025 進化
「この礎術診断椅子による診断料は、ひとり一回一万リギーです」
シミーズ市役所の係員がそう言った。
「ケナの分は俺が払う」
レケがそう言った。
ケナは例外だがそれぞれが自分の分を払う、それでいい。これまでの諸々の費用を差し引いて、約二千六百八十万リギーが僕のコバルトカードには残っている。コースルトさんから頂いた礼金であり全財産。カードを受け取った役所の女性が機械に読み込ませる。それで一万差し引かれたことだろう。
カードを返されて、「では」と道案内された。
行った先はガラス張りにされていて、中には大きな――リクライニングでベッドになりそうな椅子が。革製ではなく、白い機械。MRIなんかを思わせた。
椅子の横には妙な装置もあった。三十センチメートル四方、高さ一メートルとちょっとの、四角い箱のようなもの。
「まずはどなたが」
「あたし、いい?」
「いいぞ」レケがケナに。
喜んでケナが前に出ると、係員の女性はケナを招き、その背を押すようにして誘ってガラス張りの部屋へと歩いていった。
暗証番号でロックされているらしいドアを、係員が開け、ケナと入る。
係員が何か言ったようで、直後ケナが椅子に横になった。そのケナの胸元を、係員がベルトで固定。
そのベルトは両肩の上と腰の左右から一本ずつで計四本あり、Xの字を作るように寝た者の胸の前でカチッと組み合わさるように設置されているようだ。
係員が、椅子の隣にある箱型装置の上面のボタンを押すと、ベルトで位置を調節されたケナの前へと――上から何かが下りてきた。
ホース型のものが付いた白い板。そのホース部を、係員が動かし、ケナの胸元にあるベルトの接合部に接続した。そしてまた箱型装置の上面のボタンが押される。ただ、さっきとは違うボタン。
すると不思議な音が。
ズギュルルルルゥゥゥシィィンシィンシンシンシンダァァァァアアアン……
ピーッという音が鳴ったあとで、椅子の隣の四角い装置の上の横一文字のような口から、白い紙がレシートのように出てきた。係員がそれを取り、そしてケナの胸元からホースを外し、何かのボタンを押した。するとホース付きの板が上へと戻った。
係員はベルトを外しケナを解放すると、紙をケナに手渡し、椅子から降りるように言ったようだった。
そして出てきた。中からは暗証番号を押す必要がないらしい。
「どうだった」
「緊張したぁ」
「そうか」
レケはケナの頭をガシガシと撫で、にっこりと笑った。
――二人いい感じだな、見てるこっちが嬉しい。……で、あの紙、どんな風に礎術のことが書かれてるんだろ、分類とかも書かれてるのかな。気になる。
「それで内容は? なんて書かれてた?」とレケが聞くと。
「はい、これ」
ケナが差し出してきた紙を、みんなで見る。
●移動距離と念じた度合いに比例して重さを変えられる礎術
◇蹴ったもの(対象不定維持タイプ)
◇投げたもの(対象不定維持タイプ)
◇殴ったもの(対象不定維持タイプ)
・消しゴムを操る礎術
◇消しゴムの速さ(維持タイプ)
◇消しゴムの大きさ(維持タイプ)
◇消しゴムの硬さ(維持タイプ)
◇念じた度合いに比例して少し前の状態に戻す消しゴムを出現させる(維持タイプ)
◇念じた度合いに比例して少し前の状態に戻す(瞬間発動タイプ)
「なかなか強烈な能力だな」とはレケが言った。
「ゲームで言えば耐久型みたいな感じかな?」これはジリアン。
「へえ……こんな風なんだな……小さな子にも解りやすいって感じだ。……ん? 大きな黒丸と小さい黒い点の違いって……あ、血筋かどうかかなコレ」
何も知らない僕がそう聞いた。するとジリアンが。
「ああ、そうそう。遺伝礎術が大きい方ね。あ、じゃあ次、私」
そのジリアンの発言を係員も聞いていた。
ズギュルルルルゥゥゥシィィンシィンシンシンシンダァァァァアアアン……
ピーッと鳴ってから……
とにかくさっきと同じ工程を経てジリアンが出てきた。紙を見せてもらう。
●念じた度合いに比例して現象を早送りする礎術
◇見えていて念じたもの(対象不定維持タイプ)
・リップスティック(とその蓋)を操る礎術
◇リップスティックの速さ(維持タイプ)
◇リップスティックの大きさ(維持タイプ)
◇リップスティックの硬さ(維持タイプ)
◇淡い紫の口紅のリップスティックを出現させる(維持タイプ)
◇出現させた淡い紫の口紅から塗った箇所へと電流を走らせる(瞬間発動タイプ)
「ほほう」
と、ベレスが何か感心でもしたようだった。
