010 聖印の下
草陰にて。タミラさんが念じると、ゲートが上から…四人が通れるほどの幅を保持して降ってきた。タミラさん、メイさん、ベレスさん、僕の四人ともが微動だにせずに廃教会内に転送される。それゆえ幅広で巨大な上向きの鏡のゲートから出てきた形になった――中央の床付近に。
まず一歩踏み出してゲートから出る。目の前にはドナさんの姿。
振り返った先には超巨大なマッチ箱が出現。メイさんの操作対象。それで覆われた結果、警察バッジの男が視界から消えた。
ベレスさんは既に右へと走っていた――白い結束バンドを放ちながら――長身のハット使いに向かって。
それらを確認した時には、タミラさんはもう、この空間にはいなかった。
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できるだけ敵から見える位置に出ないようにゲート移動した。太った男は右前方に――ドナの左手側に――いて、こちらに背を向けていた。これも作戦の賜物。
彼の前方に姿見を出現させる。目の前まで走って背後から蹴る。
協力すると決めた時から運動靴を履いていて、その甲斐あったと思いながら鏡をゲート化させた。すると目の前の姿見の向こうの……この廃教会のすぐ外へと……私に蹴られた太った男が転がっていった。
すぐに私も。
対峙した。すぐにゲート化した姿見を消去――手の内をあまり知られないように。
あとは無力化――
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偽ドナは逃げようとしたんだろう、扉へと向かった。
――逃がさない。
扉の前へと、巨大なビーズを張り付かせた。そこから動かないように念じ続ける。これで、内側に開閉するあの扉を開けることは不可能――こう念じ続ける間は。
「くそお!」
偽ドナが叫んだ。でも扉から動かない。きょろきょろしたり悔しがったりするだけ。
――攻撃手段がないんだろうな、多分。
右を見るとハットがダンプカーくらいに巨大化していた。それがベレスさんに向かう。
――大砲!
ワゴン車くらいのビーズをそちらへ突っ込ませた。
ハットは布の柔軟さを持ったままのようで、くしゃっとなっただけだ。ビーズははためいたハットの上を滑るように通り抜けて向こうの壁にぶち当たるだけ。
――硬化しない利点を取られた……!
でもベレスさんは焦っていないみたいだ。避けながら彼が結束バンドをハット男の足元へ――
それがハット男を転ばせると、ハットは小さくなった。
ベレスさんはそこで男の腕や足を縛る。結束バンドは二個に増えていた。
しかも、メイさんがマッチ箱でマッチを擦って、ハットに火を点けた。燃えると使えなくなるのか、ハット男はそれが確認できたくらいのタイミングで声を上げた。
「あああ! くそっ!」
相手がそんな様子でも油断はできない。
「逃がさないように、ベレスさん!」
「承知!」
集中を解くことはできない。ベレスさんは男の手足の拘束を続けた。
これで安心して前を向ける。
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夕陽を背に、こちらを向いている腹の丸い巨漢。手には、今、この男が胸元から取り出した靴下が――
胸元からそれ? なんか嫌だ。と思いながらも、私は姿見を縮小して迎え撃つ。
男は靴下を飛ばしてきた。
私は小さくした姿見でガードする要領でそれのゲート化をし、転送先を相手の足元に指定した。――そこへ飛んできた靴下が入ると、それは、使い手自身の足をざくりと――
――これが礎術の怖いところなのよね。布でも切断能力を持たせられるから。
男が悲鳴を上げる。
焦ったのか、ワンパターンに男が靴下を放ってくる。
ゲートで送り込む。男の足元を転送先に指定した一対のゲート……を通して、相手は自分の足を切る。
また、男の悲鳴が上がる。
男が辺りを見てその辺に刺さった靴下を再度操り放ってきた。
こちらは八つの姿見を操作。
それらの四組をゲート化させ、全て直線に並べ、全部を通れば私に当たるようにして……通ってきた瞬間、ゲート化を解除。
靴下はただの端切れとなって、相手の対象物ではなくなり、地面にひらひらと落ちるだけ。
――これで終わりね。
そう思った瞬間、奴は自分の今履いている靴下を手元に呼び出したのか、二秒後にはその二つをこちらに投げていた。
――瞬間脱着……!
