015 開くべきではない穴①
夜の暗闇にポータブルLEDライトが光る廃ビル。その三階。そこへと急に運ばれたハーミットは即警戒したはず。
向かい合った状態で左右にはガラスも手擦りもない大窓。飛び下りて逃げるなんてこともされないように、左右にベレスさんやアデルさんが向かって退路に立ちはだかる。
ドナさんはアデルさんの背後へ。
ハーミットが今手に持ったバッグから白い仮面を取り出した。それをこちらに繰り出してきた。
――速攻叩く!
拳大のビーズを貫通させると、その仮面はカラコロと音を立て床に落ちた。
――よし、ほかにあっても全部こうすれば――
その時ハッとした。目の前に仮面が浮いていた。
ただ、その瞬間、高速で放てば貫くか割るかすることができる。それに集中しようとしたら――
「――ッ?」
殴られた。その感触だけがあった。
――何だ! 今どこから!
ハーミットが笑っていた。
「ぐっ、また――!」
右脇腹じゃなくてよかった。ただなんでこんなに何もない左側の空間から衝撃が…と、思ってからパズルピースがはまる可能性のようなものを感じた。
――そうかコレ、仮面の位置に見えない分身がいるようなモンか! 少し離れてるのにハーミットが右フックの素振り! それが見えない打撃の正体!
だったら仮面を、とにかく破壊して無力化――!
仮面が高速で飛んできた。三枚。
こちらからは弾丸。顔ぐらいの大きさのビーズの弾。
――くそっ! 一個外した!
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自分の指に光る宝石を見ながら――『仲間が使えるなら俺には必要ねえよな』と思いながら、言葉にした。
「いやぁやっぱり便利だよな、コビーの占い」
スプーンがクルクル回って空中で倒れたみたいになる。持ち手の向きに、今回の獲物がいる。
「あっちだ」
コビーが言った。
並木道を歩く。チーム全員、準備は万端だ。
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飛んできた仮面のうち最後の一枚が目の前で静止した。こちらに何らかの攻撃が来そうになる。
だけどその時、何の衝撃も来なかった。おかげでこちらからの武器破壊が間に合った。
ハーミットの方を見てみた。
エメラルドに光るハンドベルが巨大化してハーミットを包んでいるようだった。上からすっぽりと逃がすまいとするかのように。いや実際そうなんだろう、アデルさんがそうしているに違いない。
――なるほどそのおかげで。
「アデルさんありがとう、解いた瞬間叩き込むからよろしく」
そう言った僕にアデルさんが肯いた。
足元にはさっきの仮面はもう全部散らばっている。
ハンドベルはと言うと、浮き上がって小さくなりアデルさんの手元へ戻った。
その瞬間には、もう、特大ビーズがハーミットの腕をハンマーのように叩いていた。
「ぐっあ――!」
腕を弾かれた衝撃で奴の握力が弱まったんだろう、その手からバッグが自由になった。床に落ちたそれに向けて叩き込む――ビーズの特大砲撃!
激しい音と振動。これで恐らく完全に無力化できた。
一息つくその間にハーミットが膝から崩れ落ちた。そこへ言い放つ。
「抵抗するなよ」
「くそっ……!」
悔しそうにしてもハーミットは動かなかった。諦めたのか。
ベレスさんの方から白い結束バンドが飛んできた。何だと思って眺めていると、ソレがあっという間にハーミットを拘束した。後ろ手に。それから足も。
「なぁんだ、もう終わってんじゃん」
三人やハーミットの言い方ではなかった。急な声音にビクつく。
そして振り向く。
ベレスさんのいた方の大窓付近に三人の男の姿。金髪と銀髪と青髪。
銀髪の男は白い服を何着か畳まれた状態で持っている。青髪の男は黒いバッグを持っている。金髪は手に持ったチェーンを上に投げたその手で受けるという片手でのお手玉のような遊びをしていた。
――終わってる、って? 追っ手か? ハーミットを……だよな。
僕がそう思っていると、ベレスさんが言った。
「うん? フィ……フィンガーズ……」
「……? 何ですかそれ」
「ジオガードです」
「……そっか、身柄を拘束しようと。じゃあ明け渡せばいい、と」
ハーミットを明け渡すためその背に回り込もうとした時、視界の端に――
――ん? 階段の壁に誰かが動いて隠れたような……。フィンガーズ……指? 四人……か五人だったり?
