7分でわかる!第二章 ~開拓者稼業編(前編)~
こちらは第七話~第十話までのまとめです。
それは、ヴァルハラ・ホライズンがチームで行う初めての仕事だった。
セレジアは、ブリーフィングルームの中央に配置されたホログラム・マップを見つめた。投影されたデジタル海図には、幾つかのルートラインが描かれている。
浮揚都市「オクシリス」と、出発地点となる「ティレムス」、アビサル・クォーツ輸送艦である「エフェスティア」号がぼんやりと示されていた。
「今回の任務は、アルジャバール・インダストリーの子会社が所有するクォーツ輸送艦・エフェスティア号を、目的地の浮揚都市オクシリスまで護衛することです」
セレジアはホログラムをズームインさせると、そのいくつかを指先で囲った。
「同社の輸送艦が、過去数週間に渡って『海洋民兵』の襲撃を受けています。特にルートB付近での被害が多く、当然、今回の航路ではここを避ける予定です」
ルートB、セレジアが示した海路のひとつだ。
「次に、今回の作戦の布陣について説明を。まず、ナイアが甲板から砲撃支援を、B・Bとジョニーは、エフェスティアの左舷と右舷に随伴してください」
「──了解だ」
「では、質問がなければブリーフィングは終わりですわ。以降、各自で機体の最終点検をしておきなさい。出港は2時間後でしてよ」
二人のパイロットが参加したことで、セレジアのクラン──「ヴァルハラ・ホライズン」には戦術的な選択肢と、新たな仕事の“幅”が広がっていた。
本来、クォーツ探鉱を生業とする開拓者であるが、この星で繰り広げられてきた長い競争の歴史の中で、彼らは次第に「傭兵」としての側面が強くなった。
今回、情報通信網「オービタル・リンク」で競り得たのは、その類の仕事。
──アルジャバール。
それはメルヴィルの経済市場を支配する五大企業のひとつ。
彼らとの接点は、今後のクラン発展のためにも是非とも築いておきたい。
「……ゼニットと渡り合える力、必ず近づいてみせる」
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『インスマスよりヴァルハラ各機。状況を報告してくださいまし』
インカムから鳴るセレジアの声に、コールサイン“V1”、B・Bは速やかに応答した。次いで、二人のパイロットの声が無線に応える。
『V2、問題ないよ!』『……V3、何も起きてねえぜ』
出港からは、既に12時間。“V2”がナイア、“V3”がジョニーだった。各機はブリーフィング通りに、エフェスティア号の周囲に布陣していた。
『おい、青いの……』
ふと、どすの効いた声が、短波通信でB・Bの耳元へと飛んでくる。
──ジョニーだった。彼は愛機の《ライカントロピー》のコクピットに乗り込んでからというもの、いつかの威勢の良さを取り戻しつつあった。
『敵が来たら、ちょっとした勝負をしようや。どちらが多く沈められるかってな。この前は不意を突かれたが、この条件なら俺に負けは……』
「作戦中だ、私語は慎め」『……ッ! てめ……』
と、そのとき、B・Bの耳元のインカムが振動する。
『エフェスティアの進路上に、機雷が! かなりの数ですわよ!』
前方からは、激しいマズルフラッシュと、吹き上がる水柱が見えた。
インスマス号の甲板から、《ダブル・ダウナー》が掃射を行っているようだ。
『V1も機雷掃除に手を貸して、エフェスティアの進路変更まで一分かかるみたいなの。どうにか、その間だけ持たせて頂戴──』
《ブルー・ブッチャー》と《ライカントロピー》がエフェスティア号の前後を。
甲板の《ダブル・ダウナー》が狙撃で機雷を始末する。
『エフェスティアよりヴァルハラ各機。あともう少しだけ耐えてくれ。本艦はまもなく転進する。進路変更完了まで、残り20、19、18……』
カウントダウンが進む中、徐々に爆風がエフェスティア号の船体に迫っていく。
三人の奮闘によって、なんとか迎撃が追い付いてはいるもの、これ以上は──。
『……0! よく持ち堪えてくれた!』
機雷原をすれすれに回避したエフェスティア号は、しかし当初の航路を外れた。
セレジアの脳裏を過ぎったのは、例のルートBのことである。
『ヴァルハラ各機、警戒を。ここから本当の戦いですわよ……!』
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やがて、二隻の船が辿り着いたのは、無数の海上施設の廃墟だった。
端的に言って、彼らは海洋民兵の術中にはまり、誘い込まれた。
敵が仕掛けてくるならここだ。艦長席に立つバートラムが、静かに言う。
「船の運航に支障の出ない範囲で、非戦闘要員のクルーたちを全員、気密区画へと退避させております。念のために武装警備員にも巡回を命じました」
彼はセレジアに向き直り、恭しく頭を下げて言った。
「──お嬢様も、どうか安全な場所へ」
「結構ですわ。私は──このクランのリーダー、指揮官ですもの。逃げるわけにはいかないのよ、バートラム。たとえ貴方がそれを望んでもね」
老執事は瞼を閉じ、しばしの逡巡を置いてから、再び頭を下げる。
「かしこまりました。先のご無礼をお許しください」
「……よくってよ」
瞬間、一人の索敵オペレーターが叫んだ。
「右舷後方、距離800! ──GSと思われる熱源反応あり!」
「Ⅴ2、迎撃を!」
《ダブル・ダウナー》が甲板からガトリングを掃射する。
無数の火線を散らして敵GSを海面に叩きつけた。
直後に、凄まじい爆発が起こり、天高く火柱が上がる。
──が、それは尋常の爆発ではない。
高い波が生じて、インスマス号は大きく揺れ動いた。
