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002 鏡

 ギーロのためだったものは必要なくなり、粗大ゴミとして捨てることに。捨てたのは戻ってきてすぐの日だった。部屋の張り紙「入ったらその時は……」ももう剥いだあとだ。


 気になってビーズを買った。

 夜中に礎術(そじゅつ)とやらをやってみたものの、ビーズの色が変わるイリュージョンをやってみて自分で歓声を上げるだけになる始末。誰かに見せてもおかしなことになってしまいそうで、怖がられることを考えると怖くなる。

 でも、特別感だけはある。それだけは少し嬉しい。思わず笑みがこぼれるくらいには。


 あの日から二日目の今日、昼休みに北校舎の東側の人目につかない所にいると、いじめっ子がやってきた。


「こんな所でひとり~?」

「俺が友達になってやるよ、一緒にジュース飲もうぜ、ほら、買ってこいよ」

「え? お金は? 僕のお金?」

「友達になってやるからその代金だよ、な!」


 だから嫌なのに。

 この人たちだって殴られたら痛いはずだ。嫌だって思うはずだ。僕からは手を出さない。

 この人たちが間違ってるから、手を出さない代わりに言う。


「嫌だ」


 そしたら殴られる。もういいって、いつまでそういうのやるの。

 僕の高校一年目のデビューは失敗してる。こっそり肉体改造しても、打たれ強いだけ。

 空手や柔道の真似事を独学しても、誰かを守ること以外には発揮したくないから、自分ひとりの場合は言葉でなんとかしたい。けど、それが難しい。守り合えたらいいんだけどな。…でも最近、それも限界かもとか思ってきてる。

 なんだかなぁ……いつかキレそう。

 昨日もこんな感じだったしなぁ、と思いながら、その場を離れる。


「そっちに行ってもまたひとりですか~?」


 ――お前らといるくらいならひとりでいますが、何か?


 そんな日の夕方も、一人で帰るだけ…と思っていたら。

 下駄箱に手紙が入っていた。


「なんだこれ」


 読んでみる。


『ユズト様へ。伝えたいことがあります。あなたの近所の公園にあるベンチのうち、ユズト様がお住みのマンションに向いているベンチ(一番左)の裏の芝生の所まで来てくれませんか。待ってます』


