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星のバラスト  作者: 弧川ふき@ひのかみゆみ


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021 運命の絡み合い

 太陽の家という施設の応接室にて、ケナがトレーニングボックスに入ってから一時間が経った。


「そろそろだ」


 とレケが言った。

 机の上の白い箱に、ここにいるみんなが注目する。

 一分ほど経ってから出てきた。音もなく。

 そして向こうを向いていたので、ケナが振り返って――


「やったよ! ちょっとほかのを置いてくる」


 言うとケナは応接室を出ていった。

 数十秒ほどあとに戻ってきた。そのケナの手にあったのは消しゴムだけ。


「頑張ったよ。ちょっと寂しかったけど」

「ごめんね、寂しくさせて」


 僕がそう言うと、ケナが首を横に振った。


「いいの。このくらいは大丈夫。それでね、全部、守るために使いたいって思ったの。危ない何かから人を守れるように、壁みたいになれって念じたら、消しゴムがグワァって」

「ふふ、そっか、よかった。いやぁ本当にえらい!」


 口元に喜びがかなり出ていたと思う。その表情のまま、僕はケナの頭にポンポンと手を触れさせた。


「ちょっと操作してみてくれよ」


 レケがそう言った。

 うんと頷いたケナが、手に持っている消しゴムに視線を注いだ。


 ■■□□■■□□■■□□■■


 当然のように事が展開している。こんなの凄過ぎる。

 たった今、ケナは消しゴムを大きくした。そして私たちとケナの間に、一瞬で白い壁ができあがった。


 ――こんなことがすぐに。私にできるのかな……私なら、どんな物を……?


 もしできなかったら、とも思う。けれど、できそうな気もしてくる。

 こんな時にもゾクリとするのを私は初めて知った。


 ■■□□■■□□■■□□■■


「よし、この調子なら…とりあえずまずは引き取る手続きと――」


 と僕が言ったその時だ、応接室のドアが物凄い勢いで開いた。


「ユズト君!」


 血相を変えたタミラさんだった。


「え、どうしたの。まさかドナに――ッ?」


 タミラさんが、何度も激しく頷いた。


「待ち合わせしてたのに、もう結構な時間が経ってるの。連絡もないのよ、何か別の用とも思えないし……」

「ダイアンさんには聞いた?」


 二人はテレパシーで繋がっているはずだ。ダイアンさんが心配性で自身とだけできるようにしていた…と思い出したがための質問だった。


「それが……聞いたの。聞いてみたんだけど、弟も焦っちゃって、時間はないらしくて、それで――」

「ちょ、ちょっと、落ち着いて」

「ごめん」


 と、一呼吸置くと、タミラさんがまた。


「連絡、つかないんだって。テレパシーも、なぜか返事がないって」

「えぇ……そんな。ケータイは? 心拍のあれ」

「それは私も聞いたの、ユズト君をそれで探したって聞いてたから。でも、あれは切実な人にあげたって言ってた」

「え、そ、そうか……」

「ペットカフェにいるって聞いたの。そこから待ち合わせ場所に来ると思ってて――」

「どこの」

「シロヨツミミイタチで有名な所。……あ、電話が」


 コール音は何かの曲のようだった。

 タミラさんは掛かってきた電話に対応し、すぐ切った。そしてこちらにバッと向くと、その内容を話した。


「メイが距離を取って護衛してて、トイレで一旦離れてたらしいんだけど、戻った時に、ドナはまだ店だと思ってたんだって。それで、今どこにもいない、って言ってて」


 急いで外に出た。巨大化させたビーズに乗り、上空に跳び上がって施設の屋根に乗り、印に念じてみた。

 辺りを見回す。


 ――くそ、見えない……! どこなんだ!


