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第8章 失恋(ディアナ視点)


 先週の水曜日に泣きながら帰宅した私に、レンネさんとランディーさんは何も訊かなかった。ただ優しく見守ってくれた。

 三日後に「失恋しちゃった」と言ったら、ただ優しく抱きしめてくれた。だからまた私は思い切り泣いた。涙が枯れるまで。

 悲しみはまだ消えないけれど大分落ち着いてきた。どうせ四か月後には終わる恋だったのだもの。それが少し早まっただけだと、自分に言い聞かせた。

 

「私、もうあの人達の言いなりになるのは止めにするわ。そして、そろそろ本格的に家を出る準備をしようと思っているの。

 スゴッテ男爵家に連絡をしてもらえるかしら?」

 

「もちろんですよ。大旦那様も旦那様も喜ばれると思いますよ。ディアナ様のことをずっと引き取りたいと願っていらしたのですから」

 

「ずっとみんなに心配をかけて申しわけなかったわ。

 でも、できれば名前をフローディアからディアナに変えて、一使用人として働きたいの。レンネさんやランディーさんと一緒に。

 だから叔父様達の農園でなくても、どこか働き口を紹介してもらえたらって思うの」

 

「お嬢はそれでいいのかい?」

 

「ええ。一生三人で暮らせればそれでいいの」

 

 そう、私は言った。二人はちょっと困ったような顔をした。

 

 そしてその後も私は、四日ほど体調不良だと言って父親達がいるときは部屋の中にこもり、一週間にようやく日常の生活に戻った。

 水曜日の朝、私を見た姉は文句を言いたげだったけれど、それをぐっとこらえて、

 

「体調が戻って良かったわね。今日からお供をお願いね」

 

 と言ってきた。だから、ニッコリ笑って断わってやった。

 姉や兄、そして父親は私をしかろうとしたが、ランディーさんが睨みつけるとそれ以上何も言わなかった。

 

 午前中は洗濯や掃除をして、昼食を作った。

 そして姉をダンス教室へ送って行ったランディーさんが戻ってくると、畑仕事をしていたレンネさんを呼びに行って、久しぶりにダイニングで遅めの昼食を三人でゆっくりと摂った。

 そしてその後、私は一人で久し振りに畑に向かった。一週間見ないうちに、ほうれん草も白菜もレタスも大分成長していた。

 温室を覗くと苺も大分赤くなって食べごろになっていた。

 

(この苺は甘酸っぱくて本当に美味しいのよね。本当は今日これをルシアン様のデザートにするつもりだったのにな)

 

 そんなことを思ってまた胸がチクッと痛んだので、慌てて畑で草取り始めた。

 そしてしばらくその仕事に熱中していると、突然後ろから声をかけられた。


「こちらはロンバード子爵様のお屋敷で間違いありませんか?」


「はい」


 思わず返事をして後ろを振り返ると、そこには見知らぬ三十代くらいの立派な紳士が立っていた。焦げ茶色の髪と整った口髭を蓄え、黒い瞳をした美丈夫で、べっ甲の高級そうな眼鏡に大層高級そうな服を身に着けていた。

 しかしその瞳は大きく見開いて、驚愕したように私を見ていた。

 

(何をそんなに驚いているのだろう? 私って、そんなに変な格好をしているかしらん?)

 

「あの、どちら様でしょうか」

 

 私の問いかけに、その紳士は暫く沈黙した後でこう言った。

 

「私はジルスチュワー侯爵家で執事をしております、オスカー=ハーモンドと申します。

 貴女はロンバード子爵家にお仕えの方でしょうか」

 

「はい。メイドをしておりますディアナと申します。

 今、屋敷の者は全員留守にしておりますが、お嬢様でよろしければ間もなく帰宅すると思います。屋敷の中でお待ちになりますか?」

 

 ジルスチュワー侯爵家といえば、王族に連なる公爵家を除くと、貴族の最高位の侯爵家、しかもその筆頭の家だ。

 その上、我が家にとっては曰くありの家でもある。心して接しなければと、丁寧にこう伝えた。

 するとその紳士は意外なことを口にした。

 

