012 礎力の液
もう何も心配要らない。こちらで関わった――意外と多くの人を救えたんじゃないか。
そう思ってから考えたのは親のことだった。
礎球という場所に来て、僕がやらなきゃいけないと思ったことは、全部片付けた。だけどそのしわ寄せで、何日も家に帰っていない。心配させている。
「僕も早く帰らないと。あ、そうだ、服ってどうなって……」
この疑問に、タミラさんが答えた。
「手術のためにカットされちゃって、上はもうなくなっちゃったのよね」
「あー、医療ものでよくある、非常時にハサミで切るやつ」
「うん、礎球でも同じ。ごめんね」
「いや、気にしてないです。それより上はってことは、ズボンは――」
「ああ、あるよ。持ってくるね、靴とかも一緒に」
タミラさんがどこかに保管していたみたいで、姿見ゲートでどこかから持ってきた。
パンツとズボンは血でまみれていそうだったけど、それがパリッと綺麗な状態だった。多分、礎術かそういう道具があったんだろうな、それで戻したんだ、きっと。
ズボンのポケットにはビーズの入った瓶が。『おかえり』と心に言葉が浮かんだ。
「じゃあちょっと着替えるね」
メイさんの寝台に向かって、右奥から順に、ドナさん、僕、タミラさんの順番で椅子に座っていて、そのみんなが僕から視線を逸らした。
上は病衣のままパンツとデニムパンツを穿いた。靴下と靴も。甚平の下にズボンを穿いている感じだ。今はしょうがない、見た目は気にしない。
「いいよ」
僕がそう言うと、みんながこちらを向く。
「あれ?」
ふとドナさんが言った。
ドナさんの視線が僕の左手に注がれている。
「ああ、そうなんだよ。これ、消えてないんだよ」
「さっきの今で姿も取り戻してるのに、なんで」
ドナさんも首をひねるばかりだ。
そんな時、いつの間にか身を起こしていたメイさんの声が。
「本能的にまだ心が……ってことなのかも」
「そうなのかな」とドナさんが言った。
「それならいつも通りの生活に戻れば、何とかなる? かなぁ」
僕が疑問を呈すると、タミラさんが――
「まあ何とかなるっしょー!」
明るい。あえてそう言ってくれたのか。きっとそうだと思えることで、体が軽くなった気がした。
「とりあえずじゃあ、もう、いいのかな」
帰っても――という意味で立ち上がってみた。するとタミラさんが。
「お礼とかしないとね。何日も心配させてるから、それも謝らないと」
「私も行かないとね」
と、ドナさんが言って立ち上がった。
そこで、タミラさんが何やら電話した。「ダイアン、実は」という切り出しからの通話はすぐに終わって、それから数分後、この病室の扉が激しく開かれた。
「ドナ!」
声とともに駆け寄ってきたのは当然ダイアンさんだった。彼がドナさんを抱き締めた。
「ありがとうユズト君」
言われても少しだけしっくり来なかった。そして現場がフラッシュバックした。
「そういえば、あそこにいませんでした?」
「視察の合間に時間ができてね。でも、君のおかげだよ。探してくれた、持たせてくれた、防いでくれた。だからこその今だ。心から言うよ、ありがとう」
「そ、そんな……それほどでも……な、ないっていうか」
今の自分を、過去の自分が見たらどう思うのかな。意外とそれほどのことをできた感を覚えてもいる、だからこそ今、嬉しさも照れも感じているのかもしれない。
「感謝してもし切れない。が――姉さんも言っていたが、今はユズト君を家に帰すことが先決だ。実は見舞いにも来てもらっていて、このことは話してる」
「え! 嘘! 本当っ?」
「嘘」
「え?」
「じゃないよ」
「この状況でおかしなコトしないでよダイアンさん!」
