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あの日、キミを助けたのはオレでした  作者: 心音ゆるり
最終章 振り返れば、すべて必要なことだった
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第113話 それでもやっぱり俺は





『あの日、溺れていた熱海を助けたのは――俺だってことを』


 その文章を熱海に送ると、返事はわりと早かった。もしかしたら返信が無くなってしまうことも危惧していたけれど、杞憂だったらしい。


『本当はね、有馬が戻ってきたら私から話すつもりだったの』


 そう言えば出発する前、『聞いて欲しい話がある』なんてことを言っていたな。これのことだったのか。


 しかしなぜ、彼女は今になって話す気になったのだろう? てっきり、熱海は俺に対して隠し通すつもりだと思っていたけど。


『何時ごろにこっちにマンションに戻ってくるの?』


『九時前にはつくと思うぞ』


『じゃあ少しだけ、話す時間をください。スマホ越しじゃなくて、ちゃんと面と向かって話したいの。疲れていたら、明日明後日でも、いつでもいいです』


『ずっと座っているだけだったからな、疲れてないよ。帰ったら話そう』


『ありがと。じゃあ、待ってるわ』


 熱海のその言葉を最後に、チャットのやり取りは終わった。


 俺は黙ってスマホをポチポチといじっていたのだけど、母さんはずっと真っ暗な窓の外に目を向けていた。母さんは母さんで、色々と考えているのかもしれないな。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 母さんに「帰ってから熱海と話したい」と伝えると、うちの家を使っていいことになった。その間、母さんは熱海の家にお邪魔するらしい。どうやら、こうなることを予測して千秋さんに連絡を取っていたようだ。


 熱海と俺の関係については、熱海家の両親が来てから話すことにすると言っていた。


 家に帰ってきてから、荷物を簡単に片付けたのち、母さんは家を出た。


 そして入れ替わるように、熱海が我が家を訪れる。「お邪魔します」と俺に言いつつも、彼女の視線は下を向いていた。


「いらっしゃい――とりあえずあがってくれ」


「うん」


 てっきり『恥ずかしい』という感情が一番に出て来ると思っていたけれど、見た感じこれはたぶん、罪悪感のほうだなぁ。俺が思っていた以上に、熱海は自罰的な性格らしい。


 ソファに腰を下ろして熱海に隣に座るよう手で促してみたけど、彼女はソファに目を向けたまま固まっていた。


「とりあえず座ったら?」


「う、うん……」


 遠慮がちにそう言った熱海は、これまた遠慮がちにソファに座る。

 熱海と俺の距離はいつもより離れており、最初に彼女がうちに来た時よりも遠く感じた。実際にそうなのか、気のせいなのかはわからないけど。


「何から話そうか――って感じだよな。お互いにさ」


「そうね、本当にそう……だけどまずは、謝らせてください」


 彼女は丁寧な言葉を遣い、ソファから降りて、テーブルとソファの隙間で正座をした。土下座の気配を察知したので、素早く彼女の肩に両手を置く。


「それはいいから、ソファに座ってくれ」


「でも……」


「でもじゃありません。俺だって熱海に土下座したいぐらいだけど、こっちに座ってるんだから」


「なんでよ……有馬は謝る必要なんてないじゃない」


「あるんだよ。ほら、こっちに、こい!」


 半ば無理やり、彼女の脇に手を差し込んでグイっと持ち上げる。そして彼女を元の位置に戻した。なんか猫みたいだな。


 最初は少し抵抗する様子を見せたけど、この状況が恥ずかしかったのか、熱海はやや顔を赤くしながら俺の手の動きに従ってくれた。


「正直な、俺も気付くことが多すぎて、どれから考えたらいいのか……まだはっきりわかっちゃいないんだ」


 熱海のこと、黒川のこと、由布たちのこと。


 人という部分に目を向ければ選択肢は少ないのだけれど、どのタイミングでどんな話をしたのかということを考え始めると、頭の中で整理できなくなってしまう。


 だからまずは、根っこの部分から。

 すべての始まり――歪みが生じてしまった昔の話から。


「熱海はあの時、俺の容姿のせいで泣いたんじゃなかったんだよな」


「……はい、そうです。本当にごめんなさい」


 鼻をすすりながら、熱海が言う。すでに、うつむく彼女の頬には涙が流れていた。


「七年もの間、ずっと辛い思いをさせてごめんなさい。相手のことを考えられない、視野の狭いバカな女でごめんなさい。好きになってしまって、ごめんなさい……」


 熱海はぽつぽつと、懺悔をするように言葉を紡いだ。


「こんな私を助けてくれて、本当にありがとうございました」


 そう言うと、彼女は膝の上に置いた手を、きつく握りしめた。全身を強張らせて、感情を必死に抑制しようとしているのが見て取れる。


 本当にこいつは、一人で抱え込みすぎなんだよなぁ……。


 もっと自分を大切にしてほしいもんなんだけど――やっぱり、自分の好きな人を傷つけたって部分が大きいんだろうな。最初っから話していればいざこざも少なかったのだろうけど、『王子様が好き』だと公言してしまっていたから、それも難しかったはずだ。


「実家に戻ったときさ、じいちゃんが言ってたんだ」


 俺がそう言うと、熱海は目元をぬぐってから顔を上げる。視線は、俺の顔まで上げることはできず、胸元を向いていたけど。


「『後になって振り返れば、すべて必要なことだった』。そう思える日がきっと来るってさ。もし俺が昔の件でショックを受けてなかったら、熱海はもちろん、由布や蓮とも出会えてなかったかもしれない」


 きっといろいろな歯車が狂ってしまっていたことだろう。結果としてどうなっていたのかは、確かめようがないけれど。


「それでも……七年は大きいわ」


「大きい、かもしれないな――だけど俺はいま、蓮たちに、そして熱海と黒川に出会えて本当に良かったと思ってる」


 もしかしたら、頼ることのできる友人が一人もできずに、いじめられていたという想い出に潰されていたのかもしれない。


 痩せて平凡な生活を送れたのかもしれないけど、恋をすることはできなかったのかもしれない。


 すべて『かもしれない』という言葉を使わざるを得ないのだけど、少なくとも、こんなに濃い青春を送ることはできなかっただろうと思う。


「だからさ、あー……その、だな、なんというか、俺は昔のことをもう気にしていないんだ。熱海のことを許している――お互いにお互いのことをきちんと理解している。そういう前提で、もう一度考えなおしてほしいんだ」


 告白の返事を――とは言わなかった。たぶん、言わなくても伝わると思ったから。


 七年間の苦しみがあったとしても。

 黒川の真っすぐな好意を知ったとしても。


 それでもやっぱり俺は、熱海のことをあきらめられない。





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