「実はこちらのシャーロット嬢と私どものセルシオ様との間にお見合いの話が出ているのですが、あなたはそれをご存じですか?」

 

「えっ?」

 

 セルシオ=ジルスチュワー。

 眉目秀麗の美丈夫だが、女性の甘い誘惑にも氷のような冷徹な視線で追い払うという、真面目で堅物という評判の名門侯爵家のご子息。

 たしか兄のフィリップの同級生だ。首席で卒業し、上級官吏として王城に勤めている、エリート中のエリート。

 

 そんな立派な方と、あの(・・)姉がお見合いですって? 無理に決まっているでしょ。会話をしたら即アウトだわ。

 

 たしかに今週末、ジルスチュワー侯爵夫人とレイクレス伯爵家のご令嬢のキンバリー様を我が家のお茶会にご招待していたはずだ。

 しかしそれはキンバリー様と兄のフィリップの婚約のためだと思っていた。

 

「私達使用人はお見合いとは聞いておりません。ただ一般的なお茶会だとしか」

 

「おそらく我が侯爵家夫人は、そのお茶会とやらで、こちらのご兄妹の婚約話を同時に進めようといるのでしょうね。

 しかしセルシオ様が以前パーティーでお会いしたシャーロット嬢と、耳にするご令嬢のイメージがどうしても違い過ぎるからと、なかなか見合いに応じようとしないのです。

 そこで当主の命でシャーロットの普段のお姿を拝見できればと思い伺ったのです」

 

 そりゃあそうよね。あの姉と少しでも会話をしたことがあるのなら、あの噂とのギャップに気付かないわけがないもの。だから最初から言ったのよ、絶対にバレるって。

 

「ええとそれは、こっそりとお嬢様の様子を調べてみようということですか?」

 

「ええ。たしかにシャーロット嬢の評判はかなり良いとお聞きしています。しかしそれは作られた評判で、実は影武者がいるのではないか、と言う方までいましたので、それを確かめようと思いまして」

 

「それを私に教えてもよろしいのですか? 私はロンバード子爵家の使用人ですよ?」

 

 影武者ねぇ。案外鋭い人もいるのね。

 もしかしたらそれは、隣国カスターリア国の文化や風土について質問してきたご令嬢かしら?

 基礎知識だけでも頭に入れておいた方がいいとあれほど忠告したのに、せっかく簡潔にまとめておいたメモも読まなかったのだろう。あの人はお客様からの質問にほとんど答えられていなかったもの。

 それにしてもこの執事さん、敵側に手の内を明かして良いのだろうか?

 そんなことを思っていると、ハーモンドという名の執事がにっこりと笑ってこう言った。

 

 

「たしかにあなたはロンバード子爵家のために色々尽くしているようですが、忠誠を誓っているというわけではないとお見受けするのです。

 例えばですが、もし子爵家のせいで被害者が出ることになったら、それを未然に防ぐために何か画策しようとするのではないかと思うのですが、違いますか?」

 

「初対面の方に、なぜそんなことを言われるのか意味がわからないのですが」

 

 正直今言われたことは当たっている。私はこれまで散々ルシオン様に雇い主一家の悪口を言ってきたのだから。

 そして見かけだけの兄や姉の毒牙にかかりそうな人がいたら、どうにかして助けたいと常日頃から考えている。

 しかし、見ず知らずの人にそんなことがわかるはずもない。

 ところが、目の前の人物はニヤリと笑ってこう言った。

 

「実は私の趣味は読書でしてね。よく王立図書館に行くのですよ。そこで何度かあなたをお見かけしているのです。

 先々週の水曜日だったと思うのですが、そこであなたと若い男性との会話をたまたま耳にしてしまったのですよ。

 たしか、雇い主の方のことを愚痴っていましたよね?」

 

 見られた! 聞かれた!



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