028 知覚と資格
まさか試験で最初にやるのが筆記試験だとは思わなかった。
真ん中に鉛筆立てがある丸いテーブルに向かい、五人で座っていて――
――協力して解く人はいるんだろうか?
カンニングと同じようなことだとは思うが、協力は悪くない。協力に対する姿勢を問われていると言われたら納得もできる。普通の試験ではないし。ただ――
「自力で解いてみたいね」
僕がそう言うと、ジリアンが。
「解けたら裏返しにして答えは言わない」
「オッケー」とは僕が。
「りょうかぁい」のんびりとした返事はケナだった。
レケやベレスは無言で頷いた。
そして問題用紙に目を向けた。
横長の用紙の左上から下へ氏名、年齢、現住所、連絡先を書く欄があり、その下から問題が並んでいる。問題のすぐ下に四角い横長の欄がある。解答はそこに書けばいいらしい。
まず名前。ユズト・ゼフロメイカと。年齢は十五、もうすぐ十六。
現住所はシミーズ市イウロハート区30-8-14で連絡先は自分のケータイ。
さて第一問。
問01 とある事件の犯人がビニールハウスに逃げ込んだ。どんなことに警戒すべき?
――え、これが問題? 難しい、どう書けばいいんだ……! とにかく考えてみるか。ええと……こんな状況だと、畑に何があるかにもよりそうだな。……あ、誰かが人質になってしまう可能性もあるか。
そこで、レケに以前聞いた礎力素を多く含む食材の話を思い出した。
――確か……ムラサキクダイモ、アイバジル……アオゴメ、あと……アカサヤヒシマメ……だったか。うわ、これくらいしか覚えてない。クロ何とかっていうのもあったのに。くそぉ……。とにかくそういう食材を……摂取されて休まれるのは嫌だ。それに農具や食材そのものを操る礎術を覚えられるのも困る――既に使えるのかもしれないし。もし既に使えるのなら――だからこそビニールハウスに逃げ込んだのでは、とも考えられる――すぐに自分も入るしかない、そもそもどうであろうとゲート化で移動されるのがまずい。
そういった事を書いてからふと思った。
――そういや、こんな風に礎球に関して知らないことはまだある。ケナと一緒にまだまだ勉強しなきゃ。僕は礎球のことを……なんだけど、礎球人は地球のことをどれだけ知ってるんだろ? 前に地球ミュージアムのことを聞いたんだよなぁ……いつか見に行きたいな。
そんなことを思いながら次の問題文へ目を向けた。
問02 礎術を封じ、腕の動きも制限できる礎術道具の名前は?
――これはあれだな、拘束パーカーだな。
問03 「問02の答え」を使う際、どんなことに気を付けなければならないか書きなさい。
――うわ、長くなりそう。えっと……力を使わせないようにしたい時に使うから……まだ相手が礎術を使える段階。細かく書くとしたら――相手の操作対象の破壊もしくは引き離し、それか、礎力を込め辛くさせるため視界を制限しつつ多少移動させて対象の位置を解らなくさせる……か、これらを組み合わせた行動……を取って、抵抗、逃走、誰かへの攻撃の術を相手から奪ってから使いたい。この時に被害を新たに出さないようにしたい、そういったことに気を付けなければならない……「と思います」って書いとこ。
さて次だ。
問04 赤い境界石の効果は?
――これはこの空港の大部分にも設置されてるってテレビで見た。八つ、角に設置してその八つを結ぶ直方体の空間内で礎術を封じる、使わせない……っていう道具のはず。向きが正しくないと効果がなくて、そういう風に――パイプが三方向に伸びたような形をしてるんだっけ?
問05 緑の境界石の効果は?