「いっぱい口紅を塗って一度に数か所に電気を……っていうのもできるってコトか」
僕がそう言うと、ジリアンとの会話になった。
「そうだね。広範囲に……っていうのもできるし……これ、私も犯罪者の逮捕とか、使術動物の捕獲に協力できたらいいのにって、そう思ったから……だからこういうのがいいなって強く念じたの。それならきっと、前線に立つことになっても大丈夫だろうなって」
「そうしたいなら、それができそうでよかったよ」
「うん、ありがと」
「うん。でもまあ別に気にしなくてもよかったけどね、僕が求めたのは同じ方向を見てるか、みたいなことだったから」
「あー……そうなんだ」
「うん。力は関係ない。できることをやって人の役に立つことに納得していればそれでいい……みたいな。でも、ジリアンの意向がこの形になったってことだから、それはイイ事だなって思ったよ。それにいい礎術だよ、これ。使い所を考えたくなる」
僕がそう言ったあと、ジリアンが「ふふ」と笑った。
「存分に考えて。私も考えとくから」
思わず微笑んだ。「答え合わせみたいに話し合ってみたいね」
「ふふ」
またジリアンが笑ったところで、レケが進み出た。
「じゃあ次は俺な」
そう言ってから僕の肩を軽く叩いた。手を置いて離すだけのように。さっきの話で何か感じたのかどうなのか――僕にはそれが心地よかった。レケも笑顔だった。
そんなレケが係員と話し、同じ工程を経る。そして出てきた。
紙をこちらに差し出した。受け取って「どれどれ」と見やる。
●念じた度合いに応じて走力を上げる礎術
◇自分の体のみ(維持タイプ)
・金具付き絞り袋を操る礎術
◇絞り袋の速さ(維持タイプ)
◇絞り袋の大きさ(維持タイプ)
◇絞り袋の硬さ(維持タイプ)
◇絞り袋の引張強度(維持タイプ)
◇先からクリームを出せる絞り袋を出現させる(維持タイプ)
◇絞り袋の先から食べられるクリームを出す(維持タイプ)
「そういや走るのが速くなるのもあったんだっけ」
「そうだったそうだった」ジリアンが僕に向けて言った。
「これ実は拘束するのにいい礎術だよね」と僕が言うと。
「だろ。しかも拘束相手を気遣うこともできる」
「確かに。それに、すぐにエネルギーになるしね」
と、話し合ってから、今度は――
「じゃあ僕ね、次」
「楽しみ」ケナが言った。
「多そう」ジリアンがくふふと笑いながら。
「ハードル上げないでよ」
同じ工程を――以下略。
出てきて紙を手渡す。レケが受け取って、それをみんなが見た。
正直、自分でも何度か確認したくなる。ほかにこんな力があればな、と思うことは何度もあるし、アレはまだ発現してなかったっけ……などという勘違いは現場では命取りだろうから……
みんな、かなり食い入るように見ている。とりあえず自分もまた覗き込んだ。
●十秒ほどで固まる礎力の液を念じた度合いに比例した勢いで出す礎術
◇自分の手からのみ(維持タイプ)
☆ビーズを操る礎術
◇ビーズの色を変える(瞬間発動タイプ)
◇ビーズの速さ(維持タイプ)
◇ビーズの大きさ(維持タイプ)
◇ビーズの透明度を変える(瞬間発動タイプ)
◇ビーズの硬さ(維持タイプ)
◇ビーズの弾力(維持タイプ)
◇ビーズの瞬間移動(瞬間発動タイプ)
◇ガラスからビーズを生む(瞬間発動タイプ)
◇不透明な黒いビーズを出現させる(維持タイプ)
◇不透明な黒いビーズのゲート化(維持タイプ)
◇不透明な緑色のビーズを出現させる(維持タイプ)
◇不透明な緑色のビーズに念じている間に中を通った人の汚れを瞬時に除去(維持タイプ)
◇不透明な青いビーズを出現させる(維持タイプ)
◇不透明な青いビーズから水を出す(維持タイプ)
◇不透明な水色のビーズを出現させる(維持タイプ)
◇不透明な水色のビーズからお湯を出す(維持タイプ)
◇不透明な橙色のビーズを出現させる(維持タイプ)
◇不透明な橙色のビーズから熱風を出す(維持タイプ)
◇不透明な黄色のビーズを出現させる(維持タイプ)
◇不透明な黄色のビーズに念じている間に中を通ったものを乾かす(維持タイプ)
◇不透明な白いビーズを出現させる(維持タイプ)
「いや多っ!」
ジリアンがツッコんだ。
やっぱり多いんだな――と思いながらベレスたちにも目を向けた。
ベレスも言う。
「ユズト様ならまあこんなものでしょう。もっとあってもユズト様なら納得です」
「これまだ何か覚えるつもりなんだろ」レケが言った。