金髪と銀髪と青髪がいる大窓の方を見る。どう見ても三人でしかない。
「ほかにもいるんですよね?」と僕がベレスさんに問うと。
「そうですね、全部で五人。ほかの人はどこに?」
ベレスさんが彼らに問うと、左右にある階段からそれぞれ一人ずつ現れた。振り返って左手からは黒髪の男が、右手からは緑髪の男が。多分さっき見たのは黒髪だ。
「なるほど挟み撃ちで逃がさないように。よく考えられてる」
とベレスさんが言うと、青髪の男性が話した。
「じゃあほら、そいつの身柄をこちらに」
「ああ、はい」返事はベレスさんが。
新たな二人を見たあと、最初の三人のほうを見てみた。
ちょうどその時、青髪がスポーツ用らしきバッグを置いた、足元に。甲高い金属音が鳴った。
畳まれたままの、五着くらいの白い服も、銀髪の手から落とされて音を立てた。布らしい音。恐らく拘束パーカー。
――何か、違和感があった。
ただ、違和感の理由が見えにくかった。頭に何かが巡って、胸がそわそわする。
ハーミットに近付こうとするベレスさんを、僕は止めた。
「待って。ねえ。ハーミットを明け渡したいけど、完全に抵抗されないようにしてからにしたいんで、ちょっと待っててもらってもいいですか?」
「ああいいよ」
青髪が承諾してくれたので、まずベレスさんに頼んだ。
「結束バンドで膝を」
「え? はぁ、解りました……」
「優しくしろよ」ハーミットが注文を付けた。
その膝が縛られる間に小声で聞いてみる。
「彼らフィンガーズについて、何かこう、怖いイメージがあったりしません?」
「え、さあ……」
「えっと、じゃあ……彼らの任務での、被害者の割合とかって知りませんか?」
「それなら、確か、運が悪いとは言われていて。多いらしいです。悲劇の凶悪犯請け負いチームだとか」
「なるほど。悲劇の……請け負い……。じゃあ、ドナさん」
呼ばれてドナさんが歩いてきて顔を近付けてきた。そのそばにアデルさん。
ドナさんだけにでも聞こえればいい。だから小声で。
「ある物を見付けたいと思ってほしい」
どう見ても、えっ、という顔――そんなドナさんが、
「何」と小声で僕に。
「探すのは…彼らが隠しごとに何度も使っている金属の道具」
ほぼ二秒後、ドナさんから赤い光が生まれて飛んだ。そしてバッグに吸い込まれた――ように見えた。…も小声で促す。ついでにハーミットからは印が消えていたんだなと気付いた。
それはもう答えだった。
なぜ探せるのか、発動するのか。……目的の物が本当にあるからだ。
――どいつもこいつも。本ッ当に……
彼らもこちらが知ったことに気付いた可能性がある。考えを逸らすには――
「今のは……こいつの体に異常がないか検査するための、礎術の光です。すみません、何も言わなくて」
「いや、それなら気にしなくていいよ」
彼らは微動だにしない。どうやらうまく騙せているらしい。
「きつさを確かめて。バンド、あと幾つ残ってます?」後半は小声。
「あと十個ほど。……?」
返事は小声だった、察してくれたらしい、理由は解っていないらしいが。
結束バンドの数については、余裕があるならどうでもいい――もし少なければハーミットを縛った幾つかを解けばいい。
ベレスさんはハーミットの足首にあるバンドの締りや後ろ手のバンドのきつさを確かめ始めた。そのあいだに、更にドナさんに言う。
「あれは証拠です。戦うことになります」
「え」
「合図をしたら全員を各階にゲートで移動。ただ僕の相手は二人でいいです。あぁ、ドナさんは無理しないで」
「え、あ……うん」
それから彼らに向かって立った。言い放つ。
「あなたたちは、アレですよね、追跡中の犯人とか被害者を仕方ない振りして殺して埋めてますよね」
「え。今なんて」
ベレスさんが動揺した。声で解った。僕はそちらを見てはいないが、驚いた顔が目に浮かぶ。
「あはは! くく、何を言うかと思えば。あははは……なぁんだ解っちゃった?」
銀髪の男が言った。……ニヤリと笑っているように見える。
正直、言い当てたくなんかなかった。
少し前のドナさんへの発言はこういう意味だった。『ここで乱戦になると戦いにくい。それぞれを一対一になるようにして倒した人がほかの人を助けにいければいい、バラけさせよう』
だから各階に。
――みんなとならやれる。ドナさんも無理はしないはず。釘も刺した。それに護衛の二人もいる。助けあえばうまくいく。だって僕はドナさんを助けられるはずだから。『この印』があるから。
