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星のバラスト  作者: 弧川ふき@ひのかみゆみ


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019 想いと答え

 ある日の朝。朝食中に気になって聞いてみた。


「そういやギーロは元気?」


 僕が礎球(そきゅう)礎術(そじゅつ)を知る切っ掛けになったあの妙な生物。猫や犬、レッサーパンダのような……だけど翼のある変なヤツ。マイペースに生活してるんだろうか?

 ベレスが僕に答えた。


「元気にしているそうですよ。私は見ていませんが、元同僚から聞いてます」

「あぁそっか、そうだ、州庁舎にいるんだっけ」

「そうですね。会いに行きますか?」

「よし、今日はモフリデイだ!」


 会ってもやはりギーロは妙に大人しい。そして言うことを聞かない訳でもない。


「変なヤツ」


 ただそのモフモフは、一定の癒し効果を持っていた。

 ギーロのいる州庁舎はシミーズ市にあって、笑いが絶えない所のようだった。そんな温かい所だからこそギーロを飼えるとも言えるし、飼っているからこそ癒される者がいるという、いい循環をしていそうで――


 ――いいなあ。めっちゃいいじゃん。


 そんなことを思い、そんな人や日々を守るためにジオガードになることをより強く胸に誓う。そんな日もあった。

 ただただ癒される日もあれば、切なさと嬉しさを同時に感じる日もある。メイさんがドナの警護に戻ったと聞いた日だ。どうしても思い出す、あの廃教会でのことを。

 家に来てメイさんが僕に言った。


「命がなかったかもしれない。傷は負ったけど、今ここにいられるのはユズト君のおかげよ、あの時はありがとねっ」


 ドームで大会があった日。力を使い尽くす少し前だった。そんな状態だったとはいえ、もっとうまくやれたかもしれない。でも答えが出ない。そんな事がもうないようにしたい。どんなに『気にしないで』と言われていても、この願望は変わらない。


「うん。そう言ってくれて嬉しい。僕からも、ありがとう」


 その日は、メイさんとドナの笑顔が、同時に僕に向けられた日だった。

 そしてとある日。昼食を早めに食べたあとの――午後一時。


「じゃあ行こう」


 僕とベレスは、とある場所に向かうべく家を出た。

 バスに乗った。そしてシミーズ市コオーカー区にあるセントパーク30というホテルの前で降りた。

 そのホテルへと入る。と、とある案内板が目についた。



 げげ、もににににもすにもきどす



 これも依頼して置いてもらったもの。普通なら『なになに団体様はどこどこへ』というようなことが書かれているような案内板だが、これも暗号。ジオガードになりたい人しか集まらないように……できているとまでは言わない。気になって解いただけの人も来れてしまうからだ。ただ、それに関しては、解く人が常識力を働かせるかどうか、空気を読むかどうかに頼ってみた。

 ホテルでの会場利用・設営で、追加で二十万くらい使っているので、全財産ことコースルトさんからの礼金は、残り二千六百八十万リギーくらい。

 実際、こんな集め方になったのには、解く根気がある人だけを集めたかったという意図もあるし、簡単に犯罪者に知られたくなかったという理由もあった。


 ――そのおかげで悪いことがなきゃいいけど、どうだろうなあ……


 思いながらフロントの前に立った。


「すみません、以前お電話したユズト・ゼフロメイカといいます。今回暗号の案内板を書いていただいた――」

「ああはいはい」フロントの男性が受け答えをしてくれた。「エレベーターを使ってお向かいください、椅子とテーブル、マイク、マイクスタンド等を置いております、確認後、その状態でよければそのままお使いください、何かあればこちらまで仰ってください」

