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宇宙のはるか向こうに広がる『壁』を見上げて

 私は村娘のムラーメ。今日も農作業に大忙し。明るい空の下で汗をかきながら働くのです。そして、空の向こうにうっすら見える『壁』を見上げるのです。


 魔法の権威の偉い人はいいました。「『壁』は我々の住んでいる大地の空の遥か向こうにあるのじゃ。星の海よりももっともっと向こう、計算できないくらい遠くにあるのじゃ。あれは神か何かでないと説明がつかん」と。

 

 わたしたちが見上げる『壁』は四方に広がって果てが無く、端が見えません。もしかしたら端などないのかもしれません。『壁』は深緑の壁に正六角形の黄色い模様が等しい間隔でずーっと並んでいます。『壁』は、季節ごとに時間を変えて空に現れ、地平線の向こうに沈む。


 私が村の井戸で水をくんで持ち帰るとき、ある1人のふしぎな男が来ました。その時は私以外に村の人がいなかったので、私が話しかけにいきました。


「こんにちは。旅の方ですか?」


 男の恰好は見慣れない服装に、緑色で前髪が長い髪型。顔は整っていて、格好いい。異国の高貴な方なのかしら。


「ああ、そうだな。旅している」


「では、まず村長さんのところに案内しますね。村でごちそうが出ますよ」


 私が粗相をするわけにはいかないし、高貴な方ならすぐ宿に案内するより村長のほうがいいだろう。私が案内すると、男は私のあとをついてきた。


「そういえば、あなたの名前はなんでしょう」


「エルイム」


「エルイム様ですか。どこからいらっしゃったのですか?」


「んー」


 出身地を訊かれて、エルイムと名乗った男は立ち止まって空を見上げた。


「どうかなさいました、何かお気になることでも?」


 エルイムは空を指さした。


「あそこからだ」


 つられて私も空を見上げる。だけど、そこには空と『壁』しかない。


「あの、なにもありませんよ」


 からかわれてるのかな。


「本当だ。俺はあの『壁』なんだ」


 真顔に近い、少し笑った顔でエルイムはそう言った。


「変な人。たかが人が『壁』であるわけがありませんわ」


「そっか。……そうか。果てに辿り着かなければわからないもんなぁ」


 エルイムは『壁』を指さした指をすとんと下ろす。果てって、なんだろう。


「時に、君は魔法が使えるかい」


 エルイムが私に訊いてくる。


「ううん。私は使えないけど、私の家の隣の人とか教会の人は使えるよ」


「そうか。魔法が使えてよかったなぁ」


 私は使えないよ。そう突っ込みたかったけど、もうあきらめた。この男は不思議なことが多すぎる。


「そうだ。沢山の水が要るんだろ?」


「うん、そうだよ。でも村の井戸が少し遠くて大変なんだ」


「じゃあ、村長の家の前に君んちに行こう」


「え、いいよ。気を使わなくて」


「いやいや、案内の礼にと思ってね」


 これ以上断っては失礼な気がしたので、先に私の家に向かいました。私の家族の畑の中にエルイムが突っ立ちます。


「誰だい、あの男。畑に勝手に立たれちゃあ困るよ」


 母が怒鳴ってきます。真っ当な指摘です。エルイムは畑の区画のなかで作物を植えていないところに移動すると、地面に手をつけました。すると、地面から井戸が生えてきました。


「なんだい! 大助かりじゃないの! ほほほ~!」


 打って変って母が嬉しそうな顔に変わり、エルイムのもとに駆け寄ります。その母の表情を見て、エルイムの表情が優しいものになった気がしました。




 エルイムが起こした井戸生やしの奇跡に村じゅう大盛り上がり。エルイムは村長から手厚い歓迎を受けて、いつもよりも綺麗になった宿屋に泊まることになったのでした。その夜、私はエルイムの部屋にこっそりと入ったのでした。


「エルイム様、不躾ながらあなた様がどうやって井戸を生やしたのか教えてくださいませんか」


 井戸を生やす術があればもっと便利になる。そう思っての行動だった。エルイムは首を横に振り、こう答えた。


「残念だけど、魔法単体にそんな術は無いよ。もっと複雑な術だ。ただ、水を湧かす魔法ならある」


 なら、と口を開こうとする私をエルイムが制しました。


「その術も難しいよ。水脈をまず探し当てる必要がある。マナの鉱脈を水に変える術もあるけど、人間には負担が重いし鉱脈にはもっと別の用途がある。どこかの水を大量に保存して持ち運ぶ魔法も練習がいっぱい要る」


「じゃあ持ち運ぶ魔法を教えてくださいませんか」


 エルイムは、いいよ、と答えて私に教えて下さることになった。私たちは外に出て、川で練習した。水を圧縮して保持し、開放。私はこれを練習した。


「これなら普段の水くみが楽になるはずだ」


 朝明けて『壁』が東の空から現れる頃、エルイム様からのお墨付きを貰った。嬉しい。けど、エルイム様ってどうやって井戸を生やす術や様々な術を身につけたんだろう。ふと気になって、きいてみることにした。


「エルイム様って、様々な術をどうやって身につけたんですか。気になります」


 エルイム様は遠い目になって、東の空から昇った『壁』を眺める。


「そうだな。……俺は願いを託されたからだな。じんるいが滅ぶ寸前に願いを託されて、俺は全てを理解しようとした。俺を見つけてくれた宇宙航行文明の人たちからも祈りと願いを託されて俺は進んだんだ」