思考は一瞬だった。
「ジオガードなのに」ベレスさんが喉を震わせた。悲しみと怒りが込められたように、言葉になる。「ジオガードがなんてことを! なんてことを!」
「今だ!」
僕の声で、ドナさんがゲートを出した。茶色い枠の、八角形の、鏡の、幾つものゲート。対象の頭上に。そして位置座標を下げる。足元へと。
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全員を瞬時に送り込んでゲートを消したあとは、自分も向かった。
三階には、ユズト君とハーミット、青髪と銀髪。四人にはゲートなし。あそこが三階だったから。
四階は無人。
五階には、ベレスと金髪。
六階には、アデルと緑髪。
七階。ここに私と黒髪。
逃亡させないためにはこのくらいの処置が必要だと思った。私が戦うのは間違いかもしれないけれど。
――多分、ユズト君も私が戦うなんて思ってないかも。でもあの印がある。ユズト君が助ける私は、まだ生きるはず……逃がすような瞬間を作るワケにも行かないし……
黒髪も、足元のゲートが消えることを予期した。そのはず。軽く横に跳んでいた。あれは脚の切断を避けるためのはず。私もそうした。ゲートを通る全員がそうしたはず。
恐ろしい戦いになる予感はあった。無理はできない。何せ相手はジオガード――
ジャケットの内ポケットからか、黒髪がナイフを取り出した。
「俺は弱いからチャンスかもなぁ」言った黒髪は悪い笑みを浮かべている。
信じる訳がない。
私の礎力は、あと少し戦えば底を突くはず。その意味でも全く手を抜けない。
黒髪が何度か切り掛かってきた。どれも避けた。
何を企んでいるのか判らないからか余計不気味だ――なぜこんなにも避けやすい攻撃ばかりしてくるのか。
ある時、ふと。
「いっ……あ……っ!」
突然、肩に痛みが走った。ナイフがこちらに当たったワケでもないのに!
――何! 何が!
怖さで縛られる。どこに注意を向ければいいのか。
相手は取り締まるほどの力を持つジオガードの一員……――でも私は生きるはず……ユズト君が私を助ける機会がまだあるはず……! きっと大丈夫、どうにか耐えればアデルかベレスがきっと! 私はきっと! 大丈夫……!
――息が乱れる自分に、心の中で何度も言い聞かせた。
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目の前を見て、誰が自分の相手なのかを知った。ナック・ボレチェット。金髪のウォレットチェーン使い。
腰からぶら下がっていたのであろうその鎖は手の上で弄ばれていた。それが今、投げられた。
こちらも――その間にポケットから結束バンドを取り出していた。それを放つ。
対象物同士がぶつかり、抵抗を感じた、ぎちぎちと。
「ナック・ボレチェット! 尊敬していた……尊敬していたのに!」
許せない。許せない。強い想いで操る。
拮抗する。ナックもまた強いのは当然。ジオガードだから――いや違う……もはやジオガードですらない。
礎術を用いて人を罰し人を守る、その資格を得た者が、堕ちた。いや、堕ちていたのだ、既に!
――できれば目を覚ましてほしい……これ以上間違う前に!
互いの武器が巨大化してぶつかり合う。何度も何度も。
そしてある時。
私の腰の高さで、私を中心に置くように、巨大化したチェーンが輪を作り、私を囲った、ぐるりと。
ゾッとした。
とっさにしゃがんだ。
ウォレットチェーンの輪の中がゲート化した――というのが下から見ても判った。柱の位置なんかが微妙に違う。
一瞬遅ければ……私は……――
ゲート化は、その空間をどこかと繋げる代わりに、その空間を寸断する。……真っ二つになるところだった。
と、危機を回避したと思ったところで、ハッとした。
――鏡は片面タイプ……これは円の両面タイプ……ッ!
下にチェーンのゲートを移動させられたら、まだ切断させられうる。
逃げなければならなかった。必死に、地を這い転がり、チェーンの外側へ……
「くっ……」
その時には巨大チェーンが消えていた。ナックの姿も。
逃げられた。
こんな攻撃をするほどまでに堕ちている……そう感じて手を強く握り締めると、私は走り出した。
――どこだ……! とりあえず下へ!
