僕をミイラみたいにすると。


「ああ、解った解った。もういい。じゃ、私が判定……の前に説明するね」


 リミィさんがベレスを制して、それからまた。


「私は元々試験管を操る礎術師。この中に――」


 と言うとその手に試験管を出現させた。


 ――無からの……念じていなければ存在が許されない礎術特有のものか。


「嘘を書いた紙を入れたら赤く染まる――そういう不思議な水を生み出すことができるの。試しに今メモ紙に……書いてみるけど」


 彼女は胸元からメモ帳とペンを取り出した。

 それに何やら書いていく間、どうも維持に集中していないように見える。


 ――リミィさんの込めていく礎力が見えないし……これはきっとアレだ、手に呼び出す系の瞬間発動の派生技を使ったんだな、さっきのは。アレ実物か。


「今この紙に『ツァーレは黒髪』って書いた。あ、ツァーレっていうのはあっちの列の監督官ね、迷彩柄のズボンの人――あの人は金髪でしょ? だからこれを入れると……」


 言われている間に確認してみた。迷彩ズボンのツァーレさんは、確かに金髪だ――濃い色も交じったナチュラルな感じの。

 だったら水が赤く染まるんだろうと期待しつつ見やる。と――


「ね?」


 と、リミィさんが、前方に、控え目に掲げてから言った。

 その手にある試験管はそこまで大きくなく、その半分ほどの体積の水が溜まっていた。そこにとても小さなメモ紙が入ったあとで、赤い液体へと変化したというワケだった。


「ツァーレは今、迷彩柄のズボンを穿いている――と書いても、この通り」


 リミィさんがそう言って、もう一枚分実演。試験管の中の水は入れ替わり透明になって、それから試され、そしてずっと透明なまま。

 これで『リミィさんが虚実を判定できる』ということは証明された。もしこれこそ本当じゃなかったら――だなんて、そこまで手の込んだことをしないだろうとは思ったが、これが本当の試験かもとも思った。が、そんな態度にはどうも見えない、きっと本当に事件対処をしている。そう信じた。


「さて」リミィさんが皆に聞こえるように声のトーンを上げた。「この列に計測の邪魔をした者がいる……という内容を紙に書いた。それを入れる」


 試験管の中にみんなの視線が集まったことだろう、僕は試験管を見ていたからきっとそうだろうと思っただけだが――

 その試験管の中が、無色透明なままだ。つまり――


「間違いなく、いるってことだね」


 リミィさんが真剣な顔をしてそう言うと辺りがざわついた。

 ふと思った。彼女の力はとても貴重なんじゃないかと。

 確かドナの礎術も貴重。ダイアンさんがドナを護衛させるのは、今は地位も関係してはいるが、元はドナがそんな貴重な礎術に目覚めたからだ。テレパシーの礎術を付与したのは、まあ、昔からの親心からではあるんだろうけど……同じくらいリミィさんの礎術も貴重なのでは。


 ――ここに来るほどの正義感を信じている? だから説明したのかな、そうなのかも……僕のチームには小さい女の子がいるからこその事だと……もしかしたらそういう事だよな……


 自分の中で納得していると、またリミィさんが。


「それは男だ」


 そう書いた紙がその試験管に入った。そして紙が赤く……ならない。つまり犯人は本当に男。

 どの男なのかと、互いに目をやる。

 その間もリミィさんが判定していく。とにかく並んだ順で進んでいる。幾つかのチームの判定は済ませたが……


「あの」と話し掛けてみた。

「何?」

「実は気になることが。僕の前にいたチームの人が順番にこだわっていたんです」


 集まった人たちで並び直す時、自分は自分でチームの先頭にいた。だからか前のチームの様子はよく見えていた。記憶も鮮明。情報に誤りはないはずだと思いながら――思い出しながら――教えていった。


「その人は前の方がいいってずっと言ってて、前を譲ってもらってました。こうなったからには何かあるんじゃないかと」


 こちらの言葉を聞くと、リミィさんは、黒髪女性の監督官が手に持っているバインダーの紙へとすぐに目を落とした。志願者たちの計測記録を()じているのがそのバインダーだった。この列を見ているのが黒髪女性の監督官だから、こちらが見たがっていると解ると、黒髪女性もバインダーをこちらに向けて見えるようにした。

 その紙に僕も目をやる。


「前のチームは……」


 リミィさんがそう言いながらメモに書き、試験管に投入。すると水は赤くなった。


「何て書いたんです?」

「いないって書いた。変に予感がしたし、見てすぐに解りたかったから」

「じゃあそのチームが……」


 僕がそう言うとリミィさんがこちらにこくりと頷いてから、声を張り上げた。


「16の1の44のチーム! こちらへ!」


 そのチームが僕らの前へと……意外にも素直にやってきた。

 ――どういうことだ。もしかして彼らではない?