わざわざ胸元から出すということは……瞬間脱着はないかも、と思っていた。
でも、油断はしない。
驚いたのはフリ。私なら対応できる。鏡を前に出すだけ。
そしてゲート化すれば――転送先を彼の後ろなんかにすれば――今度は、この男の背中に突き刺さる。
……男は倒れた。
――勝てなくて残念ね。
この靴下二本も、ゲート化とその解除でただの布切れにしてやった。そして刺さってる部分を傷口から引き抜いてその辺に捨て、傷を手で押さえる。
男は呻き続けている。
そんな時、靴の中から何かが消えた。それから、私の太ももがズキッと痛んだ。
――刺された! こちらの靴下まで操って……!
相手の手に渡ったそれもまた、ゲートに通し、解除で切断した。
今度は本当に終わったはず、もうこの男が操れる物はない。
溜め息をつきながらケータイを取り出した。
警察に通報。あと救急車も。――この通報は、中のみんなのためにもなっているはず。
――それにしても。探索の時からゲートは使いっ放し。疲れた。近くの病院へ運ぶ余力はない……
あとは敵を押さえ見張りつつ……信じて待つのみ。
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扉の方を見やったちょうどその時、その近くにあるマッチ箱の上から男が飛び下りてきた。
多分何かを念動で足場にするか、どうにかして自分を引き上げるか、そんなことをしたんだろう。
その男がこちらに手を伸ばした。
でもメイさんも自由にはさせない。マッチ箱でまたさっきのように囲み、視界を遮る。
その瞬間。
ジュ、と音がした。
――何だ?
思っていると後ろから声が。
「う……ふっ、あぁあっ、ぐ……っ」
――まさか。
そちらに目をやった。いたのは、必死に『囲い』を消さないようにしているメイさん。彼女は座り込んで腹を抱え、右脇の下を押さえる手の隙間から血を床へと垂らしていた。
「なんで……っ!」
つい口から漏らしてから、振り返ってみた。
マッチ箱の上の縁から男がまた勢いよく出てきた。バッジの男は白い何かに乗っているように見えて、そう認識した瞬間にその白い何かが消えた。――あれは何だ。
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手袋を操作できる能力で本当によかった。狙撃手袋で白い礎力の弾を放てる上、自分の礎術による操作もできる。
礎術を使えない者が代わりに狙撃手袋を使うことが多いから、それだけで大体引っ掛けになる。そうならなくとも、相手の注意が散漫になることは多い。
防壁に対しても、弾を小さくして貫通力に特化させればこの通り。それに呻き声も聞こえた。
――誰かに当たったか。ふっ。勝ちは見えたな。
あとはこの壁を上るだけ。手袋を操作して自分すらも懸垂状態で上へと浮かし、そのまま飛び越える――
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飛び下りてきた男をしっかりと見る。彼は、にやりと笑っている。
その左手には黒い手袋。その中央には何やら丸い模様。
その右手には白い手袋があってズボンの左ポケットにはさっきまで彼がしていたはずの白い手袋が。
――手袋……そうか、その力。それで出てきた? 黒と白、どちらかで何かを放った? もうさせない!
と、ビーズの弾を一発ぶち込もうとした時だ。
何かが飛んできた。
一瞬のことで何も判らない。衝撃が腹に……!
「あっぐあっ……あ……っ!」
こちらの礎術を発動前に防がれてしまった。消耗だけしてしまう。
――強い……!
今日を逃すと、助けられるかどうか……そんな状況だったのに、希望を断たれてしまいそうだ。
礎力がなくなってきている。それでも扉のビーズにだけは込め続けないと。
でも、そうしているから込め難かった。制限がなければ戦えた? だからって偽ドナを逃がすワケにはいかない。
痛みに悶えてから立ち上がる。
多分、男の周囲に黒ビーズで視界を遮る壁を置いても、男はすぐ出てくる。
――違う戦法を……
思いながら、扉を押さえる巨大ビーズに礎力を込め続ける。
偽ドナを引き止めたまま、男へもビーズを飛ばす。
それを、弾かれた。
男は白い手袋を念動で手から外し、弾丸にして飛ばしてきた――ようだ、一瞬だったけど確認できた。それが破かれもせず、こちらのビーズの弾が逸れて奥の何もない壁に当たるだけとなった。
白手袋は彼の元に戻ると、また装着された。
――くそッ、楽々弾かれる……ッ?
状況が思わしくないと判ったのか、ベレスさんが結束バンドを向かわせた。それが解ったのか、男が今度はこちらに白手袋を向けたまま黒手袋をした手をベレスさんに向け、放った――白い弾丸。
結束バンドと白い弾丸が衝突する。
と、結束バンドは千切れて二つ以上のパーツに分かれ、その辺に散らばった。
「くっ」
ベレスさんの方から聞こえた。……もう力が尽きかけて――?
