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5-1 shipwreck(フォカロル)――横浜

挿絵(By みてみん)



 ――あれから、二週間。

 世相は食糧難に喘ぎながらも、(いよ)(いよ)年の瀬の忙しい雰囲気である。寒風吹きすさぶ昔日の帝都――東京には、飢えと寒さが襲いかかる。

 バラック小屋で冬を越せる者。駅の軒先で寒さと栄養失調の果てに餓死する者。闇市は取り締まりを()(くぐ)りながら、粗雑に人々の生を繋ぐ。

 (GHQ)より降り注ぎし自由の空気。

 得がたくとも、肺いっぱいに満たしても霞だけでは人は生きていけない。

 戦争が終わっても配給は続き、それすらも不満足な出来で、ヤミが無くては食べることすら出来ず……。今年も餓死者が多く出る、『カロリーの枯渇』に苦しみ続けている。


 だが米軍基地は、別世界である。

 基地に隣接する占領軍家族住宅(ディペンデントハウス)を豪勢にも宛がわれた私は、国民の貧苦、窮乏を尻目に、衣食住に全く困らない生活を送っていた。

 ――真新しい洋風建築。

 ――上下水道完備。

 ――シャワーからは温かく清潔な湯が吹き出る。

 ――電気もあり、使用料も気にしなくて良い。

 肌触りの良い衣類に囲まれ、煌々と照る部屋の電気、軽妙でノリの良いジャズがラジオから流れている。貴族や大企業、財閥の住宅を押収したものもあれば、新築の洋風家屋もある。それは一昔前に見た夢のような金持ちの生活。蚤や虱にまみれ、鰻の寝床のようなバラックや、軒先仮住まい。


 たった二週間、たった二週間前なのに――、もう昔日の事である。

 ――これら全て、()()()()()()()()()()()()()()()()()


 敗戦の現実を生きる日本国民の税金で、死に物狂いで今を生きる皆の血税で、私は天国のような暮らしをしている。

 その一点だけが、心に影を落とす。

 しかしそれも、日常の『仕事』の前には段々と意識することもなくなっていった。私の仕事は、戦争終わりのピクニック気分の米兵と比較にもならない、まさしく命を賭けて戦うことなのだから――。


『……バーナード、デービッド、ウラベ。準備は良いか』

 隊長の太い声が、頭に響く。

『OK』『了解』『大丈夫です』

 各々の念話が、三重奏トリオのように重なる。

『バーナードは狙撃位置で待機』

『了解』

 年の瀬の、雪がチラチラと舞う師走――。

 既に夕刻を過ぎ、曇り空は雲底の墨色を殊更に濃くしている。もはや、すい無くしては人の影か怪異かすら分からない。


 ――私は、横浜にある米軍所有の埠頭(ノースピア)にいた。

 広い通りが真っ直ぐに伸び、数々の倉庫が軒を連ねている。その何れもが、夕闇というの向こう側にあり、どれもこれも同じつらがまえである。

 接岸している船舶――、主に作業船や輸送船であるが、小型大型問わず、僅かな光を灯すばかりで、闇に塗れている。船も倉庫も、点々とある電灯の灯りだけが、『この世』と『あの世』を分け隔てている。


 夜寒の海風が、身に染みる。

 革手袋に厚手のオーバー。誰も帽子は被らない。

 ポケットやベルトには、神聖化(コンシクレーシヨン)済みの弾倉(マガジン)や、霊水(ミラクルウォーター)が詰められた特製手榴弾が、ガチャリと音を立てる。

 私の負い革(ガンスリング)には消音器付機関銃グリースガンが、隊長には見慣れぬ擲弾銃ライオツトガンが、デービッドの背には相変わらず英国製消音器付コマンドカービンが、めいめいにぶら下がっている。

 先頭を歩く隊長を援護するように、デービッドと私は逆V字型に歩みを進めている。ジリジリとした緊張感の中、私達は足音を立てぬように、静かに、静かに目的地――埠頭の先へ向かった。


 ――始まりは、怪異レーダーの検知であった。

 午後の事務所に、唐突なベルが鳴り響く。

『隊長! 来てください! 怪異レーダーに()()()()()()の反応あり!』

 キャサリンが可愛らしくも甲高い声を上げながら、隣のレーダー室から飛び出してきた。

 事務所の隣室にある『怪異レーダー室』からは、僅かに警報のような音が聞こえている。こいつは立川基地北部に建設された『航空機用レーダー』から拝借した出力信号に、霊結晶と、ある存在の力を借りて信号変換することで、広範囲の怪現象を探知する代物らしい。


 問題は、肝心の心臓部(コア)である。

『キキキキヒィ! 強イ怨念! 強イ怨念!』

 ちょうどレーダー室の扉を開けた時、くぐもった甲高い声――相反していようがそうとしか言えない奇妙な声が、脳内に響き渡った。

 ――怪異『()()()()()』である。

 窓が一切無いレーダー質は、電灯の明かりと、機械独特の鼻腔刺す臭いが充満している。雑然と機械が林立する中、玉座のように設けられた座席がキャサリンの席だ。

 壁や正面に埋め込まれた巨大なガラス――ブラウン管の表示部(PPIスコープ)があり、その情景は極めて科学的かつ現代的装飾の塊である。

 ただし、異質な情景もある。

 お人形さん遊び――、初見ではそう思った。

 座席正面、表示部の横に、(がら)()張りの小さいドームの中で、そいつは廻っている。僅か十五(センチ)ほど。頭でっかちの醜いウサギのような毛むくじゃらが、赤緑の服を着こなし、レーダーの回転に合わせてぐるぐると回っている――。


 コイツは()()()()()()

『――ねぇ、グレちゃん。強い怨念ってなぁに?』

 駆け寄ったキャサリンがその名を呼ぶ。……寄りにも寄ってキャサリンは、このグレムリンに〝グレちゃん〟などとあだ名を付けて可愛がっているのだ!

『怨念が()()()()! イハハハハ――!』

『いい加減にしやがれ、このトンチキ!』

 クラウディアが握りこぶしを大きく振りかぶるが、グレムリンは怯えた素振りをしながら、なおも高笑いを続けている。


『――今まで闘ったことは?』

 目付きの鋭いバーナードが、冷たい口調で問う。この若い黒人の副官は、端整な顔立ちをいつ如何なる時も崩さないクール・ガイなのだが、――よくこのグレムリンにも表情を崩さないものだ。

『キヒヒ、ない。ナイ! 初めて、初めて!』

『――似たような奴は?』

『たぶん、セイレーン!』

『――場所は?』

『横浜! ヨコハマ!』


 なんだか、キャサリンよりもバーナードの方が、建設的に会話が出来ている気がする――。ただ、このグレムリンが、正しいことを言っているかというと私には甚だ疑問だった。それでもロバート隊長は静かに頷いた。

『確か……、第一騎兵師団から上がっていた報告書にあったな。最近、北埠頭でクレーンや軍車輌が海に落ち、小型船が沈没してしまう事件が相次いでいるらしい。――それだな』

擲弾銃ライオットガン

擲弾――グレネードを発射する携帯火器。弾頭には火薬の他、化学薬品を充填し、着弾時に炸裂、反応を起こすことで広範囲の対象を殺傷する。『神聖同盟』では、対怪異用装備として1分隊に1丁の割合で配備されている。なお、通常火薬ではなく神聖化済みの炸薬もあれば、燃焼温度を下げることで聖水を撒き散らすことが可能になった『ミラクルウォーター』弾頭もよく使用される。

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