――緑か。赤のほかに青と緑とあるんだったよなぁ。赤が「使えなくする」やつで、ええと……青が「赤に囲まれていても使えるようにするやつ」だったはずだから……そうか、緑は大会であったような、結界壁のための石。観客が観て楽しめて、だけど危なくないようにと――見えない壁を設置するための……っていう石だ。そうだそうだ。だから『見えない壁を設置する』っていう効果があるんだ。
問06 どういう所にどんな境界石があるか書きなさい。
――よしよし。今思ったことを書けばいいな。赤い境界石は空港にある。礎術が使えない区域…だから、地球へのリンクゲートのあるあの絶壁地帯もそうだ。それから緑のはレジリア礎術大会のドームにある。あ、よく考えたら――リンクゲートの所には緑の境界石もあるんだろうな、そうじゃないと中に入れてしまう。……青いのは知らない。使ってもいい場所にはあるんだろうけど具体的には……。だからまあ、詳しく書くのはこの二つ――赤と緑について。これでいいだろ。よし。次だ。
問07 ある場所に学校が建てられた。コの字型の校舎で中庭があり、中庭全体を囲うように青い境界石が置かれているという。そこに、礎術で被害者を出した強盗犯が逃げ込んだ。逮捕したい場合どんなことに気を付けたいか。
――まず得物が何かを知りたい。だから目撃情報には気を付けたい。あとは……中庭全体を囲う青い境界石か……。となると、コの字の建物内には赤い境界石が組み込まれてる可能性は考えたい。あとは人への呼び掛け。逃げるようにって言うのを、忘れずやるよう気を付けたい……と。ほかは……さっきも書いたような無力化のための流れにも気を付けたいし、犯人はもしかしたら外に出てくる、中では礎術が使えない可能性があるから。もしかしたらそんな時、人質を連れてる可能性があるよな多分……だから、まあ人質がいなくても武器の把握と排除をしたいけど、人質がもしいるならより慎重に武器の把握と排除をしたい、そのために誰かと協力して二手以上に分かれておきたい、もしくは、それがダメなら身を隠しつつ近付いて不意を突きたい。許可カードを持っている人とコネがあったらそれを利用するのも手だ。うーん……このくらいかな……。中庭、もしかしたら、これ、礎術を使えるなぁ……。さっきの問題に……『赤で囲った中で使うための青って、ここを見て思い付いたことも含めて書いておこう……。よし……。これは考えさせられるな……。
問08 礎術を使えない警察官が攻撃や威嚇に常用する礎術道具の名前は?
――これは狙撃手袋だな。
問09 あなたは礎術を習得しておらず「問08の答え」を携帯している警察官であるとする。あなたは婦女暴行犯を追い、とあるビルの屋上にまで追い詰めた。そんな時だが近くにあなたを援護する者はいない。犯人が、今、自身がしているヘアバンドを取った。あなたはどうする?
――そのヘアバンドを狙って撃つ。そして壊す。ヘアバンドとして使えなくなるくらいに。輪の形状ではなくなるのが理想。でもそれだけでは済ませたくない。犯人が操るのがヘアバンドか疑わしい。足とかにも撃つのがよさそう。操作対象が何であれゲート移動されたらまずい……ほかの方法で不意を突かれる可能性もある、たとえば凄い力でジャンプするとか。何かで浮遊するかも。とにかく注意したい。もし移動されたらその先で犯人が動き難いのがいい。だからやっぱり足を撃つ。
問10 10グラム、20グラム、40グラム、50グラム、70グラム、80グラムの重りがある。左の皿だけ二倍の重さになる天秤を釣り合わせるにはどう置く?
――急に普通の謎解き! まあ……80グラムの2倍は160で、ほか全部足したのがそれを優に超えるから、倍になる方にまだ欲しいな。90なら180で……20から70までを全部足すと……お、180だ。じゃあこう置けばいいか。……ん? 待てよ? これ、ほかに置き方はないのかなぁ。
やってみる。とりあえずあと二通りはありそうだ。
――うん、これでよし。ふう、危ない、もしかしたら一つの答えで満足してしまうかを視られるのかもな、コレは。
そう思ってから次へ。
次からの問題に関しては前提の文章があるらしい。それを読んでみる。
『とある場所に20匹の犬と猫がいる。20匹中15匹が使術動物で、20匹中11匹が猫。使術動物である犬は9匹。以下はこの20匹についての記述である』
――なるほどなるほど、数的な推察力みたいなものを見たいのかな?