 ■■□□■■□□■■□□■■


 ――なんでこんなことに。なんで。


 少し前までは店で楽しく話していた。


『シロヨツミミイタチ』:少々吹雪を生む野生の使術動物(ジオアニ)だったのが愛玩動物となりその能力を全く使わなくなった。


 ペットカフェのその説明文を読んでから、友人にこう言った。


「こういうのって、ほかの動物にもいるんだろうなあ」

「ちょっと可哀想な気もしない?」

「確かに。でもそういう歴史を辿ってきたんだから、もう共に生きていくかぁ、くらいの責任も感じちゃうね」

「そうだねえ、前向きに考えたいね、こんなに可愛いし」

「ねっ」


 この子たちが幸せに暮らせればなぁと、そんな気持ちで今日も撫でる。ケーキを頼んで二人で食べたりもした。

 満喫し切ったあとは、


「バイバァイ」


 と、シロヨツミミイタチのコユキに手を振ってから、友人にも。「じゃね、また明日」「ん、またねー」と軽く別れる。

 帰る方向が逆で、しかも私にはまだ用事があった。

 他人に迷惑を掛けない個人使用の礎術は違反ではないので、行きたい場所があれば最近はゲート移動で向かう事が多い。ただ、護衛のしやすさに関わるしメイを不安にさせたくないと思うので、外ではしないでおこうと決めていた。用事の場所へは、歩いて行こう、そう思って歩き出した。

 つい口にした。


「今頃どうしてるかな……ケナちゃんどうなったんだろ」


 腕時計を確認しながら近くのデパート脇を通って駅に向かおうとした時だ。

 ある男女に呼び止められた。


「あの。製品の調査に協力して頂きたくて、服の感想を聞ければと」

「そのくらいなら」


 何気なく了承し、何気なく着てみた。


「いいなぁこれ。今着てる服の上からでも着れるし、ジッパーを隠したらボタン式に見えるのも斬新」


 と絶賛した所で、隣にあった車のドアが開いた。

 驚いた瞬間、押し込まれた。

 叫ぼうとしてもたついた。浅い深呼吸を何度もしてしまう。不安が胸に溜まっていた。大きく息を吸い、今と思ったその時、ガムテープが口を覆った。

 バッグを漁ろうとした。できなかった。奪われ漁られ、ケータイを取られた。電源が女の手によってオフに――


「んんんーっ!」


 首に何かが刺さる感触があった。


 ――メイ……ユズト……


 眠気が押し寄せた。深い眠り。次に目が覚めるのはいつ? どこで? 恐怖が押し寄せた。


 ――なんでこんなことに。なんで。


 車は発進して、そして数メートル動いた所で、ガクンと何かに乗った。その揺れを感じてすぐ、何かを思うこともできなくなった。


 ■■□□■■□□■■□□■■


 ここがそうか、と思った店の前で、辺りを見た。痕跡も何も見つかりそうにない。


「メイさんは」と僕が言うと。

「屋敷に戻ってるかもしれません」ベレスが電話の片手間言う。電話で少し誰かと話し、それを切ってからまたベレスが。「全面的に私たちに頼むと、今ダイアン様が」


 ――ダイアンさんとの電話だったのか。それにしても。僕には印もある……僕が助けるのか。今度こそ完全に? だからダイアンさんはそれを信じて?


「ドナはッ?」


 と、メイさんが現れた。この近くを捜索していたらしい。焦る気持ちも解る。


「どこにいるかは判ってないです」


 僕の返事を聞くと、メイさんは嘆いた。


「そんな……」

「誘拐、だよね、また」

「とりあえず理由を考えようよ」とはジリアンが言った。

「また金目当て?」これはタミラさんが。


 タミラさんの案内で――最近あのペットカフェはテレビでも話題だったからと――ここへ来ていたのは、僕とジリアン、ベレス、レケとタミラさん本人。計五人。ケナはさすがにまだだ。そこへメイさんが合流したので今いるのは六人。人手はあるが、どうするか。


