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あの日、キミを助けたのはオレでした  作者: 心音ゆるり
最終章 振り返れば、すべて必要なことだった
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第107話 思い出の場所で





「しかし、優介は大きくなったのぉ」


「それはあなた、優介は育ちざかりですもの。これぐらい普通ですよ」


 四人で食卓を囲むと、じいちゃんとばあちゃんが絶え間なく俺と母さんの話をする。


 相変わらず話すのが好きな夫婦だなぁ。俺たちが来ているということでより話すようになってはいるらしいが、別にいなくともよく話しているようだ。仲良しである。


 紐がぶら下がった丸い蛍光灯の下には、手の込んだような食事が並んでいる。俺たちのために張り切ってくれたようだ。


「そんなに身長伸びてないよ。というか一月に会ったばかりなんだから」


「いやいや、正月に会ったときはこれぐらいじゃったぞ」


 そう言いながら、じいちゃんは器用に箸で枝豆をつまんで見せる。ちっさすぎだろ。


「いえいえ、このぐらいでしたよあなた」


 じいちゃんに対抗して、今度はばあちゃんがご飯粒をつまむ。二人ともコントでもしてるつもりか? 息ぴったりだなぁ。


「もー、お父さんもお母さんも、優介をからかわないの」


「「あーっはっはっは!」」


 明るい家庭である。きっと俺の母親は、父さんが亡くなったとき、じいちゃんばあちゃんの明るさに救われたりしたんだろうなぁ。その真偽を確かめるつもりはないけれど、そう思いたい気分だった。




 その後、夕食の片づけを手伝ってから風呂に入り、じいちゃんばあちゃんと寝るまで話をした。明日の予定については、母さんがこちらにいる友人に少しだけ会ってくるとのことだったので、俺も少しだけ自由時間がある。


 じいちゃんばあちゃんも午前中は整骨院で電気治療を受けに行くらしいので、本当に自由だ。


 そしてそのことは、こちらにやってくる前からわかっていたことだ。


 仮に自由時間が無かったとしても、俺はきっとどうにかして時間を作ってあの場所へ向かっただろう。昼間に時間がなければ、早朝でも深夜にでも。


 何かに促されるように。何かに呼ばれるように。そこに向かうことが、俺にとって正しいことであるかのように。


 後になって振り返ってみれば、それはまるで神様が、そこに行けと俺を動かしたかのようだった。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 俺が溺れて、父が亡くなった川には、もう何度も訪れていた。


 だけど、あの女の子を助けた場所に来たのは、これで二回目になる。助けた日、そして今日。その二回だけ。


 場所はじいちゃんの家から歩いて二十分ぐらい。

 この辺りに一つしかない本屋の近くにあるあたりだ。当時の俺も、本屋に向かっている途中だった。


 山と住宅に挟まれた川で、流れる水の量が少ない時には、深いところでも膝より下ぐらいの深さしかない。


 ただ、少しそこから下流側へ場所を移動すれば、浅くて膝下、深いところでは子供の身長ほどになる深さになるような、今思えば危険にしか思えない場所になる。川幅は、今も変わらず十メートル前後だった。


「……こんな看板、なかった気がするんだけどな」


 川のそばには、まだ設置されてから間もないような黄色の看板が設置してあった。河川で遊ぶことを禁止まではしていないが、『水難事故に注意』と大きく書かれている。


 俺が小学生の頃は、夏休みになると子供がちらほらいたもんだけど、全然人の気配がないな。ちょっとずつ、この街も高齢化が進んでいるのか、それともこういう遊びをする子供がいなくなったのか。


「あの子も、俺と同じ年齢ぐらいだったよな」


 黄色の看板に手を置きながら、ぼんやりと口にする。


 年が離れていたとしても、せいぜい二つ違いぐらいだと思う。もし俺が彼女に会うことができたなら、いったいその時俺は何を思うのだろうか。


 いや、たぶん何も思わないのだろう。相手から何か――感謝だったり、非難だったり、それを受けて初めて感情が動くのだろう。


「……助けた時点で、終わってるからな」


 俺の目的はその時点で達成しているのだ。それ以上に思うことなどない。たぶん。


 橋が架かっている場所にまで移動して、そこの柵に肘を置き、流れる川を眺めることにした。たしかあの場所で溺れている女の子を見つけて、ガードレールを飛び越えて助けに行ったんだよな。


 周りには同年代の男の子たちがいて、女の子の父親らしき人物もいた。そしてその誰もが、溺れる女の子に気付いていなかった。


 たぶん、俺が助けに行かなくても、誰かが助けたはずだ。少なくとも父親は気付いたはずだ。一番に気付いたのが、俺だっただけの話である。


 だけど万が一、億が一、誰も気付かずに彼女が命を失っていた可能性があるのならば、俺の行動は間違っていなかったのだろう。たとえ嫌がられたとしても、正しい行動だったはずだ。


「ライフセイバー……か」


 やっぱり、この道をあきらめるのは、ちょっと嫌だな。


 親友たちによって治療されてきた心の傷は、熱海に出会って、黒川に出会って、綺麗にふさがろうとしている。そんな気がした。


 あとはきっと、かさぶたが剥がれるのを待つだけだ。


「失礼、ちょっといいかな」


「うぇっ!?」


 物思いにふけっていると、横から声を掛けられた。考え事をしていたせいで、足音にも気付けず、変な声で反応してしまった。恥ずかし。


 声のした方向に目を向けると、そこには俺より少し身長の高い男性がいた。年齢はたぶん、四十前後。


 パリッとしたスーツを身に着け、清潔感のある短い黒髪、そんな普段かかわりのないような人が、怖がらせないためなのか、俺から少し距離をとって立っていた。


 どこかで見たことのあるような、誰かの面影があるような、そんな男性が立っていた。


「……道が聞きたい、とかですか?」


 先手を打って俺が問いかけてみると、その男性は「それは大丈夫。ここにはもう百回近く来ているからね」と苦笑しながら答えた。

 どんだけ川が好きなんだよこの人。釣りが趣味とかだろうか。


「そうではなくて、昔のことで少し聞きたいことが――いや、ちょっと待ってくれ……」


 申し訳なさそうに声を掛けた男性は、少しだけ俺に近寄ってくる。顎に手を当てて、観察するように俺を足から頭のてっぺんまで、じろじろと眺めはじめた。


 なんだこの人……? 道を聞きたいのかと思ったけど、そんな感じでもないし。もしかしてやばい感じの人か? 逃げたほうがいい?


 そんなことを考えつつ、後ずさりしようと思ったところで、


「君は今から七年前、ここで溺れている女の子を助けた覚えはないかい……?」


 スーツの男性は泣きそうな声でそう言うと、俺の両肩に手を置いた。俺よりもはるかに年上の男性の手は、可哀想なぐらいハッキリと震えていた。





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