問11 使術動物である猫は何匹?
――使術動物は……15匹か。そのうち犬が9匹だから礎術を使う猫はこの中には6匹。
問12 使術動物でない猫は何匹?
11問目から先はずっとこんな調子だった。あとの問題はこうだった。
問13 使術動物でない犬は何匹?
問14 20匹のうち黄色い首輪をしているのが13匹、白い首輪をしているのが7匹。使術動物である猫のうち3匹は黄色い首輪をしていて、その残りは白い首輪をしている。
その残り、つまり、使術動物である猫のうち白い首輪をしているのは何匹?
問15 使術動物でない猫は全員が黄色い首輪をしている。黄色い首輪をしている犬は何匹?
問16 迷子対策の礎術道具である腕輪をこの20匹のうち13匹がしている。そのうち猫は8匹で、黄色い首輪もしている犬が1匹。
ではこの腕輪をしていて白い首輪もしている犬は?
問17 白い首輪をしている犬は全員どうだと言えるか。
問18 迷子対策の礎術道具である腕輪をしている猫のうち4匹は使術動物だ。
使術動物である猫のうちその腕輪をしていないのは何匹?
問19 では使術動物でなくその腕輪をしていない猫は何匹?
問20 腕輪をしていないのは?
これで全部。解き切ってから鉛筆を置いた。紙も裏返す。
最後に解き終わったのはケナだった。
「んー、できた! もうこれでいい」
「もうこれでいい?」僕が聞くと。
「だって。大変な問題ばっかりなんだもん」
「あー、そうだね、確かに」
そこでジリアンがみんなに聞いた。
「どう答えてほしいか曖昧っぽいやつもあったよね」
対してケナが。
「ジリアンはどう答えたの?」
「犬の問題だったと思うけど、あれには、『飼い主が探す気がある』って書いたよ」
――僕も似たようなことを書いたな。ついでに『4匹全員、迷子対策の礎術道具を身に付けている』とか『使術動物だ』とか、確実に当てはまること全部書いたんだよなぁ。
思っていると、ケナがまた。
「ユズトは?」
「ん? 僕はね……そうだなぁ最後の問題だけは、『7匹で、腕輪をしてないから探され難くて、何かあった時困るかも』って書いたよ」
この発言が原因なのかどうなのか、レケが「あ」と漏らした。
「俺もな、『もしかしたら調教中かも』だとか『可愛がられてはいるかも』だとか、そんな風に書いてもよさそうだなと思ったんだよ」
「もしかしたらさ、証言者がどう捉えるか、どう答えようとするかとか……そういった答えを僕らがどう受け取るべきかとか……そういう対応に似たものを問われてんのかもね」
「だな、そんな気がする」
少し経ってからさっきの監督官がやって来てテーブルの近くに立った。
――何さんだったっけ。僕にとっては独特な響きだなっていう名前だったけど……あ、そうだ、ウェヒーブさんだ。
「終わったようですので全て回収しますね」
これらの解答が書かれた用紙をウェヒーブさんが回収。そしてまた。
「ではお呼びするまで待機していてください」
言うと、ウェヒーブさんはまた監督官だけが入れる場所に戻った。
答え合わせをしてくれているんだろうか。
……それにしても時間が掛かっている。もうニ十分は経っている。――もしや待機の理由は別にある?
ふと思った――フィンブリィさんたちが向かった先には何があるんだろう、と。
そしてお化け屋敷みたいな印象がなぜか胸に急に芽生えた。その理由にはすぐに気付いた。
――もしかして直前に入ったチームが次のことを終えるまで僕らは行けない?