階段を見ると、そこには5の文字が――
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ハンドベルで応戦し、緑髪の操る巨大ニッパーを無力化。できそうな気はしていた。弾くのもできているし、こちらの武器にはほとんどダメージがない。
何度も武器同士の衝突が起こったあとで、緑髪が走って逃げた。
「待て!」
追って階段の壁を見ると、そこが六階だと判った。
足音が目立たない。――上か下か……くそっ。
それならと、上へ向かった。
――上をちらりと確認して誰もいなくても後は下りるだけ……全階確認するならこれが早い……
階を上がった先で壁を背に、慎重に広い空間を見やる。と、ドナ様を見つけた。
黒髪がドナ様に言うのが聞こえた。
「そこでいいのか?」
ドナ様は、どうやら敵の術中のようで――黒髪は、ほくそ笑んでいるようで――
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急に……あまりの速さで……目の前にアデルが現れた。アデルは、私と位置を入れ替えるように――手を取って踊るみたいに――私の元いた位置に立って私をぐるりと動かした。
――え?
瞬間。バッと何かが舞った。数秒後に理解。舞ったのは血。
――なんで。なんで。どうしてッ!
自分の死を怖がる中、アデルを失いそうな怖さまでが胸に満ちた。手を繋いだままのアデルがコンクリートの床に膝を突いている。今なぜか苦しみにもだえはするものの、ほかに動きを見せない……
――アデル、なんで。私のせい? そんな……
「ああああッ!」
悲鳴というより慟哭だった。それで敵が倒れればいいのにと思った、それほどの悲しみと怒りの漏れ。
私は鏡を生み出した。ゲート化したもの。だから一対。それを両方、敵に投げるように飛ばす。
黒髪は――相手は――二つとも避けてしまった。
――避けないでよ……私から奪わないでよ!
必死に繰り出す。避けられる。礎力がなくなっていく……
――嫌だ、死にたくない、死なせたくない、アデル、アデル……!
私の慣れない操作で当てられないならと、やり方を変えることにした。
――当てるんじゃない……はめ込む!
一対の八角形の鏡のゲートの片方を、黒髪に向けて飛ばす。相手が避け始めたら操作を止め、角度を変えて相手を追わせると見せ掛けてナイフを追わせた。
くぐらせる。刃の部分だけはゲートを通った。
――今!
礎力を込めるのをやめると、鏡も消え、刃も……こちらの足元でカランと地面に落ちた。そうなったのはゲートの片方がこちらにあったからで――
ふと、黒髪がまた。
「それでも、そこでいいのか?」
寒気がした。
この時、全礎力を使うべきだと理解した。遠くに物を生み出すのは難しい、遠くの物を操るのはもっと難しい、今の私なら気絶させるほどの操作はできない……セオリーを解っていて相手は距離を取っているんだろう。だからこそ全てを込める。
黒髪の言葉が気になって横に動いた。その時、突然右手に痛みが走って血が舞った。切り傷ができている。
――何が起きているのかは解らない。解らないけどもうどうでもいい!
命を削ってでも――と思った時だ、何かが黒髪の腹部に激しく当たった。
目の前に転がったものをよく見た。アデルのハンドベルだった。
ただ、振り向き観察した限りでは、アデルは肩の痛みに苦しんでいて……
――アデル! 生きてる! 生きて帰ろう……一緒に! 絶対に!
希望を見出しながら――黒髪の頭上にワープ可能になるイメージで一対の鏡を出した。
そのうち敵に近い方に念じ、高速で動かす。敵の頭に向けて。
強くぶつかった。
すぐあと、黒髪が完全に倒れた。動かなくなる。
ぶつかる音は鈍かった。対して私の胸にあるのは少しだけ鋭い痛み。
すぐに振り返った。急いで駆け寄った。
とにかく様子を見た。そして声を掛けた。
「アデル。アデル。大丈夫なの? どのくらい痛いの、傷。病院まで持つよね? 大丈夫よね?」
「はは、気にしすぎですよ……大丈夫、大丈夫です」
アデルは耐えている。これはきっとそんな顔だ。――そのくらいに、本当は痛いんだ、きっと。
――罪人をただ一人……捕まえに来ただけなのに。こんなことになるなんて。予測もできるワケないのに。なんなの。こんな狂ったジオガードなんて、いてほしくないよ……
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四階へ下りようとして、広間から見て左の階段に近づいた時だ、右の階段の方から足音がした。
壁に隠れて誰が来たのかをよく見てみた。……緑髪だ。
――ニッパー使い……
「オージャー・ピナー!」
「勝てると思ってるのか! こっちはジオガードだぞ!」
「あなたはもうジオガードではない!」
結束バンドを操作し向かわせる――と、あちらからもニッパーが。
対象物同士がぶつかる。
彼が押しやって来る。コンクリートむき出しの広間で対峙。
ぶつかり合ったままのニッパーがあまりにも巨大化して――ニッパーの開いた口にこちらの結束バンドが押しやろうとして当たっているから――予感がした、こちらの武器を切る気だ、と。
一瞬後、本当にそうなった。
「く――っ!」
とっさに横へ跳び、受け身を取って体勢を整える。と、通り過ぎたニッパーが方向転換してこちらへ来始めた。
ならばと、結束バンド数本を巨大化。鉄ほどの硬さに変え、挟ませる。
――武器はニッパーひとつだけに見える。だったら……!
