023 見なくなったもの
ある時、考えごとに耽っていた時に、私にユズトが聞いた。
「ねえドナ、もしかして引きずってる?……まあ……そうだよね、あんなことがあったら」
そして言い辛そうにした。
ユズトのためにも答えようと思った私は、肯いた。ただ無言で。何と言えばいいかは解らなかった。
私はテューラを知っていた。大学でよく見たから。ただ最近はあまり見ないから、故郷に帰ったのかと、そんな程度に考えていた。
あの子は親切で勉強熱心で、努力しているけれど陰に潜みがちの――いわゆる『大人しい』と呼ばれるタイプの人間だった。
そんな子が、私があの女になり代わられていたせいで死んでしまった。
レイシーのしたことはいえ、恨まれた。そうなって気付いた。テューラ・エニプリオと言えばあの子だと。
「私はテューラと親しくはなかった。親しくしてるグループが違ったけど……だけど、まっすぐでいい子なのは解ってたの。それが……こんなことになるなんて」
心の内を話すと、ユズトが相槌を打ちながら聞いてくれたけれど、それだけじゃなくほかにも何かが私を慰めてくれているような気がした。
そこに、一つの答えを求めた。
――そっか、私、ちゃんと悲しみたかったんだ。助かってからすぐに何も考えずに平穏に戻ったら、自分を許せないかも……って、そう思ったのかも。だからこのことを受け止めてから……
受け止めてからいつもの私に戻る。それが私のすべきことなのかも。
「テューラはね、実は――」
『テューラという人がこんな風にいたんだ』と、ユズトに話すことで……いや、ユズト以外にも、とにかく誰かに話すことで、その影響が誰かの中に残ればいい、そんなことを思った。
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いつの間に支払われたのか。罰金刑または数か月の懲役のはずのあたしは、すぐに出られたことを喜ぶ余裕を持っていなかった。そもそも喜ぶ気にもなりはしない。どんな顔をすればいいというのか。
とぼとぼと歩き、急な事とはいえ迎えに来た娘のウォスニーに連れられ、車に乗った。
車には息子たちが既にいた。
キャローリィとティーメイス、ふたりともが、あたしと同時に捕まったはずだった。
――なぜ。誰が払ってくれたの?
走る車の窓から見る景色に、あの子を探してしまう。
あたしを気遣ってか、キャローリィやティーメイスは、今回の後悔の話をしたあとは、仕事の休みに何をして遊ぶかという他愛もない予定を話し続けた。
あたしの子はあの子だけじゃない。あの子の兄や姉として、この子たちも大事だ。
ウォスニーも、二人の会話にたまに返事を届けた。
……ふと、謝りたくなった。
「ごめんねウォスニー」
「ほんとよ、もう。一歩間違ってたら――まあ数歩既に間違ってるんだけど――どうなってたか」
――本当に、ごめんなさい。
きっとこれは、直接あのドナという子に言わなきゃいけない。
自分との約束をしてからかなりの時間が掛かって、ようやく家に辿り着いた。……辿り着いてしまった、もうあの子の帰らない家に。
少し離れた所に停めた車を下り、家へと少々歩く。
最初は地面を見て歩いていた。その目を前にやると――家の前に誰かが立っていることに気付いた。
近付けばその容姿もはっきりと見えてきた。清楚っぽい服を着た二十代後半くらいの女性だった。
あたしたちは互いに見やった。家族全員が不思議がっている時の顔をしている、そう思った、少なくともあたしはそうだ。
「あの。どちら様でしょう」
と、あたしが聞くと、すぐにその女性の口が動いた。
「私。……テューラ」
「え」
「あの時――もう私の体は動かなかったの。だからそれで新しい力が目覚めたみたいで…自分とは別の体を転々としてた。最初は看護師さんで――」
「テューラ……? 本当にテューラ? そうなの?」
焦ったようにウォスニーが聞いた。何度も。
「うん。ただいま、お姉ちゃん。こんな格好……こんな容姿だけど。テューラだよ。キャロお兄ちゃんたちも……ただいま」
その言い方は本当にテューラ。
そう感じた瞬間、私は泣き崩れた。
この子たちの子供になったみたいに、すがって情けなく喚いた。
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一報が届いた。
「えっ!」
そのことでまさか、自分が大声を上げて驚くなんて思いもしなかった。
電話の相手はウォスニー。テューラの姉。
彼女からも聞いたし、電話を代わったテューラ自身と自称する女性からも詳しく聞いた。
どうやら、テューラは他人の体に精神や意思の塊として――魂のように――入り込むことができ、短時間なら自分の体のように操れるらしい。そしてずっととなると本来の体の持ち主による抵抗があって難しいのだとか。
「――だから条件があったの」
「どんな?」
「身寄りもない天涯孤独の人で、味方もいなくて、もう心が疲れて、死にたがってる、そういう人を探したの。それなら私にください、と言おうと思ったけど――やめた。一緒に生きようよってお願いしたの。『でも私メインにしてもいい?』って、そういうお願いもしてて……それでもいいよと言ってくれた人の体で安定して、だから戻って来ることができたの」
「そうだったんだ……」
「うん」
「じゃあ……最初はそういう人を探し回ってたんだ?」
「そうだね、うん。拒絶感があると弾き出されちゃうし私本来の体はもうダメだったから――とにかくずっと時間に追われて渡り歩いてる感じだった」
「必死だったんだね……」
「うん……。最初は弾かれそうになるのが早くてさ。すぐにドナさんのことを言いたかったけど、近くに、あの男の人もいたから。偽者のドナさんと同じように変な笑顔をした男の人だった。だから言えなくて。時間にも追われて。だから探し回ってた。本当に必死だったよ」
「そっ……そっか……」
「だからそのせいで、時間が掛かっちゃって……。まさか、こんなことになってるなんて……」
確かに辛いことだった、この事件は。だけど幾分、救われた。
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もう、過去の面影を、今のテューラのどこからも見なくなったけれど……それでも感じる。あの子の――テューラの雰囲気。
変わった部分はあるけれど、それでいい。あの子の心がここに生きているから。
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私は、ドナさんを救いたかった。でもできず、親を変な形で巻き込んでしまった。
代わりに、私はこの人を救えた。
「こういう形でもいいと思うんだ、私は。だからあなたの部分を大きく残そうって思った。これからは一緒よ」
『……ありがとう……』
私たちは、ここにいるみんなとこれからずっと暮らせる。……これでいいんだと思えた。