「はい、どうもありがとうございます」

「会合は午後四時になる前には終了してください、そして終わったことはフロントに必ずお伝えください。次のホール利用者に支障がないようにお願い致します」

「はい、解りました」

「説明は以上です、本日はご利用ありがとうございます」

「いえこちらこそ」


 一礼してからエレベーターへと向かった。

 五階で降り、ホールへ向かう。途中、自販機を見つけた。飲み物はここで各自用意できればいいだろう。

 ホールへの扉の前にも看板がある。

『関係者以外立ち入り禁止』と『すげ、すにもに、すどもか、すげもに、かどすげどもすすすすににかかすかげきすげ』の二文が書かれている看板。

 それを横目に扉を開け、入る。


「おお」


 ――ここに人が集まるのか。結構な数になると面白いんだけどな。ジオガードのチームがいっぱいできるなら、それっていいことだと思うし。


 少し入った所の席に座った。

 午後二時まであと三十分以上ある。時間を潰すためにベレスと話していると、ある時――


「――ところで、ケータイを買いませんか? ユズト様は持っていないでしょう、礎球のものは」

「ああ、そうだね……というか、ねえ、敬語やめないの?」

「やめません。板についてしまっていますし、尊敬の念が消えません」

「まあいいけど。そっか、ベレスにとってはそれが普通か」

「そうです」

「で、電話だっけ。どこかお勧めのメーカーはあるのかな、通話ができればいいやと思ってるんだけど」

「では……ケイデンの最新型でいいでしょう。すぐそこで買えます、今のうちに行きましょう」


 連れられて向かう。

 店は本当に近く――というかホテルの目の前にあった。

 店の前にノボリがある。風を受けて形を変えるそれをよぉく読んでみる。『携帯できる電話機ナンバー1』とあった。かなりの品物が置かれているんだろう。


 ――うむ、申し分ない。


 入り、まずはカウンターへ向かった。こういう所では店員と話すのが一番だ。こちらが「話せればいい」と言うと、それなら、と提案される。

 その中から色を提示され、どれどれ、と選ぶ。白いものでいいな、と思ったのでそれを選んだ。

 名前や住所を記入したり、支払い方法を記入。

 購入した。礎球(そきゅう)の最新型のケータイはクレバーフォンというのが正式名らしい。それで一応は、ベレスと連絡を取り合い、番号を登録しておく。


「ありがとうございましたー」


 言われて店を出る。


「ドナ様やダイアン様とも――」

「そうだね」


 ホテルの五階ホールに戻ってから、二人にも電話をした。ベレスさんの電話帳を見ながらだった。そして即時登録。

 まだ時間はある。そう思って、メイさんの番号なんかも登録した。

 少し人が入り始めた。でもまだ時間はある。ダイアンさんの姉のタミラさんの番号も登録した。


 ――あれ? そういえば。義理の伯母か。いつかちゃんと挨拶しよ。


 そんなこんなで二時の五分前。


「そろそろですね」

「じゃあ」


 マイクスタンドの横に立った。そして。


「えー、皆さん、まずはここまでお越しいただけたことを感謝します、遠い所からいらっしゃった方もおられると思います、本当にお疲れ様です。さて。皆さんはジオガードになりたくてメンバー候補を探していることと思います、そして『これがいい機会になる』とお思いになられたのだと思います。こちらとしてもメンバー候補を探しています。皆さんがより充実した対談をできればと、運命のメンバーを探せたらと、そういう想いでこの場を設けました。ぜひともよきメンバーを探せたらと思います。飲み物に関してはそぐそこに自販機がありますので、そこで各自調達をお願いします。お好きなものの方がいいですしね。時間についてですが、この会は、三時四十五分には終わりたいと思います。それまで、よき対談になりますように。今日の出逢いを楽しんでください。では――」


 と、言ってから、そっとマイクをスタンドに戻した。

 拍手が巻き起こった。

 いや、なぜ、と思いながら周りを見た。色んな人がいる。女性も男性も、体格も様々だ。

 すぐに話し掛けてくる人はいなかった。が、ベレスのいたテーブルの所まで戻るあいだに、ほんのり太った男性が話し掛けてきた。


「いやぁまだ若いのに素晴らしいね」

「そうですか?」と僕が言うと。

「ここまでの行動力がね、凄いと思うよ」

「どうもありがとうございます」

「あの謎で人を呼んだのも面白い。あ、そうだ、ちょっと答え合わせをしてもいいですか?」


 その時だ、僕の後ろから声が。


「私も聞きたいです。二人で来たんですが、私は解けなかったので」


 振り向いて確認した。背の高い男性だった。


「じゃあいいですよ」


 僕が言うと、ほんのり肉付きのいい男性が人差し指を立て、話し始めた。


「まずあの暗号を何かに当てはめたいですよね。どうもアルファベットでもなさそうで、五十音順かな、と考えていく。でも、あいうえおのように五段にならない。繰り返し使用されている文字が七つで、五段とは関係がなさそう――じゃあどうするのか。最初はこの七種類の文字に注目しました」


 そこで、この男性が茶色い革っぽい手帳を取り出した。

 こちらに向けて開かれた手帳の左のページには暗号が書き写されていた。


『すげ、すにもに、すどもか、すげもに、かどすげどもすげ、にきげにににげかもに、かかどかすげ、にきげにどきどにどかげかげげ、げげ、どかすげ、げげすにすにもにすどどにきげかどもかすす。すどどにかげかどすげ、にきげにどす ユズト』


