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ディバイン・インキュベーター1946~東京天魔揺籃記~  作者: 月見里清流
第1章 戦争は終わったけれど
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3-1 Combat(馬腹)――多摩川近辺

挿絵(By みてみん)


『――霊水擲弾(ミラクルウォーター)、効果は認められません』

『ええいッ! 私が殴りつけるから、隊長、援護を!』

『分かった』

 隊長、デービッド、クラウディアの戦闘が始まって、まだ5分と経っていない。

 やや丘になった林の中からは、相変わらず耳にも残らぬ人為的な音。

 頭の中では激しい掛け合いが木霊する。霊的分離不能石エンタングルメントストーンは、対象を絞って念話をすることも、辺り一帯に叫ぶように念話をすることも出来る。林は奥行き数十メートルは確実にあることから、結構な距離を隔てても十分使えることを証明していた。

 各々の異能が、部隊を構成する――。


『敵怪異、距離を取って警戒しています』

 ジープに搭載している中継局に繋がる無線機と各々のエンタングルメントストーンを通じて――、キャサリンが状況を『透視(クレアボイアンス)』して伝達する。

 隊長やデービッドが見た光景が彼女には()()()。電話など()()()()()()()()()()()()()()()()不便さはあるが、状況を同時に把握出来るのは、()()()()が漂う中では、あまりに画期的である。

『こっちだ化け物――!』

 探索中に接敵した場合、事前に隊長が『神聖化(コンシクレーシヨン)』していた武器で戦闘を行う。普通の武器弾薬では怪異に効き目はなく、怪異戦闘に使う武器はすべて物質を怪異に()()()()()()ようにする隊長の〝祈り〟が必要だ。

 それでも派手に戦闘する訳にも行かない。

 進駐軍兵士の発砲事件は耳目を流れ行く。

 しかし、偶発的なそれと、戦闘任務は性質が大きく異なる。其処彼処(そこかしこ)で手榴弾を投げ、発砲しているのが発覚したら、連合国の占領政策にどのような影響を与えるか計り知れない。


「『おおおおおおおおッ!』」

 ()()()()()()()()()()()()()()()が、林の中、頭の中に響き渡る――。

 クラウディアの拳は異能で鈍く輝くらしい。

 彼女の『聖打(ホーリーブロウ)』は、怪異を貫き、潰し、砕く怪力である。往年のボクサーのようなスマートさはなく、あらん限りの力で()()()()。外見に違わず勇ましい闘い方とのことである。

 ――声はすれども姿は見えず。

 ただただ緊張感溢れる遣り取りが脳内に響き渡る。


『クラウディアさん、無理しないでください!!』

『うるせぇ! 足腰立たなくしてやりゃ良いんだ!』

 ザッ、ザッ――と会話の間に、打撃音のような雑音が入る。

 エンタングルメントストーンの力に、彼女の異能が干渉でもしているのだろうか。だとしたら、クラウディアは敵怪異を()()()()していることになる。

『敵怪異、フランスで遭遇した「ジェボーダン」に近いものと思われます! クラウディアさん、絶対に咬まれないでください!』

『えぇい、くそッ!』

 ――聞いたことがある。

 ()()()()()()()()()

 確かシートンの『動物記』だったか、数百年前のフランスに現れた紛うことなき人食い狼。古い記録だから、正直、御伽噺の類いだと思っていた。

 だが彼女らの会話は、それが()()()()()し、かつ()()()()()()()()である――。

 私は静かに受話器を握る力を強めた。

『これなら、……どうだ!』

 デービッドが叫び、林の中から癇癪玉のような大きな音が響いた。音らしい音が聞こえたのは、これが初めてである。それでも意識しなければただの雑音、よくて花火である。

投擲型銀粉弾(シルバーグレネード)の使用を確認! 敵怪異、怯んでいます』

『よし、今だ! 眼を狙え!』

 大型動物の狩猟(ハンティング)。生き物の行動を止めるには、脚や頭を狙うのは定石。恐らく、今まで急所を狙うよう試行錯誤をしていたのだろう。各自の奮戦が収斂していく――。

『敵怪異、動作の鈍化を確認』

『トドメだ、射撃開始!』

 ラジオで聞くような緊迫感のある朗読劇。そんな風情だが実際には命の遣り取りが続けられている。銃口は怪異を捉え、間もなくこの戦いも終わる――。

 その時だった。


『うわッ――!』

『待ちやがれッ!』

『まずい! 逃げたぞ!』

 余裕すらあった声色が、一瞬で緊張の坩堝に叩き落とされた。

『そっちは、ウラベさんが!』

 私が――、どうなる。

『ウラベ、聞こえるか! 怪異がそっちに逃亡した! もし接敵しても、身の安全を確保して逃げろ! 我々もすぐ行く!』


 敵怪異が、こっちに向かっている――!

 目の前の林。

 既に(おう)()(とき)も幕を下ろし、蒼い闇が墨色を纏い始めている。この先の見えぬ木々の影から、獣のような怪異が飛び出てくるのか……?

 さっきまで隊長達が何発も撃ち込み、クラウディアが打撃を叩き込んだ、あの怪異が……!


『ウラベさん、もし敵怪異が現れたら、極力離れてください!』

『――わ、分かった!』

 張り詰めた緊張に、ぎゅうと胃が縮み上がり、内容物がせり上がってくる。自然と嘔吐き下唇を噛みしめる。

 ――大陸での戦場。

 砂煙の中、銃弾や砲弾が私を殺そうと迫ってくる、あの恐怖を思い出す。いや、銃火の中のそれだ。

 咄嗟にジープ後部座席のシーツを剥がし、積んであった予備の消音器付機関銃(グリースガン)を取り出した。逃げるにしても、牽制や自衛行動をした方が良いに決まっている。

 事前に説明を受けた通りカバーを外し、指でボルトを下げる。

 いつでも撃てる――。

 通信機を右手に、左手で機関銃を構え、林の方へ銃口を向けた。

ジェボーダンの獣

フランス、ジェボーダン地方に現れた怪物。百人を超える被害が出たとも言われる。1764年の目撃情報以来、フランス全土を巻き込み、ルイ15世が騎兵連隊を退治に向かわせる事態になった。最終的に討伐が出来たのか、ただの狼だったのか――真相は闇の中である。

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初めまして。Xの企画からやって来ました。 あなたの作品をここまで覗かせていただきましたが、大戦終結後というのがマニアックでいいですね。臨場感も素晴らしいです(ちなみに私の小説には7◯1部隊という日本…
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