017 決意
ジオガードの話を初めて聞いた時は、自分よりもっとずっと強いんだろうと思っていた。でも。
――そうだ、あの連中でもなれたんだから。ベレスさんなら絶対――
診察と治療の代金をアデルさんが支払う中でそう思った。それから、本当に地球人が礎球に住むことができるか確認したくなった。それができなきゃ本末転倒だ。
聞いた僕にドナさんが言う。
「できるよ」
「ちなみにどういう方法になるかな。僕の考えと一緒ならいいんだけど」
「えっとね……ユズト君の戸籍って礎球には当然ないでしょ? てことは、困ることがあるって役所の人も判断できるし……養子縁組すればいいのよ、そういうのをお父さんが前に言ってた、その方法になるはずよ」
「そっか、なるほど。よかった想像通り。それならベレスさんとチーム、組めそうだね。言った手前できなかったらどうしようかと」
「ふふ、そうね」あまりにも笑う。
だから。「そんなに笑うかな」
「笑うわよ、だって壁が一つ取れた気がするもの」
「……そっか」
今また左手のひらを見てみた。ドナさんは笑っているけど、この手の印は消えていない。僕はまだ完全にはドナさんを救えていないみたいだ。
ドナさんを助けるためにも、これはいい方法なのかもしれない。僕は礎球にいた方がいい。
――二人との関係がなきゃ、きっと地球にいるんだろうな、ずっと。取り締まる仕事に興味があっても、きっと地球のその辺の職に就いてるだけ。きっとそうだ。でもジオガードのことを知った。ドナさんとのこともある。礎球のことには興味もある。……ちょっとだけワクワクする。だから選んだ。……前向きに思えている気がして、なんかいいな。
そう思えたことが誇らしくすら思えた。
アデルさんがカウンターから戻ってきて、座っていた椅子から僕らは立ち上がった。
「じゃあ送るわ、まず話し合ってもらわないとね。それにお腹ぺこぺこ」
「だね」
クスリと笑った僕の前に――がらんとした待合室の通路に――赤い札を持ったドナさんによる八角形のゲートが開いた。
赤い許可カードを持ったドナさんが出現させたゲートは当然あの崖上に。そこからリンクゲートを開き誰もいない公園を確認してから星を渡った。それから家へ。
途中、気になって聞いた。
「そう言えば。何歳からジオガードになれるの? あの人たちも随分若かったけど」
と僕が問うと、ベレスさんが言った。
「一応……強くて凄いことだけが条件ですから……実は、十一歳から可能です」
「十一!」
「ただし条件はあります、少なくとも二人は成人がチームにいなければならない、という――」
「へぇぇ、なるほど……じゃあ僕が今すぐなんてことも」
「ええ。できますね」
家に到着し、入って母を見つけた。
「ただいま」
ベレスさん、ドナさん、アデルさんを連れた状態で声を掛けた。
三人はなぜここに? とでも言いたそうな母に事件についてだけをまず話した。知った母は、何てことをしてたの……という感じの顔のあと、悩ましそうにして、そのあとホッとしたみたいだった。
夜、食事を共にしたあと。話し合いはそんなに長くはならなかった。
「解った。そう望むんならそうしなさい。きっとあなたは凄いジオガードになる」
面と向かってそう言われるとは。正直照れる。
もしジオガードになれたら――まぁなれない気はしないけど――お母さんの故郷を滅ぼした犯人たちがまだ捕まっていないらしいし、それを捕まえることもできる、僕がそれをしようと思えばできるかもしれないな、この手で。
その想いを話さなかった。思い出させるのが嫌だったからだ。
夜の御飯のあとすぐ、ベレスさん、ドナさん、アデルさんの三人は――
「お邪魔しました。御飯、ありがとうございました、ご馳走様でした」
と、礼をして帰っていった。
……そして次の朝がきた。
大事な話は別の所でもする必要があった。学校や空手道場。
学校でまず担任に話すと――当然言えないことは省いたが――
「まあ当然だよな、お前みたいなやつが更生できればいいと思ってたんだがなあ俺は」