 そのうち一人の男性が口を開いた。


「本当に俺たちの中に?」

 するともう一人の男性も。「僕は違う」


 彼らは四人。さっきの二人とは違う男性――長い黒髪の男性が、ここへ来てから初めて口を動かした。


「ジーク、前がいいって言ってたのと関係あるのか?」


 その長髪男性は表情からして怒っているように見えた。ただ真剣な眼差しを向けただけとも取れる。

 そして次の瞬間ジークとやらはここへの入口へと走り出した。


「3番が逃げた!」


 リミィさんがそう叫んだ。同時に試験管を飛ばしたが、男はかなりギリギリで避けてしまった。

 3番が――つまり16の3の44が――という叫び方だったのは、話を聞いていない者にも『誰が逃げたか』が判るようにしたんだろう。受験生のうち別の誰かが追っても判るように、という意味もありそうだ。

 そんな感想も一瞬。

 まあそんなことよりも……と思うよりもちょっと前くらいに、この列の監督官、二十代くらいの黒髪女性が、バインダーを投げ出して走り出した。

 直後、ジリアンが僕の方を見た。そして追い掛けたがっているように見えた――僕に、行かないのかと、目で問い掛けているようにも。

 だから指で示しながら、言葉にする。


「念のため追って」


 ジリアンも走り出した。

 僕は行かなかった。そして言葉にすべきだと思った。


「グルではないですよね? 計画はしたけど……とかもナシですよ」


 残りの三人への問い掛け。周りの視線が彼らに注がれる。


「まさかそんな。違う」


 と、三人は逃げないでいる。逃げる素振りを見せてはいないが……


「一応リミィさん」

「解ってる今書いてる」


 少しシュールだなと思いながら待った。手を机にしてメモ紙にリミィさんが書いていく。ちょうど『この中にいない』という文だけは見えた。

 本当に協力していないのなら、『この中に共犯者はいない』とでも書いた紙は、真実を示すため透明なままになるはずだ。

 リミィさんが投入後、見やる。

 水は赤くならない。本当に無関係だったらしい。


「共犯者はいないようね、あのジークっていう三番の人だけ」とリミィさんが。

「すみません、確実なものにしたくて」


 僕がそう言うと、彼らのうち最初に口を開いた短髪の男性が、申し訳なさそうにした。


「いや、いいよ。あいつのせいで悪かったな」


 辛そうな表情だ。折角ここまで来たのに――受かると思っていただろうに――同じことが自分の身に起これば、同じように悲しくなりそうだ。果ては説得までしたくなる。


「いや……僕たちはいいんですけど……それで、あなたたちは、その……どうするんですか? これから」


 答えは、横から、リミィさんの声として返ってきた。


「六か月後にまた試験があるからそれにまた彼も含めてその時は邪魔することもなく受かるか、彼をチームから抜けさせて今回三人だけ受かって人数が足りなくなったチームと組んで新しいチームを作るか……の二択よ」

「俺は……俺たちは……」


 長髪の男性が言い難そうにした。

 信じてきたのにという想いもあるんだろう。難しい問題だ。

 複雑な表情を浮かべた長髪男性の横にいた短髪の男性……悪かったなと言った人が、意を決した表情を見せると、こちらに――特にリミィさんに声を聞かせた。


「六か月後に。どうにかします。できると信じていますし。うちもこのままでいいです。でも、今回ホントすみませんっした」


 一人が頭を下げると、ほか二人も頭を下げた。


 ――あとは、追った二人が捕まえられるかどうかだな。逃げ切ってしまったら彼らはあの三番の人を探すことからやり直すことになるのか? 信じて六か月後にって言ってたし、説得する気ならそういうことだよな……


 正直、もやもやとした気持ちが胸にある。

 彼らはきちんと話し合わなきゃならない。そのためにも、監督官かジリアンには、もしくは両方が協力でもして――あの人を捕まえてくれたらと、切に願う。

 ただ、その願いが叶わないことはない気がした。


 ――あと謎なのは、どうして邪魔ができたのか、ってことだな……


 許可カードを持っていたということにはなる。きっとそうだ。じゃあどうして持っていたのか。

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