『融合炉が!? どうして誘爆を!』
「まさか……自爆特攻……!?」
「敵GS、さらに複数接近中! 先ほどと同様の自爆装備を確認!」
「──ヴァルハラ各機、敵をエフェスティア及びインスマスに近づけないで! 装備への直撃は避けつつ、コクピットだけを狙うの! いいですわね!?」
ナイアとジョニーが「無理だ」と叫ぶ。それも当然のことだった。
──だが、B・Bだけは、その命令を静かに肯定した。
『……了解。Ⅴ3、インスマスの直掩に回ってくれ』
『はぁ!? お前、どうするつもりだ』
『接近戦で、敵を殲滅する』 『死ぬぞ、バカがッ!』
ジョニーが怒鳴るが、B・Bは不穏な笑みを浮かべるのだった。
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《ブルー・ブッチャー》は鋭い切れ味を誇る“藍銅”を手に、海原を駆ける。
その正面には、エフェスティア号に特攻を仕掛ける五機の敵ミキシングGS。
彼は機体を巧みに操り、近接戦で次々と無力化していく。
斬り付け、突き刺し、ときにはモーターナイフを投げ放った。
「これで……五つ。殲滅完了……」
トドメは機体のマニピュレータを駆使した“貫手”だ。
『なんだよありゃ……化け物か……?』
ジョニーはその姿に戦慄を覚えた。まるで人間技ではない。
トリガーを引く指は固まり、迎撃は全て妹任せになる。
『こっちも……これでぇ! ラスト!』
『周囲に敵影なし……ヴァルハラ各機、本当によくやりましたわ!』
『B・B……やっぱ貴方、最高だよ……』
「俺は……すべきことをやっただけだ」
ただ黙っていたのはジョニーだった。彼はコクピットで呟く。
『──ありえねえだろ、化け物が……』
独りごちた彼の唇は、恐怖に震えていた。
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戦いから数日、ヴァルハラ・ホライズンはオクシリス近傍のリゾート施設「ジョワ・ドゥ・ヴィーヴル」へと招待されることとなった。
きらびやかに輝くシャンデリアの下に、セレジアの姿があった。
「マティーニを。ステアではなく、シェイクで」
「──その言い回し、旧暦の映画にありましたね」
セレジアが声の方を向くと、ひとりのハンサムな紳士が居た。
「初めまして、ミス・セレジア。ヴァルハラ・ホライズンのクランリーダー様でいらっしゃいますね? エフェスティアの一件ではお世話になりました。あれは、私めの主導したプロジェクトでして……」
「存じております。──ウィリアム・キュービス。史上最年少でアルジャバール・インダストリーの兵器開発局局長の地位に就かれた稀代の天才だとか」
エフェスティア号の任務が、こうした社交の場に繋がっている。
セレジアはそのことを実感しながら、彼との対話を続ける。
「さてと、ミス・セレジア。今日はあなたとぜひ話したいことがあって」
「興味深いですわね。ぜひ聞かせていただけます?」
曰く、ウィリアムは自律AIを搭載した新型OSをテストすべく、優秀なパイロットを探し求めている──ということだった。
そして、テスターとして白羽の矢が立ったのがB・Bなのだった。
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一方で、B・Bは機体格納庫に籠り切りの様子だった。
ナイアが彼をプールに誘うが、にべもなく断る。
そんなナイアを見かねて、マハル・マイヤーが助け船を出した。
彼はいまでは、インスマス号のメカニックマンだ。
「パイロットのお前が、ここで整備士みたいに働き続けるのは、却ってこっちの集中力に響くんだ。お願いだからさ、しばらく休んでくれよ」
B・Bはしばし無言で考え込んだ後、ようやく手を止めた。
「……ナイア、プールはどこにある?」
「やったー! マハルさんありがと!」
*
やがて二人は、リゾート施設屋上のプールサイドへ立つ。
「お前、なぜ俺をここに呼んだ? あいつは……ジョニーはどうした」
B・Bは記憶を手繰るように、ジョニーの名前を挙げた。
ナイアはそっぽを向いて答える。
「バカ兄貴なら“CD屋でもまわってくる”って言ったきり、朝から姿を見てないよ。なんなのB・B! アタシより兄貴と遊ぶ方が楽しいってわけ!?」
B・Bはナイアの問いかけにしばらく黙ったままだった。
彼女はすぐに気を取り直して、プールサイドに腰掛ける。
「ま、いいや。せっかくリゾートに来たんだし、少しはリラックスしなよ」
「……俺は、この場所には不適合だ」
「不適合、ねぇ。B・Bってさ……楽しいとか、嬉しいとか、ある?」
「わからない。……が、戦いは楽しい。戦いだけだ、俺がそう感じられるのは」
言葉を探りながら、彼は慎重に答える。
「……そっか。じゃあ、探そうよ」
B・Bは初めて、水面から目を上げた。
彼の顔を覗き込むナイアの瞳が、じっと彼を見据えている。
「一緒に、B・Bが楽しいって思えること、探そう」
*
その頃、とある裏路地で、ジョニーは通話を受けとった。
裏社会では殺し屋と知られる「何でも屋」にして叔父、グリムからだ。
『ジョニー坊や、お前はつくづく、奇妙な出会いをするものだね』
「あいつら……妹の居るクランについて何か分かったか?」
『セレジア・コリンズ……本名はセレジア・リング。聞き覚えは?』
苛立ちを抑え、ジョニーは訊ねる。
「……何者だ?」
『大物さ、お前の想像できないくらいにな……クフフ』
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