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ディバイン・インキュベーター1946~東京天魔揺籃記~  作者: 月見里清流
第1章 戦争は終わったけれど
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2-2 Coop(協力)――立川

挿絵(By みてみん)


『――ここです』

 〝Integrated Information Office〟

 目の前に鎮座まします、重厚な焦げ茶色の扉。中学英語に毛が生えた程度の知識でも、ドアのプレートに刻まれた言葉は読み取れた。それでも、一瞬理解が追いつかなかったが、すぐに腑に落ちた。怪異情報と現実の情報を統合(Integrate)するのだろう。

 ――突然、私の胃がきゅっと縮んだ。

 見慣れぬ医務室、新しい服、言語の壁を取り払う奇跡――今までの驚きの連続は、人生でもそうそうある物ではあるまい。その衝撃(インパクト)を顧みれば、デービッドの笑顔が浮かんでくる。

 この男の親切さに、今更ながら申し訳なく思うと同時に、小さな小さな武者震いが私の姿勢を正した。


『――それでは、案内します』

 デービッドが扉を静かに開ける。

 真新しい壁紙、調度品の並ぶ壁に、6つの事務机。そして人、人、人――。見るからに若い男女3人が机に向かって座っている。私の向かって右には調度品の醸し出す雰囲気重々しく、黒壇にも似た木製の事務机が鎮座していた。

 白人。

 しかし一目で分かる。歴戦の勇士の佇まい。

『ロバート隊長。デービッド少尉、ウラベ氏をお連れしました』

『ご苦労だったデービッド。――よく来てくれた、ウラベさん』

 開口一番――、といっても念話であるが、なんと図太いで声あろうか。

 念話と実際の声が皆同じなら――、こんな声で話しかけられたら大抵の日本人は萎縮してしまうだろうと思う程、()()()()が利いている。苦労を滲ませつつも強い意志を感じる碧眼、切り揃えられた短髪、立派な口髭を蓄えた筋骨隆々の佇まいは、まさしく『隊長』である。

 チラリと見えた肩の階級章。

 鷲が悠然と羽を広げている。

 ――大佐。

 既に軍役を退いて久しいというのに、私の身体は半ば無意識的に右腕を上げ、敬礼していた。

『そんなに(かしこ)まらなくても大丈夫ですよ。いや、隊長の階級は確かに高いですけど』

『貴方は民間人ですので、()()の所作をする必要はありませんよ』

 ロバート隊長は戯けもせず馬鹿にもせず、非常に穏やかな微笑みで諭した。『ありがとうございます』と自然に念話で呟いた。何のお礼か分からぬ遣り取りを聞いてだろうか、奥にいた女性がクスクスと笑っている。


『こら、キャサリン! 失礼だぞ』

『はーい』

 今度は気の抜けた可愛らしい声が脳内に響く。新鮮な感覚に、デービッドの言う通り確かに()()()()()なった。

『まぁ、まずは自己紹介といこうじゃないか。皆、並んでくれ』

 ロバートは席を立つと、事務所の空いているスペースに全員並ぶように、手振りを交えて指示を出した。

 ここにいる全員、私を除けば英語で会話が出来るだろうに――。ロバート隊長の人となりをそれとなく察した。旧軍時代、うちの中助(ちゅうすけ)――中隊長の蔑称だが、これが碌なものではなかった。もしこのような上官がいたらどれだけ良かったことか。

 ロバート隊長の横に立つと私の小ささがきっと目立っているに違いないが、相対する四人の男女の前には、その恥ずかしさは消え去っていた。

 ――顔が、()が、私を見る。

 硝子(ガラス)玉のような碧眼が、非常なる好奇心と不安を綯い交ぜにして私を貫く。こんなに沢山の白人(コーカソイド)に見つめられる経験など微塵も無い。宜なるかな――、徐々に鼓動が激しくなるのが分かった。


『――デービッドは良いだろう。手前から紹介しよう』

 先程、クスクス笑っていた女性だ。

『キャサリン・コリンズ伍長。()()()()()()の担当士官だ。皆の通信を補助する。基本的にはこの基地内にいるし、様々な情報を知っている。何か分からなければデービッドか、彼女に聞き給え』