 それを見ながら。


「最後の『ユズト』はレジリア礎術大会優勝者の名前と同じ。多分名前だろうしここだけカタカナなので除外して、ひらがなの方だけを考えます。ひらがなは偶数個。二文字目のあとに読点があり、四文字か六文字続いたあとに読点……句点の所もある。これらは区切りに見えます……その通りに区切った場合、連続した文字は偶数個あります、『すげ』は二文字、『すにもに』は四文字、どこも偶数個。ということは……表にした時の『行』と『段』で表したからこうなっている、という可能性が出てきます。そこでこの七種類の文字を表で並べたいのですが、じゃあ並べ方はどうなのかと。すげ……にも……どか……き……という七文字で思い付くのは――」

「あ! 曜日!」


 背の高い男性が閃きを喜んだようだった。

 肉付きのいい男性が続きを言う。


「そう、曜日の頭文字。じゃあ、表に並べる時に『日月火水木金土』にするのか『月火水木金土日』にするのか……ほかにあるのか……。そこはもうやってみるしかない。色んな組み合わせをやった人もいるでしょう。『日月火』で始まる方で順にあいうえおかき……と対応させてみます。『あいうえおかき』の下は『くけこさしすせ』……『やゆよ』をどうするかは迷いましたが、詰めます。違えば詰めずに表を作ってもう一度やることになりますが……。ここまでやると、縦にも対応させなければならないことに気付きますよね?」


 男性が、開かれた手帳の右のページにある『表の左側』を指差した。その表の中では、『あいうえおかき』は一つの行として横に並んでいる。縦には(五十音順ならア段と言える部分には)『あくそにへやろ』とある。彼が指差したのは『あくそにへやろ』の側。


「ここも上から順当に『にげかすもきど』として、まずこれで解いてみます。先に言ってしまうと、『あいうえおかき』の方を奇数番目の文字に、『あくそにへやろ』の方を偶数番目に対応させます。やってみて違いそうなら逆をやりますが、まずこれで。『すげ』なら『さ』となり、一つ読点があって『すに』が『え』に。『もに』が『お』に……。全部やっていくと……こうなります」


 男性は手帳をめくった。


『さ、えお、んて、さお、をさもさ、やいあたお、ちなさ、やいれきなたけ、け、なさ、けええおんきすをての。んきこをさ、やいふ ユズト』


「これではまだ理解不能ですよね。次に何をすればいいか解らない。前のが間違っていたのかも。でも、もしかしたらずらすのかなと考えました。『さ』や『け』の横に点、『の』の横に丸があります。点と言えば濁音、丸と言えば半濁音が連想されやすい……『なにぬねの』の次は『は』ですから、もしや――と、次の文字にずらします。するとこうなります」


 男性は今開かれている手帳の右ページを示した。


『し、おか、あと、しか、んしやし、ゆういちか、つにし、ゆうろくにちこ、こ、にし、こおおかあくせんとは。あくさんし、ゆうへ ユズト』


「何となく読めるでしょう。『ん』の次はどうなるのかと思いましたが、読み解ける文から察するに『あ』でいいでしょう。『し、おか、あと』や『こおおかあくせんとは。あく~』という部分を見るに、それで合っていそうな気もしますし、読点は濁点、句点は半濁点と、やっぱり対応していそうだ。それを取り入れて考えると――」


 男性はまた手帳をめくった。次の見開きの左のページにはこうある。


『じおがあどしがんしやじゆういちがつにじゅうろくにちごごにじこおおかあくせんとぱあくさんじゅうへ ユズト』


「つまり」


 と言うと、男がその見開きの右ページを指差した。


『ジオガード志願者十一月二十六日午後二時コオーカー区セントパーク30へ ユズト』


「おお!」


 と、解けなかったと言っていた背の高い男性が声を上げた。


「セントパーク30に関しては、場所なのか建築物なのかで調べ、ホテルがあったので、来てみて案内板を見てビンゴ! ということでしたね」

「ほほう、なるほどなるほど。看板はどうだったんですか?」


 背の高い男性が聞いた。すると小太りの男性が。


「ああ、ロビーの奴は『五階ホールへ』になるし、この部屋の前の『関係者以外~』の隣にあったのは『ジオガード志願者は入ってよし』だな。どうかな、変な所があったら言ってほしい」