更に十分待った。
とある時。
「おい、あそこ」
「ん? ああ、ガキ連れてるな」
「あんなのが受かるんかね」
「落ちるんじゃねえの? 家族旅行かよ」
「何をしに来てると思ってんのかね」
通り過ぎた先のテーブルに着いた彼らを見て、少しだけ溜め息をついてしまう。
――まあ実際そう見えるかもしれないからその点に関してはいいけど。あんまり言うと損すると思うけどなあ。
そう思うだけに留まり、ただ待ち続けた。
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あの五人の答えの書かれた問題用紙を回収し、監督官の部屋へ。
ここでは書類をまとめる。次の試験で生じる書類を受け取り、もしそのチームがお眼鏡に適っているなら本試験場に書類を送るため封筒に入れチームや個人の受験番号を添付する――というのがここでやることだった。だからその準備として、テーブルに並べている。あのチームは五人のチームだった。封筒も五枚。その手前にさっきの問題用紙。
「なかなか面白い奴らが来たな、子連れかな?」
「さあ。家族って感じはあんまりなかったな。そっちはどう?」
「本試験、行けそうだよ」
「有望そう?」
「まあまあ……かな」
カメラであちらのことは見えている。あの部屋から受験生が行った先も見えている。仲間であり同じチームの一員のキフリーは先に進んでいるチームを『まあまあ』と言った。表情は明るい。期待していいような気がする。
僕は受験番号を封筒にメモし、あの五人が受けたことだけでもきちんと残るようにする。よければ彼らの封筒は本試験場へ――
と、そこで、キフリーが言った。
「賭けないか? お前が今見てるあいつらが――」
「受かるに十万」
この口から出るのは、いつも本心……僕はそうだと自負している。
「オイ、まずは選択肢をだな」
「わかったわかった、ジャンケンで決めよう」
キフリーがグーを出し、僕がパーを出した。
「僕の勝ち」
「くそーっ」
「じゃ受かるに十万」
「ちぇっ、受からなくなさそうなんだよなー」
「はは、残念」
封筒の一つには「13-4-75-1039- - 」とある。
本日十三チーム目、このチームの四人目、この子が特に気になる。ユズト・ゼフロメイカ。きっとただものじゃない。最近ちょくちょく見聞きする。ユズトという名前だけならレジリア大会の時にも見た。優勝者と同じ名前。詳しくは知らないが、同一人物なのでは? もしそうならかなり期待できる。
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動きがあったのは、答えを回収されてから十五分は経ってからだった。ただ、自分たちの番ではなく、エスカレーターから見て左奥にいたチームの番だった。
それから更にニ十分以上が経ってから。
「ではレケさん、ベレスさんのチーム、五名、先へお進みください」
テーブルの上のスピーカーからウェヒーブさんの声がした。
先人たちのように扉を開け進む。と、すぐ目の前に壁が現れ、右手にはまた扉。それを開ける。
入った先は大きな部屋ではなかった。
そこにいたのはラフな格好の男性。彼が紙を手で示しながら――
「これを見てください。あ、相談はしないでくださいね。自分の力だけで、見た通り答えてください。ただ、何が見えたかは俺に耳打ちで教えてください、俺、あっちに行きますんで」
彼が部屋の左奥へと移動した。
紙を見てみる。目に映ったのは三つの点描に見える。
彼の元まで進んで――
「数字の『3』と平仮名の『の』……片仮名の『ト』が見えました」
「うん、じゃそこにいて。解ったら順番どうでもいいからちゃちゃっと来てねー!」
どうやらこれは色覚異常のテストのようだ。証言の色のことが解らなかったり信号機の色なんかを判別できなかったりすると人を守るどころの話ではなくなるからだろう。
「――うん、全員オッケー。じゃあ進んじゃっていいです、すぐそこに――ホラ、そこに扉があるんで、そこから右にまっすぐ行ってください。まっすぐ行けば本試験会場に行くための秘密の搭乗口に着きますんで」
「解りました」
廊下に出た。ちょうど扉は学校の教室の前と後ろを思わせるような位置にあって、さきほどの壁が仕切った先に僕らは出たようだった。
「じゃあまっすぐ行こう」
促し、歩く。歩くだけでいいと思うと気が楽だ。逆に、こんなもんでいいのかなとも思う。ただ、本試験会場なんて言葉も耳にした。そんな場所ではもっと厳しく視られそうだ。