 目が丸く、可愛らしい短髪の女性。身長は私より低く、そばかすのせいもあり、かなり子どもっぽく見える。いや――、そもそも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()で、まじまじと相対するのは初めてである。

 街を闊歩する女米兵など『高嶺の花』のようなもので、触れられる距離にいるものでは決して無い。その瞳や息づかいが目の前にあり、しかも言語の壁は破壊されている。


『よろしくね』

『よ……、よろしくお願いします』

『うふふ、緊張してるのかしら?』

 ぎこちない念話。笑われて当然だ。

『こら、ふざけるんじゃない』

『はーい』

 まるで親子だ。旧軍における「中助」との比較が、鋭利なまでに過去を切り刻む。所属したことなど無いが、自由闊達な米軍でも、ここまで柔和な空気は珍しいのではないか。ロバート隊長の彼女への甘さも、もはや不思議を感じる程である。


『ふん――、次に行くぞ。その隣はクラウディア・ベネット軍曹。主に鎮圧戦闘を担当する。米軍では第一線任務に就く実戦部隊には女性兵士を配置しない。だが彼女は別だ。腕力は相当のものだから、ナメてかかると月まで飛ばされるぞ』

『酷ぇ紹介じゃねぇか、隊長。腕相撲(アームレスリング)で病院送りにしますよ』

『……それは勘弁だな』

 豪腕の女性兵士。ブロンドの長髪はさわやかに空気を纏い、頭頂部の結髪は引き締まったボクサーのような佇まいである。

 しかし――、何よりもである。

 顔面に残る幾つかの切り傷。目鼻立ちの通りが芸術的であるが故に――、傷がその存在を叫んでいるようである。身長は私より高く、見て分かる筋肉の盛り上がり。そして上官に話しているようには思えない、口の悪さ。中々にしての女傑である。

『よろしくな』

『よろしくお願いします』

『あんたも男だったら、もうちょっとシャキッとしな』

 不躾(ぶしつけ)に叱られるが、無言で頷くしかない。

 もしかしたら今後、何かをきっかけに彼女と衝突するかも知れないが、腕力に訴えるのだけはよそうと思った。散々ぱら上官から殴られた旧軍の過去は、走馬灯のように脳裏を巡る。

 殴られるのは()()()()()()()()()()()()ものだ。


『次がマイク・スコット中尉。英国のコマンド部隊にいた男でな、この中じゃ一番実戦経験が豊富だ。主に機器操作、爆薬操作、対怪異戦闘では隠密作戦を主に担当しており、一人で作戦をこなすことも多い』

『どうも――! よろしくなぁ』

 マイク中尉。視線が私と同じ高さで、欧米系白人からすればやや小柄なのだろう。草臥れた短髪と口髭、やや落ちくぼんだ目に歪んだ笑い方は、何処にでもいる中年のおっさんとも思える。

『君も結構大変な人生だっただろうけど、――まぁ、なんとかなるさ。大丈夫大丈夫』

『――は、はぁ』

 何も相談していないのに、陽気な口調で元気づけられた。シニカルな笑いにも見える、その微笑みをどう解釈して良いか分からぬまま、会釈をするしかなかった。


『今ここにいるのはこれで全員だが、他に副官のバーナード大尉がいる。テキサス生まれの黒人で生真面目な副官だ。今日は別件で席を外しているが、数日中には戻るだろう』

 ロバート隊長は、辺りを見渡すように目線を配ると、咳払いをした。

『――最後に私だ。私はロバート・ムーア大佐。「神聖同盟」米国支部に所属している。欧州戦線では連合軍を脅かす怪異現象、ナチ武装親衛隊の怪異部隊(ヴェアヴォルフ)との戦闘を経て、日本に派遣された。日本で活発な怪異現象が観測されるようになり、占領軍に協力する形で状況(シチユエーシヨン)を統制下に置くことを目的に活動している。……まぁ、デービッドから大方の話は聞いているだろう』


