018 資質と暗号
地球と礎球の違いを学んでおく必要がある。そのために今、テレビの視聴に集中していた。
とある南国の動物を取り上げた特集番組曰く、使術動物というのが礎球にはいるみたいだ。あえて人間はそれに含まれないように定義されているらしい。礎術らしき能力を使う動物を使術動物、植物なら使術植物と呼ぶのだとか。
ジオガードは、それらが人に害をなした場合についても対応するらしい。機動隊か何かが(僕はよく知らないけど)麻酔銃を撃つようなことなのかな。そうやって地域を守るってことなんだろう。
そして凶悪犯罪者に対しても。
と、強く意識して、視聴しながら礎術の練習をしたりもした。
暇さえあれば空手や柔道の特訓もする。ベレスと二人で。
空手も柔道も礎球には伝わっていて警察などでは大事にされる武術らしい。
庭の軟らかい芝生の所でのみその訓練を行う。
そしてある休憩中。
「凄いな。手際がよすぎるというか。速い。ベレスはどうやって学んだの?」
「昔、義足じゃない時代の兄に。稽古をつけてもらえたんですよ。最近は専ら同僚とでしたが」
「へぇぇ、実際こんなに強いんだから、護衛として凄く優秀だったんだね」
「私がですか? 凄くというほどでは」
「謙遜しなくても」
「……そんなに強いですか?」
「うん、僕はまだベレスに勝ってないし。勝ってみたいな、一回くらいは」
「そのままでもいいんですよ? 私は、礎術ではユズト様に一生敵わないと思っていますから」
「そんな。向き不向きや相性もあるでしょ? ベレスだって、礎術を使った戦闘で僕に勝ってもいいんだし。そのくらい、僕はベレスのことを強いって信じてるよ」
「そうですか……?」
「うん。ありがたいって思ってるくらいなんだから」
「……そうですか」
ベレスがまだ何か言いたそうにしている。そう見える。が、間があった。
しばらく待っていると。
「だったら……ジオガードになれたら……『私に強さを教え込んでくれた兄のおかげでなれた』と、兄のためにも、いつか言いたいですね」
「いいね、それ。それに、なれるよ、僕とベレスなら」
大事なのは、礎球での教養や訓練だけではない。
ジオガードになりたい人だけを集めてメンバー候補者として誘いたい、その場がほかのチーム結成の手助けにもなればもっといい。が、そのためには資金がいる。
この金の問題が今は最重要。
悩んでいることを聞いてダイアンさんが言ったのは――
「ザイガーフェッカーさんに頼んだらどうだ? ユズトが救った人のひとりだろ、どうにかしてくれるぞ多分」
「いいのかな」
「むしろ望んでると思うぞ、当時、礼金としてだって少しも貰ってないんだ、今貰うだけだ、コースルトさんも、施されただけの居た堪れない気分でいるのはな……とこぼしていた、貰ってあげるといい」
「そ、そうなの? うーん……なら、まぁ……」
「ただまぁ、最初から、助けたから寄越せという態度で接するのは別だがな」
「あぁうん、まぁそれは解ります」
他人行儀になってしまった。ちょっと打ち解けていたのに。
「食事が済んだらゲートで運ぼう、すぐにでも伝えるといい。礎球に来ていて挨拶もまだだろう。会えば喜ぶよ」
「そっか……まあ会っておきたくはあるかな」
――あ、そうだ、寄付金のことも気になるし、ついでに聞ける。
「いい切っ掛けになった、ありがとうダイアンさん」
「いえいえ。ふふ。提案した甲斐があったようだな。それで――今後、ドナのことも、よろしく頼む、な」
僕らのあいだでの特別な心配をしている――というのがよく判った。あの印のコトだ。
「うん」
真剣な相槌。
そんなこんなで、夕食後、ダイニングテーブルのすぐそばに、ダイアンさんの丸いゲートが鏡のように――実際、鏡のゲート化と同義の能力であり、それらしく――目の前に現れた。
無から捻出するという派生技があるらしい。それ一本の人もいるとか。その場合念じ続けるのが途切れると、その瞬間、出現した対象は消えるのだろう。
だから気をつけて通る。できるだけ早く。
その先に、コースルトさんとその使用人が既に待機していた。ダイアンさんが事前に電話しておいたからだった。
暖かい客間。上着を一枚だけ脱いだ。
僕とダイアンさんを見ると、まずアリーさんが一礼した。
ただ、無言だった。そんなアリーさんの横からコースルトさんが。
「久しぶりだなユズト君、あの時は本当にありがとう。今後礎球にいるという話らしいが、それならリギーも使えるだろう? あの時のお返しとして手助けさせていただきたい、別の何かにじゃなく、ユズト君に直接」