 エルイム様が語り出すと同時に、私の脳内に見たことの無いイメージが流れ込んで来た。星の海の中を泳ぐ巨大な機械の船。再生する身体の不老不死の人々。星を葬る砲。身体そのものが世界のような機構の異次元体。全ての異なる理の祖たる原初の粒子。話が突然飛躍して、知らないイメージを頭に叩き込まれて、私は混乱した。


「ああ、ごめんごめん。聞き流しておいてくれ」


「いえ……話が、聞きたいです」


 混乱するけど、ぜんぶ本当な気がする。どうしてそう思うのか、自分でもわからない。


「最初、俺が産まれた時は願いを託されたということが分かるだけで他には何もわからなかった。でも沢山の人と出会ってその人たちが過去になっていく中で、いつしか託された願いは、俺自身の望みになったんだ。”すべてを解明する”という願いを俺自身の望みにして俺は突き進んだんだ。だからとてもつなく強い敵が現れてみんなやられても不思議と絶望しなかったし、その強い敵さえ倒して俺はもっと上へといくことができた」


「すべてを解明する……」


 あまりのスケールの大きさに感動して身体が打ち震えた。もしかしたら、この方はこの世の人ではないのかもしれない。そう思わせるほどの幽美なオーラがあった。そうだからこそ、様々な術を使えるようになったのかもしれない。


「エルイム様、私も様々な術を扱えるようになるのでしょうか?」


 すると、エルイム様はこちらを見つめてきました。


「そうだな。何千年……何万年もすればいろいろ使えるかもな」


 その瞳は私を見つめているようで、私越しにそれよりも大きいものを見つめていたように感じました。エルイム様の瞳の中の世界は宇宙に広がる星海よりも広く、『壁』のように果てしなかった。


「気の遠い話ですね」


 彼の話に、私は魅入られた。この世界には私が知らないことが限りなく広がっている。彼はその一端を見せてくれた。そして、今こうして私に語りかけてくれている。この短い時間で、私は未知を追い求める気持ちでいっぱいになった。


 だから、走り出さずにはいられない。


「興味深い話が聞けて良かったです、エルイム様」


 私は恭しく頭を下げる。そして、ひとつ決心をする。


「私たちも、いつかあなたに追い付いてみます」


 ぜったいに私が生きている間は彼に追い付けない。だって彼が語りかけたのは私にだけじゃなく、私たちこの文明やその未来に生きる者たちなどの総体。だから、私は”私たち”と言った。

 彼は私の眼を見つめて、にこっと微笑んだ。


「そうか、待ってるぞ。頑張れよー!」




 エルイム様は私に魔法のお墨付きをくださった日のうちに村長に挨拶して、また旅立たれました。行き先が私たちの生きるこの星の何処かなのか別の星なのか、異なる宇宙なのか、それとも私たちには想像もつかない世界なのでしょうか、それはわかりません。

 私は意を決したことをその日のうちに親に打ち明け、研究の都にひとり旅立ちました。




 それから数万年後


 エルイムはいつもと変わらず、果てなりし世界で”敵たち”と無限の戦いを繰り広げながら無数の研究データを演算して新たな理への道先がないか探っている。そんな最中、エルイムが護る世界の中の誰かからエルイムへとメッセージが届く。


「『壁』ニ応答ネガウ……『壁』ニ応答ネガウ……」


 ようやく自分にメッセージを伝えられるだけのテクノロジーを持ったものが現れて、エルイムは嬉しくなった。エルイムにとってはちっぽけに思える大きさの世界の更に小さな存在に応えるために、エルイムは人間サイズの分身を作って発信源に送る。


「君たちか。ようやくメッセージが届いてきて、俺は嬉しい」


 エルイムの分身が降り立ったのは、様々な異なる理を組み合わせて造られた八次元構造の世界船の中だった。とても生身の人間の目視やイメージでは捉えられるようなモノではない。その世界船の乗員のひとりが、こちらに向かってくる。


「ああ、その姿は伝承にあるとおりのエルイム様でございますか……?」


 乗員は、船と同じく異なる理を組み合わせた八次元構造の身体をしている。それでもエルイムには分かった。彼らの祖は、エルイムが数万年前に訪れたことのある、ムラーメのいた星の人々なのだ。


「伝承が残っている、だと? そうか、君たちはずっと俺のことを覚えていてくれたんだな」


「ええ。我々の科学の祖たるムラーメ様の遺したお話の中に、あなたさまの存在がありました。人は違いますが、再会を祝いたく存じます。自己紹介が遅れました、僕はジーアです」


 エルイムは乗員のひとりのジーアに抱きつき、分身の身で落涙した。エルイムは追求し探求する者を好み、そうした物語に心を打たれる傾向がある。


「我々の星と文明は既に滅んでしまい、今となってはこの世界船と乗員約1万人しかいません。でも我々の前にはまだ限りない可能性が広がっています。これからも私はムラーメ様の志を引き継いで、未知に進んでいきます」


「そうか。俺は既知を破りたい。俺くらいの存在になると、周りのことを解明し尽くしてしまって未知なものがなくなるんだ。だけれどもそれは未知の消失と全ての解明を意味しない。エイアス人がかつて目には見えなかったダークマターの存在を看破したように、俺もまだこの目に見えていないものがないかいつも探求している。ここが科学の果てかどうかは、俺の探求次第だ」


 エルイムとジーアはお互いに抱きつき、お互いに同じ言葉をかける。


「「これからも歩みを止めずにいきましょう」」




 彼らの探求は、止まらない。道半ばの探求者でも、果てに辿り着いた到達者であっても、彼らは皆等しく歩みを止めることのできない者たちなのだ。


 彼らに幸あれ。


 彼らの生涯を見つめて物語りの本に綴る者、エルネードよりこれを記して彼らに捧げる。-fin-


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