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あの日、キミを助けたのはオレでした  作者: 心音ゆるり
第二章 黒川陽菜乃は気付かされる
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第30話 黒川さんからの印象




「痛ぇ痛ぇっ!? ――おまっ、ちょっと大人しくなったと思ったらまたコレかよっ!?」


「うっさい! 忘れなさい忘れなさい忘れなさいっ!」


「忘れた! 忘れましたから! 俺は何も聞いてません!」


「絶対うそっ! 絶対覚えてるもんっ!」


「俺はどうすればいいんだよ!?」


 三限目が終わり、休憩時間。

 熱海と黒川さんの二人と、次の授業に行われる英単語の小テスト対策をしていたところ、熱海のお腹から『キュルキュルキュル』というそれはもう随分可愛らしい音が鳴ったのだ。

 音だけでは確信はなかったのだけど、熱海の顔がみるみるうちに真っ赤になっていったことで確信に変わった。

 お腹がすいてしまったらしい。


「大丈夫だよ道夏ちゃん! 王子様には聞かれてないから!」


 黒川さんがニコリと笑い、親指をビシッと立ててグッドのサインを熱海に送る。

 たしかに黒川さんの言う通り、ポジティブに考えれば彼女が一番聞かれたくないであろう相手にはこの可愛らしい音は届いていないのだ。

 不幸中の幸いとった感じだろうか。

 しかしその励ましもむなしく、熱海は机に伏せて「もうやだぁ」と泣きそうな声で呟いていた。


「有馬くん、女の子はお腹の音を聞かれたくないものなのです。というわけで、何かで上書きして忘れよう!」


 そう言って、黒川さんは「何がいいかな~」と意気揚々と自分のスマホをいじりはじめる。何か音楽でも流すつもりなのだろうか――そう思っていると、


「あ、あぇ? わわわわわっ!? わぁああああ!」


 今度は黒川さんのお腹から、『キュゥウウウウウウ』という違った種類のお腹の音が聞こえてきた。途中から黒川さんの叫び声でかき消されていたけど、意識を完全に黒川さんに向けていたので、最初のほうはハッキリと聞こえてしまった。


 いやほんと、なんかすみません。俺まで恥ずかしくなってしまったぞ。


 周囲の男子や女子が黒川さんに「急にどうした黒川? ビックリしたんだけど」とか「大丈夫? なにかあった?」などと声を掛けてきていたが、熱海と同じように顔を真っ赤にしている黒川さんは「ななななんでもないよ!」と必死に首を横に振っていた。

 赤面して誤魔化している彼女の姿は、俺の庇護欲をこれでもかというほどにくすぐってきている。


「陽菜乃……? なに今の叫び声?」


 泣きべそをかいて机に俯せていた熱海も、顔色をもとに戻して何事かと身体を起こしていた。そりゃあんな叫び声が聞こえたら冷静にもなるよな。


「道夏ちゃ~ん、私もお腹なっちゃったよ~」


「えぇ? うそっ、陽菜乃も!?」


 あわあわ状態の黒川さんの元に、熱海が立ち上がって慰めにいく。彼女には自分のことより人のことを優先しなければならない決まりでもあるのだろうか。

 ま、単に優しいだけか。

 黒川さんの頭を撫でて、熱海はこちらをジロリと見た。


「せめて陽菜乃の分は忘れなさい。あたしのはいいから」


「えー! 私のお腹の音で記憶を上書きしていいから道夏ちゃんのを忘れてよ~」


 二人はお互いを庇いあうような形で、俺に忘却を願う。そこまで言われたら忘れようにも逆に忘れられないんだが。もっとこう、別の話題にすり替えるとかあるだろうに。


「……あたし、思いついたわ。こうなったら有馬もお腹の音を鳴らせばいいのよ! それでお相子よ!」


「いやそうはならんだろ」


 

 両手の指を奇妙に動かしながら前方に構えて、俺のお腹を刺激しようとにじり寄ってくる熱海。


「お腹つついたらいいのかな?」


 熱海のノリに付き合ったのか、黒川さんまで手の指をうねうねと動かしながらこちらににじり寄ってくる。

 いますぐお腹よ鳴ってくれと願ったのは、人生で初めてのことだった。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 昼休みになると、いつものように俺を含む五人で集まって昼食タイムだ。

 この光景もクラスメイトには見慣れた光景になってきているようだが、相変わらず熱海たちといるおかげで羨望の視線が飛んできているように感じる。根が小心者だからか、ドヤ顔でふんぞりかえることは俺には難しい。


「そんなチラチラ周りを気にしなくてもいいのよ。バレるわけないじゃん」


 弁当箱を机に広げつつ周囲を警戒していると、熱海にそう言われてしまった。

 弁当に関しては俺も熱海と同じようにバレやしないと思っているんだけど、そうじゃないんだよな。


「わかってるよ」


 とりあえずそう答えてその場をやり過ごそうとしていると、由布がニヤニヤしながら口を挟んでくる。


「あー、アリマンのこれはね、中学の頃からだよ。『俺みたいな奴が蓮たちと一緒にいいのか』って本気で悩んでたからね。高校に入ってからかなりマシになってたけど、みっちゃんとヒナノンが加わったことで再発しちゃったんじゃないかな? いままでもあったでしょ?」


 まったく似ていない俺の声真似を交えた由布の言葉を聞いて、熱海は「たしかにあったような」と視線を斜め上に向ける。自己評価が低すぎると言いたいのだろうけど、俺が浮いているのは事実だから仕方ないだろ。


「つまり、これもモテモテになれば解決ということね!」


「あはは、たしかに優介がモテモテになれば色々解決しそうだね」


 熱海の意見に蓮まで賛同しはじめる。俺の味方はどこですか。

 この中で一番その可能性のある黒川さんに目を向けてみると、彼女はキョトンとした表情で首を傾げていた。


「え? 有馬くんってモテないの? すごく話しやすいし、運動もできるって聞いたよ? 女の子から人気あるんじゃないの?」


 運動ができてモテるのは小学生までじゃないのか。マイナスの要素ではないと思うけど、プラスの力はそこまで強くないだろうに。

 とはいえお世辞だとしても、黒川さんの何気ない言葉に嬉しく思ってしまう自分がいる。

 現実は告白を一度もされたことのない人生を歩んできたから、とても空しいのだけど。





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