「金目当て…じゃないかも」僕の中にある発想が浮かんだ。「金目当てならもう電話で要求してると思う。でもまだ何も要求されてない……んでしょ? 違う?」

「ああ、うん……じゃ、じゃあ恨み? でもまさか」


 タミラさんが溜め息をついた。僕もだ。恨まれる原因が解らない。


「ドナがそんな……そうか! 偽ドナ! うわ、そうか……まぁたアイツ絡みだ多分」嘆いてから手の印を見た。「コレ(・・)に念じてみる」


 さっきと同じ方法で上空へ飛んで近くのデパートの屋上に降り立ってみた。そこで左手のひらに念じる。印から立つ白と黒の光の柱。そちらは見えるが、それに対応するドナの側の螺旋の柱は……この近くにはないらしい。


 ――全く分からない! どう探せば……!


 焦りつつも、店の前にいるみんなのもとへ戻った。


「近くじゃない、こんな短時間でありえない」

「ゲート移動してるな」レケが言った。

「恨み……偽ドナが買ってたとしたらどこでどんな風に。関係者が解ればその住所なんかが……」


 ベレスがそう言った。それを受けて僕も。


「何かなかった? 偽ドナの身の回りであの時期に」

 するとベレスが。「あ!」

「何!」

「今思い出しました! 救急車を呼ぶような事態があったんです!」

「それだ! 状況は……っ?」

「倒れた子のために救急車をと……その前後がまるで解りません! 一つ言えるのは、その運ばれた子は命を落としたと」

「マジか…………名前、覚えてる?」

「覚えてはいません……」


 ――ということは……調べれば解るはず。


 僕は思い立って口走るように――


「警察に行こう! 運ばれるようなことがあったのなら、それが事故によるのか、事件によるのかが――」

 するとレケも。「調書だな、聞きに行こう、事情を話せば何とかしてくれるかもしれない」


 ビーズの穴を埋めるように注意深く拡大して、その円盤にみんなで乗った。

 そして問う。


「この辺の警察どっち……いや違う、ドナの……そうだな……事件があった場所は解んない?」

「思い出しました! 駅が映っていて、あれは……ドナ様の大学の近くです!」

「ならあっち!」


 タミラさんの指差した方向へ飛ばした。そして「ここ!」と呼ばれた所で降りた。

 署に入ってなりふり構わず頼んだ。


「偽ドナのことでお話が! 今ドナ・ゼフロメイカが行方不明なんです! 誤解の恨みからかもしれなくて――」


 近くで聞いていた男性警官がこちらに歩み寄った。そして。


「ちょっとこちらへ。どういうことです」


 刑事らしき人たちがデスクワークをしそうな部屋の片隅。そこで事情を話すと。


「こっちに調書があります。見分調書と言って、まず事件性があるかが確認されるんです、そこに何かあるかもしれません。時期的には……」


 男性警官が棚を漁った。そこから出されたある書類を見て、彼が。


「これですね、ドナ・ゼフロメイカとあります。階段から落下した女性が動かなくなり救急車を呼ばれたという状況のようですね」

「運ばれた人は!」

「……なんだこれ」

「どうしたんですか」嫌な予感がした。

「名前が黒塗りされてる。誰がこんなことしたんだ」

「……そうか! 偽ドナの仲間に警察官がいた! 怪しまれずやろうと思えばできる、くそ……ッ!」

「駅の階段を何度も使う者同士の出来事だったら……まあ仮定ですがね、彼らの思惑を考えると、偽ドナは――もしこれが企みによるのなら、なぜこんな危険なことをしたのかが疑問ですが――」

「急にやらざるを得なくなったのか?」レケが言った。「偽ドナだと気付いたんじゃないか? もしそうなら偽ドナ側はもしかしたら――」


 そうかもしれない。ただ可能性の域は出ない。


「もしそうだったら確かに何かあったんだ、何かあるほどだから本当のドナとは関係がある人物だったのかも」

「近くに大学、この警察での調書があるくらいだ、やっぱり大学だろ」


 レケがそう言って、気になったのは年齢だった。


「その女性、何歳なのか書いてませんか?」

「十九歳とあります」

「よし、行こう」――これはもう百パーだ。

「待って」タミラさんが言う。「私の母校なの」


 巨大化したビーズに乗り案内で飛んで行ってから、通行人に尋ね続けた。――ある時。


「ああ、ドナさんが救急車をっていうあれか。地味だったからかみんな忘れてそうなんだけど……確かテューラって名前だったはずだよ、テューラ・エニプリオ。彼女、いい子だったんだけどね」