「あ、あぁ……まぁそうですね、解るんですけど……その……折角の寄付金を持ち逃げされてるから、まずそっちを……もう一度寄付していただけたら嬉しいなって」
「ますます協力したい、さあギリンズ、小切手の用意を」
アリーさんの近くにいた線の細い黒髪の男性が部屋を出ていった。彼がギリンズか。
そうして運ばれてきたのは黒いバッグ。
客間中央のテーブルにそれが置かれ、コースルトさんがニヤリとした顔で開ける。
中を見てコースルトさん自身が驚いたようだった。
「少なくない? もっとお礼したいんだけど」
「あ、はい」
再度出ていったギリンズが戻ってきた。その手に札束が。
入れられる様子を何となく数えてみた。札束は十二個ほど追加された。
「これで幾ら?」
コースルトさんが聞いた。するとギリンズさんが。
「三千万リギーです」
「うむ。では、これを貰ってくれ」
「あの。……寄付もお願いしますね」
「解っている。解っているよ」
コースルトさんはうんうんと肯いた。
三千万リギーの礼金を受け取った。手にずっしりとバッグの重み。
「大事に使います。ありがとう」
「こちらこそ。助けてくれて受け取ってくれて、お返しできたことが嬉しいよ」
「そっか……。じゃ、また」
「ああ、また」
そうして軽く会釈して、コースルトさんの屋敷からダイアンさんの家へと、丸いゲートで戻った。
暖かさが段違いだった。急に肌寒く感じる。
戻ってすぐ、リビングにいたドナから声が掛かった。
「服、買った? 今度一緒に買いに行こうよ」
礎球での服はどんなものがあるんだろうか。
「ん、そうだね、服のことも店のことも知りたいし」
そんなワケで、明日は服屋に。
……そして翌日。
ダイアンさんに連れられて銀行に向かい、スキンヘッドの銀行員と話し込んだ。
話題はコバルトカード作成について。
まず僕が信用を得る必要があった。レジリア礎術大会優勝経験と、ジオガードになるという目標、ゼフロメイカ家の養子、地球に逃げたハーミット逮捕、フィンガーズの秘密を暴いたこと、レイシー・ピアーソンとその仲間の逮捕に協力してドナを救ったこと、これらの事実による信用で作成の申請を行った。
そして……
「よし! いいでしょう!」
信用を得られたようで、コバルトカードを頂けた。
――これが、僕が礎球で使うカード……
「今日はドナと服を見る約束があるんだったな」
「うん、僕が礎球で着る服も今は借りてるものばっかりだしね」
「楽しんでくるといい」
「うん、ありがとう」
そんなこんなで服屋。
暖かい所で、もしくは暖かい時期に着る用の服も選んでいく。
意外と、茶色のポロシャツが僕には似合ったらしい。白や紺、黒などよくあるものも選んだ。
ズボンは基本ジーンズ、もしくはチノパン。寒い時期用としてはコーデュロイ――といったものが、礎球の店にもよくあるみたいだ。
「私からも、お礼ってことで」
「いやいや、折角だから」
「折角って言ったらそれこそ。それにあの時は、印に選ばれただけで私を救ってくれたんだから。お礼させて」
「……そっか。ありがとう」
「ううん、こっちこそありがとね。今も、気にしてくれてるみたいだし」
「ああ、うん。……あんまり一人にならないようにね? 念のため今も言っといた」小さく笑うと。
「はは……うん、解ってる」ドナも小さく笑った。
まだカードを使えてはいない。代わりに、人が物を購入するのを見るのも勉強か――と思うことにして、全てを観察した、そういう一日になった。
この日、ドナを護衛する人は特にいないように見えた。僕が隣にいたからだろう。それを言うと――
「いつもはちゃんと護衛されてるのよ、遠巻きに、だけどね」
と言っていた。
そして早くメイさんと一緒にいたいらしい。――まだメイさんは本調子ではないってことか。
服も揃い、礎球での洗濯方法も知ろうとしてみた。洗濯機そのものや説明書を見て思ったのは、『やっぱり地球とそう変わらないな』だった。
色々と解ってきたところで……ジオガードの自分のチームの候補者をどう集めるかと考えた。
チラシかネットか。色々と手段はある。
ただ、前もってベレスに相談すると、
「これを見てください」
ゼフロメイカ家のパソコンで何やらカタカタとしたあとでベレスがそう言った。
覗き込んで見たのは、ジオガード殺しの犯人……絨毯を操る男が数年前に捕まったというネット記事だった。
「ジオガードにいい感情を抱いていない犯罪者は……今は少ないですが表面化していないだけかもしれません」
「そっか。まあ多いにしろ少ないにしろ呼び込まないような集め方がいい……か」