――気を引き締めておこう、うん。
そんなある時。
「何か聞こえない?」ケナが言った。
「だよね、僕も何か聞こえた気がした、高い音が――」
その瞬間、はっきり聞こえた。甲高い女性の悲鳴だ。
「どこから」
辺りを見ようにも、ここにはただ細い廊下があるだけだった。
「ユズト、正直言ってこれは……上の、空港での事なんじゃないか。空港警察が――」
「そうじゃなかったらッ?」
レケはハッとしたみたいだった。そして悔しそうな顔を見せた。
壁を叩いてみた。まずは右側、次に左側……と叩いた七つ目の壁板だけ音が違った。
――材質まで違うんじゃないか、これは。
「なんだ」レケも不思議そうにしている。「周りは金属っぽかった。ここだけ、何というかアクリルのような」
「どこかから行けるのかも。そこへ逃げ込んで――」
がやがやとした声は聞こえないのに悲鳴だけは聞こえた。何か特殊な事が起こっているはず。
壁の板をどうにか剥がそうとする。少し強めに引くことでその板は剥がれた。その時だ。
「助けて!」
「今ハッキリと!」ベレスが言った。
「待て。もし違ったら? 俺達はまっすぐ行けと言われた」
「無視はしないし議論もしない!」
心に響いたのか、みんなが頷くのが見えた気がした。気がしただけなのは、もう僕が走り出していたからだった。
板が剥がれた先にあったのは狭い通路だった。
そこを行くと、広い空間に繋がっていた。
石柱みたいなものが幾つかある。上を支えやすそうな――柱それぞれを繋げるアーチもある。
その空間の上の方に出たらしく、梯子もないのが解った。床まで降りるためどうしようかと考えてみる。
――ここ、空港の下だから……境界石がここまで働いていれば礎術が使えない……お、使えるのか。
足場にできる大きさのビーズを出現させることができた。どうやら範囲外。
乗り、この空間の床――白い石畳――へと降りる。一応、あとから来たみんなも乗せて全員で降りた。
そして走る。悲鳴の主を探して視線を色々な所に向けながら。
古い線路があった跡のような場所がこの空間の中央を横切っていた。
そこが少し下にあるから飛び下りて再度走り出した。そんな時。
「よお」
バッと声の方に身を向けた。
男がいた。バンダナをした、背の高い、サングラスの男。
ここは白い光でよく照らされていた。もしここが暗ければサングラスなんてしそうもないが、陰になった場所でも少し薄暗い程度だった。こちらの顔色もよく見えるに違いない。
男が言う。
「女の声を聞いてきたか。来ちまったもんはしょうがねえなあ……」
「女性はどこだ!」
僕が叫ぶと、男性は――
「いない、ここにはな」にやりと笑った。
「じゃあどこに――」と僕が聞こうとすると。
「勘違いするな」
そこへみんなが駆け付けて、五対一ともなると。
「おっと。本当に勘違いするなよ」男は手を挙げた。
「……? 言う気があるなら、どういうことかさっさと言え」
僕がビーズの砲弾を浮かし、放つ素振りを見せる。と――男性は挙げたその手の付近に、彼自身の後方から何かを引き寄せた。
それはラジカセのようだった。男が一つスイッチを押す。すると。
『いやああああああ』
「実はこれ、名女優が協力してくれましてね。解ります? こういう交渉ができると私なんかは本当に行動の幅が広がって……ああ、すみません、さっきと全然態度が違うって思いますよね、どうも、試験監督官のテピンです。テピン・セカジアル」
「な、なんだ、そうだったのか……。じゃあ被害者は」
「いませんよ」
彼――テピンさんが長く解説している間に、既にビーズの弾を消していた。
そして今は、『よかった』という気持ちのスープに浸っている。
そんな僕の隣から前に進み出たレケから質問が飛んだ。
「テピンさん、でしたか。ここまで来た俺たちはどうなるんです?」
「つまりは、合格です」
そう聞いた瞬間、ケナとジリアンは見合って嬉しそうにした。そして僕らとも。
喜び合いのあとで、テピンさんの方から声が。
「では、みなさん。出てきた所から向かいにあるアレ――今あなた方からは左手に出入口が見えるでしょう? そこから延びた通路に入って、曲がって右手に進んでください。まあ道なりに行くと思ってくだされば大丈夫です」
「解りました。では」
僕が言って一礼すると、みんなも律儀に頭を下げた。
さて向かう。