――ダイアンさんってこれが素なのか? ったく。まあ、本心から素を出せたのなら……いいことだけど。
「はは、まあ……そういうワケでちゃんと話してはいたが、改めて謝罪と感謝をしたい、ちょうど今、書類仕事の時間でね、ここだけは融通を利かせてもらった、今のうちに行こう」
「じゃあこれ」
と、ダイアンさんに向けてタミラさんが何かを渡した。赤い札。礎術の許可カードだ。
「あれ? でもカードなしでどうやって僕の家族と――」
「ん?……ああ、再発行は申請済みでね。まあこれで二枚になってしまったが」
そうか――という納得と一緒に、こういう場合どうするんだろう、と思った。なぜなら、そんな大事なカードが二枚も同じ人の手元にあるというこの状況は、ほかの人にだって作れるからだ。
――そんな簡単にできていいのか?……審査自体が厳しいのならいいのかもしれないけど、簡単に盗まれてたしなあ。
「何か気にしてるみたいだけど、大丈夫だよ、片方は焼いて捨てる」と、ダイアンさんが。
――まあ、それなら。あとは、厳重に保管しないと注意されたりもするんだろうな……まぁ予想だけど。
タミラさんからカードを受け取ると、ダイアンさんが「よしっ」と一言添えて、黒枠の鏡を目の前に出現させた。
それがゲートになる――という時には、スーツ姿の二名までもが近寄ってきていた。ダイアンさんは護衛と一緒に来たらしい。一人は見覚えがある、ベレスさんだ、結束バンド使いの。
タミラさん、ドナさん、ベレスさん、スーツ姿の見知らぬ眼鏡の男性の四人がゲートを越えたあと、僕が通って、それから術者のダイアンさんが通った。
地球へのゲートを作り出すあの白い四角の枠の前へと、六人が来てから黒いゲートが消える。
黒縁を見て、ふと思い出した。
「あの。黒いゲートを見て思い出したんだけど、固まる黒い液体を出せたんですよ、あれって何だったのかな」
タミラさんとドナさんは「謎ね」とでも言いたげな顔をしている。
僕が名も知らぬ男性とベレスさんは、表情がよく解らない。何を考えているんだろう。
ダイアンさんは言葉を発した。
「あれも一つの能力。ただ……特殊なものだ。まあ、その話もすることになる。まずは行こう」
それを合図にぞろぞろと地球へと渡った。一応は、ゲートに礎力を込めて向こうの景色が見えてから――この状態だとまだあちらからはこちらが見えていないらしく――人通りがないことを確かめて一人ずつ……という形だった。
マンション『サンシャワー』の前の鳶木公園。その一画の芝生に白いゲートがぽっかりと丸く開く。
その都度通って全員が渡ったら、今度は僕の案内開始。
サンシャワーの五〇五号室。
そこまでをぞろぞろと歩いてきた。この行動が近隣の人にどういう印象を与えるかは、もしかしたら想像に難くないかもしれない。
ドアを開けようとして鍵が掛かっているのが解った。
インターホンを押すと、声の対応もなく母が出てきて抱き締めた、もちろん僕をだ。
――ちょっと突っ張ってお腹が痛いかも……でもまあ、心配だっただろうしな。
こちらからも、背に手を回した。
「ただいま」
「おかえり! 本当に……」
そんな風にされるのが嬉しくない訳がない。こんな想いをそんなに抱かせたくはないなぁとも思う。
それから全員が招き入れられる……その途中で、何気なく玄関の方を振り返ってみた。
ベレスさんと眼鏡の男性が靴のままだ。
「あ、靴! 脱いで!」
「え? あ! 泥が!」
二人は廊下で靴の裏を確認した。一応足踏みになってしまう。
礎球では靴を脱がずに家に入ることが多いんだろうか。コースルトさんの家なんかもそうだった。
……とにかく!
