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あの日、キミを助けたのはオレでした  作者: 心音ゆるり
最終章 振り返れば、すべて必要なことだった
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第106話 知らないこと





「わざわざ朝早くに来てもらって悪いな、タイミングが合えばよかったんだけど」


「いいんだよ~。それに、この後は道夏ちゃんに付き合ってもらうからだいじょーぶ!」


 いつも通りの明るい笑顔でそう言った黒川は、両手で大きく丸を作った。


 八月十一日、朝の九時前。

 マンション七階の廊下で、俺は黒川と熱海の二人と話をしていた。


 電車の時間もあるから長話はできないのだけど、そのわずかな時間のために、黒川は朝早くから俺の家にまでやってきてくれたらしい。


 見送りと、手紙を渡すために。

 隣に住んでいる熱海ならまだしも、黒川はそこそこ時間がかかるだろうに。


「ほら陽菜乃。忘れないうちに渡しておきなさい」


「あっ! そうだった! 危ない危ない」


 そう言いながら黒川は肩に下げたポシェットから薄い水色の手紙を取り出し、俺に手渡してくる。一人になれる夜にでも読ませてもらおう。


 手紙のことは俺ももちろん気にしていたし、熱海も気にかけてくれていたようだ。しかし当の本人が忘れそうになってしまっているのは、なんだか黒川らしいなと微笑ましく思った。


 というか、一年とか数か月出かけるわけじゃなくて、わずか二日間だけだというのに……なんか大袈裟だな。これまでも数日合わないなんてことはいくらでもあったというのに。


 二人と他愛のない話をしながらもらった手紙を外側から少し眺めて、リュックにしまおうとしたところで、ばっちりと外出の準備を整えた母親が玄関から出て来る。そろそろ時間らしい。


「二人ともおはよう。ちょっと優介は借りていくわね」


「借りるって言い方はおかしいだろ」


 あんた俺の母親だろうが。


「細かいこと言わないの――もうお話は大丈夫?」


 俺ではなく女子二人に母さんが問う。二人とも、「「大丈夫です」」と声をそろえて返事をした。そりゃ『大丈夫じゃないです』なんて返事はこないだろ――と少しひねくれた思考をした。


「じゃ、二人ともまたな――って言っても、本当にすぐだけど」


「あははっ! わかってるよ~気を付けて行ってきてね」


「行ってらっしゃい有馬。暇なときはチャットしてくれてもいいのよ?」


「了解」


 そんな風にして、俺は彼女たちと別れ、母さんと二人でエレベーターに乗った。

 ふう、と息を吐いていると、母さんがこちらを見ていることに気付く。


「なにその目」


「ちゃんと仲直りできたみたいだなーって。最近落ち込んでること多かったし」


「別に喧嘩してたわけでもないっての」


 夏休み、お盆の時期(十一日だから、少しずれてはいるが)に実家に帰省するという実にありふれた遠出だ。


 しかしこの遠出が、どんなものになるのかはまだわからない。終わったときにはじめて、結論が出るのだ。そして遥か未来になると、また違って見えるのだろう。


 この感覚を表す言葉が、この世にあれば楽なのにな。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 


 最寄駅から新幹線が停車する駅まで移動し、そこから新幹線で県をまたいで地元へ向かう。あちらについてからも、各駅の電車に乗って、そこからタクシーで移動する予定だ。


 移動時間の合計は、大体五時間といったところか。

 新幹線に乗っている間、窓の外の風景をスマホで撮影し、その画像を友人たちに送る。


 由布はお土産を要求してきたし、黒川はもっと写真をちょうだいと催促していた。

蓮は楽しんできてねと無難な回答をして、熱海は黒川と二人で撮った写真を送ってきてくれた。


 仲がよさそうで何よりである。俺のせいで仲たがいなんかしたら、土下座程度では済ませられないもんな。


 そんなことを頭の片隅で考えつつ、母さんと会話をしたりしながら、懐かしい景色を堪能する。


 じいちゃんばあちゃんに会うのは正月ぶりだ。電話では何度か話したけれど、元気な姿を見られるといいな。




 母さんの祖父母の家に行く前に、父方の祖父母の家に向かった。


 仲が悪いわけじゃないし、こうやって顔を見せにくることもあるけれど、親密かと言われるとそうでもない。俺としてはちょうどいい距離感の関係だ。


 挨拶をして、少しだけ近況の話をしてから、タクシーで父のお墓がある霊園へと移動する。


 母さんと二人でお墓の周りを掃除して、お供えをし、手を合わせて目を瞑る。毎年のことなので、すっかり慣れてしまった。


(久しぶり、父さん。天国での生活はどう? 楽しんでる?)


 そんな社交辞令のような言葉から初めて、俺は近況報告をした。

 この一年で起きた、色々なこと。学校生活のこと、怪我のこと、恋愛のこと。


 本当に聞かれていたら恥ずかしいなぁと思いつつも、馬鹿正直に自分の想いを赤裸々に話した。もちろん、隣には母親がいるので、心の声で。


(じゃ、また来年)


 毎年言っている締めの言葉を最後に、俺は目を開く。

 夢の世界から現実へ戻ってきたような変な感じで、照り付ける日差しとセミの鳴き声が、急に存在を主張してきたような気がした。


 ――夏だな。


 きっと、あいつは夏生まれなんだろう。だから名前に『夏』の文字が入っているのだと思う。そういえば誕生日、いつなのか知らないな。


 この他にもきっと、俺には知らないことがまだたくさんあるのだろう。



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