「あたしに任せて」
今度はケナが消しゴムで動く床を作った。それに乗って高い出入口へと浮遊移動。乗り心地も抜群だ。硬度もいじってあるらしい。
そして、通過者を招く口へと到着――したはいいものの、目の前は壁。
それが今、ゴゴゴと音を立てて上へと開いた。
振り返って、見やると、テピンさんがどこからか引っ張り出してきたような何やら機械を抱えてこちらに手を振っているのが解った。彼がスイッチか何かを押したんだろう。
多分そうだと理解してから一礼し、背を向けた。
「さすがケナ。よし、行こう」
そして先に歩を進めた。
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できて当然のように言われた。「さすが」と言うのも、やったのがあたしだからという意味だ、きっと。あとは、「よし、行こう」とだけ。ほかに言葉なんて必要ないみたいだった。
――そのくらいにまであたしは成長してる、そういうことだ、これは絶対。
自信が満ちる中、一歩一歩進んだ。
みんなより小さな歩幅。だけど確実に進んでいる。
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「なんて人たちだ。あの子まであの安定感で――いやはや恐れ入りますねえ」
つい声に出しながら、『再度』スイッチを押した。あの出入口前に壁ができあがる。
このラジカセも、奥の柱の陰へ。そしてケータイで連絡だ。
「もしもし、プレー、壁再設置よろしく」
「お、よし、任せろ」
――なんかあいつも嬉しそうだったな。
次への準備を怠らないためには、あとは、ここでの報告をすればいい。
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進んでいくと、T字路に到着した。通路は左右に延びている。
左手はすぐの所に壁。解ってすぐ右へと進んだ。
しばらく世間話でもしながら歩くと――最初から見えてはいたが――剥き出しのエレベーターがあった。工場なんかにあるやつだ。そのそばに人。女性。
「乗って」
言われて乗る。女性がスイッチを押すとエレベーターが上がっていった。
上がった先は、空港からは少しばかり遠くへと離れたのであろう――待合室のようだった。まずは降りて辺りを見回した。
本試験会場がどうのという話を聞いているので、空港とイメージが結び付いたせいか、飛行機でその場所へと行くんだろうと思っていた。が、チケット売り場や荷物検査の場所がどこにもないように見える。自動販売機はすぐそこにあるが……
「キミらは本試験場へ行くんだよ」
誰かが話し掛けてきた。声は男性のものだった。
「知らなそうだから言うけど、こういう予選みたいな試験が各州で行われる。キミらはそれを通過した。ここでは、あとは待ってればいい。出発の時には声が掛かるから」
「そうなんですね、親切にどうも」
そういうコトらしいと話し合ってから、まずは、喉が渇いたから飲み物でも買おうと決めた。
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「小さな女の子のいるチームは上がったよ、案外早かった。何か楽しそうに話してて余裕がある感じで――凄いチームね、アレは、印象も相まって」
「確かに。で、そうか、通過者の方にいるんだね」
「ええ」
「了解、ありがと」
電話で報告をしてからスイッチを押す。さっきとは違うスイッチを。
そうしてエレベーターが戻ってきた。
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「僕の勝ちだね」
「待て待て。受かるかどうかだろ?」
キフリーが言った。当然の主張だ。確かにここを通過するかどうかという話ではなかった。
「だけど小さな女の子も凄そうだよ、あの子でさえだよ、もう、そりゃあ凄いんじゃないか、あのチームは」
「う……まあそりゃそうかー、テピンも言ってたよ、あの子は凄いって」
「やっぱり?」
「ちぇ。あ。じゃあチーム成績でも賭けないか?」
「ふふ。やめとけって。賭けばっかり。負けまくるだろいつも」
「ここ退屈なんだもんよぉ」
「はは、まあねぇ」
言いながら、このチームの書類を入れた封筒をまとめ、『通過者』とラベルの貼られた引き出しに入れる。そして閉じる。そしてそこへ念じた。
――ちゃんと送れたかな?