「うん。何にしようかなと思ってて」
「もう何でもよさそうだな」レケは笑い声を添えた。「汚れを落とすのには訓練中助かったし、色んな使い方ができそうでもある」
そう言われたから僕は。「そうだね、色々と役立てられたらいいな」
また紙に視線を戻してみたが、そんな時、ふとマークが気になった。
「固まる液のは遺伝礎術だけど……星マーク……コレあれか、付与礎術の印」
「え、そうだったんだ?」
「え?」
ジリアンまで聞いてくるからびっくりした。星マークのこと、あまり知られていないのか?
言い方を少しだけ探したみたいにしてから、ジリアンが、驚いた僕に顔を向けた。
「あ、いや、えと……専心礎術だと思ってた、そのビーズの力」
「あ~、付与されたんだよ、僕が救うってドナに救済者として探されて、ダイアンさんが付与の礎術道具を持っててそれで」
「へぇ……専心はまだ?」
「まだだねえ。ビーズで事足りちゃってて何も思い浮かばないし。ひとまずはいいかな」
「そっか……」
多分、僕は専心礎術を覚えないかもしれない。今の状態でそんなに困っていないから。まあいつか何かあれば覚えるだろう、そんな感じで今はいい。
と、そんな時、ベレスが歩き出して。
「では私の番ですね」
ベレスが同じ手続きを経て戻ってくる。診断内容が書かれた紙を受け取り見やる。
・結束バンドを操る礎術
◇結束バンドの速さ(維持タイプ)
◇結束バンドの大きさ(維持タイプ)
◇結束バンドの硬さ(維持タイプ)
◇結束バンドの靭性(維持タイプ)
◇どこにあるか知っている近くの結束バンドを手元へ移動(瞬間発動タイプ)
◇輪になった結束バンドをゲート化(維持タイプ)
◇結束バンドを輪になっていない状態にする(瞬間発動タイプ)
「ふぅん……? 再利用がしやすくて捕まえることに特化してる感じだね」
「まあ私のことはさておき……これで全員の能力を互いに知ることができましたね」
「そうだね。定期的に確認したいね」
「そんなに必要ないよ」
否定したのはジリアンだった。
「そう?」と僕が聞くと。
「あのね。ユズトは自覚がないね」
「自覚?」
「これだけ礎術を使えるのはそうはいないのよ。派生技はせいぜい二個から三個、凄い人で四個から五個。常識が覆ったんだから、あの練習法で」
「あっ……や~……そうか、なるほど。でもだからって必要ないかな、こういう確認」
「ジリアン様が言いたいのはこういうことでしょう。これ以上増やすと覚えている礎術の質が下がるのではと。普通は二、三個から四、五個がラインなのに対して、私たちの場合は多いとはいえ今の個数くらいなのではと」
「そうそう」
ジリアンがコクコクと頷く。
「質の維持に苦労するかもしれないからね」
「これ以上増えることはそうそうなさそうなの?」
僕が聞くと、ジリアンが少しだけ考えたようだった。
「まあ一つ二つくらいは増えそう」
ふむ。でもそんなに気にすること無いんじゃないかな――と考えてから。
「とりあえず、これをまとめてコピーしてみんなで持っておこうよ、互いの力を瞬間的に意識できるように」
それならばとベレスに誘導され、向かった先は図書館だった。
コピー機が入って左手にあった。地球ではコンビニのコピー機を使うことが多そうだが、こちらではこうなのだろうか。
読み込むガラスの上に五枚の診断書を下向きに並べて置いた。一枚の紙に五つの診断がまとめて載る。それを五枚。刷ったものをそれぞれで持った。
そして。これからジオガード試験日までは、特訓の日々だ。
ベレスを相手に警備仕込みの格闘術を習っていく。最初は受け身。必要な筋肉をつけるための運動も欠かさない。
礎術の効力や命中率を高める訓練も――
と、そんなある日。
「ユズト様」
「そんなかしこまらなくても」
アデルだ。彼が今度は表情を和らげると――
「じゃあ……俺と手合わせ願ってもいいかな?」
「いいよ」
「何だかあっさりだなあ、簡単にいいよって言わない方がいいかもしれないぞ? 今後――」
「そう? まあ、心に刻んでおくよ」
そして広い庭にて、かなり距離を取ってアデルと対峙した。
どちらが先に動くか。動きを待ってみてもいい。反撃に回る側は、相手の隙が見えた所に打ち込めば意外と何とかなる。けど――先に動いてみるか。
放ってみた。捻出した黒いビーズ。一瞬のうちにアデルの目の前に。
アデルはアデルでハンドベルの壁を設置したようだったが、こちらの拳大のビーズがすり抜けたあとだった。
――防ぎ切れてない!