「いえ、それで正解です。作った側からしても、うまく解けたようでよかったです。ちょうどいい塩梅に、というのが難しくはあったんですが」

「いやぁ面白かったよ、遊び心があるというか」

「はは……楽しんでもらえたなら何よりですよ」

「それで――変な奴には来てほしくなかったんだよな?」


 その質問も小太りの男性が。


「ええ。僕の名前で威圧になってればなとも思ったんですが……これでも来るようならそんな人が何かした時、対処はするつもりでした。でも潜まれる可能性はあるので、あとはよく考えて誘おう、と思ってて――」

「よくやったと思うよ。特に悪さをしようと思ってる奴がこれを解けるかと言えば……まあ解けるかもしれないけど。でもまぁひとつの新聞の片隅だけにしたのはよかったんじゃないか、結構な悪人がまずそんな所見ないからな」

「だと思って」


 と、僕が返すと――


「そうか、よく考えてるよホント」小太りの男性が言った。「知能犯なら何かやるかもしれないけど、集まるのがジオガード候補と知って、しかも君がいると勘付いてやるバカはそんなにいないだろう、多分――ってコトも考えたってことか?」

「うーん……いや、そこまでは」

「あら」そうなのか――と続きそうな声を出したのは、背の高い男性。

「逆に、だからこそここを狙う人もいるかもって」

「へえ」


 と、若干驚き混じりに聞こえる声を上げたのは、意外にもそのことを聞いた小太りの男性自身だった。

 試されたのかな、なんて思いつつ、僕は続けて言った。


「何をやるにも、危険を完全に排除することはできませんから……コレでいいだろうというよりは、コレが限界だったなという感じだったんで」


 不満なくやれず自分は力不足だという顔をした僕に、小太りの男性は頷いた。


「仕方ないトコだな。一人で『ジオガードになりませんか?』って無差別に探したとしても同じ危険はある。ここまでやってそこは仕方ないと思えることが、事実を見詰めてる証拠だよ、キミ凄いな」

「いやそんな」


 ――まあ念のためダイアンさんの部下に協力してもらってもいるけど……


「私の元同僚も警備として協力しています、知事に付くようなSPです、準備はバッチリですよ」


 ベレスが言った。

 僕は言う気はなかったが、言葉になってしまったならまあいい。


「そんなコネも? そいつは凄いな」

「何か運命的なことが凄いだけですよ、僕がってワケじゃ」手をひらひらとさせた。


 僕をではなく、その人たちを褒めてほしかった。『そんな人たちがいるなら安心だな』みたいに。守る技術があって頼られたのは彼ら。この運命がなかったら頼る相手は違った。そこが違っても。――ちゃんとここを守れたら、守れた人が凄いんだ。

 このコネはそもそも突然降ってきた。僕自体は何の努力もしていない。凄い繋がりだとは思うが、『そんなコネも』という言い方は、さっきまでの流れのせいもあってか、僕を褒めたように聞こえた。

 唇をきゅっとさせて、首の裏を掻いた。


 ――なぁんか、こんな風に思っちゃうと、居心地が悪くなるんだよなぁもう……


 そこへ、女性の声が。


「次、私、いい?」


 水色を基調とした服の、銀髪の女性。すらりとしていて……二十歳くらいだ、多分。


「私、ジリアン・フォスターパック。早送りの礎術を使えるの。複数対象にできる特別な力で、浅い傷ならこれで治癒を早送りすることもできるよ」

「へえ、便利」

「ただ、施術の前か後で食事をしてもらうけどね」

「なるほど、ただの早送りだから……その人の体の中の成分を一気に使うって感じですかね」

「そうそう」

「僕はユズト・ゼフロメイカ。よろしく」

「よろしく。ジリアンって呼んで。敬語はなくていいよ」

「あ、じゃあ……ジリアン。よろしく」

「こちらこそ」


 ジリアンとの話は意外と盛り上がった。年上の女性との会話……どうなるかと思ったが。


「僕はビーズを操るのがメインで――」

「ビーズ? 面白いことができそうねソレ。その礎術で、何かビーズ製品、作ってみたことある?」

「実は一度も。これ、付与で貰った力なんだよね」

「そうなんだ。でも元が小さいものって便利だし、いいよね」

「あ、そうそう、そうですよね。思ってたんですけど、礎術の世界って、大は小を兼ねるっていうより、小が大を兼ねるというか」


 途中敬語に戻ってたな――と思っていると。


「そうなのよね実は! 持ち運びもできるし! 私もねぇ……いい礎術に目覚めたらって思ってたんだけど……あ、私の早送りは遺伝系の力っぽくてね。親も変化の速さを少し操れるからさ」