「なんだこれ」


 ストーカーかもしれない。怖い。女かもしれないけどそれでも怖い。あと指示が細かい。


 ――正直、関わりたくない。でも無視は人としてしたくない……会うしかないか。キッパリ言おう。たとえ騙されてるとしても。しっかり向き合うんだ。うん。

 はぁ。この性格をなんとかしたい。でも。本当に僕が間違ってるのかなぁ……結構馬鹿にされるしなぁ……


 ともあれ、その場所に来てみた。公園の芝生……と言えば、あの時の空間の境い目――白いゲート。


 ――思い出しちゃうなあ、あの不思議な体験。ちょっとワクワクしたんだよね。


 ふと、そんな時。後ろから声が掛かった。


「もし」


 振り向くと、マンションじゃなく、南の空が葉の隙間に見える。

 そちらにいたのは、ひとりの少女。

 黒の所々に白いラインが入ったスーツを着たその子が――


「来てくださってくれて嬉しいです」


 と、言ったそばから僕の手に触れてきた。


「え、ちょ」


 その瞬間めまいがして……


 ■■□□■■□□■■□□■■


 目が覚めた、と思ったのは、自分の背中に床があるのが解ったからだった。

 前を見るだけで天井が見える。

 起き上がって周囲を見る。


「どこ?」


 見覚えがなかった。――本当にどこだよ。

 僕がきょろきょろとしていると、そこへ男性がやってきた。

 ダイアンさん…と思ったら、違った。金髪で、ダイアンさんのスーツよりはラフな格好。

 それにここ、寒くない。温かい。


「誰」

「私はコースルト・ザイガーフェッカー。コースルトと呼ぶといい」

「じゃあコースルトさん、なぜ僕はここに?」

「君は強いのだろう?」

「は?」

「君が私たちを救ってくれるに違いないのだ。凄い礎術(そじゅつ)を使うのだろう?」

「そんなのないけどッ?」

「いいや、隠すんじゃない。そんなワケないのだよ」

「はい?」


 まったくもって話にならない。情報の整理をそっちもしろ。


「まずなんで僕はここにいるの」


 とりあえず切っ掛けになるようにと、僕から言ってやった。すると、そこへさっきの少女がやってきた。

 あ、なんかメイドっぽい。と思ったら――


「私はコースルト様のメイドのアリーです」


 やっぱり。で、理由は? と待つと――


「実はコースルト様が困っていまして、救済者を映す鏡(セイヴァーショワー)という名の鏡に聞いたら、ユズトさんが救済者だと判ったので」


 ははあ、なるほど。というか、ここ…多分礎球(そきゅう)だな。


「僕が救済者? って占われたんだとしてもだよ? よく判ったよね、僕がユズトだって。地球に来てから結構探したんじゃない?」

「そうですね、ですが、鏡はちゃんと全部教えてくれましたよ」


 否定の言葉がない。やっぱりここ礎球なんだな。

 言葉を待つ。と、アリーさんが何やらメモを胸ポケットから取り出してそれを見ながら。


「鏡はこう言いました。『救済者は、東京都杉並区のサンシャワーというマンションの五〇五号室に住む身長百六十三センチメートル体重六十一キログラムの玉のように可愛い男の子佐伯(サエキ)優珠斗(ユズト)で、彼は南萌鳴(なもなき)高校に通う一年生だ』と」

「引くほど詳しいな。というか途中僕のコト赤ちゃんみたいに表現したよね」

「変態的な鏡です」

「やだなそれを前にするの」


 はぁ、と溜め息をひとつ出してから、言ってみた。


「でもなんで? 僕には力なんてろくにないけど」

「えっ……そ、そんな」


 アリーさんが残念がる顔をした。多分そういうことだ、あの曇りは。

「本当にないよ、ビーズの色を変えるだけ」

「なんだと……」


 じゃあどうして……と、僕も思いたくなる。

 コースルトさんも首をひねってるし、アリーさんはもっと不安そうだ。

 そのアリーがまた。


「とにもかくにも、コースルト様を救える者だと示されたんです、だからきっと何かがあるはずです!」

「いや、でも……」

「本当に何もできないのか?」

「ええ、まあ」


 やや間があった。誰もが静かになる。

 落胆してるんだろうな、辛そうにアリーさんが口にする。


「そ、そんな……。そんな。じゃあ……じゃあ……」


 そこでコースルトさんが僕に顔を向けた。口も動かした。


「じゃあなんでここに?」

「いやこっちが聞きたいわ!」

「そうですよ!」

「うわビクッたあ!」


 急にした声の方に、ウンウンと頷く人を発見。このあいだの人だ。


「急に横から! もう何! 絶対驚かせようとしたよね……ええと……ん? あれ? 名前忘れた。なんだっけ」

「ダイアン・ゼフロメイカです。ついこの前、ギーロのことで」

「ああ、それは覚えてますけど、そっか、ダイアンさん」

「州知事!」


 まず、アリーさんが驚いた。


「なぜ!」


 とは、コースルトさんが。


「そういやなぜ!」


 僕も質問者の列に加わった。なんでここが? という意味でもあるけど――


「実はあのケータイで写真を撮ったことで、礎球(そきゅう)にいるのならば、その相手の位置と心電図が分かる……という風になっていたんです」


 ――なぁるほど。人命救助のため? なのかな。そんなコトまでできるのか、すごいな礎球。


「ってなんでそんなことを」

「まぁまぁ。実はあとでお話が」

「はぁ……。お話……?」


 ただ僕だけに答えるのも悪いと思ったんだろう、その顔をコースルトさんたちに向けたダイアンさんがそちらに対しても。


「私もユズト君に用がありまして。私が先だったんですがね――まあしょうがないとして。あなた方を救ってくれるはずの彼がそこまで力を持っていない訳ですが、それは今ここで解決できるかもしれません」

「なんと! 本当ですか!」

「力だけが問題なのであれば、ですがね」

「それなら!」


 さっきからハキハキと反応していてコースルトさんは元気を取り戻したようだった。アリーさんも顔が明るくなってる。

 それにしても。

 ――なんか僕に隠してるよな、怖いことじゃないよな?

 そう思いながら僕が視線をやると、ダイアンさんが問い掛けた。


「ふむ。ならばまあ、少し時間は必要ですが。ところでどんなお困り事だったんです?」


 聞かれて、コースルトさんが答え始めた。


「実は…脅迫されているんです。三億リギーを小切手で賭けてレジリア市の礎術(そじゅつ)大会に参加しろ、と。礎術で戦う大会です。警察に話すといい事はないぞ、とも」


 リギーというのは貨幣単位なんだろう。――地球で言う円くらいなのかな。ドルかも。にしても三億リギーて。多分多いだろ。やば。


「私の選手としては無名の選手を登録しろと。しかし無名で、近くの、よさそうな選手は根回しをされているらしく、負けは必至という状況で」

「恨みか金か。それとも両方か? とにかくそれで探したわけですか。救ってくれる人を」


 ダイアンさんがそう問うと、アリーさんも頷いた。


「はい」

「いやいやこれも運命かな」


 ダイアンさんは笑った。でも、なぜか泣いているように見えた。


「大会までほぼ一週間ですね。時間はあります。こちらにも。とりあえずは、念のため私が今ここに持ってきている『能力付与用りんごダーツ』を使います。とりあえず装着しますね」