 簡潔な自己紹介。なのに聞き慣れぬ言葉だらけ。きっと顔に現れていたのだろう――、ロバート隊長は肩を(すく)めた。

『まぁ、詳細はいずれ話すとしよう。我々の階級や処遇は基本的に米軍に準拠しているが、あくまで便宜上だ。軍律に身を預けている以上大きな権限と責任が伴うが、ここでは米国への忠誠心と同一ではない。()()()()()()()()()()()()()()()()。また、この部隊内では役割分担が至上命題で、明確な上下関係は気にしなくて良い』


 ――それは、軍隊なのだろうか。

 上意下達、上官の命令は絶対。

 疑問を唱えれば強烈なビンタを食らい復唱させられる。痛みに声を上げてはならない。発せられた命令は、文字通り死んでも守らなければならない。

 それこそが軍隊の()()()()だと思っていたが……、この隊長は忠誠は強制ではなく、さらに部隊内の役割分担が至上命題という。

 米兵の姿をした、米国への忠誠が強制されない軍隊――。私が今いる()()は、常識でははかれない場所なのだろうか。

『ウラベさん。デービッドから聞いてると思うが、衣食住は我々が保証する。その上で、我々に協力して欲しい。無理強いはしない。貴方は既に民間人なのですから、命令ではない。これは()()()なのです』


 ――お願い。

 これは、お願いなのだろうか?

 衣食住を提供する。()()()()()()を生きる、ほとんどの日本人が望む、いや、口から手が出るほど欲しい境遇。

 粗末なバラック住まい。のみしらみに苦しみながら、コレラや腸チフスが蔓延する不衛生な環境。明日をも知れぬ壊滅的配給事情。非合法の闇に頼る情けない生活――。

 地獄から救い出す、お釈迦様(連合軍)の蜘蛛の糸。

 だが、見たところ彼は米軍の大佐でもある。

 ()()()()である進駐軍の一員なのだ。今、この日本で、進駐軍の依頼は誰一人逆らえない。決して対等な()()()、ではない。


 ――ここまで来てるのに、断ろうとする自分もいる。

 彼らが違う組織とは言え――、私の家族を焼き殺した、日本を都市を焼き払った連合軍に協力する義理などあるのか。

 彼らが苦しもうと、私は一向に構わない。

 どうせ私も既に()()()()()()()()()のだから。

 これからを生きるためには、話を呑む以外選択肢はない。

 だが、私の最後に残った反骨心が了承を拒む。

 父も母も兄妹も、生きていたらどの選択を褒めてくれるだろうか。闇に呑まれて唯一人で死にゆくか、進駐軍やそれに類する組織に利用されるか――。

 俯き、考える私を見てか、デービッドが静かに念話で語りかけてきた。

『ウラベさん、協力のお願いではありますが、これは貴方の為でもあります。貴方の苦痛を除去する事にも、いずれ繋がるはずです。貴方の感じている、()()自身が、世界中で多くの人々を苦しめている――』

 ()()()()()()()()


 その一言で――、私は漸く承諾した。

 私は、()()()()()()のだ。失った過去達に恥じぬように、己の罪と罰から逃げずに、今を生きるために――。

『……分かりました。協力しましょう』

 私の回答に、ロバート隊長は()()()()()()()()()を浮かべた。

『ウラベさんの意志を尊重します。私達の任務に協力して貰うことと、アメリカ軍人になることは決してイコールではない。貴方には日本国民の民間人軍属として協力していただきたいが、協力の一環として――』

 ()()()()()()()()()()



 怪異との戦闘が命を賭けたものかは、分からなかった。

 しかし、与えられた一日の休息の後、基地周辺の怪異を探知し、出撃する段となって、初めてそのことを理解した。

 これは死と隣り合わせの危険な仕事だった――。

婦人陸軍部隊

第二次世界大戦においても兵士のほとんどは男性であるが、総力戦体制の常――女性が軍務へ協力、あるいは任務に就くことが求められる場合があった。米軍では「婦人陸軍部隊」として編成され、後方任務を基本としたが、マッカーサーやアイゼンハワーの評価は非常に高かった。ソ連、ドイツ軍、英軍でも、兵科が異なるとは言え――補助、あるいは最前線で戦った女性兵士が数多くいたことは、特筆されるべき歴史的事実である。

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