「情報ありがとう!」


 それからみんなと合流し、名前が解ったことを話した。だとしてもだからなんだ、と思ったが――話した直後、ベレスが言った。


「エニプリオ……!」

「何? 有名なの? 何か解るっ?」つい焦って聞いた。

「拘束パーカーの製造者の名前です」

「え、じゃあまさか! でもなんで……」

「とにかく今は、製造工場についてを――」


 ベレスがケータイを取り出し、調べ物を始めた。


「住所が判りました!」


 そこへ向かう。ベレスの示す方向へと、僕らを乗せた巨大ビーズで――

 昼の、まばらにしか雲のない空をゆく。


「ここです」


 ベレスが言った。降りてみる。かなりの山奥。

 日本家屋っぽい母屋があって、その奥に工場がある。工場らしき建物には『緑宝堂(りょくほうどう)』とある。大工場という訳でもないみたいだ。


「拘束パーカーの製造に、私的に協力してくれている製造者も中にはいるんです。今回その人が関わっていたとは――」

「皮肉だな、そんな人が今回は捕まる、悲しい誤解で」レケが言う。「目印は出たのか?」


 僕がどういう礎術を掛けられているのか解っているらしい。あまり説明していないが、理解が早くて助かる。


「見えた……! あっちだ!」


 その方向へ飛ぶ。

 家と工場から少し離れた森の中にコテージが見えた。その上空でまた左手のひらに念じて見てみる。


「これは……コテージから北……って言えばいいのか? 森にいる……のか?」


 降り立った所で、念のためかジリアンが言った。


「えと、何人かはあのコテージも調べた方がいいんじゃない?」

「じゃあ――」僕が指揮してみた。「レケとジリアン、メイさんはコテージ回りを」

「了解」


 三人が行ってからこちらも螺旋の柱が立った辺りを捜索。だが誰もいない。


「どういう――そうか地下! いや、どうやって行くんだこれ」

「ねぇちょっと来て!」


 コテージからのメイさんの声だった。

 そちらへ向かうと、地下への薄い鉄扉が口を開いているのが見えた。


「そこか!」

「よし入るぞ」


 とレケが梯子を下りようとする。そこで不安になった。


「ベレスとジリアンはここで見張ってて。よければ手分けして家の方なんかも」

「承知しました」

「解ったわ」

「じゃあ行くぞ」とレケが。


 ついて行く。一段一段ゆっくりと梯子を下りる。下り切ってから見回した。通路が『さっき見た螺旋の柱の地点』の方へと水平に延びている。通路は逆側にも。曲がっている地点もある。反対方向は家付近と繋がってそうだ。通路自体は、車が行き交うことが辛うじてできそうなくらいの幅と高さ。


 ――とりあえずは印が示す先へ、だ。


 できるだけ音を立てないように走り出して少ししてから思い付いた。


「そうだ、梯子の所、見張っててよレケ」

「解った、任せろ」

「メイさんも、僕はこっちに行くから、逆側をよろしく」

「まかせて」


 走っていくメイさんを数秒だけ見送って、タミラさんと二人で奥へ進む。

 途中で広くなった所があって、その隅に車を発見した。黒い大型車だ。

 警戒しながら一歩一歩近付く。

 車の中の様子を確かめるべく、タミラさんが鏡のゲートを一組呼び出し片方を車の窓に近付けた。手元のゲートを見る。誰もいないと解ってすぐゲートが消えた――タミラさんが消したんだ。