後ろを見てみた。メイさんが息も絶え絶えになっている。
――くそ……みんなドナさんを助けたいだけなのに!
歯を食いしばって前を向き男を見た。
戦う以外に道はない。勝つんだという意志が強くなるのを感じた。
――でも扉を押さえる巨大ビーズに礎力を込めるのは、やめてはならない……でも、もう力が……。助けられない? ドナさんを救えても、メイさんは印とは関係ない……死んでしまうかもしれない……そんなの嫌だ!
奴が念動で手から外して飛ばしてくる白手袋そのものが、思考する間も僕の方に来ていた。礎力がもったいない今、ほとんどガードできなかった。
こちらにダメージを与えて白手袋が彼の手に戻る。もうそれも何度目だろうか。その何度目かの今、今度は黒手袋を向けられ、それの手のひらの大きな白丸の中心から何かが――飛んできた。
ビッ! そんな音がした。
腹に、ちくりとした痛みを感じた。
それだけだと思った。
腹を押さえてみる。と、この黒のダウンの中が「ぬめっている」と感じた。
――嘘だろ……
何かが貫通した。後ろを見たものの、メイさんには多分当たってない。だとしてもこの上ない窮地。
どうやって戦えばいいのか。もう礎力もほぼない。
そう思った時、扉を押さえるビーズへ込める手から、黒い液体が滲み出て床に落ちた。
――何だこれ。何だ? こんな時に何なんだ!
ワケが判らない。
この酷い状況で、死んでしまいそうな人までいて、力も尽きそうだったけどなぜか礎力の余裕は戻った。手からは黒い液体。意味が解らない。何なんだ!
痛んだ腹を、更に、白手袋の弾丸が襲う。
「ぐぅ……っ!」
あまりの痛さに、膝をついた。倒れてしまいそうで、肘をつく。
奴の攻撃は速いし強い。
――ワケの解らない液体まで出た。力が少し戻ったのはなんでだ。あと二人を行動不能にするだけなのに。何なんだ。
立ち上がろうとして手で地面を押そうとした時、偶然手で触れた、さっきの黒い液体。それがなぜか固体になっている。叩いたらキンキンと音がした……金属か何かのように。
――だから何なんだよコレ。……ん? いや待てよ?
礎力を注ぎ、出そうとしてみた。すると黒い液体が手から垂れ落ちた。――出せはする、か。
「メイさん、もう一回あいつを箱で囲える? 床が平らな所で地面にぴったり――」
言ってから咳き込んでしまった。くそっ、辛い。やばい。いい手を思い付いたのに。
メイさんも出血が酷いしさっきから喋らない。体力を温存してドナさんを守る箱だけでも消さないようにしてるのか……?
「ごめん、できそうになかったらしなくても――」
もう、メイさんは薄目しか開けず、少しも動かない。
――くっ……駄目か……? 駄目なら自分で。
その時、男を巨大なマッチ箱が包んだ。
――ありがとうメイさん。……絶対に無力化する!
ビーズを箱の前に巨大化させて置いておけば、さっきみたいな白い弾はメイさんやドナさんにはもう当たらないだろう。そうやって防ぎつつ別の大きなビーズを呼び出し、それに乗ってあの箱の上へ。
黒ビーズで蓋をする。これで男は出られない。
あえて端に少しだけ隙間を作って、そこから……
――出ろ、さっきの液体……黒い液体出ろ! よし、いいぞ! 出続けてこいつを動けなくさせるんだ!
もう何秒……何十秒と念じたんだろう。この廃教会の扉を押さえるビーズにも念じながら。だから礎力が足りるのかが心配で仕方なかった。でも念じて、念じ続けて……油断すると、気が遠くなっていく。
――駄目だ。無力化するまで寝ちゃ駄目だ。気を……しっかり……!