「靴の裏見なくていいから! その場でいいからはやく脱いで!」
そんな時だ、恵が部屋から出てきた。
「お兄ちゃん……?」引き顔だ。「変態……?」
「いや靴の話ね!」
恵をホッとさせてから、とにかく座って話そうという話になった。
みんなでテーブルを囲む。
佐伯家のダイニングテーブルに向かって、丸椅子には僕が。
時間が経って家族全員がそろって、僕から見て左の長椅子には、こちらから順に、お父さん、お母さん、恵が座っている。
右の長椅子には、僕から近い順に、ダイアンさん、ドナさん、タミラさん、ベレスさん、眼鏡の人――の計五人が所狭しと座っている。
――いやなんでそんなぎゅうぎゅうに座るの。
さておき、母から言葉が。
「ちょっと自己紹介をお願いしても……」
そりゃそうだよなと思っていると。
「私はダイアン・ゼフロメイカ、州知事です」
「ドナです、一人娘です」
「タミラです、ダイアンの姉です」
「ベレス・エイスティーといいます、護衛です」
「ウェガス・イースパイル、私も護衛です」
「み、みなさん、この件に関与を?」父が聞いた。
ウェガスさんが手を挙げる。「私は、直接は関係ないです」
「なんでここに」と父が言うと。
「護衛のためです」
「あ、そうですよね」父はしょんぼりとした。
言葉が途切れて、静寂が存在感を引き立たせた。特に州知事側。
「とりあえず……私は聞いていましたけど、夫と娘には話してません。二人のためにも説明していただければ」
「そうですね」
ダイアンさんが、一呼吸置いて話し始めた。
「ええと、まずはですね、私の娘、こちらのドナが誘拐されてしまいまして。ドナは身動きができずにいました。そんな娘が、助けられる人を探したいと願うと、光が飛んで彼の左手に印を付けたのです。仕事場で飼われているペットがその光を追ったようで、両方を探した私たちが彼を見付け――それから色々ありまして――彼の力で娘を助けることができました。その間に、ほかの人の手助けもしなければならず、彼はそれら全てをこなしました。本当に素晴らしい人です。ですが危険な目にも遭わせてしまった。疲れた体に鞭を打ちドナを助けてくださった、そんな中深い傷を負って気を失ってしまった。目が覚めるまで数日帰れず。……ご不安だったと思います。申し訳ありません。巻き込んですみませんでした――!」
「そんなことが」
お父さんと恵は驚いている。
「そ、そんなこと言われても、よく……」父が言葉を詰まらせると。
「嘘ではありません、真実です」とダイアンさんが。
恵も口を開いた。
「でも、それならそれで、うちの兄に何の力があったって言うんです?」
「ビーズの力だよ」僕が答えた。
ちょうどズボンのポケットにはビーズの入った瓶が。持って前に出し、念じてみる。
目の前にビーズが大きくなって現れた。念じるのをやめると小さくなる。
父と恵の目力は強くなった。母はなぜか冷静。
「そうだったのね……付与の道具でそうなったのかな」
「え?」
想定以上に知識を持っていそうだ。まあ、『うん、そうだよ』と言うだけではあるが――なんでだ? 違和感しかない。
「事情は解りました」母がこちらに顔を向けた。「無事に帰ってくる保証はなかったかもしれない。よく帰ってきたね、優珠斗」
「う、うん」
頷くだけになってしまった。どうしてだろう。あまりにも、この状況に言葉がそぐわないというか。――普通こうなるもんなのかなぁ。すんなり受け入れ過ぎているような気が……
戸惑う僕に、母はまた冷静に話し始めた。
「それから……関わる人を守り切れたのよね?」
「や、まあ、色々あったけど。一応は、死者はゼロというか。危ないこともあったけどさ、でも、命のために動けた……と思う」
「そう……。それならよかった」
そう言って母は笑った。何だか恵も顔半分は嬉しそうだ、あと半分は複雑そうだけど。
父は、呆気に取られたままだ。――まあしょうがないよな。
と、思ったその時だ。
「あ、そうだ、あんた」母は何やら気付いたらしい。「もしかして黒い液体を出せるようになってない?」
「――え?」
――えッ? え! なんでッ? どうしてお母さんがそんな!
僕の目は丸々と大きく見えていたに違いない。