「そうなんだ」

「うん、で、私、もうギリギリなんだよねぇ年齢的に」

「あっ、そっか術魂(じゅっこん)の器が埋まっちゃうのか、もう少しで」

「そう。できればもう一つ使えたらと思ってるんだけど、専心(せんしん)礎術(そじゅつ)はホント覚えるのが難しいというか、切羽詰まらないと駄目なのが困るのよねぇ」

「あー、それだけ強い気持ちが作用しなきゃいけない……んだよね……」

「だよねー、どうしてこうなのかなぁ」

「いやぁ、そりゃぁまぁ多分それだけ礎力素そりょくそが必要だったり? 何かあるのかも」

「まあしょうがないか」

「まあ、そうだね、しょうがない」

「あの。俺とも話してもらっても? いいかな」


 中肉中背の金髪の男性が話し掛けてきた。


「あ、どうぞ」


 僕が去ろうとした時には隣にベレスがいた。ベレスの方から近付いてきていた――というのは視界の端で見ていた。

 二人で去って別の人と話そうとする。と――


「いやキミとだよ、キミと」

「ああ僕」


 そうやって、大勢の話し声の中、様々な人と話をした。

 別の誰かとの話が終わって別の人と話そうとして右に左にと視線を向けていたある時、壁際の男性が気になった。何やら真剣そうな眼差しで遠くを見ている。ベージュのコートに身を包んだ、筋骨隆々っぽい、金髪のちょっとだけ長い――


「あの」


 その男性にこちらから声を掛けてみた。


「ユズト・ゼフロメイカ、といいます。ユズトと呼んでください。あの……あなたは?」

「俺は、レケメラウガー・ペスターライン。レケでいい」

「レケさん」

「レケでいいって。敬語もやめてくれよ」

「あ、そう……か。まあそれなら、ええと、レケは、その……どういう礎術を持ってるの? 僕はビーズを操るのと、礎力を液体化して出してそれが数秒で固まる――っていう礎術、この二種類が使える。レケは?」

「俺は――料理、特に洋菓子を作るのに使う……クリームを出す絞り袋」

「ああ! あれ」


 レケは何度か頷いた。そして。


「金具付きのその絞り袋を操るのと、走力向上の礎術が使える。まぁ走力向上は自分にしか使えんがな」

「いい能力ですね、それ。あ、走力の方じゃなくて絞り袋の方。金具も……となると色んな使い方ができそうだし……ポテンシャル高そう」

「ふ、はは、そう言ってくれる人はそうはいないぞ、まず笑われる」

「ええ、そんなぁ」

「変なやつだな、まあ俺はキミみたいな子は好きだが」

「はは、それは嬉しいな」

「……ふ、本当に変なやつだな」

「レケはどうしてここに?」

「俺は……何というか、俺がジオガードになりたいのは、苦しむ人を増やしたくないからだ」


 深い理由はまだ言ってない、という感じがした。それくらいに、レケは弱者の立場に立とうとしている、しかも何かの事情で――そんな気がした。


「キミ……ええと……」


 レケが何やら迷っているらしかった。ハッと察したつもりになった。


「ユズトです」


 合ってるかなとは思ったが。


「ユズトは? どうしてこんな会を開いた?」


 どうやら合っていた。よかった。


「僕は……僕も、レケと同じだよ。人が苦しまないように。苦しめる人がいるなら止めたい、その側になる、そう思って、メンバーを探してたから」

「……そうか」


 と、互いにやんわりと笑顔になったその時だ。


 ――え! 今のはまさか!


