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第85話 気付かないアリマン





 翌日の昼。

 約束したとおり、熱海は我が家にやってきた。

 別にどこかに出かけるわけでもないが、彼女はきちんと外行の服で、しかもうっすらと化粧までしているらしい。顔を合わせるのは俺ぐらいしかいないというのに……これはプラスに受け取ってもいいのだろうか。


 熱海も、俺を少なからず男として意識していると。


 だけどなぁ、以前に熱海が黒川さんに、『あたし別に、有馬のこと異性として見てないし、別に好きじゃないから』と言っているのを聞いてしまっているんだよなぁ……。


「ほら、あとでスーパー行くでしょ? 昨日のアイス」


 俺が一瞬ポカンとした理由に気付いたらしく、熱海は淡々と理由を説明した。若干照れて誤魔化しているように見えなくもなかったけど、これはたぶん俺の願望が混じっているのだと思う。


 そして、当初の予定通り、読書をすることになった。

 本が置いてあるのは俺の部屋で、こちらのほうが本を取りに行く手間が省けるということもあり、リビングではなくこちらで過ごすことになった。俺はベッドに横になり、熱海はベッドフレームを背もたれにするようにして。

 以前看病していたときのことを思い出すなぁ。


「陽菜乃のこと、どうなの?」


 本を読みながら、熱海が聞いてきた。

 どうなの――と言われると、何についてかわからないから返答が難しい。

だけど、恋愛がらみであることはたしかなはずだ。たぶん。


「有馬が何をためらっているのか、あたしにはわからない」


 わかってたまるかボケェ! まさか『黒川さんと熱海が両方好きで困ってます』なんて言えるはずもないし、それを熱海に気付かれたらもう色々とアウトである。


「まぁ色々とな……もう少し考えたいんだよ」


「何を?」


「恋愛とか」


 そもそも恋人ってなんだろう。好きってなんだろう。

 考えれば考えるだけ、よくわからなくなってくる。

 人間の本能として、子孫を残すために性欲というものが備わっており、男女が結ばれるという図式は理解できる。だが、それだけじゃないだろう――と。

 難しく考え過ぎだとは思うけど、中途半端は嫌だからなぁ。


「正直、黒川さんは可愛いと思うよ。明るくて、話しているとこっちまで明るくなるような雰囲気があるし、優しいし、彼女に告白してきた男子たちの気持ちもよくわかる。そんな人に好意を持たれたってことは、本当に信じられないぐらい光栄な話だ」


「……じゃあ付き合えばよかったじゃない」


 ぼそぼそと熱海が言った言葉に対し、俺はなんと返答していいかわからずに黙った。

 たしかに付き合えばよかったかもしれない。そうすれば、彼女の良い部分とかがもっと見えてきて、本当に彼女が一番になったかもしれない。


「熱海にとって、『好き』ってなんなんだ?」


 俺は会話の流れを切って、別の質問をした。

 都合が悪かったからスルーしたというよりも、自分の中で理解を深めるために。

 俺の質問を聞いた熱海は、首を動かしてちらっとこちらに目を向けたあと、「そうねぇ」と考え始めた。そして、十秒ぐらいして、


「幸せでいてほしい……それでいて、それを一番近くで見ていたい。たくさん一緒の時間を過ごして、共感というか、分かち合うというか――一緒の道を進みたい、って感じ」


 熱海は、淡々とした口調で言った。自分のことなのに、遠い目をしてどこか他人事のように言った。


「共感……一緒の道を……か。さすが長年片想いをしてきただけあって説得力があるな」


「ふふん、年季が違うのよ年季が」


 褒めると、熱海は得意げになった。こういう単純なところも、彼女の魅力のひとつなんだろうなぁ。

 俺はまだ恋について考え始めて間もないというのに、彼女は七年もの間――七年、か。そういえば俺が昔、溺れていた女の子を助けたのも、同じぐらいだな。


 もし熱海が昔助けた女の子だったとしたら――いや、さすがにそれはありえないか。


 なにしろあの時の女の子は、俺を見て泣き出したのだ。俺を『王子様』だとか『運命の人』だなんて言うことはありえない。それに、もし熱海がそうだったとしたら、俺が過去の話をした時点で気づいたはずだ。

 念願の王子様に出会えて、彼女が打ち明けないはずがないもんな。


「今でも好きなんだよな?」


「……好きよ。悪い?」


「いや、全然」


 ほらな。もし俺と王子様が同一人物なら、こんなにも堂々と『好き』と宣言するはずがないし。やっぱり俺の考えすぎだろう。希望的観測なのだろう。

 もしそうだったとしたら、いくらなんでも都合が良すぎる。運命的すぎる。奇跡といってもいいかもしれない。


 熱海の好意が俺とは別方向に向いている、それを再確認してまた若干のショックを受けてしまったが、これまた俺にはそんな資格はないのだろうと自己嫌悪したところで、


「後悔のないように考えてみるよ」


 そう言ってから、俺は読書に戻った。


「そうね、有馬に報われてほしいあたしとしても、陽菜乃にとっても、もちろん有馬にとっても、それがいいと思うわ」


 熱海が口にした言葉は、きっと本心なのだろう。

 だけど、なぜか感情があまり籠っていないようにも、聞こえてしまった。






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