「ええ、できれば」
ジオガードになりたい礎球の現代人はネットを使って同志を集めてはいないらしい。そんな掲示板なんかは見当たらなかった。
安心して来てもらいたい。そのためにはかなり奇抜な方法で人を集める必要がありそうだ、資金もかなり要るかもしれない。
――ネットを使った場合、どっち道それを見てねっていう段階が必要だしなぁ……そうだなぁ……別の方法……ん? 待てよ、新聞広告なんかは使える……? ああいうのってどうやって載せるんだろう。とにかくそれができたら、新聞を多少読む人が仲間になりそうなんだよな……それは嬉しい……僕があまり読まないから、その意味でも……
自分でもある程度は読むつもりではあるが……あまり乗り気になれる気がしない……自分が興味を持ったことだけを見たりやったりする質だから……と思いながらベレスに聞いてみた。すると。
「スピルウッド州とイーヴィストン州には耀月新聞の読者が多いです、その社に依頼を出せばそういった人にかなり伝わるかと」
「そうなんだ、へえ……じゃあそれで行こうかな」
「ちなみに広告は位置によって料金が違いますが……どういうものを載せますか? その長さにもよりますよ」
「えぇっと、んと……じゃあそれを決めるから、決まるまで待っててもらってもいい?」
「私はいつまででも待ちますよ」
「ありがと」
まずはどんな暗号にするかだ。……できるだけ短くすれば安く済むっぽいよな、ってことは……
ああでもないこうでもない……と、試行錯誤した。一点集中。
結局こうなった。
すげ、すにもに、すどもか、すげもに、かどすげどもすげ、にきげにににげかもに、かかどかすげ、にきげにどきどにどかげかげげ、げげ、どかすげ、げげすにすにもにすどどにきげかどもかすす。すどどにかげかどすげ、にきげにどす ユズト
結構長くしてしまった感がある。ただ、これ以上のものを作れる気がしない。
これを見て、ベレスが言った。
「……本当にこれにするんですか?」
「する!」
僕が目を輝かせたからか、ベレスは、しょうがないなという感じの口を閉ざした笑みを浮かべて、だからか鼻息で微笑みの吐息を漏らした。
「え、ダメかな」
「ふふ、いいですよ。ただ、これを載せるなら、そうですね……この『突き出し』くらいがいいんでしょうかね」
記事掲載方法の一つに『突き出し』というものがあるらしい。ベレスから説明を受け、そこに暗号を載せるために電話をした。
「――はい、その内容でお願いします。……はい。はい、そうです、え、や、その……本当に暗号でして、集まる人のためですので。はい……はい、そうなんです。……はい、では。本ッ当にありがとうございます、失礼します。では」
ゼフロメイカ家の固定電話での通話だった。
ふう、と溜め息を吐きたくなった。隣でベレスも聞いていて僕の困り様は痛いほど見えていただろうから。
やだなぁ、という顔をしてしまってから僕が見ると――ベレスは、やっぱり薄く微笑んでいた。
受話器を置いて、ベレスに今度は体ごと向き直る。
「三百万くらい使うんだって、一回だけの掲載だけど、広い地域にってことで結構な額になった……っぽいね」
――残り二千七百万くらい。まだまだあるな。……とりあえずあとは、ちょうどいい場所を探して……と。
「ここはどうかな」
パソコンを見ながらだった。
「うーん、こちらの方が利便性が」ベレスが地図の画面のある一点を指差した。
「じゃあそっちで」
もう一つの場所、コオーカー区の『ここ』へと電話して……と。
「――そうです、変なお願いだとは思いますけど、そういう企画としてご理解いただければと。……はい。あ、よかったです! よろしくお願いします! じゃあ当日、お世話になります、ご協力本当にありがとうございます。はい。では」
――ふう、電話ってなんでこんなに難しいんだ。
体が熱を発している。緊張のせいか。それとちょっと恥ずかしかったし。
とりあえず家にいながらできる準備は終わった。
後日、その『とある場所』へ行って、直接『ある金額』を支払った。
そしてとある日まで、ベレスとの訓練は続いた。
「今のはびっくりしましたよ」
僕を地面に叩きつけたベレスが言った。
「そう? くぁ~、でもなぁ、まだまだな気がする、ベレスは本当に凄いよ」
「役に立っているようであれば何よりですよ」
「本当に役に立ってるって。マジで」
ベレスはやっぱり強い。そんなベレスが言うには僕もかなり強くなっているらしい。相手が強過ぎると実感が湧き辛い気がするが、まあ、嬉しい限りだ。