 次に気になったのは少し行った先にある扉だ。頑丈そうで、音なんかは遮断されていそうだ。

 そこへ――近付こうとした時。


「危ない!」


 パイプが飛んできた。槍のように。

 そうだと解った瞬間ビーズの弾を放った。タイヤくらいの弾を数発同時に。そして壁へ押しやる。

 そのパイプが消えた。――特別に対象を念じて出すタイプか。

 そう察した瞬間にもビーズを呼び出し、あらかじめタイヤくらいの大きさにしておいた。

 車の陰から、誰かが顔を出した。青い髪の男。彼は手もこちらに伸ばしていた。

 そこへ、保持していたビーズを放った。

 悲鳴は聞こえなかった。ただ、その男は腕を抱えるようにして倒れた、それだけは解った。

 そうなったからか、車の陰からもう一人出てきた。赤髪の男性だ。


「待ってくれ! なんで俺たちが止められなきゃいけないんだよ!」


 彼はパイプを生み出し、それをタミラさんに向けた。ただ、放たれはしなかった。

 どうであろうとそれを無力化しなければ危ない――そう思って弾を打ち込む。

 察知した瞬間瞬間にできるだけ素早く行動したつもりだった。その甲斐あって――パイプを歪ませるのは成功した。

 ただ……


「あ……ッ!」


 濁点そのものが聞こえたようなそんな悲鳴。パイプからは蒸気が。それがタミラさんの顔に。

 今のより早くしなきゃいけないのか、という後悔は、あとから来た。

 先に思ったのは――いや、胸にあったのはもう思いですらなかった。怒りだ。

 拳大のビーズの弾を、赤髪の男の腹に叩き込んだ。男は気絶したことだろう、倒れて身動きをしなくなった。

 タミラさんに駆け寄り、声を掛けようとした。が、言葉を飲み込んでしまった。

 彼女は顔を手で隠すように、触れないように覆っている。

 まだ痛みで苦しんでいるように見える……

 ふと、声が届いた。


「俺たちが間違ってるんなら――」

「ああそうだよ間違ってる!」


 僕は被せるように言い放った。

 そして体だけタミラさんに向けたまま、顔だけ男の方へ向けて。深呼吸をしてから告げた。


「これ以上怒らせないでください。あなた方は僕らの大事な人を()()()()拉致してるんです、タミラさんにも大火傷を負わせた。これ以上何かやったらただじゃ置きませんよ」

「え、何を……これが勘違い?」

「僕らの必死さが――本気さがそんなに解りませんか?……もういい。そこの扉の先にあるのは何なんです? それを答えて」


 少し間があった。


「答えろ!」

「お、俺たちの母さんが、あのドナって女を」

「二人でいるんですね」

「あ、ああ」

「……いいですか、言っておきますけど、ドナが……テューラさんに何かしたって話ですけど、それは偽ドナがやったことなんですよ。すり替わりみたいな事件の被害者だったんです、ドナは。一時期ドナとして過ごしていたのはドナ本人じゃなくて偽者だった」