 なんだか解らないままあっと言う間に装着された。頭の上にりんご。ベルトがついててガッチリしてる。りんごは揺れもしない。

 で、何やら四本くらいのダーツをダイアンさんが持ってる。


「これは抽選式で、何が当たるかは運によるとされています」

「運? マジで? りんごに当たるかどうかで違う?」

「あー……その真偽は定かではないです」

「あ、そう。……え? 当たらなくてもいいってこと?」

「そうかも、という事ですよ。ただ、命中しなかったら…痛いですよ」

「外さないでよ?」


 僕は両手で両目を隠した。目にだけは当てられたくない。


「では行きますよ」


 ダイアンさんが投げる。と、僕の頭上のりんごにそれが見事命中したようだった。そんな揺れを感じた。


「お、凄い」


 大きくない歓声はコースルトさんのものだった。

 怖っ。ダーツ、鋭利じゃなかった? 大丈夫? 腕とか当たっても大丈夫?

 やばい、目の前から手ぇどけらんない。


「次々行きますよ」

「こ、こいやおらぁ……」

「えいやっ」

「痛っ」


 肩に刺さった。

 と思ったら、急に体が痺れて…ってこれ電気流れてる!


「痛い痛い! 何これ!」

「すみません、そういう構造になってまして。じゃあ次行きますよ」

「当ててね!……お、ほっ、よかった」

「じゃあ次」

「おわあああ痛たたたたたた!」


 ……終わったようだった。これで僕に力が? 厳密には何がどうなったんだ。

 手を目からどけて見やると、ダイアンさんが僕に近付いてきていた。でもって、僕の周りから何かを拾い集めてた。


「え、何それ」

「りんごから出たものです。あるいは、外した場合にりんごが消えて、その中から落ちたものです」

「ほえぇ……。ああ、それが抽選」

「そうです」

「何? 何が出たの」


 僕はただダイアンさんが読み上げそうだから待っていた。

 彼が言う。


「速度、瞬間移動、大きさ、透明度ですね」

「パードゥン?」

「つまり……ユズト君の礎術(そじゅつ)はビーズの色を変えるものということで、分類すると、ビーズに作用する力のうち色を変えるもの、という事になります。そしてこのりんごダーツではその派生技を増やすんです、というワケで、ビーズの速度、大きさ、透明度を変えられる()()()()()()、その上ビーズの瞬間移動もさせられる()()()()()()ということです」

「え、ということは!」


 喜んだのはコースルトさんだった。

 そちらへダイアンさんが振り返って。


「かなり強いですよ、速度ということは念動が使えます。いわゆるサイコキネシス。戦いの要です」

「じゃあ……っ」


 アリーさんも喜んでる。これは大会に便利なんだなきっと。

 でも、ダイアンさんが苦々しい顔をした。


「いえ、覚えたばかりでは駄目です、当然、鍛えないと使い物にはなりません。それに、すぐには戦えるようになりません」


 そんな、という感じのアリーさんとコースルトさん。

 二人に向けてダイアンさんが。


「でも大丈夫。この状況を打開できる、かなりイイものが実はあるんです。では、あとはこちらでやりますので。一週間後を待っていてください。当日ユズト君をお届けします」

「わ、解りました……」


 そう言ったコースルトさんに向けて頷くと、ダイアンさんの視線が今度は僕に。


「ではユズト君も。お送りしましょう、今は夜です、あちらでもそうです、ご家族に心配させるワケには行きません」

「そっか、ありがとう」

「いえ」


 ダイアンさんは首を小刻みに横に揺らすと、手を前にかざし、黒い丸縁を持つ鏡みたいなゲートを捻出した。通っていく。と、着いた場所は、あの白い四角い枠でできたゲートの所だった。近くは崖で、ここからはやっぱり夜景が見える。


「とりあえずは先にご帰宅を」


 ダイアンさんが白い枠に向かって手をかざした。そして念じたらしく、枠の中の景色が変わる。


「では今日はこれにて。後日、探して見付けたらトレーニンググッズを持っていきます」

「じゃあ、また」

「ええ、また」


 そう言われてから、僕は白いゲートをくぐった。


 ――コースルトさん()はかなり暖かかったけど、さっきの崖上は寒かった。地球に帰ってきても寒かった。あの白いゲートは、もしかして似た気候の所だから繋がってたのかな。あとで聞いてみるか。

 ……

 …

 食事には間に合った。家族団らんの時間を過ごしたあとは、部屋で、こっそり礎術の練習だ。

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