6分でわかる!第二章 ~開拓者稼業編(後編)~
こちらは第十一話~十四話までをまとめています。
「皆さん、お揃いのようで。ではブリーフィングを始めましょうか」
その日のブリーフィングでパイロットたちの前に現れたのは、セレジアではなく、アルジャバールの兵器開発局局長──ウィリアム・キュービスだった。
「この度、アルジャバールと海洋民兵との間で停戦交渉が行われる運びとなりました。その交渉会場に指定された旧採掘プラント『ブルー・レーン』の警護、および弊社の交渉人の護衛を、ヴァルハラ・ホライズンの皆さんにお願いしたいのです」
「停戦交渉ねぇ……。本当にうまくいくのか?」
ジョニーの言葉に、ウィリアムは微笑む。
「海洋民兵たちを相手にした交渉というのは、前例のないことです。──当然、相手も警戒している。だからこそ、皆さんには手厚い護衛をお願いしたいと考え、特別な支援を用意しました。それこそが、私が皆様のもとにお伺いした“理由”です」
ウィリアム曰く、彼はB・Bの乗機である《ブルー・ブッチャー》に、新型AIである「カティア」を内蔵した新型OSモジュールを搭載したのだという。
「いらない」と即答し、不快感を露わにするB・B。
だがセレジアは、これがこの大仕事を受ける上での条件であるという。
「要するに、警護任務にかこつけてAIの運用データを取りたいって腹か」
「否定はしません。しかし、これは本人きっての希望でもあります」
ナイアが首を傾げて、彼に訊ねた。
「本人?」
*
ブリーフィングを終えたB・Bは、足早に格納庫へと急ぎ、機体の点検中だったマハルに掴みかかるような勢いで告げた。
「マハル、妙な装置の取り付けを阻止しろ」
だが、彼は、奇妙なことに他の誰もいない格納庫で誰かと話していた。
否。誰もいないのではない。そこには既に「カティア」が居たのだ。
「こいつはカティアだ、B・B。既にお前の《ブルー・ブッチャー》に組み込み済みだ。自主点検から照準補正まで、いろいろ楽にしてくれるぞ~」
『というわけじゃ。よろしく頼むぞ、主殿!』
スピーカーから鳴るカティアの声に、B・Bは言葉を失った。
「こいつは……喋るのか……?」
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一方で、無人のアビサル・クォーツ精錬室に、ジョニーは居た。
彼は叔父にして裏社会の“何でも屋”のグリムと話をしている。
彼は既に、独自の情報網を使ってB・Bと、セレジアを過去を捉えていた。
『……そのB・Bとかいうのは、強化兵士と呼ばれる実験兵器のアーキタイプで、セレジア・リングはそいつを持ち逃げしたゼニットのご令嬢さ』
「……ッ、お家騒動かよ? なあ、この状況、なんとかならねえか?」
『なんとかって、なんだよ』
「俺は──俺はただ、妹と何も考えずに暮らせたらそれでいいんだよ。でもアイツは……あの青いのとセレジアにえらく靡いてやがる」
『──消す必要があるな。久しぶりに副業を復活させるか? ふふ……』
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場所は変わって、巨大廃墟「ブルー・レーン」が浮かぶロドス海域。
セレジアたちは、一人の交渉人と彼のセキュリティを連れている。名をレイ・カークランドという交渉人は、この大仕事を前に余裕の表情を浮かべていた。
彼らの到着から二時間後に、海洋民兵側の代表団が現地入りした。
ブルー・レーンの中央棟で会合が行われる中、海洋民兵側の警備が近傍の精錬施設に怪しい影を捉えたという報告をした。……直後、その方向からの狙撃が。
B・Bはかろうじて襲撃をかわすも、海洋民兵には被害が発生する。
突然の狙撃事件の発生に、会場は大混乱に陥る。
やがてレイの通話コードからの着信がセレジアに入った。
『──我々を偽計にかけたか、薄汚い企業の犬め!』
通話に現れたのはレイではなかった。
「待ってください、先ほどの狙撃は、我々の与り知らぬものです。警戒の不備は認めますが、決して敵対を意図するような──」
『戯言を! 貴様らの交渉人は、我々が拘束した。彼の命が惜しければ、すぐに投降することだ!』
状況は瞬く間に悪化した。
自分たちが警備装置を敷設したはずの精錬施設から、突然の狙撃。
そして、怒りに燃える海洋民兵たちが、護衛対象を人質に取ってしまった。
セレジアは、B・Bに対して速やかな狙撃手の排除を命じる。
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セレジアの策によって、精錬施設まで《ブルー・ブッチャー》は接近した。