とっさに下へと念じた。土が舞った。ビーズが地面をえぐった証の土。
「大丈夫?」
「……いえ――ああ、いや……大丈夫だ、怪我はない」
「ごめん、本気で念じ過ぎた」
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最強なのでは? と思ったのは今日が初めてだ。ユズト君に勝つには不意を打つ以外にない。それもできるかどうか。彼は専心礎術をまだ覚えていないと言っていた、そこをカバーする礎術を得られれば――
ゾクリと肌が粟立つ。
――歴史に名を遺すジオガードになる、彼は必ず。
感慨深く思う俺を、緑のビーズが包囲した。そして検査機のように上下に移動。
ヒシヒシとした実感の中で、この体とスーツにこびり付いた泥が、綺麗に消えた。
「今のに――というか特殊な派生技には技名でも付けたらどうだ? その方が念じやすいとは言われてるし」
「そうなんだ?」
こちらの提案に、ユズト君はうんうん唸って考えたようだった。
「じゃあクリーン・グリーンにしとこ」
――なるほど。清潔なイメージが緑という色にあったから、汚れを取る礎術に緑のビーズを。命名も覚えやすくていい。別の色ならこうはいかなかったかもしれない。直感が彼をそこまで導いてもいる、か。ビーズの色を変えられるだけだった礎術が、ここまで巧みに扱えるものとなるとはな。その派生技の多さたるや。人からアドバイスを受ければもっと……――どれほどの人なんだ。
彼は嬉しそうに、この命名のことを同志の四人に話した。
「じゃあ私のはどうしようかな」
「ゆっくり考えるといいですよ」
ベレスがそう言ったので、ユズト君が気にしたらしい。
「ベレスはもう決めたの?」
ユズト君が聞いた。
するとベレスは「ええ」と肯いて。
「技が増えてすぐに」
ベレスもよく解っていたらしい。技が増え、念じる感覚が増えて――念じるのが雑になると困ると思ったんだろう、多分。
ベレス以外はこのことに気付いてはいなかったようだ。……より強くなるんだろう、きっと。
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礎術は、念じやすくなればなるほどいい。ただ、それも過ぎれば、その状態に慣れる必要もある。
それはさて置き、とにかく、戦闘行動、逮捕行動に必要になりそうな派生技のほとんどに名前をつけた。そして互いに見聞きし、技のリストの横に書き加え、作戦に楽に関連付けられるようにした。
僕の技だと解るように、「ユズト」という文字がみんなのメモに入る。みんなの名前も添えた。
ユズト:【ゲーティング・ブラック】【クリーン・グリーン】【ウォーター・ブルー】【ホットウォーター・スカイブルー】【ホットエア・オレンジ】【ドライイング・イエロー】
ケナ:【メイクヘヴィアー(キック、スロウ、パンチ)】【リバートイレイサー】
ジリアン:【ファストフォワード】【スタンリップ】
レケ:【ランニングパワー】【クリームインバッグ】
ベレス:【ムーヴトゥハンド】【リターン】
これで作戦も練りやすくなる。
「互いに弱点も知るべきだよね。どういうところが弱いかな」
「そうだなぁ……」
そんな風に話すこともありながら、特訓は繰り返された。




