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003 箱

 礎術(そじゅつ)の練習をよくするようになった次の日の帰り道。

 自転車を押しながら、あの公園――鳶木とびき公園――の芝生の横の道を歩く際、声がした。


「ユズト君」


 僕がビクッとしたあとすぐ、木の陰にでも隠れていたのであろうその人物が、サッと僕の前に出てきた。

 ダイアンさんだ。


「びっくりしたというか不安になったというか。隠れてなくていいし。前にベンチあるし。ちょっと高い声だったし」

「コソコソしようとしたらどうしても声が」

「え? コソコソする必要あったの? 今」

「……あれ? そういえばないね」


 ――うーん、まあ愛嬌があるというか何というか。今日はちょっと砕けた話し方ができて嬉しくはあるな。


「ところで何? 昨日言ってたグッズ?」

「ああ、そうそう、これ」


 と、手渡されたのは白い箱だった。本当に全体が白。淡い灰色の線で模様が描かれているだけの。

 取っ手が上にあるから、そこを持って運ぶんだろう。

 側面には扉のような絵が描かれている。その上に五つの丸。うち一つは丸が……


 ――これ何重丸になってるんだ?

 数えてみたら、八重丸になってる。なんだこれ。


「とりあえずそれ、部屋で使ってくださいね、誰にも見付かっちゃだめですよ」


 ――あ、敬語に戻っちゃった。まあいいけど。


「これ何なの、この丸」

「ああ、その塗られているみたいな丸は、誰かが一度、中の時間で四十九日分使った、という印です」

「ふうん。あ、とりあえずベンチに座って話そう」

「そうだね」


 ――お、また敬語じゃなくなった。


 そんなこんなでベンチに隣同士に座ると、それからダイアンさんが。


「これはトレーニングボックスというもので――これはね、本来は五人分使えるんだ。中に今は四人入れる。一人はもう限界まで使っちゃったということだな。箱自体が感知してる。礎力(そりょく)で人それぞれを認識してるんだろう」

「へえ……ちょっと待って。まず、これは入って使うもので、念じれば入れる?」

「そう、その扉に、念じて触れればね」

「なるほど。ふむ。で、さっき『中の時間で』って言ってたよね? じゃあ時間が……その……」

「外と中で違うね」

「あ、やっぱりそうなんだ」

「うん。外の一時間が中で一週間」

「へえ、一週間」

「だからたとえば、夜に外の一時間だけ使う――というのを続けると、外の一週間で中では四十九日過ごせる」

「そっか、それで。意外と計算しやすくて解りやすいな」


 ――ふぅん。じゃあトレーニンググッズって言えたのはこの性質のせいでってことか。てっきりダンベルとかバランスボール的なヤツかと。


 と、納得していると、ダイアンさんが。


「これ……横三十センチ、奥行き三十センチ、高さ二十センチなんだけどね、中はそれぞれ六百倍もの長さになる。だから結構な広さで、かなり自由に力を使えるんだよ」


 ――へえぇ。


 計算して確かめた。ゼロをずらして三に六十を掛けてメートルに。


 ――え、中では一辺百八十メートル? 広っ。


「中にはトイレも風呂もベッドも完備で、食材も器具も、服も靴も、一日経つと洗浄されて所定の位置に戻るし、減ったものは補充されるようになってる。増えたものも溶けて消えるだけ、そして箱の一部になる。食材は礎球(そきゅう)のものだけど、地球のものとそう違わないから、まあ頑張ってみるといい」

「はぁ……」

「じゃあ使い方も解ったと思うから、私はこれで」

「あ、はい、ありがとうございました……というか、ありがたいのはコースルトさんですね。これでコースルトさんが救われるといいですね」

「そうだね……」

「じゃあ……あ、そうだ、聞きたい事があったんだ」

「ん? 何かな」


 立ち上がったダイアンさんに、聞いてみる。


「あの白いゲートって、気候が似てるからここに繋がってるの?」


 まあ、他愛もないことなんだけど。


「ああ、あれは――経度、緯度、星自体の大きさ、とにかく色んな意味でリンクした地点に出るようになってるらしい」

「そうなんだ……だからか。じゃあここが暑いとあの場所も暑い?」

「そうだね。それと、自転と公転の速度も実はほぼ一緒なんだよ。リンクしたゲートとして維持されるため……という見解がある」

「え、そうなんだ」

「うん、そうなんです。……じゃあもういいかな」

「あ、はい。じゃあまた」

「また。大会当日にね。あ、当日は念のため寒くてもいい格好でよろしく」

「え……? あ、や、まぁ了解です」


 なんか意図があるのかな、と僕が思った時、ダイアンさんが手を振った――ので、僕も振った。

 すぐに彼は礎球に帰るんだろう。まあダイアンさんの予定なんて知らないけど、こういう用事と重なることなんて、そうはないんじゃないかな。

 見送っていると、周囲を確かめてから手をかざし、やっぱり白い渦を出現させた。それが四角い枠になると、それを通って見えなくなった。

 白い枠も消える。


 ――大会、かぁ……。


 これは、人の人生を左右する、僕のためだけじゃない戦い。


 ――やろう。しっかりやるんだ。……あ、それと、寒くてもいい格好でってのは覚えておかないとな。……でも、何のための念のためなんだろ。ダイアンさんの態度も気になるんだよな。なんかちょこちょこ意味深な……まぁいいや。