思って開ける。引き出しには何もない。
――よし、大丈夫だな。
「じゃあ次の人に声掛け、どうぞ」
「オッケ」
キフリーがマイクのスイッチを入れた。
「ゴノットさんのチーム、扉へどうぞ」
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自販機の前に立つと、前に見たスポーツ飲料があるのに気付いた。それを買った。みんなも好き好きに買い、そのあとは……暇潰しタイムだ。
「トランプやろ」ケナが言い出した。「ババ抜きしようよ」
礎術で操った操作対象でカードを挟んで取り自分の手札に加える……という念動ババ抜きを僕らはよくする。念のため礎術が使えるか確認――したら使えた。ここも境界石の効力の範囲外らしい。
というワケで念力ババ抜きで暇潰しだ。
「やった! 私一番~」
「ええー、やだー」
そんな時。また別の男性から声が。
「え、面白そうなことしてるな。キミら、もしかして普段からこういうことしてんの?」
「あ、はい」
「マジか。参考にしよ」
「ねえねえ、私にもやらせて」
女性の声。聞いたことがある声と思ってその方向を見たら、フィンブリィさんだった。
「あ! やった、よかった、そっちも受かってたんですね」
見知った人も本試験に行けるとなると、なぜか喜びも倍だ。
「そうだよ、ねえねえ、それ私もいい?」
「あ、全然オッケー、一緒にやりましょ」
それからしばらくは、和やかな時間が過ぎた。
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色覚試験のあとはまっすぐ行けと言われ、廊下を進んだ。
「何か聞こえなかったか?」
言われて言い返す。「空耳だろ」
確かに何か聞こえた気がしたが、今の俺たちには重要じゃない。とにかく進んだ。
向かった先には扉があって、開けて入った先は暗い部屋だった。
――隠された部屋か、雰囲気あるな。
ずっと待っていたが、いつまで経っても誰も来やしない。先にいたチームの一員をちらほら見掛けるが、どうもおかしい。
「おいゴノット、ここってもしかして」
仲間のタビンがそう言った。
「待てその結論は早い」
俺がそう言ってからしばらく経つとスピーカーから声が。
「すみませんがあなた方は不合格です。六か月後にでもまた挑戦してください、お出口はあちらです」
壁の一部が光り、スライドした。
タビンの横に、俺の仲間がもう一人いる。コーソン。
「不合格……」コーソンが言った。
「嘘だ! ふざけんなよ! こんなことがあってたまるか!」
手も声も震えた。
そんな俺の肩を、タビンが叩いた。落ち着けってことだろう、まあ一旦はと思った俺に、コーソンが言う。
「やっぱりあの時何か聞こえたのが」
「俺が悪いのか? みんな空耳で納得しただろう!」
怒鳴った俺に、後ろにいた仲間――トポンからも声が。
「うるさいな、コーソンは別に誰が悪いとか言ってないだろ」
――……ああ。俺って、こんなだからダメだったのか。そうだな……。頑張ろう。次こそこんなことがないように。
「すまん。ごめん、俺が……。俺も、何か言えたら……。怒鳴ってすまん……」
「いや、俺も……」
自分を見つめ直せたかは、解らない。大事なのは次だ。六か月後か。
■■□□■■□□■■□□■■
唐突に男性の声が響いた。
「諸君! 準備をしろ、出発だ! 大荷物についてはこの先の部屋で預かる!」
その声の方を見るとスーツ姿の男性がいた。喋ったのは彼。
その隣には迷彩柄のズボンの男性。こちらは体もデカい。
「どこへ行くんすか?」
問い掛けたのは、この部屋に来た僕らと最初に話してくれた男性だ。
スーツ姿の男性の声が返った。
「フラウヴァ州コルダール市だ! 気候には注意が必要だがそんなことを気にするよりもまず諸君らはどこへ行こうとも試験に注力すること! ではついて来い!」
※このお金の発生する賭けは地球(日本の法律)では犯罪だそうです。
※この作品のこの場所は礎球というファンタジーな舞台です。そこを加味してお読みください。