 十歳くらいの女の子。長いボサボサの茶髪が目に映った。見覚えがある。


「ケナ……? なんでここに」


 苗字は思い出せない。下の名前はケナで合っているとは思う……ので、とにかく近付いて話し掛けた。


「ちょっと、ケナ」

「あ、ユズト」

「ケナ。どうしてここにいるの?」

「あたしも解いたんだよ。でも、施設のみんなと協力して解いただけだけど」

「そ、そうなんだ……。でもここはジオガードになりたい人のための場所だよ? 危ないことを仕事にする。ケナ、まさかなりたい訳じゃ」

「なりたい」

「ちょ……ちょっと外で話そう」


 ホールを出て窓の近くの椅子に向かい合って座った。

 あいだに低いテーブルはあるが、そこにそんなに触れることもなく。


「なんでジオガードになりたいの」

「最近、色んなことがあったの、あたしの周りで。あたしが酷い目に遭って、思ったの、強くなりたいって」

「強くなりたいだけなら僕らとじゃなくてもいいんだよ?」


 できるだけ優しく言ったが、ケナの表情は変わらない。真剣で、余裕がないように見える。


「それは……でも」


 とは言うものの、ケナの言葉はそこで止まった。


「わかったよな? 一緒になんてダメだ」

「なんで! なんでダメなの」

「それがわからないならダメだよ、どうしてもダメ。他のチームにだって入れさせない」

「どうして!」

「またあんな想いをしたいの?」

「したくない! だからなのに!」

「だったらジオガードじゃなくてもいいよね? ジオガードじゃない方がいいんだよ。危険に飛び込むんだよ? させらんないよ、そんなことは」


 できるだけ柔らかく言っても心が痛む。

 静かな時間が続いた。ケナは……落ち込んでいるみたいだ。

 落ち込ませた自覚はある。あえてそう接したから。ケナからもう一言、二言、心の底にある理由を――視野を広げたような理由を――声にしてもらえれば、考えなくはなかった。それに――確か前に聞いた限りでは十一歳からジオガードになれる。もちろん、こんな時期から誰かを頼らずに目指されても夢見が悪い……


「ケナ。試験のために、念のために聞くけど、今何歳?」

「十一歳」


 本当にギリギリなれる年齢だなんて思ってもいなかった。それほどまでに、ケナは線が細く背も低い。


 ――こんな子に覚悟の話をしなきゃいけないなんて。


 それでも自分の覚悟はこんな感じだ――なんて話はしてやらない。してやれない。こういうのは自分の言葉にしなきゃいけない。

 たまに様子を見にベレスが両開きの扉を開けて顔を出す。そして引っ込める。

 さっきの……ジリアンだったか……女性も覗きに来た。まあその顔も今は引っ込んでいて……

 今はケナと僕の二人だけ。みんな気を遣って中から出てこない。耳を澄ませて聞いてはいるかもしれないが。


「どうしてもって言うなら」


 僕から切り出してみた。


「それらしい覚悟を持って、それを僕らに示せるようになってからだよ」

「覚悟って何」

「教えない。それを聞いて知ったからって、解ったうちに入らないからね。自分で見出さなきゃ。……五日待つから、それまでに考えといて。それと、ケナにとっては今の時期そのものも大事だってことは覚えといてほしい」

「そんなの……わかってる」


 今ここで、それが言葉になればそれでもいい。

 待ってみた。数秒と言わずもっと長く。

 いいと思うに足る言葉はなかなか出ず――


「今言えたらそれでもいい、覚悟のほどを」


 ■■□□■■□□■■□□■■


 ――あたしは死にたくない。色んな目に遭ったから強くなりたくて……だけど覚悟覚悟って言われると、死ぬ覚悟を問われてるみたいで、わからなくなっちゃうよ。どうしたらいいの。どう言えばいいの。ユズトの元でならって思って来たのに。


 言葉が、頭の中でぐるぐる回って、あたしを縛る――


 ――ジオガードをと思っているからこう言われるんなら、別の道の方がいいのかな……ユズトが言うみたいに……


 ■■□□■■□□■■□□■■


 しばらくしてから声が。


「わかんない。少し考えたい。でもちゃんと話したい。また会って! ちゃんと!」

「解ってる。五日後ね、また会うから。じゃあ今は、誰かに迎えに来てもらって。ね?」


 僕が言うと、ケナが静かに(うなず)いてから、どこかへ電話した。施設へだろう。

 数十分後。


「ケナ!」

「セーラ……」


 セーラという名のその女性が、ケナを連れて帰った。


 五日間というのは別に長くも短くもない。全ては五日後。

 その時にはケナの答えを聞く。ただその出来事が起こるだけ。別に僕の心に響かなくてもいい。なぜなら、あの子がまだ、今の僕よりもずっと小さな子供だから。

 僕だってまだまだだ。ケナの方が正しいことだってあるかもしれない。ただそれでも、ぶれないのか、芯に大事な気持ちがあるのか――

 きちんとぶつかるべき問題だった。



※「この物語は礎球そきゅうという架空の舞台(星)と繋がった空想上の地球、つまり全体的にファンタジーな舞台だ」という事を理解したうえでお楽しみくださればと思っております。

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