「そ、そんな――」

「これが事実です」真実を叩き付ける、そういう感覚で言った。

「そんな……そんなまさか……!」


 青髪は、喚いた。誤解だと今理解したみたいに。後悔したみたいに。

 タミラさんに向き直った。

 タミラさんはまだ、顔を触れないように手で覆って痛がっている……

 自分でも一瞬でできることが多いなら、ほかの人にとってもそうで……一瞬でやられることもある。だとしても。

 拳を震わすほどの悔しさの中で、僕は言葉を届けた。


「コテージの所にでも戻って、ジリアンに見てもらって」

「解った……ごめん、多分私には、ドナの元に直接来させたかったんでしょ……?」

「でもできなかった」

「ユズト君は悪くない。できる全てをしたのなら自分を悪く言わなくていいの。何だって運命が決めるんだから。運命は関わる全員が決める……これは彼がやったことよ」


 顔を覆い隠したままのその声に対して、何も言えなかった。

 悔しさを飲み込む。次の自分の強さに期待する。だから強くなる。そう心に決める理由が増えたと実感するだけだった。

 タミラさんがゲートを生み出すのを見届ける余裕はなかった。見もせずに扉に近付いた。

 振り返らずに、その扉の前に立ち、勢いよく開けた。と同時に入った。扉の先がどんな空間かを把握するべくあらゆる方向に目をやった。

 まあまあ広い部屋。その中央に年配の女性の背中。

 その向こうに、こちらを向いてうつむいたまま動かないドナ。ドナは椅子に座らされていて、その背もたれに縛り付けられている。


「ドナじゃないですからね、あなたの――」


 言う僕の方に、女性が猛スピードで振り向いた。


「大事な人を」


 と、こちらが口にした瞬間、何かが飛んできた。

 とっさにビーズを――穴を塞ぐほどに拡大し――盾にする。

 それを透明にして観察。女性はかなりの怒り顔。


「なんでこんな女を助ける。あたしの娘を殺した! ほくそ笑んでた! あたしが……あたしが殺し返してやる!」

「違うんですよ! あなたの娘を殺したのはドナじゃない! その時ドナになりすましていた別人なんですよ!」

「……え? 何を言って……」


 ビーズの盾を消しながら、近寄った。

 女性の近くにはいつからか、なぜかパイプが浮いていた。氷をこちらに放った時からだろうか。それが今消えた。


「そんな。なら、どうして」


 呆然とした顔だった。その口から出た声は、さっきとはまるで別人から発されたようで……


「ドナは偽者とすり替わられてた時期があるんです、その時期に救急車を呼んでた。そこで何かあったんですよね? その人物はドナになりすましてドナから色々なものを奪おうとした。ドナも被害者なんですよ。そんなドナをあなたは殺そうとした……。悲しいことです、もうやめてください。もういいですよね?」