先生はどうやら僕の決断を逃げ道のように捉えたようだった。顔も怒っている。僕の評判を知っているのか――嘘の評判を。
「僕を信じてください、あんな写真はでっち――」
「どうやって信じろってんだ」
口調から、もう無駄だと感じた。
毅然とした顔を、僕はできているだろうか。できていると信じて、一礼して話を切り、去った。
学校を去れば次は空手道場だ。
挨拶を夕方することにして、家に帰ってからは礎術の練習やすり足の練習をしたり、空手の型を確かめたりした。
そして夕方。
「短い期間でしたけど、お世話になりました。この経験を大事にしたいと思います」
「空手はやめるの?」
「いえ。やめはしません。ここにほぼ全く来れなくなるだけです」
「……そう。じゃあ、その手足で、誰かのための何かができるように祈っておくよ」
「押忍。ありがとうございます」
それから――
礎球。
リンクゲートに迎えに来てくれたのは、ダイアンさんだった。
「やあユズト君。いや、ユズト。キミは今日からユズト・ゼフロメイカだ」
「え、ゼフロメイカ……? っていうと……」
「さあ行こう。養子縁組の手続きだ」
「ちょっ……待ってくださいよ。え、僕が誰と縁を組むかは――僕も考えてたんだけど、もしかして」
「ドナは義理の姉ということになるな!」
「いやいやいやマジ?」
「はは、いつかのお礼だよ、手間が省けたろ」
話が早いから助かるが、急すぎてびっくりだ。
……そして向かったのは、シミーズ市の、市役所。
書類を書き提出し、待合所の椅子に座って処理を待つ。
そのあいだにヒソヒソと何やら話す声が聞こえた。そして警備員みたいな制服の人がやって来た。肌の浅黒い人だ。
――礎球にもこういう人がいるんだな、筋肉凄そう。でも色んな人がいるんだろうな。あ! 地球にない肌の色とかいないかな……友達になってみたいかも。
その浅黒い人が言う。
「こういった手続きは慎重にやらなくてはならない……二、三、質問があるが、いいかい?」
「ええ」
「ユズト君……だね。キミに身寄りがないことを……えええ! 州知事!」
急に話のハンドルが切られた。
まぁでもそうだろうな、と思ってからも言葉は続いた。
「自らここにッ? ダイアンさんは本当に凄い人なんだよ、いいねえキミはそんな人に拾われて!」
「は、はあ……」
「ここまでまさか直接足を運んでるとは。握手してください」
ダイアンさんと握手してから、彼がこちらに体を向け直した。
「ダイアンさんが引き取り手ならかなり信用度も高い! ただ、それでも聞いておかなきゃいけない。キミの出自は? どこなんだ?」
「一応地球です」
「地球ッ?」
「ええ。で、礎球に来てから身寄りがなくて」
「ははぁ……まあ、たまに、本当に稀にだけどね、いるんだよ、そういう人。あー、じゃあ、地球に戻りたい訳では……?」
「ないですね。礎球にいたくて来たので。僕、礎術も使えるんですけど、その関係で親から聞いて礎球の存在を知ってて。で、ちょっと、地球にというか、自分がいた地域に居辛い状況になってて。で、やりたい事を考えた時に、こっちに来るのがいいと思って来たまではいいけど、誰も頼れなかったんです、で、少し前にダイアンさんに出会ってて……」
一応、嘘ではない。全て言葉としては事実。
「わっかりました。では、私が第三者のサインを書いておきますので、引き取り手のダイアンさん、養子になるユズト君、並ぶようにサインをお願いします」
「はい」
そんなこんなで……一度帰ってきた書類に彼がサインをして、それに僕らが連ねた。それを再提出。そして。
「受理されたかされなかったかに関わらずお知らせが届きます。数日お待ちください」
「解りました」
「さあ帰ろう」
言われて、注目される中、市役所を出た。
その日から、僕の家はゼフロメイカ家だ。客室に使える部屋が幾つかあったようで、その一つを宛がわれた。不満はない。
ベレスさんは僕のチームへの誘いを受けてダイアンさんの部下をやめていて――ゼフロメイカ家で待機していた。今や僕専属の護衛みたいになっている。
