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あの日、キミを助けたのはオレでした  作者: 心音ゆるり
第一章 熱海道夏は知ってしまう
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第25話 あたしの大好きな人




 ~熱海道夏Side~



 有馬優介。あたしと同じ玄仙(げんせん)高校に通う、高校二年生。


 彼との出会いは――いや、高校生の彼と出会ったのは、地元の駅だった。

 隣を歩いていた陽菜乃が階段から転げ落ちそうになったところを、いったいどんな反射神経をしているんだろうかと不思議に思うほどのスピードで、彼は鮮やかに助けた。

 右手首を骨折してしまっているから、鮮やかとは言えないのかな? それはともかく、彼は誰にでもできないことやってのけたのだ。


 すごい人だと思った。

 あたしは手を伸ばすことしかできなかったのに――彼は自らの危険を顧みず飛び込んでいた。だから、尊敬と同時に、嫉妬もした。

 あたしも運命の人に助けられてから、人助けができる人間になりたいと思っていたからだ。

 尊敬と嫉妬、そして親友を助けてもらった感謝の念を抱いていたのだけど、有馬はその場にいた城崎が助けたことにしてほしいと頼んできた。


 意味がわからなかった。


 こんなに立派なことして、隠す必要はないはずなのに。

 陽菜乃は有馬が助けたということを知るべきだと思ったし、彼は助けた恩恵を受けたほうがいいと思った。だけど、彼は頑なにそれを拒む。

 それが理解できず、気に喰わなかった。


 それはきっと、あたしが七年近くもの間、ずっとお礼を言いたいと思っていた相手に何も言えないままだからだと思う。

 有馬の言う通り、陽菜乃が勘違いしているのであれば、彼女にくすぶる感情はないと思う。だけど、あたしはどうしても有馬に正しく報酬を受け取ってほしかった。


 あたしがしつこく有馬に迫っている間、気付けば隣にいつも有馬がいるようになっていた。男子とは必要最低限の会話しかしたことがなかったし、有馬はデリカシーの無い言葉も吐くけれど、なぜか心の底から嫌いになることは出来なかった。


 一緒にいるのも、陽菜乃に伝えるまでの間だけ。骨折が治るまでの間だけ。

 時折失礼な彼を憎めないのは、親友を助けてくれたから。他の男子たちのように、下心であたしたちと関わろうとしないから――そう自分で結論付けていた。


『運命の人センサー』


 あたしが盲目的に信じている――いつか運命の人と出会った時、自分は気付けるはずだという絶対の自信。覚えているのは、あたしを助けた彼がふくよかな体型だったこと。顔も覚えていないし、声も覚えていない。


 だけど、なぜか自信はあった。頭に思い浮かべることができなくても、あたしの潜在意識が、本能が、第六感が彼に気付いてくれるはずだと。

 結局――あたしは潜在意識が運命の人に気付いていたことを、気付けなかったのだけど。



 有馬の服やズボン、靴下を畳むことにまったく嫌な気持ちがなかったこと。


 なぜか彼に触れたくなって、指で突いてしまうこと。


 彼の背中をタオルで拭いて、頭をワシャワシャとしながら髪を乾かすことが楽しかったこと。


 有馬に手料理を振る舞ってみたいと思ったこと。


 お弁当を作ってみたいと思ったこと。『うまい』という姿を、また見たいと思ったこと。


 他の男子相手に覚えたことのない感情が、有馬だけに集まっていた。



「う、うそ、あんた――有馬が、この人――なんで?」


 有馬が痛々しい笑みを浮かべながら見せてきた小学校のアルバムの写真を見て、すぐに確信した。おぼろげだった記憶が、カメラのピントが合うように鮮明になった。

 ずっと頭に思い浮かべていた王子様――それが有馬だとわかったとき、あたしは凄く嬉しい気持ちになった。こんなに間近にいたことに驚きを隠せなかったけど、すぐにでも『ありがとう』と言いたい気持ちを堪えて、有馬の話を聞いた。



 そして、自分の罪を知った。

 運命の人の人生を捻じ曲げた、最大の罪を。



 十歳のころ、溺れていたあたしを助けた彼は、引き留めるお父さんと一言二言だけ会話をしてから、すぐに去ってしまったという。

 その時のあたしは、お父さんが泣きながら『良かった』と何度も言っているのを聞いて、自分がすごく危ない状況だったと知り、ボロボロと泣いてしまった。

 そして、間近で彼の顔を見ると、顔がびっくりするぐらいに熱くなって、胸がすごくドキドキして、とてもじゃないけど目を合わせられるような状況ではなかった。だから、お父さんに抱き着いて顔を隠した。


 それをいま説明したところで、彼が過ごした辛く苦しい七年は帰ってこない。


「――ごめんなさいっ、ごめんなさいっ、ごめんなさいっ、ごめんなさいっ! ――うっ、ふっ、有馬は、有馬は何も悪くないっ! 全部、全部あた――その女が悪い! 有馬の人生を捻じ曲げた、その女が悪い――あたしはその女がっ、うっ、心の底から憎いっ!」


 有馬の胸に身体を預け、懺悔するように叫んだ。

 自分の大好きな人を、あたしはずっと、ずっとずっと、長い間傷つけていた。

 知らなかったで済まされるような、生易しい問題ではない。


 こんな女、あたしみたいなバカな女は、有馬のような素敵な人にはふさわしくはない。

 恋心を伝えるなど――到底許される行為ではない。


 一生この想いは伝えずに、あたしを――そして陽菜乃を助けてくれた有馬を陰で支えて幸せにすることが、私にできる償いなのだろう。






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