 ■■□□■■□□■■□□■■


 あの白い箱(トレーニングボックス)は机に置いた。無造作な感じに置いてる方が気に留めない率は高そうだし、そもそもほかの人には使用も無理だ。最近あんまり家族も部屋に入ってこないし(なんでだろ)まあ、大丈夫だろう。


 一日のうち、夜寝る前に、もう誰も部屋に入ってこないだろうというタイミングを見計らって使う。

 ビーズを瓶ごと手に持ち、扉に手を当て、念じる――。


 入った先は、白一色の世界だった。

 まず目の前に見えたのは道路。それをまっすぐ進むと右に家が。その中に入る。


「おー、広いし色んなものがある。ティッシュで(はな)をかんで捨てても、箱から消えるんだろうな。へえぇ~……。それが箱の一部になるならちょっと嫌だなぁ」


 トイレのことも考えそうになった。……やめとこう。

 とにかく庭に出てみる。


 ――うん、広い広い。じゃあここで。


 早速、持っていたビーズの瓶に念じる。もう目まぐるしく色を変えてやる、と思ったけど、それほどのスピードで変えるにはまだまだ実力不足らしい。

 念動はどうか。まだまだフヨフヨと動く程度だ。

 そういえば、付与用って言葉を聞いた時面白くなっちゃったんだよな。

 フヨヨ~って。

 いや、何考えてんだろうな僕は。駄目だ駄目だ、気を引き締めないと。


 そんなこんなで透明度変更も少々やったし大きさを変えるのもやってみた。多分この大きさが一番ネックだし一番の鍵だ。

 とにかく大きく。まずは大きく――。


 数時間それが続いて、ふと気付いた。


 ――あれ? なんか見える。蜃気楼みたいに、空間が揺れてるように見えるけど、ぼんやりと……なんというか、礎力(そりょく)のこぼれた跡か何かか?


 もう一度やってみた。ビーズを大きく、と念じながらよく見る。と……


 ――そうか、これ、礎力(そりょく)の道筋……軌跡なんだ。やっぱりそうか。でもこれ、かなり無駄に広がってる。これをビーズまでの最短距離だけに留めることができたら……?


 ものは試しだ。何でもやってやる。コースルトさんのために。まぁダイアンさんも何かありそうなんだけど。

 何だったんだろうな……あの顔――と言葉。


 とにかく、雑念は払う。大事な想いだとしても。


 …

 ……

 ………

 疲れたし少し小腹が空いたので、この箱の中の家にあるキッチンの前に立ってみた。


 ――そういや夜になってから入ったし、まずは寝るのでもよかったのかもな。


 なんて思いながら――やっぱり少し眠くなりながら――麺っぽいものを茹でた。

 ある程度ほぐしてから卵っぽいものもそこへ投入。

 野菜だけはなぜか白黒じゃないものがあった。

 そんな野菜っぽいものも適当に選んで細かく切って入れて……あ、しまった、別の鍋で出汁なんか出せてたらよかったな。あるかな。


 そんなこんなで作ったうどんみたいなものは、結構うまかった。


 炊飯器はどうなってるんだろうと思って探したら、あったので見てみる、と……中に白い米と青い米があった。


「なにこの青いの」


 とは思ったものの、食べ物にだけはそういえば色があった、ということを思い出して推察。


「……あ! そうか、多分これ、礎術(そじゅつ)に必要な栄養が入ってるみたいなヤツ! かもしれないな!」


 合ってるかは解らない。

 でも、という想いに駆られて、色がある野菜をとにかく多く採ることに決めた。

 冷蔵庫を見てみた。

 そうだ、味見しちゃおう。

 色んな調味料がある。飲み物も、味噌もある。チーズもあるな。

 ヨーグルトか? これも一口。あ、おいしい。

 よし。これならやっていけそうだ。


 そんなこんなで箱の中で数日。

 ビーズを瞬間移動させるのも練習した。込める礎力(そりょく)が飛び散らないように最短で込めていたら、ビーズを瓶の中から自分の手の上に正確に移動させられるようになった、それも何度も。

 しかも初日より疲れにくくなってる。

 この箱の地面がえぐれても、その次の日には元に戻ってるから、気にせず練習できる。

 ――体裁きも練習しないとな。


 中で一週間が経ったら箱を出てみた。寝る前に出れば、外ではほぼ一時間が経っただけという状態。


「ふう、今日は疲れた、さあ、寝よ寝よ」


 そんな一週間が、かなりの仕上がりを僕に感じさせながら過ぎていった――

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