リビングのソファーに座ってダイアンさんやドナさんを待っている。そんな時に、隣のスツールに座っているベレスさんが言った。
「今まで私のことをさん付けで呼んでいましたが……もうこれからはベレスとお呼びください」
「そんな。呼び捨てなんて」
「いえ、呼び捨てで構いません。私だけではありませんよ、ドナ様もそう仰っていました」
「ドナさんも?」
「ドナでいい、と。もしくはお姉ちゃんと」
「お姉ちゃん……か。お姉ちゃん……うわあ、なんか変な感じがするな」
「ふふ、慣れてください」
――ドナと呼ぶことには多分なるな。他人行儀になるのが嫌なのかな……。今後はそれでいこう……
そう思ってから聞きたいことを思い付いた。
「チームのほか二名を集めるのは……いつまでにやんないといけないのかな。特定の試験日とかがあったりするの?」
ベレスさん……改めベレスと話す時は、最近は砕けた話し方ができている。
――ちょっと親しくなれたんじゃないかな。
ベレスの冷静沈着な声が返る。
「決まった試験日はあります、毎年……年に二回。次のは一月二十七日です。余裕を見て一月十日くらいだと思っていればいいかと」
「なるほど」
そして夜。『義理の姉』が帰ってきた。
「ただいまぁ」
「おかえり、ドナ」
僕が言ってみると、ドナは一瞬止まって、それからクスッと笑った。
「ただいま、ユズト」
にこやかに言われた。養子とはいえ弟ができたのがかなり嬉しいらしい。
――そういやドナからも呼び捨てだったな今。前は君付けだったと思うけど。……うーん……何というか、くすぐったいな。
ところでドナの不安は減っているのか。気になって、左手のひらを見てみた。印はまだある。
「あの……ドナ」
「うん?」
「印がまだ消えてないんだよ。もしかして今、何かに巻き込まれてるのかな。というか、何かに不安を感じてたり?」
「ううん? そんなことはないけど」
「……そっか」
とにかく、早くこの印が消えるといい。多分あれほどの助けが必要なことが起こるんだろうけど、そんな事なんて、少ない方がいいに決まってる。
………そして。
数日後の朝。
礎球の新聞を読んでいると、フィンガーズ逮捕、という文面があった。結構大きな事として取り上げられている。
記事には名と礎術の詳細も連ねられていた。
金髪のナック・ボレチェットはウォレットチェーン使い。
銀髪のコビー・アンプショーはスプーン使い。
青髪はヒッタブル・リングソン。氷放つ指輪の使い手。
黒髪はケスリー・ニファーゲイン。彼の力は特殊だったらしい――ナイフの束に念じれば斬撃位置記憶、刃に念じれば斬撃再現。――操作対象はナイフか。
緑髪はニッパー使い、名はオージャー・ピナー。
彼らはその力を使えない状態で、今や塀の向こうらしい。
正直、彼らの力は善行に十分使えただろうと思う。ジオガードの一員でなくても、たとえば、ケスリーなんかは何かの工場で使えそうだ。でも今や使えない。ダイアンさんが前に言っていたことによれば、埋め込まれたチップで封じられているはず。
――あれ? 義理のお父さんか。どう呼べばいいんだろうなぁ。
フッと笑みがこぼれる。何だか少し照れ臭い。このままダイアンさんでいいか。
そこで気付いた。
――そうか、このナイフの力で意表を突かれてアデルさんとかも……怪我するのが解っててかばったと聞いたけど……
気付いたことを聞いてみると、ベレスが言った。
「ああ、ケスリーですか。彼の力は私も知っていたし、話したことがあります。容姿や操作対象からアデルも気付いたんでしょう」
「そうだったのか。なるほどね。それで……――あの怪我、どのくらいなのかな、治るまでは」
「数か月掛かるそうです。でも気にしないでください。最近酷い事件が多いですが、どれもギリギリで防げています。ユズト様のおかげなんですよ」
「だといいけど」
「みんな生きています。死んでいたかもしれない」
「そうだね。命があってよかった」
――そうだ。そういう命のために、僕はジオガードになる。
そのための残りメンバーは、あと最低二人だ。