そう思ってから数秒後か……息も苦しくなって……腹に痛みがあるかも判らなくなった……
――もう、いいだろ、十分流し入れた……
少し離れて地面に着地。「ぐ……うっ」変な声まで出た。うまく歩けずその辺に転がってしまう。
でもやり切った。あと数秒でアレはあの男を……それに、僕も……
それでも、最後の最後まで、扉のビーズにだけは、念じ続けて……
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私は見た。どんなに助けたくてもそこまでできない私の前で、最後まで戦い抜く男を。彼は黒い何らかの液体を、相手を閉じ込めた空間に溜め続けた。その圧力を、私は絶えず少しだけ感じていた。
きっと何かの策。それを彼は最後まで諦めなかった。
――最高の礎術師。凄いよユズト君……私も、そんな風になれて……る……かな……なれたら……よかっ……。ドナ……無事……で……
余力が、なくなっていく。
目が霞んで、もう、何も考えられない……
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――嘘だ、嘘だ。
私はハット使いを押さえながら、『両方』を交互に見ていた。
ファー付きジャケットの警官めいた男は、巨大なマッチ箱の中にいたが、その箱がたった今――破けた。縮んだ紙切れが地に落ちる。
そちらへの視線をまたメイへと向ける。
解ってしまった。メイが意識を失ったのだと。
そして紙の箱がなくなって見えたのは……黒い箱――いや、箱なのか? 直方体? 謎だ。
――私ももう、力が尽きそうだ。これまでか……
悔しくなった時、目の前に、丸くて黒い枠のようなものが前方に現れた。幻かと思った。下向きのそのゲートから、何かが下りてきた。
――ダイアン様!
着地して周囲を確認すると、ダイアン様は黒枠の鏡のゲートを生み直し、四角い黒柱の上へと移動した。
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期待通りではなかったが、あと一歩なのだろうという事が解り、安堵、怒り、切なさ、とにかく感情が交じり合うのをひしひしと感じた。
間に合ったのかどうなのか。そう思った時――金属っぽい黒い箱にほぼ全身の身動きを封じられた男の手から、何かが飛んできた。白い何か。
そう解った瞬間。ゲートを出す。
目の前に作ったそれを通って、男の背後から男自身の後頭部に当たる。
「悪く思わないでくれたまえ? これは報いだ」
その白い物体が彼の背後に落下する時、ゲートを通して手元に呼び込んだ。それを「なんだ手袋か」と認識してから、ゲートに半分だけ通す。そしてゲートの消去。
私たちの力の性質に、これほど感謝したのも久々だ。覚えたての時以来ではないかと思うほど。
念じてひねり出した操作対象は念じ続けなければ存在しないが、そうすることさえできれば、物の携帯すらしなくていい――その消去をすることで、物体をカットできる。だからこそ、彼の背後に、白手袋の手首部分が、そして私の前に、その手のひらより先の部分が、今はあり、こうして手を離すことで、たった今――そこらへと落ちた、何の役にも立たない物として。
「うおおあああ!」
男は、まだ諦めていない。その右手に、黒い手袋が移動した。瞬間脱着。しかもこれは――
――狙撃手袋……!
いつも大事なのは時間だ、そして一瞬の支配力だ。それを実感しながら、黒縁鏡のゲートを再度出現させ、彼の手に接触させ、その礎術道具としての機構ごと――カットした。
無力化など容易い。相手の武器や使用方法を解っていれば――そして、相性がよければ。
――やったぞ。やった。ドナ……!
振り向いてとにかく視線をやり、気付いた。黒い箱からは遠く……講壇の近くへと、誰かの走り寄る影が――
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大きなビーズで扉を開けさせまいとする必要がもうないらしい。その付近になぜか偽ドナがいない。
――いつの間に。どこだ。どこにいる。
視線をとにかく向けたかった。でも倒れたこの体がうまく動いてくれない。
必死に体の向きを変えた。痛みに耐えながら。入口を閉ざした状態をまだ保ちながら。
寝そべったまま必死に顔を向ける。そして剥き出しのドナさんを見た。そこにあった箱も小さくなって破けて消えたんだろう。
そう把握した首の角度のまま辺りを目だけで見て、見付けた――走る影。偽ドナだった。
彼女は小さな瓦礫を手に持っている。向かう先にあるのは、鎖に繋がれ逃げることもできないドナさん。もうその目の前。ほくそ笑んだのであろう顔。そして、その手が、今、振り上げられた。
「どこまで」
――腐ってやがんだよ!
思った瞬間、放った。タイヤくらいの大きさの、今までで最高速のビーズの弾丸。奴の持つ瓦礫を吹き飛ばすべく。そして奴そのものをも吹き飛ばすべく。
なのに。それからほどなく、気を失った――
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目が覚めて、上向きに寝ていると気付いた。
――どうなった。全部終わったあとなのか! ドナさん! メイさん! 僕の力不足のせいで……!
身を起こした。
気になって左手のひらを見た。印は、まだ消えてはいない。