爆発によって崩壊を始める精錬施設。崩れる瓦礫の中で戦う二機。
B・Bは圧倒的な戦闘力で狙撃手──グリムが駆る《アヌビス》を撃破する。
──それから三時間後、ようやく事態は収束した。
「以下、捕虜八名をお返しする。間違いはないな?」
海洋民兵の指揮官──タリク・フロストが低い声で尋ねる。
セレジアは静かに頷いた。タリクの眼差しには未だ不信感が宿ってはいる。
……が、これで一件落着である。
セレジアは戦闘中に、再びB・Bがみせた不穏な反応に頭を悩ませる。
──彼は、あきらかに戦いを楽しんでいた。
果たしてそれは、抑制された彼の感情が解かれようとしている吉兆なのか、あるいは化物が生まれようとしている凶兆なのか、彼女には区別がつかなかった。
ともあれ、作戦は終了。停戦交渉はお流れとなった。
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数日後、ナイアはジョニーを問い詰めていた。
「あの機体……B・Bが倒したあのスナイパー。あれって、グリム叔父さんの《アヌビス》だよね。答えてよ、兄貴!」
「……うるせぇ!」
棚のひとつからファイルを引き出し、ジョニーは叩きつけた。
書類が散らばる。そこに記されていたのは、グリムによる調査資料だった。
セレジア、そしてB・Bの真の正体をナイアは知る。
「俺たちはな、あいつらの復讐に利用されてんだよ!」
「だからって……だからってグリム叔父さんに殺しの依頼を……?」
「……成り行きだよ。わかるだろ? 俺はな、お前を守りたいんだ」
「わかんないよ……わかるわけないじゃん……!」
彼女は叫ぶと、部屋を飛び出した。
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その日の昼下がり、泣いていたナイアを見つけたセレジアは、インスマス号の応接室に彼女を招き入れ、紅茶を振舞った。ここは二人が初めて対面した場所だ。
「そんなことがあったんだね……」
セレジアから真相を聞かされたナイアは、思いのほか納得した様子だった。
ソフィア・リングが考え出した狂気のプラン、強化兵士計画を止めるための戦い。それは個人的な復讐ではなく、彼女の家の名誉を守るための戦いだと……。
「……どうして、黙ってたの?」
「舞い上がっていたのです。私は正しいことをしている。そう確信して行動を起こした矢先、貴方たちが現れた。運命だと思いましたの……だから……」
答えなどない。彼女は、ただ浮かれていたのだ──。
セレジアは、自己嫌悪で吐き気を催した。
「セレジアさん、もうひとついい? どうしてB・Bを連れてきたの? 貴方にとって、彼は何?」
「……切り札。ソフィアがいずれ投入してくる強化兵士たちに対抗するには、彼の力が必要ですわ」
「そっか。……B・Bがどうしたいか、聞いてみたことはある?」
セレジアは答えない。答えられなかった。
ナイアは静かに、ソファから立ち上がった。
「それじゃ同じじゃないかな、ソフィアさんと」
それだけ言い残すと、彼女は応接室から立ち去る。
空間には、紅茶の香りと静寂だけが残された。
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泣き腫らした目のナイアがB・Bの前に現れたのは、間もなくしてのことだった。B・Bはマハルに機体の整備を任せ、二人は街に繰り出すことに。
やがて二人はティレムスの商業区を歩き出した。
「……ねえ。B・Bはさ、どうして戦ってるの?」
いつになく真剣なまなざしに、B・Bの表情がわずかに動いた。
「全部聞いたよ。貴方の過去のこと、セレジアさんのお家のこと。B・Bは、どうして、何のために戦ってるの?」
「俺は……取り戻したいと思っている。俺が、俺であった理由を、その証明を」
彼は公園の中央の噴水──その水面を見つめた。
「あの青い戦場の中でなら、それに手が届くような気がした」
ナイアは深く息を吸い、胸中のカタマリを大きく吐き出す。
彼女は、力強くベレー帽を被り直した。
「……よし。帰ろう、B・B。私、セレジアさんにひどいこと言っちゃったから、謝らないと」
「そうか」
「そーだよ。……バカ兄貴にもお仕置きしてやらないと」
ナイアはB・Bの手を引き、インスマス号へと駆け出した。
自らの内面に目を向けたセレジア。戦いの中で感情を昂らせるB・B。
ついに彼女らの秘密を知ったバーシュ兄妹。
彼らの結束は、ひとときの対立を経て深まったのか、あるいは……。
次回、ヴァルハラ・ホライズンは新たな脅威に直面する──。
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