 女性が膝から崩れ落ちた。


「あの子は……あの子は……」


 何か話す気なら聞かなくもない。耳を傾けながら、遠回りにドナに近付いた。

 接近は簡単にできた。女性は全く抵抗しない。こちらの言葉を信じてくれそうだ。

 ドナの口にはガムテープが貼られていた。


「痛いかもだけど我慢して」一気に取った。

 するとドナが。「ユズト……」


 力ない声だった。こんなに心を弱らせてしまうなんて。そう思いながらロープを解いた。

 するとドナが、シックなコートの上に更に着ている不釣り合いなジッパーのコートを脱ぎ、足元に投げ捨てた。


「自首してください。このことを警察に」彼女に向き直った。「僕らが署で誘拐について話したから……もう認識はされてる。放っておいても調査されてしまう――」


 ――それに。……僕らも、不平等な判断をする訳にはいかない、ジオガードになるからには……秩序に、綻びを作っちゃダメなんだ……


「ごめんなさい……ごめんなさい! ああ! ごめんなさい……ッ!」


 彼女は、地面にすがるように泣いた。

 これで終わったのか。もしほかにこんな件がなければ――ドナがあの偽者のことで脅かされることもない……のか? そうだといい。

 ドナを連れて帰る必要があるので、一旦聞く。


「ゲート、出せる?」

「ここがどこか判らないから、直接は無理……」

「じゃあ――行こう、少し歩くよドナ」


 来た道を戻るため、歩き出した。

 扉を開け、あの男性たちのいた所に出た。そこから今度は戻っていく。

 さっきの男たちを見なかった。

 どこへと思い、閃いた。もしかしたらこちらの事情を犯行の仲間に教えに行ってくれたのかもしれない。そうでなければ自首か。そうでなければ……こちらの仕業か。


 ――タミラさんが犯人たちをどこかに集めた可能性はあるな。


 そこを歩く。もう大丈夫……と、安心を噛み締めながら。

 ドナはこちらの腕を強く掴んだまま歩いていた。――ドナからも不安が減ればいいのに。

 顔に、殴られた跡があるように見える。――こんな痛みはなければいいのに。

 まだレケも見えていないという所で、ふとドナが腕を離した。と思ったらすぐに僕に抱き付いてきた。


「ドナ?」

「ちょっとだけ。もう大丈夫だってこと、噛み締めたい」

「そっか。大丈夫だからね」

「うん」


 あのままだったら死んでいたかもしれない。当たり前だ、こんな風に震えるのは。

 しばらく抱き付かれたままでいる。それでドナが安心するならと。

 そんな時ドナが話し始めた。


「私、ただでさえ珍しい能力持ちだから、狙われやすいの」

「……そうだね、何かを簡単に探せるかもしれない力……悪用されそうだもんね」


 ドナは静かに(うなず)き、そして続けた。


「私自身は、自分を守るために少しは強くならないと、って思ってはいるの、最近、礎術の特訓もしてるし。でも……戦いの場には行けない、行きたくない、怖い。……ケナちゃんの勇気が羨ましいよ」


 そう聞いても悩んでしまう。どう声を掛けようかと。


 ――僕も怖くなる時はある。自分自身に対してでさえ怖くなることもある。でも僕にはできる気がしてる。ドナにはそれがないだけ……なのかな。


 一つ、言いたいことが出てきた。


「世の中、取り締まる側じゃない人がどれだけいると思う?」


 ドナは答えを待っているようだった。無言。そこへ声を掛け続ける。


「別に、誰が特別とかじゃないんだよ。情けなく思う必要だってない。自分を守れるだけの力を得ようとしてるのだって、それだけで偉いと思うよ。それに、ドナは普通に暮らしたいんでしょ? じゃあ普通に暮らせばいいんだよ。いいんだよそれで。だって、ドナはケナじゃないんだから」

「……そっか。いいんだ。いいんだね。……そっか……ありがとう」


 ドナは薄く笑った。さっきまでの恐怖がとにかく薄まっているといい……そう思うからこそ、こちらからも、そっと微笑むだけだった。

 それからまた歩き出した。ドナとは腕を組んだままで。

 そしてもっと安心させたければ、僕はアレを言うべきだと思った。


「実はさ、礎術の特別な練習法があって――最近まで特別だって知らなかったんだけど――」


 あの練習法を話した。ただ、ほかの誰にも秘密だと言っておいた。ドナが人より強くいられなければ意味がないから。

 きっと、話すとしても、信じられる人にだけだ。


「メイさんには言うといいよ、もっと力強くドナを守れるから喜ぶと思うし」

「――うん、そうだね」


 ドナの顔が更に綻んだ。また一段と前の表情に戻っている。


 ――よかった。


 全ては目印のおかげ。ドナの礎術でこの手に物探しの印が付いて、それから知り合って、大事に想って……本当に僕が助けた。

 と、左手のひらを見てみた。

 だけどその時――


「え、消えてる!」

「え? あ、ホントだ……」


 何だか呆気ない。ただ、こんなもんか、という気もする。


「じゃあ私、テューラのことで気になってたのかな」

「さあ。……そうかもね。でもあの練習法を僕が話したからかも。これから先へのドナの不安も、少しは消えたんじゃない?」

「それは……確かに」

「でもまあ、両方ってのもあるかもね。だから――実感と運命が、これを消した――ドナにはもう必要ない――って。そういうことなのかも」

「……そっ……か。そっか。うん。そうなのかもね。私、大丈夫な気がしてきた」


 そんなドナと、さっきの梯子の下までを歩く。レケはもう前方に見えていた。

 レケは、歩みが止まるまでこちらを見届けていた。

 こちらが目の前で止まると、レケは声を掛けてきた。


「無事そうでよかった。ちなみにここには誰も現れてないからな」

「見張りありがとう。みんなのおかげだよ」


 紹介するように、僕はドナの方を見た。

 視線をレケに戻したけど、ドナがレケに向かって小さく一礼したのは見えた。


「ありがとうございました」


 ドナがそう言うと、レケは薄く笑った。


「大した事じゃぁないけどな」

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