結束バンドをもう一本取り出した。それをオージャーの方へと向かわせる。ニッパーを押さえながら、あごを狙う。
相手も黙っちゃいない。オージャーの操るニッパーも、ガクンとあごを外したように向きを変えた。力が逸れ、膠着状態からニッパーが抜け出して――
まずい。
そう思った瞬間、こちらの一撃が当たった。
刹那、オージャーは床に沈んだ。どうやら気絶したらしい。動かない。
――危なかった。それにしても。ジオガードでなくても危険人物だからこうなる。解り切っていたはず。なのに……
ふぅ、と一息ついてから、次は誰を行動不能にすべきか――と思考を変え、階下へ向かった。
四階。
――そこにいたのか。
ウォレットチェーン使いのナック。彼とまた構え合った。
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ドナさんのことが心配だ。少しは戦えるのならいいが、そういう風に聞いてはいない。
――急がなきゃ。でも目の前のことにも集中しなきゃいけない。
三階。フィンガーズのうち自分の前にいるのは二人、青髪と銀髪。横にはハーミット。一応、彼へと釘を刺す。
「そこ動かないでね」
「わぁってるよ、この状況で動く方がどうかしてる」
ハーミットは自由を失った手足を少しだけ動かした、オットセイか何かのように。
それでも芋虫のように逃げられたら、なんて思っていたからの言葉で――とは思ったが、それも一瞬だ。動かないのならと二人だけを見る。
銀髪はいつの間にか手にスプーンを持っている。ポケットかどこかから出したのか。
青髪は体をほとんど左に向け、透明なバットでも持っているかのように右腕をこちらに伸ばし、バッターのような姿勢を取った。右拳の先をこちらに見せつける形だ。
――攻撃が来る……!
頭の隅で警戒しながら、人の頭くらいに巨大化させたビーズを複数目の前に呼び出し、放った。
敵からも攻撃が。スプーンが複製されたようで、それが矢のように飛んできた。青髪の拳からは、なぜか氷の塊が飛んできた。
こちらのビーズもかなりの高速だった。それを避けた上で、二人同時に広範囲攻撃を放ってきたらしい。
――盾!
ビーズを巨大化させて穴が上下に向いた形――にしたものを、左右に拡大させた。それが何よりも硬い壁になる。透明化を駆使してほぼ透明にすると、悔しがる向こうの二人が見えた。
舌打ちが聞こえた。
青髪の拳から氷の矢が飛んできた。
銀髪はこちらを強く睨んでいる。
どうやら二人はゲート化を使えない。でも大窓からスプーンや氷に乗って別の大窓へ外から移動してくる可能性はある。時間は掛けられない。
急いで防壁を黒くし、完全に不透明に。
そしてほんの数秒で別のビーズを棒状に伸ばし巨大化させた。
それから壁を消す。と――
「な――っ!」
トラック級の大きさになったビーズ。まずこれで打撃を喰らうと一溜まりもない。だから押しやるだけ。無力化できれば十分。狙った相手は青髪。そいつが壁に押しやられ、奥行きのある巨大ビーズと壁と床に挟まれ、動けなくなる。
「くそっ! 覚悟しとけよお前!」
青髪の声だ。
拳をこちらに向けたあの動きは青髪の礎術発動にとって大事なように見えた。何せその拳から氷の塊や矢が飛んできたから。つまり視界が塞がれ身動きもできない今の彼は、既に無力。そうさせるのが狙い。
――よし、多分そっちはもう怖くない!
スプーン操作の銀髪に集中できる。――というその瞬間、銀髪からスプーンが飛んでくる……のも予想していた。




